5cm per sec. - Encounter 2
式典が終わり、いったん鞄を取りに教室に戻ってきた貴樹は、次々にクラスメイトから祝福を受けていた。
「お前、クールな奴だと思ってたのに、本当はすげー熱いんだな」
「彼女、メチャメチャかわいいじゃん」
「おめでとう、よかったね」
「私もあんなふうに告白されてみたいなあ」
「ばーか、お前なんて無理無理」
「なんですってー」
「5年ぶりってすごいよなあ」
「遠野・東京彼女説はやっぱり当たりだったか」
「今は栃木の人なんだろ?」
とかなんとか。
さざめきのような話し声を他人事のように聞きながら、さっきのシーンを思い起こしていた。
明里と5年ぶりに抱き合って、その体の小ささに、頼りなさに、貴樹は守りたいとの気持ちをより強くした。ぎゅっと抱き合ってまるで一つの銅像のように立ちつくしていると、澄田先生が近づいてきた。
「二人とも、おめでとう。でも、くだらなくて形式的なことだけども、大人にはやらなきゃいけないことがあるの。あとでたっぷり時間をあげるから、今は」
そういって、貴樹の肩をとんとんと叩く。
上気したまま、貴樹が深呼吸をした。
「明里……式典終わったら、どこにいけばいい?」
「ええと……職員室の隣の部屋に機材が置いてあるから……」
「じゃあ、そこで待ってて」
「うん」
名残惜しそうに二人は離れて列に戻っていく。
明里が振り向くと、貴樹はクラスメイトから手荒な祝福をうけているようだった。
「遠野先輩は、いますか?」
廊下から貴樹は声をかけられた。2年生の女子だが、面識はない。
「私、栃木の高校の歓迎委員なんですけど、私より先輩がしたほうがいいんじゃないかなあって思って」
少し顔を赤くしながら言ってくる。
それを聞くと周りが「そりゃそうだ」「適任適任」とはやし立てる。
「私も引き続きお手伝いしますから」と言われて、引き受けた。
すぐに連れだって明里たちの待つ部屋へ向かった。
さきほどの後輩に続いて、空き教室に入る。
その中には天体望遠鏡やそのほかの機材が林立していた。
そして、全国からやってきた観測隊の面々。
興味深々の視線が貴樹に刺さる。
全身でそれを受けた貴樹は甘受する。
「さきほどは失礼しました」
とりあえず貴樹は一礼する。
明里は一番奥にいて顔を真っ赤にしている。
2年の歓迎委員が説明を始めた。
「遅くなったのにはわけがあります。まず、私が遠野先輩を探し出して、歓迎委員をお願いしたこと。遠野先輩が、校長室にいたエライ人たちにお詫びにいったこと」
「お詫びしてたの?」
引率の若い女性教師が聞いてきた。
「はい、『場を乱して申し訳ありませんでした』と。遠野先輩がお詫びしたせいか、みなさんとてもにこやかに『5年ぶりに会ったのなら大切にしてあげなさい』と言ってくださって……」
「男っておっさんになってもロマンチストなんだよね……」と理子がつぶやいた。
「改めて。引率の橋本です」
若い女性教諭が改めて挨拶を始める。社会人にはそれなりのケジメというものが必要なのだ。しかし、優しげな微笑みを浮かべているのを見て、貴樹は「この人は自分たちのことを好意的に見てる」と感じた。
その横にいる見覚えのあるメガネ女子。
「部長の飯田です、ども」
「歓迎委員を緊急に拝命しました遠野です」
「よーく、知ってますよ〜」
にやりと笑ったので、明里が話してるのかな、と思って視線を横に流すと、小さくうなづいている。
「さて、式典も終わったし、宿にかえろ」
「あ、」
「ん?」
「望遠鏡は全部ここですか?」
「そうだけど」
「小さいの一台だけでもいいから、持って帰ったほうがいいですよ」
「どうして?」
「今夜の夜空。きっと、望遠鏡があったらよかったって、思いますよ」
それを聞いた北海道や和歌山の人たちも「どれを持って帰るか」相談を始めた。
(つづく)