Censoyclopedia:センサイクロペディア - 【「石に泳ぐ魚」事件】
 プライバシー権に基づく差止請求を認めた初の最高裁判断とされる判例。

「石に泳ぐ魚」は、『新潮』1994年9月号に発表された小説で、作家・柳美里の処女作。
 同作は主人公は作者自身をモデルとし、その知人である「朴里花」という登場人物もまた作者の現実の知人をモデルとした、いわゆる「モデル小説」である。

 朴里花というキャラクターは、作中で「蛆虫」や「水死体」に喩えられる顔面の腫瘍、在日韓国人三世であること、出身大学および所属大学院、その所属科やサークル、家族や友人知人関係、主人公(作者)との交流の経緯の大部分など、極めて多くの点においてその現実の「知人」と同一であった。
 さらに作中では「朴里花」の大学入試にあたり不正があったとか、父親にスパイ容疑で逮捕投獄された事実があったとか、新興宗教に入信した末に主人公に金銭を無心するなどといった、極めて不名誉な内容のフィクションが書き加えられ、フィクションの部分とモデルについての事実が判別できない書き方をされていた。

 知人はこれらのモデル化について承諾はおろか、『新潮』を読むまで自身が小説のモデルにされている事実さえ知らなかったという。
 知人からの抗議が問題となると、柳氏は自己弁護のための「表現のエチカ」*1という手記を公表し、その中で知人をモデルにした事実を公然と認めた。このため知人=「朴里花」のモデルと特定できる人々の範囲がさらに増大し、精神的苦痛のため知人は大学院を休学するに至った。

 知人は『石に泳ぐ魚』の公表差し止めと損害賠償等を求めて提訴。第一審から最高裁までのいずれも、原告の請求を認容した。
 最終的に最高裁は次のように判示している。
 人格的価値を侵害された者は,人格権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは,侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ,予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。
 被上告人は,大学院生にすぎず公的立場にある者ではなく,また,本件小説において問題とされている表現内容は,公共の利害に関する事項でもない。さらに,本件小説の出版等がされれば,被上告人の精神的苦痛が倍加され,被上告人が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるおそれがある。そして,本件小説を読む者が新たに加わるごとに,被上告人の精神的苦痛が増加し,被上告人の平穏な日常生活が害される可能性も増大するもので,出版等による公表を差し止める必要性は極めて大きい。
 以上によれば,被上告人の上告人ら及び新潮社に対する本件小説の出版等の差止め請求は肯認されるべきである。

参考リンク・資料:
肖像権に関する代表的判例:石に泳ぐ魚事件
「石に泳ぐ魚」事件 第一審判決
「石に泳ぐ魚」事件 控訴審判決
「石に泳ぐ魚」事件 上告審判決