Censoyclopedia:センサイクロペディア - 【刑法175条】
 日本の現行刑法に規定する、わいせつ物頒布等の罪を規定した第175条のこと。
 なお同条第2項は有償での頒布目的の場合に限り、わいせつ物の所持を禁止している。
(わいせつ物頒布等)
第百七十五条 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

 本条の規定は、明治40年の現行刑法制定時から存在していたが、終戦までほぼ問題になることはなかった。
 当時、出版法および新聞紙法によって全ての出版物は内務省に提出して検問を受けることを義務付けられていたからである。「安寧秩序を妨害し風俗を壊乱」すると見なされればあらかじめ発禁処分となっていたため、いったんその検問を通過した出版物が後から175条違反に問われる心配は事実上なかった。
 戦後になってからGHQによって検問制度が廃止させられ、また1947年に施行された日本国憲法21条2項は明確に「検閲は、これをしてはならない。」と定められているため、「わいせつな」文書は出版後に取締られることになった。
日本国憲法
〔集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護〕
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
 しかし当然、刑法175条そのものが第21条違反であるという批判が噴出しているが、裁判所は合憲の判断を維持しており、本条改正は「表現の自由派」のいわば大目標ないし悲願とでもいうべきものになっている。

わいせつの意義
「わいせつな」とはどの程度のものかについて、法律解釈上は様々な議論があるが1951年に「サンデー娯楽事件」の判決理由で示された言葉が、現在でも踏襲されている。
記事はいずれも徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと認められるから、原判決がかかる記事を掲載した多数文書を販売した被告人の所為を刑法一七五条所定の猥褻文書の販売行為に該当するとしたのは正当である。(サンデー娯楽事件判決)
 この文を3つに分けて整理したのがすなわち、
1.性欲の興奮・刺激
2.性的羞恥心の侵害
3.善良な性的道義観念への違反
 の「わいせつの3要件」とされており、この言葉の解釈をめぐって各種の裁判で争われてきた(関税法における「風俗を害すべき」物品など175条以外の裁判にも援用されている)が、裁判所は一貫して各表現物がこれらに「当てはまるかどうか」を判断してきており、わいせつの基準がこの3要件であること自体は変わっていない。

 ただし実際には、警察・検察は「性器の露骨な描写があるか、消しが不十分でないか」ということを基準に摘発を行っており、裁判所はその正当化のために3要件に当てはまるととにかく強弁する傾向がある。極端なものは2020年に最高裁判決が出た「ろくでなし子事件」である。
 被告人側としては罪を認めるのでない限り、わいせつでないことを主張しつつ「公正な」判断をしてくれる裁判官に当たるか、それとも訴えられたものを何が何でもわいせつに当てはまると強弁するタイプに当たってしまうか、前者であることを願いつつ法廷闘争に臨む……というのが実情であろう。

わいせつの判断以外の論点の一部
174条との均衡
 いわゆるストリップショーは、現実の女性の裸体や性行為を実際に観客に見せるものだが、罪名としては本罪にならず公然わいせつ(174条)となる。公然わいせつの方が刑がかなり軽いため、よりリアルな方が軽いことになり不均衡が指摘されている。
 しかし通説では、現実の人体を175条の「物」として処罰するのは類推解釈と言わざるを得ず、刑法での類推解釈は禁止されているため、やむを得ないとされている。

文書・図画・その他の物とは
 発音的符号によって表示されているものが文書。象形的方法によって表示されるものが図画とされ、絵や写真のほかにフィルムのように現像や再生で初めてわいせつな画像として視認できるものも含む。その他の物には彫刻なども含む。
 これらのどれであるかで扱いが変わるわけではないので区別する意味はあまりないが、媒体の違いで処罰を免れることは困難である。

「頒布」と「公然と陳列」とは
 頒布は相手方に渡すこと。
 公然と陳列とは「不特定または多数人が認識できる状態に置くこと」つまり実際に物を売る・貸す以外に、不特定多数の人が見たり聞いたりできる状態においておくことである。
 絵などを置いておく以外にも、映画の上映、録音テープの再生などである。「ダイヤルQ2」*1でのアダルトな録音サービスの提供や、ネットサーバに画像データなどを置いて不特定多数が閲覧できる状態にしておくことも含まれる。

第2項の「有償での頒布」
 わいせつ物を所持しているだけで罰せられるのは「有償での頒布」つまり売ったり有料レンタルしたりする目的での時だけである。
 自分で楽しむためや、友人などにただで貸すつもりがあったというだけでは所持は処罰されない。
 
など法学的には各種の論点がある。

代表的な刑法175条をめぐる裁判事件:
確定判決年事件名作品ジャンル結果備考
1951サンデー娯楽事件雑誌記事有罪わいせつ3要件の誕生
1957チャタレー事件小説有罪芸術性によってわいせつ性はなくならないと判断
1969「悪徳の栄え」事件小説有罪芸術性・思想性などがわいせつ性を低減させる可能性を認める。全体で判断すべきとする。
1980四畳半襖の下張り事件小説有罪全体としてみたときの判断基準をより詳細に判示。
1982愛のコリーダ事件映画無罪 
2000大阪FLマスク裁判電子データ有罪モザイク消しソフトの提供が幇助犯に当たるかが争われた。
2007松文館事件漫画有罪自主規制による局部修正の拡大を招く。
2020ろくでなし子事件ポップアート有罪第1審では一部無罪。

参考リンク・資料:
刑法 - e-Gov法令検索 - 電子政府の総合窓口e-Gov イーガブ
山口厚『刑法各論』有斐閣
芦部信喜『憲法 第7版』岩波書店
松井茂記『日本国憲法』有斐閣