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「決まり、だな」

幹部会議の最後にチームリーダーの口から放たれたその言葉は、同チーム幹部である土方錦に、深い失望と怒りの表情を浮かび上がらせた。

「沖田…確かにあいつは腕が立つ。ここにいる俺達、誰一人としてあいつに敵わねぇだろう。
だが…いや、だからこそあいつが反旗を翻した時のリスクを考えなきゃならねぇんだ」

スクラップ置き場の一角で、篝火を中心に遠巻きに円陣を組む幹部達は、その場にいる全員が誰一人として言葉を発さず、緊張した面持ちでリーダーの次の言葉を待っていた。

「我々「誠心忠士隊」は、メンバー「沖田勇実」のチームからの追放、ならびに粛清を決行する。…以上だ」

リーダーである近藤将(こんどうたすく)の口から明確な意思決定が下される。
その言葉を受けて、その場にいた幹部全員が即座に行動を開始した。
ただ一人を除いて。

「…不服か?土方…」

近藤の命を受けてその場を離れていく幹部たちの中で、唯一席を立とうとしない男、土方錦。
焼け焦げた一斗缶の中で燃える木材が生み出した篝火が、その顔を赤く照らしていた。

「…結局、俺の訴えは全くの無駄だったってことか。
幹部だ副長だって言われちゃいるが、仲間一人を守る事も出来ねぇんじゃ…そんな肩書きに意味は無ぇ」

赤く揺らめく炎を見据えたまま、土方はそう呟いた。
だが一度決定されたチームの意向が覆らないことは、土方本人もよく知っていた。
そして彼もチームの一員である以上、その決定には従わざるを得なかった。
その事が、今彼の身体をこの場に留めている原因の一つとなっていた。

沖田勇実と土方錦。
二人の出会いは彼らが所属していたチームの結成当初にまで遡る。
当時、「キング」と呼ばれていた男が第一線を退いた事によって、街中の不良たちが統制を失い、暴挙を繰り返す「暗黒期」が訪れていた。
泥沼化する抗争、公権力との争い、荒廃していく街。
そういった無益で愚かな騒乱を食い止める為に立ち上がった者が集い生まれたチーム「誠心忠士隊」。
土方は、その創設メンバーの一人だった。

混迷を極める暗黒期。先の見えない戦いを強いられていた「誠心忠士隊」は、ある時一人の男に率いられた凶悪極まるチームと対峙する。
「天狗党」という名のそのチームは、リーダーである鴨沢嗣治の意向により完全にタガの外れた暴力集団と化していた。
幾度も「天狗党」との戦いを繰り返すうち土方は、敵方のある一人の男に目を奪われた。
その動きの流麗さや太刀捌き。そして何よりその瞳の奥に宿る、信念という名の炎に。

やがて鴨沢が何者かに襲われ失脚、「天狗党」も解体されたという報を受ける。
あまりにも呆気ない結末に拍子抜けしつつも、「誠心忠士隊」の面々は一つの戦いが終わったことに対する安堵に胸を撫で下ろした。
しかし土方はこの報を受けた時、一つの確信を得ていた。鴨沢の襲撃は「あの男」の仕業に違いない、と。
「あの男」の瞳に宿る信念は、鴨沢のような男のそれとは対極に位置するものだった。

悪逆の限りを尽くした男の末路が、仲間の裏切りによる失脚か。無様なものだ。
土方はそう嘲笑するとともに、「あの男」の行方も気になっていた。
チームが解体した今、彼はどこで何をしているのか。
彼のような男であれば、自分たち「誠心忠士隊」の理念に共感し、共に戦う事が出来るのではないか。
そう考えた土方の、その後の行動は素早かった。

「あの男」の身元を洗い出して行方を探る一方で、チームの幹部やヘッド達の説得を根気よく続けた。
これからの戦いの道を共に歩む、新たな仲間を迎え入れる為に。
そして遂に「沖田勇実」は、「誠心忠士隊」の新たなメンバーとして参画することとなった。

「誠心忠士隊」という、自身の信念を理想的な形で体現できる場を得たことで、沖田はその実力を遺憾なく発揮し始める。
当初は「元敵チームの幹部」と揶揄されることもあったが、暫くするとその声も徐々に消えていき、遂には彼を批判的な目で見る者は誰も居なくなった。
それほどまでに沖田の実力と誇り高さは、チーム内でもずば抜けていたのだ。
沖田の加入により「誠心忠士隊」の戦力は充実し、永きにわたりその勢力を保つ事となった。

そして訪れる暗黒期の終わり。
後にカリスマと呼ばれることになる男「不条実」の登場により、街は正常化への道を歩み始める。
不条は、無益な争いにより疲弊の極みにあった街の不良たちに諸手を挙げて歓迎された。
一人の男の手で、闘争によらない街の不良たちの統一が成されようとしていた。

一方、武力制圧という手段で街の正常化を図ってきた「誠心忠士隊」には逆風が吹き始める。
闘争を介さぬ正常化が徐々に広まりつつある街において、彼らの存在は既に異端となりかけていたのだった。
街を守るという意思が集って結成された「誠心忠士隊」。しかし不条の登場によりその存在意義は失われつつあった。
そんな中、遂に失望を覚えチームを脱退する者が現れ始める。
かつて街での最大級勢力として名を馳せた「誠心忠士隊」は、徐々に弱体化していった。

「意義なんて関係ないよ。僕は僕の出来る事でこの街を…そしてチームのみんなを護る。それだけだ」

チームの最盛期には人数が多すぎて、沖田とはまともに話すことすらできなかった。
しかし皮肉なことに、衰退の最中に交わしたこの言葉だけは土方の脳裏に焼き付いていた。

減った人数を補うかのように沖田は更にその腕を磨き上げ、比類なき戦闘力を身に着けていった。
さらに以前にも増して、沖田は困難な任務に積極的に赴くようになった。
不穏な動きを見せるチームの幹部襲撃をはじめとする危険な任務を、少数または単独で次々と成し遂げるなど、その功績は幹部の中でも群を抜いていた。
誰もがその実力を認め、驚嘆し、そして恐怖した。心の底からこの男が味方であって良かった、と。

やがてその恐怖は一つの疑念を芽生えさせ始めた。
それは「沖田勇実は、永遠に自分たちの味方で居てくれるのか」という事だった。
冷静に考えれば、馬鹿げた話だと笑い飛ばされる程度の物だったのかもしれない。
だがその恐怖の矛先がもし自分たちの方を向いたら、と考える者は少なくなかった。

さらに元は沖田が敵チーム「天狗党」の幹部だったという事実も、その考えに拍車をかけていた。
敵チームを見限り、「誠心忠士隊」に籍を移した凄腕の男。
ならば再び他のチームに移り、自分たちに刃を向ける可能性はゼロではないのではないか。
そんな考えが頭をよぎるのは無理からぬことであった。

チーム内の沖田に対する風向きが変わり始めたことを、土方は敏感に感じ取っていた。
そんな馬鹿な事があるものか、とチームのメンバーを一喝することもあった。
しかし一度芽生えた疑心暗鬼の芽は、再び土に身を潜める事は無かった。

そしてヘッドから、チームの幹部に突如収集がかかる。
集合場所は普段あまり使う事の無い集会場所だった。
土方は集められたメンバーの顔を一瞥するがその中に沖田の姿は無い。
今日の集会の議題が容易に想像できた土方は、来るとこまで来ちまったか、と心の中で歯噛みした。




「土方…お前が沖田を連れてきた事には感謝してるさ。
…だが、あいつは強すぎた。強すぎる力は恐怖と同じだ。恐怖と共に歩んでいける奴なんか、誰も居やしねぇ」
「だからって…何もしてない沖田を追い立てて潰すのか?あいつがやってきた事は一体何だったんだ…?」

近藤は懐から煙草を取り出し、火を点けた。ひと吸いした後、黙祷を捧げるかのように瞑目する。

「…たった一人にビビり上がっちまって、寄ってたかって始末しようってんだ。情けないったらねぇよなぁ。
だがよ、俺はチームを護っていかなきゃならねぇんだ。たった一人の為にチーム不和が生まれようってんなら、俺はそれを排除する。
それがチームを存続させるために必要だってんなら、罵られようが蔑まれようが何だってやってやる。…汚名は甘んじて受けるさ」

未だ煌々と燃え続ける篝火に、吸い差しの煙草を投げ捨てる。
座ったまま動こうとしない土方を見て苦笑を浮かべると、近藤はその場を立ち去ろうとした。

「…終わるぞ。このままじゃ…。今以上の不和や疑心暗鬼が、チームに蔓延ることになる。それでいいのか?」

近藤の背中に土方が問いかけた。その声を受けて近藤の歩みが止まる。
土方の言葉の意味。それは近藤にも理解できた。沖田の粛清により、チームには再び安寧が訪れるだろう。
だがその後はどうか?土方はチームメンバー内に、もしかしたら次は自分が粛清の対象になりはしないか、という疑念が生まれる可能性を示唆しているのだ。
沖田とは境遇が異なる、と考える者も少なくないだろう。
しかし一度やってしまったからには、どのような形であれ、再び同じような事が起こりうる可能性を誰もが考えるのは当然の事だった。

「そん時ゃあ…このチームも終わりだろうな。幸い、俺達みたいな物騒な連中はもう必要ねぇみてーだし、丁度いいんじゃねぇか?」

肩越しに土方を見つめ、近藤は不敵な笑みを浮かべる。そしてこう言葉を繋げた。

「土方…お前は好きに行動しろ」
「…どういうことだ…?」

その真意を測りかねた土方が、ストレートに言葉を返した。
他の幹部達はすでに沖田の始末の為に行動を開始している。
チームの意向である以上、自分もそれに従うしかないと思っていたが、「好きにしろ」というのが近藤直々の言葉であるなら話は別だ。
だがその目的はなんなのか。いくら考えても、土方にはそれがわからなかった。

「別に、意味なんてねぇよ。お前は沖田を潰す事に反対してたからな。
そんな奴に無理やり命令したとして、足手纏いになるだけだ。だったらお前の気の済むように好き勝手やりゃあいい」
「………」
「いいな?お前の思う通り、好きにやれ。…その代り、俺らの邪魔だけはすんなよ?そこんとこだけは『命令』しとくぜ」

そう言い残すと近藤は、鼻で笑いながらその場を後にした。
逆光に晒されて長く伸びた近藤の影と、その先にある背中を見つめながら土方は、自分が成すべき行動を模索し始めていた。




都心からわずかに離れた場所にある工事現場。夜も遅く、既に周囲からは人の気配は失われている…はずだった。
消し忘れたのか、防犯の為か。灯光器が一つだけその場で自身の存在を主張するかのように煌々と明かりを放っていた。
昼間かと見紛うほどの光すら届かない闇の向こうから、砂利を踏みしめる足音が聞こえてくる。
その足音の主は、何の躊躇もなく明かりの方…灯光器の真下へと歩みを進めた。
左手には一振りの刀。周囲の闇を塗り込んだかのような漆黒の外套。感情を失ったかのような冷たく鋭い眼光。
その場に姿を現したのは、「誠心忠士隊」から離反して追われる身となった『反逆の剣鬼』沖田勇実であった。

吐く息すら凍りつきそうなほどの寒さの中、沖田はそれすらも上回る張りつめた空気が周囲に満ちているのを感じていた。
誰か居るな。数人どころではない。一つのチーム並みの人数がこの場所に居る。
建造中のマンションの内部。何も見えない完全な闇に向けて沖田は向き直り、鋭い視線を向けた。

「…さすがに気付くか。まぁ、そうでなければこんな暴挙を犯した挙句、今の今まで逃げ延びる事など出来んだろうしな」

まるで視線に対する返答のように、闇の中から言葉が返ってくる。同時に沖田の周囲に複数の人間の気配が現れた。その数、およそ20。
囲まれた、ということか。沖田は冷静に状況を整理し、闇の向こうから現れた男たちを一瞥した。
沖田にとって誰も彼もが見知った顔。「誠心忠士隊」の幹部を含む、メンバーのほぼ全員が勢揃いしていた。

「感動のご対面、ってわけにはいかんだろうな。何せ今から俺達はお前を…始末するからだ」

一歩前に踏み出して来たその男は、まるで不要になった玩具を廃棄する時のように淡々とそう口にした。
山南芳忠。「誠心忠士隊」の幹部の一人であり、土方錦と共にチームの副ヘッドの地位にある者。
「誠心忠士隊」の中において、最も規律を重んじる男であり、彼の前でその禁を犯した者は、死すら生温いと言われるほどの粛清を受けるという。

「山南さん…。僕を始末する、というのはどういうことですか?」
「お前は俺達のチームの禁を破った。…それが理由だ」

山南の言う事について、沖田には思い当たる節が無いわけではなかった。
「チームを無断で脱退する事を禁ずる」という事に関しては、確かに沖田はその禁を破った事になるだろう。
しかしそれは順序が逆だ。
沖田がチームを無断で去らねばならなかったのは、チーム幹部による沖田の粛清計画が進められていることを知ったからだ。
それを知ってなおチームに残り続ければ、いずれにせよ彼らからの粛清を受ける事になっていたはずだ。
どうあっても自分を始末するつもりだった。その事実が明確に示された瞬間、沖田の思考は急速に冷めていった。
こんな結末を迎える為に、自分は今まで戦って来たのか、と。

「…傲慢ですね。誠心の二文字が泣きますよ、山南さん…」
「言うな。…許せとは言わん。元より許して貰うつもりもないし、許されるとも思っていない」

自らの得物である、独特の曲線を描く刀を抜き放ちながら、山南は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。
周囲を取り囲んだ「元」チームメンバー達も、各々が沖田に仕掛ける瞬間を伺っていた。

「局中法度…仕置き開始…!」

山南の掛け声と共に、幾人もの影が沖田に向かって飛びかかった。




「…あぁ、そうだ。すまないな、この礼はいつか必ず…あぁスマン。それじゃ頼んだぜ」

何十件もの電話をかけ続けた土方は、最後の相手との会話を忙しなく切り上げた。
沖田の粛清に参加した幹部と違い、土方には襲撃ポイントを含む作戦の詳細が一切伏せられていた。
それ故、今のままでは沖田の所在は勿論他の幹部の居場所すらわからぬまま、闇雲に街を探し回る事になる。
そこで土方は、自身の持つ人脈全てを使って情報を集め、場合によっては沖田の身柄を抑える事を街の不良たちに依頼することにしたのだ。
一人で駆けずり回るよりその方がはるかに効率的である上に、当の本人と対峙した場合、自分一人では取り逃がす可能性も高い。
それならば、と恥を忍んで知人縁者に協力を要請したのだった。

幸い彼の置かれた状況を知る者達からは快く協力を約束された。
今頃街中には沖田を探し、または捕える為に名うての不良たちが巡回を開始している頃だろう。
その窓口となり、不良たちとの橋渡しをしてくれた紗東舞に心の底から感謝しつつ、自身も動き出す準備を着々と進めていた。
その時。通話を終えたばかりの電話から着信を告げる振動を感じた。
一秒を争う事態の最中に、と煩わしく思いつつ土方は携帯のモニターに目をやる。

「…何…?」

発信相手は近藤将。先ほどその背中を見送った男からだった。
どういうことだ…?纏まらない思考のまま、土方は通話のボタンを押していた。

「何かあったのか?近藤…」

通話が開始されるとともに、質問をストレートにぶつける。余計な会話をしている余裕はない。
僅かな沈黙の後、受話器の向こうから苦笑と共に近藤が喋り始めた。

『…土方。俺ぁ今から沖田んところに行く。その上でお前に頼みたい事があるんだ』
「…頼みたい事…?」
『あぁ…大事な事さ』

その一瞬、土方は急いでることも忘れ近藤の声を聞いていた。
こんなに畏まった近藤の声を聴くのは初めてだったからだ。

「何を頼みたいって…?俺にはあまり時間は無いんだがな」
『なァに、ちょいとばかし面倒ではあるが…単純な事さ』
「…勿体付けずに早く言え。俺には時間が無いと言ったはずだ」
『………』

沈黙。
普段の土方ならば、このような状況で焦らされようものなら即座に電話を切っていただろう。
しかし今電話の向こうにいる近藤は、自分の知っているいつもの近藤ではなかった。
その事が、土方に通話を切り上げさせることを拒ませていた。

「どうした?話を続けないのならもう切るぞ」
『…そうだな、このまま何も告げずに終わるのも悪くない。だが、そんなんじゃ山南や俺…それに何より沖田が報われねぇ…』
「沖田、だと…?」

近藤の口から沖田の名が出たことに、土方は驚きを隠せなかった。
何故ここで、粛清対象であるはずの沖田の名が出たのか。そもそも報われないとはどういう事か。
再び訪れた沈黙の後、近藤は再び言葉を紡ぎ始めた。

『あいつ…沖田が俺達のチームを抜けたのは何故だと思う?』
「それは…俺達があいつを始末しようとした…からだ」
『そう。それは紛れもない事実だ。俺達があいつを追い込んで、こういった暴挙に走らせる結果となった。…だがな、それだけじゃないんだよ…』
「なんだと…?それは…一体どういう…!」

更なる驚愕の声を上げた土方の言葉を遮り、近藤は強い決意の籠った声で言葉を続けた。

『お前には伝えておく必要がある。この騒動の真実をな。そして全てが終わったら…後の事を頼む』




「…これほどか…沖田勇実…!」

刃の欠けた刀を杖代わりにして体を支え、山南芳忠はそう言葉を紡ぎ出した。
周囲には沖田討伐の為に集まったチームメンバーが、呻き声一つ上げずに幾人も横たわっている。
命に別状はないだろうが、重傷であることに変わりは無い。一刻も早い手当てが必要だろう。
だが、その為には眼前に立ちふさがる剣鬼を倒さねばならなかった。

「山南さん…貴方を見下すわけじゃないけど…。貴方に僕は倒せない。諦めてくれ」
「…ッ!!貴様あぁぁぁ!」

悲しむような、憐れむような瞳を向けそう語りかけてくる黒衣の剣士。
沖田勇実は満身創痍の山南芳忠に、淡々と事実を告げていた。
その言葉と視線は山南の誇りを深く傷付けた。力量が及ばぬことは仕方ない。
しかし沖田から向けられる憐れむような視線だけは断じて許すわけにはいかない。
度重なる剣撃を受け止めてきた愛用の刀を、無我夢中で繰り出し続ける。目標は当然眼前の男、沖田だった。

「負けるわけにはいかないんだ…俺は!近藤から受けた命令は必ず遂行する!
離反者や反逆者など、俺達のチームから出てはならないんだ!万が一にもそんな不心得者が現れたのなら…俺がこの手で始末する!
沖田…例えそれがお前であったとしても…!俺は…俺とチームの誇りにかけて、お前を打ち倒す!!」

山南の声は最早絶叫に近くなっていた。
己を鼓舞する為の言霊、と言えば聞こえはいいが、言い換えてみれば大声を上げながら特攻を仕掛けているようなものだった。
姿勢も力加減も出鱈目な太刀筋を冷静に避けながら、それでもなお沖田は冷ややかな視線を山南に向けていた。

「……!沖田ああぁぁぁぁぁ!」

怒りに任せた渾身の一撃を、山南が沖田に打ち下ろす。
その一刀はついさっきまでの何の法則性も持たない攻撃とは裏腹に、正確に沖田の頭蓋を叩き割る軌跡を描いていた。

ぱきん、と軽い音が鳴った。
刀の柄を握る手を、沖田の身体を頭から爪先までの縦一文字に振り抜いた。
勝った、と山南は朦朧としかけた意識の中でそう思った。
しかし何かがおかしい事に気付く。握った柄から、何かを叩き切ったような感触が伝わってこない。
それにその柄からは一切の重みが感じられなかった。

いつ抜き放ったのか。
沖田の手には、先ほどまで柄に収められていたはずの刀が、抜き身で握られていた。
それだけではない。まるで彫刻のように横薙ぎに刀を抜き放った姿勢で静止していた。
予備動作も刀を抜き放つ瞬間もまるで見えない、神速の抜刀術。
その妙技により、山南の刀は根元から「切り落とされて」いた。

「沖…田……!!」

一拍遅れて山南の両の二の腕と胸板から、鮮血が飛び散った。
刀を横薙ぎに切り払うと同時に、山南の身体をも切り裂いていたのだ。
山南はその身体が弾かれたように後方に仰け反り、土埃を巻き上げて倒れ込んだ。
周囲に横たわる仲間同様、重傷ではあるが命の危険は無いだろう。しかし戦うための意思と「牙」は完全に折り砕いた。

襲って来た幹部連中はすでに倒すか逃亡させている。
山南が幹部最後の一人であり、これで「誠心忠士隊」が自分へ向けた討伐部隊はほぼ倒した。
事実上「誠心忠士隊」は、沖田一人が壊滅させた事になる。
…いや、少なくともあと一人は、自らの手で倒さねばならないだろう。
そしてその相手は、もうすぐそこまで来ている。

「おーおー、派手にやってくれたもんだなぁ…沖田よぉ」
「…来ましたね、近藤さん」

少し離れた位置にある灯光器の真下から、どこか飄々とした声が響く。
いつの間に現れたのか。いや、あるいは最初からそこにいたのか。近藤将は沖田の予想通り、堂々と姿を現した。
咥えた煙草を手に取り、暗闇に向けて指で弾き飛ばしながらゆっくりと沖田に近付く。
一見隙だらけに見える無防備な歩き方をしているが、その身のこなしに隙など無い事を沖田は知っていた。
一切の警戒を解かぬまま、近藤が近づいてくるのを待つ。

「自業自得とはいえ…ここまでやられちゃなぁ…。お前をブチのめすしか、俺の面目を保つ術はなさそうだ」
「そうですね。…貴方がそうせざるを得ないように、徹底的にやらせてもらいましたから」
「…フン、言いやがる」

半身に構えた沖田が、手にした居合刀の柄に手をかける。
新たな煙草に火を点けようとした近藤はその動きを見て手を止めた。肩をすくめながら懐に煙草を仕舞い込む。
返す刀で懐から愛用のナイフを取り出すと、その刃を指で軽くなぞった。

「これだけの騒ぎを起こしたお前だ。お前の事を受け入れるチームなんかこの街にはねぇだろう。お前は…俺達の屍を超えてどこへ向かおうとしている?」
「…そうですね、この街にはもう僕の居場所なんてないでしょう」

自嘲気味に、しかし強い意志を感じさせる声色で沖田はそう答える。

「…数週間前、僕に接触してきた人が居たんです。その人は僕にこう言いました。我々の仲間になれ、ってね。
そしてこうも言いました。僕の居場所はすでに「誠心忠士隊」には無い。遠からずその座を追われる時が来る、と」
「へぇ…随分と先見の明のある奴だな。何モンだ?そいつは」
「言えません。僕が彼らの仲間になるための条件の一つに、その正体を明かさないことが含まれていますから」

固く引き結んだその口元には、恩義のある男を打ち倒さねばならないという苦悩が見て取れた。
反面、その鋭い眼光は近藤の挙動の全てを捕らえ、一瞬で何もかも終わらせる事が出来るという自信に満ち溢れている。
相反する感情の狭間で、沖田の心は未だ揺れ動いていた。

「条件の一つ、ってことは他にも何か条件がありそうだな。差支えなければ教えてくれねぇか?」
「…それを知って…どうするつもりですか?」
「どうもこうもしねぇよ。…ただ気になっただけさ」
「………」

相手のペースに飲まれてはいないだろうか。
この何気ない風を装った近藤の会話で数々の強豪チームの猛者たちがペースを崩し、破れていった様を沖田は知っている。
だが、この程度の駆け引きをいなせないようでは、自分は「彼ら」に認められる事などないだろう。
真正面からこの強い男を打ち破る。それが「今の段階」における自分の最後の仕事なのだ。

「『誠心忠士隊を壊滅させ、僕自身の退路を断つ』事。これが僕に課せられた、もう一つの条件です」
「…やはりな、そんなところだろう。…よほどの覚悟を要求するチームらしいな、お前の『転職先』は」

刃をなぞっていた指を離し、順手から逆手に持ち変える。
どうやら聞きたいことはもう無いらしい。お喋りの時間は終わりという訳だ。
そう判断した沖田は、両足のスタンスの幅を悟られない程ゆっくりと、しかし確実に変えていく。
最も効率的かつ正確な一撃が繰り出せる姿勢へ。

「一瞬で終わらせます。…痛みを感じる暇もないほどにね」
「そいつは…ありがたい話だねぇ」




土方は夜の街を独り彷徨っていた。
近藤との電話を終えてかなりの時間が過ぎており、土方の顔に焦りの表情が浮かぶ。

「近藤…馬鹿野郎が…!カッコつけてんじゃねぇよ…!」

誰に聞かせるわけでもなく、土方の口から自然にそんな言葉が漏れた。
近藤の言葉とチームの活動範囲から割り出した、最も襲撃に適したポイントを割り出した土方は、一人その場所へ向けて走り出していた。
その脳裏に、近藤と交わした最後の会話が思い出されていた。


『沖田は…どうやらとんでもない連中と接触してたみたいでな。…知ってるか?数か月前にこの街を騒がせた『断罪者』って奴らを』
「断罪者…って、あの無差別襲撃事件の主犯って言われてた奴らか…?」
『あぁそうだ。どうやらその断罪者って連中は、俺達が沖田を危険視し始めたことを察知し、それに乗じて沖田を『あちら側』に引き込む算段を企ててるそうだ』
「…ちょっと待てよ…。なんでそんな事をお前が知ってるんだ?」
『伊達にチームリーダーやってるわけじゃねぇさ。情報源ってのはどこにでも転がってるもんだ』

大雑把で豪放磊落に見えるこの男のどこにそんな人脈があるのか。
土方はそんな疑問を抱かざるを得なかったが、今はそこを追及しても仕方がない。

『ともかく、沖田は『あちら側』へ行くことを決心したようだな。…ま、無理もねぇか。俺達のチームに居たってジリ貧なんだからよ』
「あいつ…俺にはそんな事、一言も…」
『当然だろうな。断罪者って連中は極端なまでに秘密主義だって話だ。そうでなくとも脱退後の見受け先の実態を明かす奴なんか居ないだろう』
「…それで、なんなんだ?お前が俺に頼みたいっていう後の事ってやつは…」

前置きは終わった、と判断した土方は近藤の話の核心に触れた。
もっとも、今聞かされた話もあまりに現実味が無さ過ぎて半信半疑ではある。
今起こっている状況が、その話が真実であることを告げているも同然だった。
それならば今ここで異を唱えたとしても何の意味もない。
ならばいち早く話を終わらせ、行動に移った方が得策だ。そう思って土方は近藤に先を促した。

『…さっきも言った通り、単純だが面倒な事をお前に頼みたいのさ。具体的には…俺達が壊滅した後の始末、だな』
「…何!?どういう…事だ?」

あっけらかんとそう答えた近藤に、声を裏返さんばかりの勢いで土方は言葉を返す。
当然だ。今この男は、自分たちが壊滅する、と高らかに宣言したようなものだったからだ。

『あいつは…沖田は俺達を潰しに来るだろう』
「…俺達への復讐か…?」
『復讐…ってのとは少し違うな。あいつにとっての禊みたいなモンだ。俺達はあいつを裏切った。その咎は受けなきゃならねぇだろう。
…気付いてたか?沖田の粛清に参加した連中の顔ぶれ。…あいつらが束になったって沖田一人には到底敵いやしねぇ。
ま、いい勝負が出来そうなのは山南くらいなもんだろうが…それもどうだろうな』

自嘲気味に笑う近藤の声を聴き、土方はある一つの、そして恐ろしい考えに辿り着く。
敵う筈のない相手に、チームメンバーのほぼ全員を差し向ける。その結果起こり得るのは…チームそのものの壊滅。

「まさか…沖田に向けて差し向けた連中は…!」
『そうだ。あいつの禊の為に差し出した、哀れな生贄ってところだな。…この事実を知ってる者は俺と、今この話をしているお前だけだ。
俺達は、たった一人の男の強さに怯え、付和雷同し、結果そいつの信頼を裏切った。
お前の言う通りさ。こんなガタガタな信頼関係しか築けない様なチームじゃ、後に残ったメンバーも疑心暗鬼に駆られちまう。
そんなチームは…存在する意義すら無ぇ。「誠心忠士隊」か…皮肉なもんだ。既に俺達には、誠意も心もありゃしねぇ』
「近藤…お前は、まさか…」
『あぁそうだ。沖田にとって、俺は最後の仕上げってわけだ。…だから俺は行く。行って沖田の決意を確固たるものにしてやるのさ』

電話越しに聞こえる近藤の声には、焦りも怒りも、悲しみすらも感じなかった。
受話器からはただ淡々と、無感動にこれから自分が行うべき事を土方に告げる声が響いていた。

『ま、そういう訳だ。後の事はお前に任せる。頼んだぜ、土方』
「…良いのかよ、それで。お前はさっき、俺にこう言ったよな?仲間とチームを護る為ならなんでもやるって。それを全部放り出して…何がヘッドだよ」
『耳が痛ぇな…。だがもう手遅れだ。今頃、俺が守るべきチームのメンバーは壊滅してる頃だろうな。
そしてここに居るのは…安っぽいプライドの為に無意味な喧嘩に向かおうとしてるただの馬鹿野郎だ。「誠心忠士隊」のヘッドはもう、どこにも居やしねぇんだよ』
「近藤…」
『…お前は、俺みたいになるんじゃねぇぞ。…ま、その心配は無ぇか。じゃあな土方』

言葉と返そうとした土方の思考よりも早く、近藤から通話を切断された。
裏切りの代償として、討たれるための喧嘩に赴く。それが近藤将という男が選んだ道だった。


「間に合え…あと少しだ…!」

再び、自然と口をついてそんな声が漏れ出る。
大丈夫だ。沖田がいくら強いとはいえ、チームのほぼ全員でかかれば多勢に無勢。勝負の行方は分からない。
それに恐らく、近藤もその場に居るはずだ。となればさすがの沖田でも劣勢を強いられている可能性だってある。
間に合う。大丈夫だ。自分にそう言い聞かせ、土方は自身の割り出した場所…都内の某所にある工事現場に足を踏み入れた。

しかし。
土方の抱いていた希望的観測は、眼前に広がる惨状によって打ち砕かれた。
横たわり、身じろぎ一つしないチームメンバー。
刀を砕かれ、仰向けに倒れて気を失っている山南。
そして…灯光器の柱に身を預け、夥しい血だまりの中で蹲る近藤。

土方の、声ならざる叫び声が、闇夜に響き渡った。




襲撃を受けた工事現場から遠く離れた、小高い丘の上にある展望台。
沖田勇実は、そこである人と接触するために一人佇んでいた。
冬の風が高台を撫で付ける。文字通り刺すような冷たい風が、左腕の刺し傷に沁みる。
一瞬で終わらせる、という訳にはさすがにいかなかったか。
沖田は傷を右手で押さえながら一人ごちた。

展望台の時計がかちりと音を立て、長針と短針が一つに重なった。
沖田は展望台から見える夜景に背を向ける。その視線の先には、展望台に一つだけ設置された街灯があった。
その明かりに照らされた人影に、沖田は静かに歩み寄っていった。
そこに居るのは一人の女性。一見華奢な身体付きで、夜中に出歩くには相応しくない程に儚げな印象を与える顔立ちをしていた。
しかしその眼光は、相対する沖田のそれと同等か、それ以上の鋭さを放っている。
その身体には、幾多の修羅場を潜り抜け、命のやり取りをしてきた者にしか出せない雰囲気を纏っていた。

「ご苦労様でした。沖田勇実…。こちらが提示した条件を満たしたようですね」

涼やかではあるが、あくまで事務的な対応を思わせるその声色は、沖田にその存在が偽りの物ではないかと思わせるに十分なほどだった。
だが紛れもなく沖田の眼前には冷笑を浮かべるその女性は存在しており、感覚が崩壊しかけているかのような違和感を覚え始めていた。

「これで僕は…貴女たちの仲間入り、というわけですか。…随分と面倒な事をさせるものですね」
「人ならざる者となる覚悟。それを証明して頂かなくては、私たちの同志と認めるわけにはいきません。これはそのための儀式なのです」

一切の感情を見せないその女性…海神鏡歌は、淡々とそう言い放った。
沖田は、海神のその頑ななまでの冷徹な態度と、全てが終わった事に安堵の溜息をついた。

不意に街明かりの方へ眼を向ける。
誰かの叫び声のようなものが聞こえた気がした。
しかしそれは、更に遠くから聞こえてくる街全体から鳴り響く、地鳴りのような音にかき消されていった。

「…未練があるのですか?沖田勇実」

不意に背後からそう問いかけられる。
未練?それは何に対してだろう。
あのチームに対してだろうか?それとも、人ならざる者になる前の自分に対して?
…それは分からない。だが今の沖田にはそんなものを感じる余裕は無かった。
大きな事を成し遂げたという達成感と、今後自身が歩むことになるであろう修羅の道。
その二つの事柄が、自然と沖田にこう言葉を紡がせていた。

「まさか。今の僕には未練も後悔もありません」
「それは結構」

即断即答の沖田の言葉に対し、海神はこの場で出会って初めて表情を綻ばせた。
そして沖田に告げる。
今までの人生の終わりであり、新たな人生の始まりである言葉を。



「沖田勇実。ようこそ断罪者へ」


『反逆の壬生狼 完』

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