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深夜…人の気配を失ったビルの屋上に、その男は立っていた。
そこは彼にとって、ある意味特別な場所だった。
所属する組織の命を受け、一人の男を粛清するために訪れた場所だったからだ。

「あの事件」からどれくらいの時が経っただろうか。
記憶を呼び起こせば、鮮明にその瞬間が思い出される。
研ぎ澄まされた殺気、一瞬の攻防、息を飲むほど美しい弧を描いて舞い踊る白刃。

だが、ここにはもうその名残は微塵も残されてはいない。
兇気の断罪者…『黒須鉄狼』の起こした事件とその痕跡は、『機関』の手によって完全に抹消されたからだ。
当然最後の戦いの場となったこの屋上にも、『機関』によって完全な隠蔽工作が施されている。
今では彼の記憶の中にのみ、その事実を残すのみだった。

吹き上げる風が、彼のコートを巻き上げる。
頬を切り裂くような冷たい風に、まるで黙祷を捧げるように瞑目する。
そしてゆっくりと瞼を開き、しかしその瞳は眼下の街明かりを見据えてはいなかった。

超武闘派集団『断罪者』筆頭構成員「御門清十郎」。
それが、この男の肩書と名前である。

数か月前、彼の所属する組織『断罪者』に狂気に駆られ暴走した者が現れた。
若くして『断罪者』の一員となり、組織内での将来を期待されていた男『黒須鉄狼』。

本来、『断罪者』は己が信ずる正義を貫き通す者達の集団である。
そしてそれを支援し、その際に生まれる様々な情報や経済行為により利益を生む『機関』。
双方はお互いを利用した、いわば共生関係にあった。
時には『機関』の仕組んだ粛清を決行することすらあったが、『断罪者』に籍を置く者達にはその程度の思想誘導を意に介する者は居なかった。

ただひたすらに、正義を執行すること。
それこそが『断罪者』にとって、唯一にして至高の行動原理だったからである。
後顧の憂いなくそれが成し得るのであれば、他者の介在など問題ではなかった。

だが黒須は、他者の意に沿うことを是としなかった。
それどころか、『断罪者』の存在そのものを『機関』の狗とまで蔑み、誰の力も借りずに独力で正義を成そうとしたのだ。
目的のために手段を選ばない『断罪者』に対し、黒須はあまりに誇り高い「人間」でありすぎたのだ。
それ故に苦悩し、進むべき道を見失った黒須は心身を病み、無差別襲撃という暴挙に出たのだった。

御門は、黒須が『断罪者』の一員となった当初からその実力を認め、高く評価していた。
だが同時に彼の内包する、誇り高さ故の脆さも感じていた。

事件発覚後、速やかに下される黒須の粛清命令。
兇気の断罪者と化した黒須の粛清に現れたのは、他ならぬ御門であった。
実力、信念共に『断罪者』という組織内において比類なき存在。
筆頭構成員であり、「粛清者」の二つ名を持つ御門がその任を負うのは当然だった。

さらに、ある事実が『断罪者』構成員たちに少なからず衝撃を与える。
今まで数々の粛清を行ってきた御門だが、それらは全て組織より任命される形で行っていた。
しかし黒須粛清の任は、御門自身が自ら買って出たのだという。
その真意は遂に明かされることは無かったが、目的の達成を最優先に考えれば至極当然の人選であり、異論を唱える者は誰も居なかった。

そして粛清は執行された。
街中の不良たちと御門の手により、誇り高き狼が起こした『事件』は、遂に幕を下ろす。
我ながら、これほどまでに面倒な事態をよく収拾できたものだ、と御門は心の中で呟いた。

微かに金属の擦れる音が聞こえる。
それはこの屋上へ出るためのドアが開いた音だった。
足音は無い。何者だ?
御門はそれとわからぬほど微かな動きで、腰に帯びた刀の柄に手を添えた。

「おやァ?誰か先客が居ると思ったら…御門の旦那か」

一瞬の間を置き、聞き馴染んだ声が聞こえた。
小さくため息をつき、御門は刀に添えた手を離し、楽な姿勢を取る。
しかし振り返らず、街並みを向いたままでその声に応えた。

「貴様は相変わらず緊張感に欠けるな。葛葉…」

その返答を受け、気配と足音を隠すのを止めて、逆に誇張するかのように大胆に歩み寄ってくる一人の男。
御門と同じく『断罪者』の一員であり、他の構成員とはあらゆる意味で一線を画す者、葛葉乱空。
他者との関わりを絶ち、ストイックなまでに己の正義を貫こうとする『断罪者』。
その構成員の多くは心に深い闇を抱えているが、その中にあって葛葉はそういった陰を感じさせない男だった。

しかし御門は、その人懐こそうな笑顔の裏に潜む「狩人」としての本性に気付いていた。
同時にこの一見飄々とした男の底知れなさに、危惧にも似た感情を抱いてもいたのだった。

正義を貫くための組織に身を置きながら、全く異なる別の目的を持つと言われている葛葉。
聞けば、かつて辛酸を舐めさせられた一人の女を追ってこの街に来たのだというが、それも果たしてどこまでが本当かわからない。
葛葉にはそういった個人的な物とは次元の違う、もっと大きな目的があるように思えてならないと御門は常々感じていた。

「まぁそう言うなよ。いつもしかめっ面してるよりゃ、ずっとマシだろ?」

葛葉は懐から煙草を取り出し、火を点けた。
そして手に持つ箱から一本だけ煙草を伸ばし、無言で御門に差し出す。

「…いや、私は煙草はやらん」
「そう、か。そりゃ残念だ」

小さく肩をすくめ、懐に煙草の箱を仕舞い込む。
直立不動で屋上の柵の前に立つ御門に対し、楽な姿勢で鉄柵に背中を預け、吸い込んだ煙を吐き出す葛葉。
その対比はまるで双方の生き様を象徴しているかのように見えた。

「…何の用だ?」

単刀直入に、御門は胸中の疑問をぶつけた。
この場に現れた時、葛葉はまるで偶然ここに訪れたような素振りをしていたが、そうではない事は明白だった。
『断罪者』である彼が他者の気配を感じ取れないはずが無く、その相手が『断罪者』であればなおさらだ。
それにも関わらず、ああも大袈裟に驚いたように見せたのは何故か。
こちらを試したのか、それとも別の意図があるか…。

「何の用だ、ってのはご挨拶だねェ。…ま、強いて言えばただの世間話をしに来たってところかな」

笑いながらそう答える葛葉を見て、御門は小さくため息をついた。
それと同時に心の中で舌打ちをする。相変わらず食えない男だ、と。

「旦那こそ、こんなところで何やってたんだい?男一人で夜景を見に来たってわけじゃないだろう?」
「…まぁ…私の方は…色々、だな…」

御門は訥々とそう答えた。
確かに今日、ここに訪れたのは特に目的があったわけではない。
何かに衝き動かされるように、ただただ足がここへ向かっていた。

「…黒須の事かい?」
「…そう、だな…。奴の事を思い出していたのは事実だ…」

見透かしたように核心を突いてきた葛葉の言葉に、御門は正直に答える。
隠す理由は無いし、そもそもこの男に対して胸の内を隠したところで無意味だろうと考えたからだ。

「黒須は真っ直ぐな奴だったよなァ。…そういや昔の旦那に似てなくもなかったっけ。
だからこそ、旦那も黒須に目をかけてやってたんだろう?」
「…かつての私でも、あれほど向う見ずな行動は起こせなかっただろうな」

そう受け答えをしつつも、御門は葛葉がここに現れた理由を思考し続けていた。
ただの世間話をするためだけに、この男が動くはずがない。
今までの『断罪者』としての葛葉の実績が、「無意味な行動を取る」男ではないと告げていたからだ。

黒須の話を切り出してきたという事は、奴に関する事で探りを入れに来たのだろうか?
…有り得るな。いや、ただの杞憂にすぎぬかもしれぬ。
しかし「あの事件」に関する事で、こちらに揺さぶりをかけてきているのだとしたら…。

「なぁ旦那…アイツは今、どこで戦ってるんだろうな?」
「…!!」

この一言で確信した。
葛葉はあの時、自分が行った粛清の一部始終を知っている、と。

断罪者には、単独での驚異的な戦闘能力とともに、ありとあらゆる局面に対応できるフレキシビリティも求められる。
事後の処理の多くは『機関』の手により行われるが、事件直後の隠蔽工作及は各個人の仕事でもある。
その工作内容には「粛清対象者および遺留品の処理」も含まれていた。

「…貴様…知っていた、のか…?」

御門は乾いた唇を開き、そう問いかけた。
その問いに、葛葉は薄く笑みを浮かべる。

「安心しなよ旦那。この件であんたをどうこうしようって気はさらさら無いんだ。
…だが、あんたの取った行動がどうにも解せねぇし意外に思ったのも事実だ。
粛清者の異名を持つあんたが、黒須を「逃がした」って事がな。今日ここに来たのは、その真意が聞きたかったからさ」

最後のひと吸いを終えた煙草を地面に落とし、残り火を踵で踏み消しながら葛葉はそう言った。
『粛清を偽装し、黒須を生かしたまま逃亡させた』
これは本来、御門自身しか知りえない事実であり、『機関』の眼すら欺いた完璧な偽装工作だった。
だがその工作を看破して見せたこの男も、毛色は違うが確かに『断罪者』の一員なのだと、御門は改めて実感する。

「…深い意味など無い。奴は死ぬには惜しい男だった。…ただそれだけだ」

その言葉に嘘は無かった。
高い志と、それを成し得るだけの技量。そして誇り高さ。
それら全てを兼ね備えた男など、そうそう居はしないだろう。

黒須は次代の『断罪者』を担える実力を秘めた男だ。
それ故、あの場で黒須の持つ無限の可能性を消し去る事に躊躇いを感じたのだ。

そして何よりも…黒須の姿に過去の己の姿を重ねてしまった自分が居た。
愚直で融通が利かず、ただ信念を貫く事のみを目的としていたかつての自分の姿を。
過去の自分を切り捨てることは、現在の自分をも否定することになる。
それだけは、決してやってはならない愚行だと、御門の信念が告げていたのだ。

「本当にそれだけかい?もっと別の理由があると、俺は感じてるんだがね…」
「…別の理由、か。それは貴様自身にも言える事ではないか?『断罪者』に籍を置き何を企んでいるのかは知らぬが…。
これ以上の詮索は感心しないな。どうしても知りたければ、それ相応の対価を払って貰う事になるぞ?」

再び腰の刀に手を添え、目線だけを葛葉に向けてそう言い放つ。
抜く気は無い。しかし見せ掛けだけとはいえこれくらいの姿勢を見せなければ、筆頭構成員の肩書も軽く見られるだろう。

「おっと、こりゃ藪蛇だったようだな。たたっ斬られないうちに退散するとしますか」

御門の言葉が本心ではない事を知ってか、相変わらずその声に緊張感は無い。
だがこれ以上、興味本位で御門の真意を探っても意味が無いことを悟ったのだろう。
そればかりか探り返されて痛手を負うのはむしろ自分の方なのだ。
葛葉はおどけた表情のままいそいそとその場を後にし、去り際に一言声をかけた。

「それじゃあな、御門の旦那。夜風に当たるのもほどほどにしときなよ」

最後までその態度を崩さない葛葉に苦笑しながら、御門も軽く笑みを浮かべてこう答えた。

「…そうだな。これ以上の夜歩きは身体に毒だ。今日のところは私も引き上げるとしようか」

御門の返事を聞き届けた葛葉は、満足そうな笑みを浮かべ扉の向こうに消えた。




確かに今夜の風はあまり良くないようだ。
私の心をこうまでも掻き乱すとはな。
だが感傷に浸っている暇など私には無い。
己の正義と信念を貫き、悪を絶つ。それこそが我々の存在意義。
その大業を成し遂げ続けるためにも、立ち止まり振り返る事は許されない。
それが我々『断罪者』なのだから。


幕間劇「夜の風 完」

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