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We've Inc. 旧「マクロスクロニクル」に習い Web 独自機能を加味した日本初のロボテック辞典です。

初代「機動戦士ガンダム」が北米で打ち切られた原因

絵が古いから? 否、初代「機動戦士ガンダム」(西暦1979年謹製)が北米で初放映されたのは西暦2001年なのである!(参照「オタク・イン・USA」)
当然ではないか! では、なぜ2001年まで放映されなかったのか! 80年代は日本のアニメが注目されていなかった!?

否! 「マクロス」(ロボテック、機甲創世記モスピーダ超時空騎団サザンクロス語られざる物語)は大幅にストーリーを改変してでも放映され、ヒットしていたのである!

アメリカのテレビ業界がガンダムを黙殺した理由は何か!

それは・・・ (以下引用 )

結局、ファースト・ガンダムは全話を放送する前に力尽きた。
放送中止になったのは、9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルが倒壊した日。それ以来、ガンダムはアメリカのテレビに戻らなかった。

「子供たちに戦争を見せるのは無神経だ、ということになったんだ」。

マークは言う。

「でも、もし視聴率が良かったら、すぐに放送が再開されたはずだよ。だって、カートゥーン・ネットワーク9・11テロ の直後に『ガンダムW』(新機動戦記ガンダムW)の 再放送を始めたからね。『W』は少年テロリストたちの話なのに。要するに『W』のほうが儲かるってことさ」

(「オタク・イン・USA」163項)

カナダ連邦で制作された『0080』と『0083』の英語吹替え版は、原語版に非常に忠実なものだったが、別のスタッフが作った劇場用第一作の英語版は、アメリカの市場に合わせて内容が作り変えられた。}

「やつら、やらかしてくれたよ」
その英語版を思い出すと今でもマークは怒りを隠せない。 なにしろ初めてザク【 MS-06F Zaku II 】を見た時のアムロのセリフはこうだった。}

「ジオンのロボトン・インベーダー軍団だ!」

ロボトンだけじゃない。ガンダムのリアルな世界観とは無縁のダサいSF用語が全編にちりばめられていた。(159項)

表現規制以外で「ガンダム」が英語圏で失敗した理由

  1. アメリカ人はヒーローを好み、軟弱者はキライ
    ⇒エヴァンゲリオンはそこそこウケている 【却下!】
  2. リアリティやオリジナリティが中途半端
    ⇒ 特に反論なし。
  3. 翻訳がダメ。もしくは富野節が翻訳不能
    ⇒ 特に反論なし。
  4. 宇宙世紀サーガを好きになるには敷居が高い、もしくはアメリカ人はバカだから理解できない
    ⇒ 初代ガンダム打ち切り後の番組が 機動戦士ガンダム 第08MS小隊だから違う。
  5. 2001年が初放映だからウケなくて当たり前
    ⇒前世紀、西暦1980-90年代、既に米国の濃い男子オタクの間では流行していた!【却下!】
  6. ガンダムが反ユダヤのアニメと看做されたから。ジオン公国は ZIONと書く(後にZEONに変更)。
    これはシオニズムで有名なユダヤの聖地の名前である! これを敵国の名前として使うとは、反ユダヤ以外の何者であろうか!
    ⇒ZEON に命名変更で軽くかわせる。論旨(ろんし)は理由がなく、都市伝説の域を出ない【却下!】
ガンダムファン(信者の意見)
いや、信者補正で見ても、作画は荒いし、兵器が派手過ぎる。 子供が戦場にいるのもオカシイ。
ロボットプロレスに飽きてたヤングが喜んで、ガンプラが売れた日本の時代を考慮しないと、ヒットは理解できない。
そのヒットも映画3つで500万人。
千と千尋の神隠し」の1千万人、「花より男子・F(ファイナル)」500万と比べて少ない。
まあ、信者は黙って布教しろって、ことだ

私的意見

  1. 世界感覚の統一性の欠如:眼が2つ有るヒーローロボットと、ドイツ戦車的な「ザクの共存というチグハグさが興ざめする。可変戦闘機というガジェット自体もトンデモ技術だが、視覚的に違和感を感じさせず、作品世界に馴染んでいる。トランスフォーマーの無茶さも、「ヒーローロボット世界だから」と納得出来る。(モントリオールの友人の意見の要約。)
  2. バルキリーはあくまで可変「戦闘機」。人型はおまけ。
  3. 主人公に特別な機体は無い。あくまでも機械であり道具。「主役は人間」。
  4. 敵が宇宙人。 センス・オブ・ワンダーとしてのSF小道具の要素
  5. その敵のスケールが桁ちがい。4km以上もある戦艦が 400万隻以上
  6. 宇宙人vs地球人。 主人公 vs アイドル vs オペレーター。 割と単純な図式。政治的陰謀、人間関係に複雑さは無し。
  7. リン・ミンメイ を始めとするアイドル路線、ミュージカル要素の「デ・カルチャ」
  8. ガンダムW の完成品を、米国の腐女子はお人形さんとして購入。模型を製作する風土は無かった。

ロボテック・シリーズの英語圏でのガンダム化

マクロスシリーズでは サバイバル、つまり「魔境伝説アクロバンチ」は出来ないという故「月刊アニメック」の名言。
機甲創世記モスピーダ超時空騎団サザンクロスを取り込むことで、海外の固定ファン層を生み出し、定着出来た。

アニメックについて

  • 【概要】
1978年12月に『MANIFIC(マニフィック)』として創刊、当初は月刊。 編集長は休刊まで一貫して「小牧 雅伸(こまき まさのぶ)

「RX-78」の命名

小牧は日本サンライズ(現サンライズ)との親交から、雑誌編集長という立場以外でもガンダムブームに関わっている。
1980年には『機動戦士ガンダム記録全集』(2巻以降)の編集を依頼され、業界の恩人である野崎欣宏と共に伸童舎を設立。

サンライズの営業プロデューサー野辺忠彦に協力し、ガンダムや『伝説巨神イデオン』の劇場版公開時にはファンイベント「アニメ新世紀宣言」や「明るいイデオン」の運営に参加している。

リアルロボット系アニメではロボットを量産兵器とみなし、名称に型式番号を付けるパターンが多いが、その端緒が「RX-78 ガンダム」である。

これは制作者側が設定したものではなく、小牧が富野由悠季監督の許可を得て考案したものである。

台本にある「ガンダーX78」(本編では未使用)を元に、地球連邦軍がロボット兵器を研究するならば、ジオン公国軍モビルスーツ という名称は使わない のではないかと推定し、「ロボット(Robot)型・試作(X)機動兵器・宇宙世紀0078年型」という符号から「RX-78」とした。

初号(1号)の発行部数は五千部。当時のラポートは出版社ではなく、書店で流通はせず直販だったため殆んど売れず、その在庫は当時の社長室を埋め尽くしたと言われる。
また、3号は特集を予定していた某作品の版権元からの許可が取れずに発行出来ず、やむを得ず3・4合併号として発行。

5号から隔月刊化。てこ入れとして、書店流通に移行、誌名を『Animec』と改めた。

特集には、当時他のアニメ誌で大きく扱われていた『銀河鉄道999』を避け、編集長の趣味で東京ムービー制作の『宝島』を取り上げた。

これが早々に完売した事から「趣味を押し出した方が売れる」と判断、6号からは更に編集長の独断と趣味で、当時はほとんど注目されていなかった『機動戦士ガンダム』を誌面の軸に据え始める。

監督の富野 由悠季らスタッフへのインタビューに加え、日本サンライズから設定資料を借り受け(当時は社外秘扱いではなく、また他誌ではあまり扱われていなかった)、それを活用した記事内容で注目され「評論と設定資料集の『アニメック』」という評価を固める。その策は功を奏し、発行部数も右肩上がりになる。

『ガンダム』の放送打ち切りが決定した際にも富野由悠季が直々に提供した情報を元に大々的に特集を組んだ。その反響は予想以上であり、発行部数も10万部を越えたという。

1983年に再び月刊に戻った。しかし、この頃から記事内容の希薄化が顕著なものとなった。

また大判でグラビア構成主体の競合誌が次々と創刊されるなど、アニメ雑誌業界が成熟を始め、アニメ制作会社から提供されるグラビアと情報の物量言い換えればアニメ制作会社とのパイプが物をいう時代になると 、アニメの番組素材よりも評論中心で誌面を支えるコアなアニメ雑誌の成立は困難となっていった。

結局、他誌に押される形で、時代の潮流に対応する事ができず1987年2月に休刊。休刊時に編集長はラジオ番組で、「(当時の)アニメ誌を出している中で一番小さな会社なんだし、よく今まで持ったものだ」とコメント、そして「春には復刊させたい」としていた。

しかし、その年の春が過ぎても復刊は無く、再びコメントを求められた編集長は「季節の『春』ではなく『業界に春が来たら』という意味」と、回答に窮していた。休刊後もアニメック編集部はアンソロジーコミックやムックの編集部として会社倒産まで存在した。

編集長はアニメック創刊から編集部がなくなるまで1度も交代せず、小牧雅伸が務めた。

特徴

作品や最新情報の紹介よりも評論・批評に特化した誌面を特徴とし、グラビアよりも辛口の評論が中心という文章主体の誌面構成になっていた。

また、創刊時〜隔月刊時代は最新情報の速報性を度外視し、実際に放映された物を視聴し、それを記事のベースとするという姿勢が取られた。そのため、アニメ制作者側から提供を受けた設定資料などはふんだんに活用しつつも、それは本編内容の補完のみに留めての扱いとされた。

誌面で扱う作品は、注目に値すると編集者が判断した物のみとし、「評価に値しない番組には沈黙を以て応える」と誌面で明言していた。そのため、例えば関連商品の広告が掲載されていた『宇宙戦士バルディオス』は、劇場版が読者投稿コーナーで一度酷評された以外、記事としては掲載されていない。

一方で、素人が作った作品でも注目に値すると判断すれば貴重なカラーページを大幅に割いて紹介していた。

アマチュア制作集団のDAICON FILM等がその一例として挙げられる(直後に連載も行われていたため、当時の記事からはガイナックスの主要メンバーの素人・駆け出し時代の様子を窺い知る事が出来る)。

また、様々な規定や契約により満足に扱えない(誉める事しか出来ず評論を事実上出来ず、権利関係などから他出版社の誌面への介入なども招きかねない)漫画原作付きの作品は紹介程度とし、名作物やオリジナルアニメを扱うことを主軸とした。

ただし、そういった姿勢が、必ずしも一貫されていたとは言い難い。

特に再月刊化後は、読者から「賞賛する箇所が全く見当たらない」と酷評されてしまう作品を複数号に渡って取り上げ、カラーページを割いていたこともあった。

このため、「評価に値しない番組には沈黙を以て応える」という方針の内実は、編集部・編集者のコネクションの弱さを隠して虚勢で押し通すための強弁だったのではないかという見方もある。

前述のように、作品の否定に近い酷評も誌面に掲載することが本誌の特色で、強く否定する場合にはもはや掲載しないという姿勢をとっていたが、裏を返せばこれは最大の弱点でもあった。

制作側にとってみれば、スポンサーの要望や予算の枠に応じながらも精魂込めて制作している作品を横から指して「評価に値しない」と全否定するアニメックの記事は時に屈辱以外の何物でもなく、場合によっては提供した資料で営業妨害をされたり、記事にならないならば資料をタダ取りされる様なものである。そのため、アニメ業界からのアニメックに対する評価は分かれ、アニメック側の言葉をそのまま逆に返して「評価に値しない雑誌には沈黙を以て応える」と敬遠・無視されていた一面も少なからずあった。かくして、誌面制作や評論記事の検証に必要な情報や雑誌掲載用素材をアニメ制作者側からスムーズに入手できず、汎用の番組宣伝素材程度の資料しか入手できないことや、同様に記事のために必要なデータ資料を制作会社ではなくスタッフが個人レベルでアニメックに融通したものに頼らなければならなくなることも度々であった。

後述するが、1983年には『太陽の牙ダグラム』を巡って、『ガンダム』で蜜月の関係にあった日本サンライズからさえ資料提供を一時止められている。

他方、マニアックな特集記事の他、個性溢れる連載を載せることにも力を注いでいた。『月刊OUT』で活躍し始めていたゆうきまさみのカット連載及び『マジカル☆ルシイ』の掲載や、かがみあきら沖由 佳雄など、駆け出しの作家にも活躍の場を提供し、可能性を秘めた人材の発掘の一翼を担った事はアニメックの功績といえる。

24体合体、学校の1クラス全員で巨大ロボットを操る『学活ロボ クラスターHR』(原作:南田 躁 カット:さえぐさゆき・他) エルドランシリーズの先駆者)など、現在から見てもコンテンツとして光るものもあった。

歴史

  1. 1978年12月 - 月刊誌として創刊。
  2. 1979年5月 - 第5号発行、隔月刊化。
  3. 1983年7月号 - 月刊化、号数表記を通巻号数から年・月号表記に改める。
  4. 1987年2月号 - 休刊

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