ロボテック・クロニクル - ノルマンディー上陸作戦

運命の6月6日

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  • 1944年 - 第二次世界大戦: ノルマンディー上陸作戦が決行される。(D-デイ)

Operation Invid Overlord 

第1次降下作戦を描いた「愛・生・希望」【 Love, Live, Alive 】
地球人側のメカは主に機動性と多様性を持たせ、個人に1台を目標としているようです。
数の上で劣勢に立たされている側としては、1機のメカを多元化させて使わざるを得ません。 

ちなみに、第二次降下作戦の参加艦船数は、空母「雷(イカヅチ)」級が10隻、ホリゾン T 級・降下揚陸艇【Horizon-T class Dropship】が160隻、ガーフィッシュ級・超時空・斥候軽巡宙艦 【 Garfish-class Super Dimensional Scout Cruiser】が40隻、艦載輸送分、ホリゾン T 級・懸吊(けんちょう)分、単独航行分をも含めても VFA-6 「レギオス」& VFB-9 トレッド 2,300機(組)程度でした。

  • 日本版原設定(故アニメック):クリックにて原寸 985 pixel x 1,391 pixel に復帰します。

前世紀(1986年)コミコ社の漫画より

  • 西暦1984年2月5日(日曜)原版初放映
機甲創世記モスピーダ第18話 『老兵たちのポルカ』
【18. The Nature of Old Soldier's Polka 】
ロボテック・シリーズ:第三シーズン
『新世代』編
第78話 『幽霊街』
【78. Ghost Town 】

目次【Index】

降下&上陸概念図(第二次)

日本版の「他コロニーからの大隊」は、ロボテック版ではそのままヴァリヴェール恒星系からの遠征艦隊軍の援軍と読み替える。

ジュピター・ベースは正確には「ガス惑星」である木星本体には基地を建設出来ない為、木星の衛星基地(ジュノー)である。


侵略 (漫画版) の最終巻より

作戦構成/時代第二次世界大戦・フランス解放作戦インビッド戦争
(第三次星間大戦)
主力作戦名オーバーロード作戦第一次〜第三次:地球奪還作戦
上陸/降下作戦名ノルマンディ上陸作戦第一次〜第三次:降下作戦

出典

一般市場に於いて発売されている『 The Art of Robotech: The Shadow Chronicles 』【ISBN 978-1-933330-29-7】より。(正規購入による入手)

彼らは未だ行ったことも無い故郷のために、その命を捧げたのだった・・・



当時(2044年)の写真記録から

ロシア連邦 ビアレスク 付近での撮影。2044年夏。


CVR-3F搭乗服とVR−038L バートレイ。第一次地球奪還作戦時。


ロボテック・シリーズとの関わり

機甲創世記「モスピーダ」

1. 日本版機甲創世記モスピーダの元アートミックの柿沼秀樹氏によれば、彼も荒牧伸志も窪田正義も、本作は「ノルマンディ上陸作戦のSF版」をやりたかったとのこと。
2. 「占領下のフランスの村々を侵略者から開放して敵の本陣まで進撃していく歩兵中隊の話」が当初の構想。



ロボテック:「ニュー・ジェネレーション」

1. VFA-6 レギオスの両翼端のインベンション・ストライプ は、D-day(ノルマンディー上陸作戦決行日)参加の連合軍機に描かれた共通の味方識別塗装。
2. 摂政リージェントが占領地域の科学者や捕虜にした軍属科学者を動員して3形態可変デヴァイスゴーサムを開発させる行為は旧ソビエト連邦や、ナチスドイツの手法の一つ。
3. 完成した可変デバイスの連合側コードネームがオーバーロードというのは、オーバーロード作戦と、摂政リージェントを、大君主又は将軍、つまり前世紀の独裁者アドルフ・ヒトラーに例えて揶揄(やゆ)したもの。
4. 遠征艦隊軍はアメリカ合衆国・カナダ連邦の連合軍、衛星『ティロル』の民のデス達支配達の帝政と共和国の派閥は、古代ローマとイタリアのファシスト崩壊後の政党を下敷きにしている。
5. 遠征艦隊軍に「勝ち」が見えてきた際の、突然のトーマス・ライリー・エドワーズと彼の私兵「幽霊部隊」【"Ghost Squadron"】の反乱、敵インビッドの残党の掃討を姦計をも用いて焼き尽くす苛烈さ、住民ゾル人或いは衛星ティロルの民に対する、奪った敵の武器を用いた*1暴行は、連合軍に勝ちが見えた際の山賊のようだと例えられたパルチザンの横暴がヒントになっている。

概要

この記事は概要のみの紹介です。
詳細は、日本版ウィキペディアのノルマンディー上陸作戦をお読み下さい。

ノルマンディー上陸作戦
「血のオマハ」1944年6月6日

一覧表

戦争第二次世界大戦
年月日1944年6月6日〜1944年6月26日
場所ドーバー海峡ノルマンディー
結果連合軍の勝利
交戦勢力国名(連邦、合衆国など政体は略す)
連合側イギリス、アメリカ、自由フランス、カナダ
ポーランド、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランド
枢軸側ドイツ

国名指揮官名
英国バーナード・モントゴメリー
米国オマー・ブラッドレー
ドイツゲルト・フォン・ルントシュテット
エルヴィン・ロンメル
勢力名戦力(人員・単位:名)
連合国155,000
枢軸国380,000
勢力名損害(人員・単位:名)
連合国戦傷・戦死10,264
枢軸国戦傷4,000、戦死9,000

解説

ノルマンディー上陸作戦は、第二次世界大戦中の1944年6月6日に行われたオーバーロード(大君主)作戦中の上陸作戦部分を指す 【 Operation Overlord 】)。

ナチス・ドイツによって占領された西ヨーロッパへの侵攻作戦。最終的に、300万人近い兵員がドーバー海峡を渡ってフランス・コタンタン半島のノルマンディーに上陸した。

史上最大の上陸作戦であり、その後これを超える規模の上陸作戦は行われていない。


本作戦は夜間の落下傘部隊の降下から始まり、続いて上陸予定地への空襲と艦砲射撃、早朝からの上陸用舟艇による敵前上陸が行われた。

上陸作戦に続くノルマンディー地方の制圧にはドイツ軍の必死の抵抗により2ヶ月以上要した。

ノルマンディー上陸作戦は今日まで第二次世界大戦中の最もよく知られる戦いの一つとして数えられる。

D-デイ


歴史上最も有名なD-デイは1944年6月6日であり、これは第二次世界大戦中にナチス・ドイツ占領下のヨーロッパに連合国軍が侵攻を開始した「オペレーション・オーバーロード」の決行日である。

ノルマンディー上陸作戦のD-デイは当初1944年6月5日に設定されたが、悪天候により連合軍最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー元帥は翌6月6日に作戦を延期した。

それ以来、1944年6月6日は一般的に「D-デイ」(フランス語では Jour-J もしくは Le Chocと呼ばれる)と呼称されるようになった。

これが一般に広く知れ渡ったため、その後の軍事作戦立案担当者は作戦開始の日付を「D-デイ」と呼称するのを避けるようになった。


例えば、ダグラス・マッカーサー元帥指揮によるレイテ島への侵攻作戦は「A-デイ」と呼称され、沖縄上陸作戦は「L デイ」と呼ばれた。

マッカーサーは日本本土侵攻作戦の開始日を「X-デイ」(九州、1945年11月に予定)「Y-デイ」(関東、1946年3月に予定)と提案していた。