エスペラント語の修正版として開発された人工言語、国際補助語です。

SUPLEMENTA IDO-LEXIKO(補完的イド語辞書)

PREFACO 序論(その3)

5. Esperanto エスペラント
Ula lekteri forsan astonesos konstatante ke omna kap-vorti (e sat multa derivaji) di ca lexiko esas tradukita anke ad Esperanto, linguo kontre qua certena Idisti semblas esar alergiika (same kam ordinare Esperantisti esas alergiika kontre Ido).
読者の中には、この辞書のすべての見出し語(派生語の多くも)が、エスペラント語にも翻訳されているのに驚く人もいるだろう。エスペラント語といえば、一部のイド語話者たちがアレルギーになっている言語だが…(同じように、エスペランティストたちは元来、イド語に対してアレルギーを持っている)。
Unesme me explikez ke me ne esas pioniro pri to.
まず、私は、それについてのパイオニアではないことを説明しておこう。
Ton iniciis Carnaghan kom Linguala Sekretario di ULI, en plura listi publikigita che Linguolisto depos 2001.
「国際語のためのユニオン(ULI)」の言語に関する幹事としてカーナハンは2001年以降に「Linguolisto」(ヤフー投稿サイト)で公開した複数のリストの中で、そのこと(エスペラント訳)を始めた。
Esperanto-tradukuri trovesas anke en la supere mencionita klada lexiko da Carnaghan, de qua departis la lexikologiala studii qui pose abutis al nuna verko.
エスペラント語の翻訳は、上記のカーナハン辞書草案の中にも存在する。語彙論に関する研究は、その研究から始まっており、その後に、現在の辞書に連なるのだ。
En 2005, questionite da me pri to, Carnaghan publikigis che Linguolisto*1 tre interesiva respondo, quan me permisas a me citar hike:
2005年、私はそれについて疑問を呈したので、カーナハンは「Linguolisto」上に興味ある回答を寄せてくれた。ここで引用することを許可してほしい。(訳注「me permisas ita a me」は「頼まれてもいないのに自分がすることをお許しください(許可してください)」との意味)
“Pri la inkluzo di tradukuri en Esperanto, esas plura motivi:
「エスペラント語の翻訳を含めることについては、次のような理由がある。
(1) Inkluzo povas helpar ni kande ni serchas apta vorto por Ido, ma ni certe ne bezonas sequar Esperanto.
(1)イド語にふさわしい語句を捜す時に助けになる。だが、エスペラント語に従う必要はない。
(2) Inkluzo povas helpar ni kande on serchas tradukuri en nacionala lingui.
(2)国民語で翻訳を捜す時に助けになる。
(3) Future ol esos utila por vortaro Ido-Esperanto.”
(3)将来、イド語−エスペラント語辞書のために役に立つだろう。」
A lo explikita da Carnaghan me devas o mem mustas adjuntar plusa argumento, quan kelka-foye on tendencas ad ignorar, obliviar o mem celar: anke Esperanto esas fonto-linguo di Ido!
このカーナハンの説明に対して私は、幾つかの論拠を付け加えなければならず、付け加えるべきであろう。その論拠は無視されたり、忘れられたり、隠蔽されたりする傾向があるのだ。「エスペラント語もまた、イド語の出典言語である」ということを!
E pluse, ol esas lua unesma fonto-linguo.
さらにいえば、最初の起点言語なのである。
Same kam la Franca, la Hispana, la Italiana, la Portugalana, la *Kataluna ed altra tale nomizita Romanala lingui lexike e sintaxe derivesas de la Latina, Ido lexike e sintaxe derivesas de Esperanto, qua do naturale esas lua matro-linguo, malgre la sequanta astoniva (e filologiale ne-sustenebla) kontrea aserto da Usana Juda oftalmologiisto Max Talmey (1867-1941), olim eminenta Ido-filologo, forsan la maxim eminenta en la tota historio di Ido*2, e pose autoro di Idatra linguo-projeto, unesme nomizita Arulo (1925), pose Gloro, projeto qua ganis nula adepti e tote obliviesis en la sat ampla interlinguistikala tombeyo: “Ido tote ne esas Esperanto simpligita [...]; ol forsan esas plu multe ‘Idiom-Neutral’ simpligita, ec.” *3 Sam-grada alergion kontre la matro-linguo di Ido montris triadek yari pose altra eminenta Idisto, Suiso Hans Cornioley (1896-1977), autoro di pasable bona Ido-dicionario, regretinde interruptita*4 pro okul-maladeso, qua abominis Esperanto tante multe ke en 1959 il mem postulis ke Ido purigesez de omna Esperanto-influi.*5
フランス語、スペイン語、伊語、ポルトガル語、カタロニア語などのロマンス諸語が語彙的にも構文論的にもラテン語から派生していることと同じように、イド語も語彙的にも構文論的にもエスペラント語からの派生言語なのである。したがって、エスペラント語は当然、イド語の母語だ。これに対して、米国のユダヤ人で眼科医、マックス・タルメイ(1867-1941)が驚くべき(文献学的に何の論拠もない)反論をしてしたことがあった。彼は、おそらくイド語の全歴史を通じて最も優秀かつ傑出したイド語文献学者であったが、その後、「Arulo(アルーロ)」(1925年)というイド語流儀の言語プロジェクトを創始し、Gloro(グローロ)という人工言語になる。しかし、そのプロジェクトには誰一人として追従するものは存在せず、仲介言語学者マニアの広大な墓地の中で完全に忘れ去られてしまったのである。 「イド語は簡易化されたエスペラント語などではない…。むしろイディオム・ネウトラル語を簡易化したものかもしれない…。」 その三十年後に、イド語の母語(エスペラント語)に同じようなアレルギーを起こした、別の優秀なイド語話者がいた。スイソ・ハンス・コルニオレイ(1896-1977)だ。彼は、まずまずのイド語辞書の著者であったが、眼病のために、中断してしまった。彼は、エスペラント語をとても嫌っていたので、1959年に、イド語に対して全てのエスペラント語からの影響を浄化せよと要求することまで行った。
Tamen ne sempre tante explicite on abjuris la vera genealogio di Ido.
しかし、このようにはっきりとイド語の本当の系統を拒絶するのは、常に行っていたわけではなかった。
Kelka-foye on agis lo plu subtile, per mi-verajo, omiso o mem mentio.
中途半端な真実や、無頓着や、時にはウソをついて、鋭敏に、そんなことを行ったことも幾度かあった。
Yen nur tri exempli:
3つの事例だけを取り上げてみよう。
La frua lexiko Ido-Germana da Beaufront/ Couturat/ Thomann (1908) indikas la origino di singla Ido-radiko per la konocata abreviuri [ DEFIRS ], quon pose imitis plura vorto-libri, i.a. la importanta lexiko Ido-Angla da Dyer (1924) e la Ido-dicionario da Pesch (1964).
ボーフロン、クーチュラ、トマンたちによる初期のイド語ドイツ語辞典(1908年)は、既知の略語「DEFIRS」を用いて示されている。後に、複数の辞典類に、とりわけ、重要な辞典であるダイヤーのイド語英語辞典(1924年)、ペッシュのイド語辞典(1964年)が、その略語を真似た。
Nu, se on serchas ta indiki pri la prepoziciono pri, on trovas nur [ G ] (t.e. Greka) che Beaufront/ Couturat/ Thomann e nulo che Dyer e Pesch.
ところで、前置詞「pri」の意味を調べれば、ボーフロン・クーチュラ・トマンの辞典では「G」(ギリシャ語)のみ見つかるが、ダイヤー辞典、ピーチ辞典にはない。
La unesma indiko esas nur mi-verajo, nam la Greka περί ne povas esar direta *etimono dil Ido-prepoziciono pri.
ギリシャ語「περί」は、イド語の前置詞「pri」の直接語源では無いかもしれないので、前者の由来語源表示は中途半端なだけである。
Se ol esus la direta *etimono, la Ido-prepoziciono esus ne pri ma peri*6.
もし直接語源であれば、イド語の前置詞「pri」は「pri」ではなく「peri」かもしれない。
La prepoziciono pri esas direta heredajo de Esperanto ed uzesas en Ido same kam en la matro-linguo.
前置詞「pri」はエスペラント語から直接受け継いだものであり、母語と同様にイド語でも使われているのである。
Dyer e Pesch, konciante ke ta indiko esas nura mi-verajo, preferis omisar ol ma ne audacis indikar la vera *etimologio.
ダイヤーとペッシュは、その由来が曖昧であることを知りながら、本当の語源を示さずに、除外する方を選んだのだ。
Che li on do trovas nula indiko, quale se pri naskabus per spontana genito...
彼らの辞書では、「pri」がまるで自然発生で生まれたかのように、何の語源表示も示されていない…
Pri la prepoziciono ye on trovas nula indiko en la tri mencionita vorto-libri.
前置詞「ye」については、すでに取り上げた三つの辞書の中で、語源表示は示されていない。
Pro quo? Nur pro ke ol esas direta pruntajo del Esperanto-prepoziciono je*7.
なぜなのか? それがエスペラント語の前置詞「je」から直接借用したものであるからだ。
Do on preferas omisar la verajo kam mencionar la nomo dil “damninda” matro-linguo...
だから、“忌まわしき”母語の名前を取り上げるよりも、真実を取り除く方を選んだのである。
Koncerne etimologio, la konduto da Beaufront en KGD esas kelke ambigua.
語源学に関して、詳細完全文法(KGD)の中でのボーフロンの振る舞いは若干、曖昧である。
Exemple, il agnoskas sen remorso ke la afixi -ar-, bo-, -eg-, -ey-, -um-, -uy- esas heredajo de Esperanto.
例えば、彼はなんらの後悔の念もなく、接辞の「-ar-」「bo-」「-eg-」「-ey-」「-um-」「-uy-」はエスペラント語の遺産であることを認めている。
Tamen il tote omisas la Esperanto-origino di -ebl-, -em-, -estr-, ge-, -il-, -ind-, e pri -ig-, vice indikar la vera *etimono (la sam-forma Esperanto-sufixo) il inventas ke ol esas “modifikuro di ag” (p. 154).
しかし、彼は「-ebl-」「-em-」「-estr-」「ge-」「-il-」「-ind-」のエスペラント語の出所であることを割愛したり、「-ig-」については、本当の語源(エスペラント語の接尾辞と同じ形態)を示す代わりに、“「ag」の変形”であることを創案している。
Advere, la formo di sat multa Ido-vorti (od en poka kazi, mem la senco) ne povas komplete ed apte explikesar nur per la rispektiva AFGHIR ( L )-formi.
実際に、多くのイド語単語の形態(場合によって意味でも)は、英仏独西伊露(羅)語の形態を用いても、完全には説明できない。
Frapanta exemplo esas precize la vorto senco.
はっきりと目立った例は、「senco」という単語である。
La tri mencionita vorto-libri adjuntas ad ol la indiko [ EFIS ].
上記の3つの辞典はこの単語に「EFIS」(英仏伊西)というラベルが付いている。
Do segun li ca vorto derivesas de la Angla, Franca, Hispana ed Italiana.
従って、その3辞典によると、英語とフランス語とスペイン語とイタリア語から派生したものである。
Tamen se on analizas la kozo plu detale, on trovas ke la equivalanta vorti en ta fonto-lingui esas A sense, F sens, H sentido, I senso.
しかしもっと細かく分析するならば、起点言語では、「sense」(英語)、「sens」(仏語)、「sentido」(スペイン語)、「senso」(イタリア語)となる。
Do nula fonto-linguo justifikas la c di senco.
したがって、(イド語の単語である)「senco」の「c」を正当化してくれる起点言語はどれひとつない。
Ca vorto derivesas direte del sam-senca e sam-forma Esperanto-vorto senco, ya kelke sustenata da AFH, ma modifikita da Zamenhof pro ne-konocata motivo*8.
この単語は、同じ意味を持ち、同じ形態を持つエスペラント語の単語「senco」から直接に由来するものである。この単語は、英・仏・西語に若干の根拠を持つものの、よくわからない理由でザメンホフによって変形されたものである。
Ca vorto apartenas a specala kategorio di Ido-vorti quin Vilborg nomizis espismoj (abreviuro di esperantismoj), t.e. vorti di qui la formo (od en poka kazi la senco) ulgrade influesis dal equivalanta Esperanto-vorti, od altre dicite, vorti qui probable ne havus en Ido la nuna formo, se Ido, vice esar linguo derivita de Esperanto kun susteno dal fonto-lingui, esus linguo direte derivita nur del fonto-lingui.
この単語は、ヴィルボルグが「espismoj」(「esperantismoj」(エスペラント諸主義)の略語)という名称で呼んだイド語単語の特別の範疇に属している。つまり、その単語の形態は(その意味も)、同価値のエスペラント単語からある程度の影響を受けているのである。言い換えれば、もし、イド語が、起点言語に根拠を持つエスペラント語に由来する言語ではなく、起点言語のみに由来する言語であるとするならば、その単語は、イド語の現在の単語形態ではなかったのかもしれない。
La sat longa listo de espismoj che Vilborg*9, a qua me adjuntus suplementa listo*10 de vorti, quin la Sueda filologo pro ula motivo omisis o ne konsideris, pruvas i.a. ke oportas inkluzar Esperanto inter la fonto-lingui di Ido e justifikas la kurajoza rezolvo da Carnaghan, sequata en la nuna verko, qua konsideras AFGHIR ( L ) E vice la tradicionala AFGHIR ( L ).

私は、ヴィルボルグの書作においてのエスペラント主義由来のリストに対して、補足のリストを追加していたかもしれない。その単語は、そのスエーデンの文献学者(ヴィルボルグ)が何らかの理由で除外し、考慮しなかった単語である。そのリストは、イド語の起点言語の中にエスペラント語を含めることは必要であり、カーナハンによる勇敢な決断を正当化するということを、とりわけ証明しているのである。カーナハンは、伝統的な「AFGHIR(L)」(英語、仏語、独語、西語、伊語、露語、(羅語))の代わりに、「AFGHIR(L)E」(英語、仏語、独語、西語、伊語、露語、(羅語)、エスペラント語)を考慮し、現在の辞典の中に続いている。
Per preiranta * me markizis omna Esperantala radik-vorti qui aparas nek en PIV (Plena Ilustrita Vortaro) nek en NPIV (Nova Plena Ilustrita Vortaro).
その単語の前に星印「*」をつけて、「図解入りエスペラント大辞典」(PIV)にも、「新板・図解入りエスペラント大辞典」(NPIV)」にも出ていない、エスペラント語的な全ての語根単語をマーキングした。
Per preiranta + me markizis omna vorti ne aparanta en PIV/ NPIV ma konsistanta ek radiki aparanta en adminime un de ta du verki.
「+」印を用いて、「PIV」「NPIV」の両方には出ていないが、どちらか一方に出てくる語根に、マーキングした。
Per preiranta ° me markizis omna vorti a qui me donas senco qua kelke diferas de la senco prizentita en PIV/NPIV.
「°」印をもちいて私は、「PIV」「NPIV」の中で説明された意味とは少し違った意味を与えた単語をマーキングした。

ベブソンのチャチャ:余は如何にしてイド語を選びしか?

エスペラント語は非常に優れた言語であり、天才ザメノフ氏だからこそ作る事ができた言語だと思います。でも天才一人には如何しても限界があります。そしてイド語は多くの専門家が関わったその改良型です。
オーケストラではバイオリン以外にも優れた楽器が沢山ありますが、オーケストラでのスターはやはりバイオリンでしょう。最初にバイオリンとゆう楽器を作った人間は天才だと思いますが、その究極の姿がストラディバリウスです。バイオリンとしてはこれ以上の音色は出ないのです。エスペラントがバイオリンだとすると、バイオリンだけでも演奏には十分なのですが、究極のバイオリン、ストラディバリウスが作られてしまったら、私としては、そちらに乗り換えるしかないじゃないですか?イド語はストラディバリウスなのです。バイオリンとしては、これ以上の音色は出ません。でもイド語も元々がバイオリン(エスペラント)ですから、その遺産は受け継いでいるに決まっているのです。関係を切ろうとしても無理なんです。
所で、私はバイオリンは嫌いでピアノですとゆう人間が居ても全然構わないでしょう。ですから、私はイド語が全てだとは思っておりませんが、色々な楽器の名演奏家が居ない様に、選ぶとしたら、私はイド語の名演奏家になりたいのです。バイオリンが弾けるからストラディバリウスも弾けますとはなりませんが、ストラディバリウスが弾ける人間はバイオリンを弾くのなんか、如何って事はありません。でも余り面白くないから、普段は弾きませんとゆう所でしょうか?エスペラントを弾いていると、如何しても出したい所で、出したい音色が出ないのですね。イド語を弾いていると、往々にして私の実力以上の音色が出てしまうのです。イド語を弾き始めたら、皆様方も同じ経験をするのではないかと想像しております。
ネヴェス氏も実はエスペラント語界では非常に有名なエスペラント語の達人でした。イド語を習い始めてから、『やっぱり、私はエスペラントに戻ります。』と言って、何度もエスペラント語に戻っておりますが、最後にとうとうイディストになってしまいました。如何してもストラディバリウスが捨てられなかったのでしょうね? その為でしょうか、熱烈なエスペランティストの奥様と離婚する事になってしまった様です。エスペラント語には言語そのモノ以外に、強烈な魅力があるのだと思われます。私の様に多くの宗教の中を旅して来た者にとっては、ホマラニスモは生温(ぬる)くて全然魅力がありませんが、多くのエスペランティストの心の支えなのかも知れません。

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