エスペラント語の修正版として開発された人工言語、国際補助語です。

La pluralo en Ido. (Apendico 2-ma.) イド語の複数形(補遺2)

Ta punto esas dominacata da du kozi : 1e la verbal rolo di s *1, unesma motivo decidiganta por ne adoptar ta konsonanto kom plural-marko; 2e ne posibleso (adjutante n a s) obtenar finalo facile pronuncebla ed eufonioza, duesma motivo decidanta por eskartar s kom plural-marko *2.
この点は二つの理由によって際立っている。‘飴譴亡悗垢襦s」の役割、複数指標(複数を示す印)としてこの子音を採用しないために決定されたのが第一の理由。◆福n」「a」「s」では)発音しやすく音調もよい語尾を得ることが不可能。複数指標として「s」を使わないため決定したのが第2の理由。
Un del argumenti uzata kontre Ido esas opozar a lua pluralo per -i, la pluralo per -s dil Angla, di la Hispana e di la Franca.
イド語に対抗した論拠のひとつは、「-i」を用いた複数形に対して、英語やスペイン語やフランス語の「-s」を用いた複数形である。
Tre rapide on deduktas ica konkluzo : Ido violacas l'internacioneso, formacante sua pluralo per -i.
かなり速やかに次の結論が推論された、「イド語は、「-i」を用いた複数形を作って、国際性を犯した」と。
Pri ta reprocho un del maxim eminenta partisani dil naturaleso en L. I. ed anke dil pluralo per -i *3, Sro ROSENBERGER, mortinta, suflas a ni la respondo : « On devas ne regardar unike l'internacioneso (en la gramatiko), ma anke la regulozeso, simpleso e komodeso. Or la finalo –i esas plu komoda kam -s (-es), qua postulas komplikita regulo ».
この欠点について、国際語の自然性と「-i」を用いた複数形の最も熱心な推進者のひとり、故ローゼンベルガー氏は、その回答を寄せた。『(文法の)国際性だけではなく、規則性、簡易性、便宜性をも考慮すべきである。ところで、語尾「-i」は、複雑な規則を要求する「-s」よりも便利である。』
Ni adjuntez, ke nur ta finalo plurala posibligas l'akuzativo (-n inversigala) e co esas decidiganta niaopinione.
更に付け加えると、この複数形語尾は対格(倒置の「-n」)を可能にさせ、また、これはわれわれの意見で、決められつつあることである。
Se la homo poke instruktita sucesas nur tre desfacile aplikar l'akuzativo (lon montras l'Esperantisti ed ante li la plebeyi Latina), ta homo komprenas frazo qua aplikas ol saje.
もし、僅かな教育しか受けていない人でも対格の難しい応用を上手く出来たならば、その人はそれなりに対格を応用した文章を理解できる。
En la vivo omnadia, ta kazo esas kompliko neutila, e jenanta, quale omna kompliko.
日常生活において、これは無駄で迷惑な面倒なことである。
Ibe l'inversigo di la subjekto povas e devas proxime reduktesar al kazo ube qua, qui, quo divenas komplemento direta e preiras la subjekto : quan me vidas? evidente diferanta de qua vidas me? o : qua me vidas?
そこで、主語の倒置は、「qua」「qui」「quo」が直接補語になったり、主語に先行することにおいて、補正でき、させるべきである。「quan me vidas?」は、明らかに「qua vidas me?」「qua me vidas?」とは異なる。
Ma, exter la domeno omnadia, ne esas certa ed on ne pruvis, ke l'akuzativo esas neutila por unionar plu rapide e plu evidente la du parti di rezono filozofiala, teologiala, o mem matematikala, e. c.
しかし、毎日の領域の他に、対格は、哲学的、技術的な推論、また数学的な推論のふたつの部分を、より速やかに、より明確に統合するために役に立たないことは、確実ではなく、証明もされていない。
Yen pro quo Ido ne forjetis tote l'akuzativo.
これが、イド語が対格を全く放棄してしまわなかった理由である。
Or, ni lo dicis e repetas, l'akuzativo esas posibla nur kun la pluralo per -i, ecepte se on inventus ula subtilajo qua fakte pruvus nia aserto *4.
ところで、我々はそのように述べたものの、また、我々の主張を実際に証明しているかもしれない屁理屈をは創案しなくとも、対格は「-i」を用いた複数形を伴ってこそ、可能であると繰り返し言いたい。
Pos dicir to, ni examenez la susten-punti dil pluralo per -s (-es).
そのことを述べたので、(次に)我々は「-s」を用いた複数形の支点(論拠)を考察してみよう。
Fakte du, ne tri, existas.
実際に(論拠は)3つではなく、2つ存在する。
On alegas tri por plufortigar l'argumento, o pro distrakteso.
その論拠を強めるために、注意散漫のせいかもしれないが、3つが示されているのだ。
Nam la Franca devas esar sustracionata pro la sequanta motivi :
なぜなら、フランス語は次のような理由で排除されなければならない。
1e s en ta linguo finas pasable granda nombro de vorti singulara : corps, puits, temps, fils, remords, mors, buis, pus, pouls, pas, tas, os, dos, cas, jus, bris, accès, succès, décès, procès, e. c.;
.侫薀鵐晃譴任蓮△そらく個別の語彙の多くが「s」で終わっている。「corps」「puits」「temps」「fils」「remords」「mors」「buis」「pus」「pouls」「pas」「tas」「os」「dos」「cas」「jus」「bris」「accès」「succès」「décès」「procès」など。
2e x esas kun olu tre ofte la plural-marko : émaux, agneaux, beaux, baux, rideaux, caveaux, cerceaux, marteaux, tombeaux, e. c.; jeux, cheveux, voeux, bijoux, cailloux, choux, genoux, joujoux, hiboux, poux, creux, e. c.;
◆x」は、しばしば、それを伴った複数形指標となっている。「émaux」「agneaux」「beaux」「baux」「rideaux」「caveaux」「cerceaux」「marteaux」「tombeaux」などや、「jeux」「cheveux」「voeux」「bijoux」「cailloux」「choux」「genoux」「joujoux」「hiboux」「poux」「creux」など。
3e on skribas s, ma on ne pronuncas lu : clous, sous, livres, tables, récits, pages, mers, mères, pères, soeurs, e. c., e. c.
「s」を書いているが、発音されていない。「clous」「sous」「livres」「tables」「récits」「pages」「mers」「mères」「pères」「soeurs」など。
Do on ne darfas kontar la Franca, od on devas pozar kom principo : quale en la Franca, on skribos s por la pluralo, ma on ne pronuncos lu.
故に、フランス語と符合させてはならないし、原則として置かなければならない。つまり、フランス語のように複数形として「s」を書くものの、発音はしないのである。
Or ta principo esas posibla en la Franca pro la determinanti les, mes, tes, ses, e. c., ma la L. I. ne indikas la pluralo en sua determinanti : la (homi), mea (frati).
ところで、この原則はフランス語では限定辞「les」「mes」「tes」「ses」としては可能だが、国際語は自らの限定辞の中では複数を提示しない。 「la (homi)」「mea (frati)」。
Do on ne darfas kontar la Franca kom susteno (por la helpo-linguo) dil pluralo per s, ca s ne sonante en la vorti plurala di ta linguo.
したがって、フランス語の複数形語彙の「s」は音がないので、「s」を用いた複数形の(補助言語のための)論拠としてはフランス語を挙げることは出来ない。
Restas vere por la pluralo per -s nur du susteni : la Angla e la Hispana *5.
「s」を用いた複数形として二つの論拠だけ、つまり英語とスペイン語だけが、残っている。
Nam esas quaza joko alegar altra lingui, en qui s renkontresas preske tam ofte en la singularo kam en la pluralo.
なぜなら、他の諸言語を提示するのは冗談の類に過ぎない。他の諸言語の「s」は複数形と同様に、しばしば単数形でも出くわすのである。


Nun ni videz la susteno dil pluralo per -i.
それでは、「-i」を用いた複数形の論拠を見ていこう。
La Slava lingui (susteno extreme importanta) e la Rumaniana kun l'Italiana *6.
スラブ諸言語(かなり重要な論拠)と、イタリア語を伴うルーマニア語。
En ica lasta linguo, -i havas ne nur la maskuli, ma mem femini : madri (matri).
最後の言語には、「-i」は男性だけでなく、女性もある。「madri」(母たち)
E, fakto remarkinda, s qua desaparis en la paso dil Gotika al Germana, transformesis a i (kun e di es) pasante de la Latina al Italiana : uomini = homines; madri = matres; cani = canes.
また、ゴート語からドイツ語の推移過程で消失してしまった「s」という注目すべき事実は、ラテン語からイタリア語へ推移して行って、(「es」の「e」を伴う)「i」に変形して行ったのである。 「uomini = homines」「madri = matres」「cani = canes」。
Fine, la pluralo per -i esas konocata da omna Latinisti (kad on negus lo?), tale ke boni, mali di Ido esas exakte boni, mali di la Latina (kad en ta linguo on dicas : bones, males?);
最後に、「-i」を用いた複数形は、全てのラテン語学者たちには既知のことである(そのことを否定するのか?)。だからイド語の「boni」「mali」はラテン語の「boni」「mali」と全く一緒である。
ol esas konocata da multega altra homi per Italiana plurali quin on darfas dicar internaciona por omna Europano od Amerikano kelke lerninta la gramatiko di sua linguo : carbonari, ciceroni, condottieri, dilettanti, lazzaroni, quintetti.
これは、自らの言語の文法を多少、学んだことのある欧州人や米国人にとって、国際的だと言われているイタリア語の複数形を持ちいた多くの人たちによって、知られたことなのである。
Ka do ni exajeras dicante : la pluralo per -i esas preferinda por la linguo helpanta, e Ido saje agis adoptante lu *7(7).
ゆえに、私達は、「-i」を用いた複数形は補助言語にとって好ましく、イド語は賢明なことにそれを採用したのだ、と吹聴したい。
L'Italiana qua facis uomini de homines, duca de dux (ducis), mano de manus, e. c., inspiras ta reflekto : se ula sistemo di helpolinguo agas plu o min tale, la diletanti di naturaleso e di latineso plendas pro barbarismi, klozante la okuli pri olti quin li facas, ed energioze li rimemorigas la prototipo Latina.
「homines」から「uomini」を、「dux (ducis)」から「duca」を、「manus」から「mano」などを作ったイタリア語は、その影響に着想を与えた。すなわち、もし補助言語の何らかの体系が多かれ少なかれ、このように振る舞うならば、自然性やラテン性を好む人たちは、野蛮人たちが作ったことに目を閉じて、野蛮な言葉遣いに不平を言っていることになり、また精力的に、彼らはラテン語のプロトタイプを思い起こそうとしているのである。
Ni do ne trublesez da lia kritiki e ni ne shamez pri tala chanji en Ido, qua ne vizas neutil eruditeso, ma praktikala simpleso.
したがって、我々は彼らの批判に悩まさることなく、このようなイド語の変化を恥とはしない。イド語は役立たずの博学性を目指すものではなく、実践的な簡易性を目指しているのである。
Kun ta exkuzo, ni forsan darfas uzar tanta libereso kam l'evoluciono naturala en vivanta linguo, e tante plu, ke ica tro ofte uzas blinde ta libereso, kontre ke L. I. bone konstitucita havas kom freno la simpleso e facileso necesa, e kom guidilo la koncio dil skopo vizita.
この弁明と共に、生きた言語の自然な進化よりも、その自由性を使うことができるし、我々は、その自由性を頻繁に盲目的に使ってるかもしれない。その一方で、国際語には、歯止めとして、必要な平易性と簡易性を持ち、また指針として目指す目的意識を持っているのである。
Ni lasez nia kontrediceri skandalesar en Ido pri kozi quin li admiras en vivanta lingui.
我々は、生きた言語の中で賞賛されているものについて、イド語では、けなされる矛盾点を温存しよう。
Li unesme laboras por su, en la realeso, por havar sua linguo internaciona propre individuala e partikulara.
それらは第一に、現実性の中で、独自で特殊な国際言語をもつために、自らにとって機能している。
Nur ica povas satisfacar lia sentimento e gusto linguala, quin li ne povas sakrifikar a l'interesto di la homaro.
それだけが、人類の関心の犠牲とならない情緒と言語的風味を満足させることができる。
On asertas, ke ta marcho diverganta donos fine la konvergo e helpolinguo unika.
その分岐する進展が集中と唯一の補助言語を生み出すのだと、人は主張する。
Ni kontraste laboras por la maso homala, en la diciplino e obediado linguala; kompreneble la procedi ne povas esar identa e sama.
我々は対照的に、言語的規律と従順の中で、人類のために作業しよう。もちろんのこと、その過程は全く同じものではない。
La tempo e la homaro facos la selekto, e me esas tre certa ke fine li decidos e rezolvos por ni *8.
時間と人類がその選択肢を作るので、それらが最終的に我々のために決定し票決するであろうと、私は確信している。

ベブソンのチャチャ:問題はラテン語から来ているのです。

ラテン語が東西に分かれて変化して行く時に、複数形を西側のフランス語、スペイン語、ポルトガル語等は -sで、東側のイタリア語、ルーマニア語等は -i で作る様になりました。所が、 -sの形にはチト問題がありまして、語尾の -sはとても聞き辛くてたびたび脱落する事があるのですね。フランス語ではとうとう全く発音しなくなりましたし、アルゼンチンのスペイン語等でも大変聞き辛くなっております。名詞以外の周辺の要素で複数形かどうか判断できるので問題が無いと言えばそれなのですが。それに引き換え -i の形は常に聞きやすく、名詞の複数形を聞き間違える事がありません。英語の複数形の -sはフランス語が一時期、英語を乗っ取っていた時代に導入されたものです。英語では比較的強く発音される事が多いので聞き間違いは余り多くはありませんね。イド語が複数形を -i の形で作る事にしたのは、大変に賢い判断だと思っております。
エスペラント語の複数形 -oj はギリシア語の影響だと思いますが、(ザメノフ氏は西欧人の教養として古典ギリシア語も勉強していたのですね)ちょっと重い感じがします。色々な意味でイド語は音声学的にも素晴らしいと感じているのは、私の様な少数派で、多数の欧州西側の人間は -sの形が好きで、何でイド語は -sにしなかったのか?とか、他の人工国際語でも -sの形が好まれている様ですね。

追記:私が若い頃、アルゼンチンのスペイン語は語尾の-s が聞き取りにくいなあと思っておりましたら、最近、ネットで面白い記事を見つけました。
語尾の「S」は何処へ:https://blogs.yahoo.co.jp/my_latin_life/33637447.h...
これに依ると、アルゼンチンのみならず、中南米のスペイン語では語尾の-s は頻繁に落ちる様ですね。でも、私はメキシコではその様な経験はありません。この記事でもメキシコの一部の地域のみと書かれております。例えば、本 libro の複数 libros は、先ず、libroh の様に発音されるのです。その内に、最後の弱い音-h が完全に脱落して、単数の libro と同じ音になってしまうんです。仏語でもこんな感じで語尾の-s が完全脱落したのでしょうね。その語尾の-s形を借りた英語ではこの様な現象を経験した事はありません。でも英語は曖昧な母音が多過ぎて余り好きになれません。私がイタリア語が大好きなのは、語尾の-i を含めて全ての発音が明瞭な所為でしょうね。イド語に出会った時に、この複数語尾を -i にするのを読んで、イタリア語の様な国際語があるのだなあと感じた次第です。スペインのお隣で言語的にも近いポルトガル語では語尾の -s を -sh と強い音で発音するので、脱落はありません。ポルトガル語がブラジルに渡ると、リオデジャネイロ近辺では語尾の -s は -sh ですが、他の地域では -s と発音しています。この語尾の -s は英語同様に強い音ですので、脱落しない様です。イド語で気を付けなくてはいけないとしたら、動詞語尾の -s を落とさない様にする事ですね。私の推理では、ブラジルに渡った頃の昔のポルトガル語では、語尾の -s は普通に -s の音で発音されていて、後になって本国のポルトガル語で、語尾の -s が -sh とキツイ音で発音される様になったのではないかと考えております。リオデジャネイロでは本国から来るポルトガル人が多くて、その発音を真似たのではないでしょうか?因みにポルトガルの植民地のアフリカでは、やはり語尾の -s は -sh と発音しております。

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