劇場公演で諸事情により休演するメンバーの代わりに、そのポジションを務める代役メンバーの事。かつては正規メンバーのアンダーに研究生が割り当てられていた。2012年11月からの新体制では1チーム16人の体制が廃止され、同じチーム内で出演メンバーを入れ替えるようになった為、研究生アンダーは不要となった。2013年8月、アンダー制度が再び変更されるとの発表があり[5]、以降はチーム・研究生の垣根を飛び越えて、異なるチームのメンバーもアンダーで出演する様になった。稀に正規メンバーが研究生公演に出演することもある。ペナントレースの関係上、一時期、他チーム間アンダーは行われなくなったが、ペナントレースの中止に伴い復活している。
グループ名ではなく、お金の単位として使用していたもの。「1AKB」=「1,000円」。由来は、デビューから2006年7月8日までチケット料金が1000円だったため。値上げされた後は、ほとんど使われなくなった。[3]
2011年11月1日からサービスが開始された、AKB48が運営するプロバイダ(インターネット接続サービス)。会員向けにいくつかコンテンツが用意されており、AKBのメンバーと自分の顔写真を合成することで、2人の間に生まれる赤ちゃんの写真を作成できる「AKBaby」などがある。
2005年12月29日に発表された「その日一番目立った来場者を“MVP”として称え、Tシャツをプレゼントする」という制度。しかし「応援の仕方は人それぞれ」や、目立つというのは、大声で叫ぶや、暴れるという行為にも近く、「なぜそんな人をMVPにするんだ?」という多くのファンの非難を浴び、次の日には戸賀崎が「やっぱり止めます」と発表。わずか1日で終了した。
2005年12月31日、上記の反省を踏まえ「100回来場した人を“MVP”とする」という風に変更された制度。シアターのインフォメーションから劇場への通路の右の壁には、歴代MVP認定者の名前が飾られている。その他に、予約した日の公演メンバー全員との記念撮影。全員のサイン入りTシャツ、最優先入場権などの特典がある。[3]
コンサートなどのイベントで、その日一番活躍(?)したメンバーを秋元康がMVPに認定するという制度。秋元の独断なので、どんな基準で選ばれているのかは誰にも分からない。
2005年12月31日、上記の反省を踏まえ「100回来場した人を“MVP”とする」という風に変更された制度。シアターのインフォメーションから劇場への通路の右の壁には、歴代MVP認定者の名前が飾られている。その他に、予約した日の公演メンバー全員との記念撮影。全員のサイン入りTシャツ、最優先入場権などの特典がある。[3]
コンサートなどのイベントで、その日一番活躍(?)したメンバーを秋元康がMVPに認定するという制度。秋元の独断なので、どんな基準で選ばれているのかは誰にも分からない。
「オージェイエス フォーティーエイト」と呼ぶ。グループ名の由来は「OJiSan(おじさん)」より。AKB48など48グループの握手会やコンサートなどの警備を行う、元刑事や警察官OBの16名で結成。詳細はOJS48を参照。
初代チームKのメンバーだった大堀恵が、チームK公演で立っていた“3列目一番左端”というポジション。センターから最も遠い位置であり、照明すらほとんど当たらない真っ暗な場所(本人談[12])。 かつては指原莉乃(AKB48在籍時)も「最下手3列目は指原のものだ!」[13]と自虐ネタにしていたが、下手とは舞台(客)から見て左手を指すので、この表現は「大堀ゾーン」と同じ場所を意味している(ただし、当時の指原は、チーム公演での立ち位置ではなく、選抜メンバーによるシングル曲での話として使っていた)。
2014年、江崎グリコ「パピコ」のキャンペーンとタイアップして募集した、「30歳以上の女性対象の期間限定メンバー」オーディションの合格者。プロアマ、既婚未婚問わずの募集条件で、AKB48以外で芸能活動を行っている者も応募した
公演終了後にメンバーが劇場入口の扉からカフェにいるお客さんに向かって挨拶をすること。2005年12月10日から行われていたが、客数が増えるにつれ場所取りが加熱するなど危険な状況が見受けられるようになったため、2006年4月28日をもって廃止された。
これも運営(秋元)が掲げているコンセプトの一つ。元々は相撲用語で、八百長なしの真剣勝負を意味する言葉。「選抜総選挙」「AX」「じゃんけん大会」などのイベントは、すべてやらせ無しが運営側の言い分。それに対し、ファンの中には疑っている者もいる。
48's Cafeで働いていた女性店員のこと。一番最初のメンバーは、1期生オーディションに落ちた子に声をかけて働いてもらっていた。その時のメンバーが篠田麻里子と大堀恵。篠田は翌月にサプライズで電撃加入。大堀は翌々月に行われた2期生オーディションに合格し、AKB48の正式なメンバーとなった。他に5期生となった小原春香もカフェっ娘出身。 カフェっ娘だったメンバーが「A***JEWELS」という新アイドルグループを作った事もある。ただしAKB48とは直接の関係はない。コンスタントなライブ活動やファン投票など、AKBの様なコンセプトで活動していたが、2007年頃で活動は終了した模様。
1991年4月〜1992年3月に生まれた世代の事で、AKBメンバーには非常に多い。2010年4月現在は、48名中の15人がこの学年で、全体のほぼ3分の1を占める。結成初期からこの世代は注目されており、当時は「ゴールデンエイジ」とも呼ばれていた。AKBにおいてこの年代の活躍は目覚ましく、代表的なメンバーを挙げると、4月:高橋みなみ、6月:北原里英、7月:板野友美、前田敦子、柏木由紀、10月:高城亜樹、11月:河西智美などがいる。ちなみに、SKE48でも第2回総選挙でランクインした2人(7月:松井玲奈、11月:高柳明音)が91年度生まれ。 宮澤佐江は「花の1991年」とも呼んでいるが、この世代は2011年に一斉に「成人」になるため、一挙に20歳オーバーのメンバーが急増する。秋元才加もAKBの高齢化を危惧していた。
「支配人」とも呼ばれる。「劇場の総責任者」「芸術監督」と言う意味も含まれるが、48グループにおいてはどちらかと言うと、各グループのマネージメントの仕事がメインとなっている。グループ・劇場の立ち上げから、人事・運営・メディア、ファン対応(握手会での支配人部屋)などその仕事の範疇は幅広い。草創期のAKB48劇場支配人であった戸賀崎智信は、かつて存在した#ガチャを手売りしていたこともあった。その劇場支配人をさらに統括する役職は「AKB48グループ総支配人」であり、初代の戸賀崎を経て、現職は茅野しのぶが務めている。なお、「劇場支配人候補生」(今村悦朗)、「劇場支配人研究生」(湯浅洋、芝智也)という役職も過去に存在していた
特典(個別握手券や生写真など)付きのもの。昔は劇場で売っていたので劇場盤と呼ばれる。現在は「キャラアニ」という ネット販売のみで販売されている。限定品なので抽選に申し込み、当選した場合は購入できる。
2006年2月14日〜4月18日まで使用されていたカード。磁気カードの一種で、入場チケット以外にもメンバーの人気投票にも利用された。ただしこのカードによるチケット販売作業は著しく時間がかかるため、不評を買いたった2ヶ月足らずで廃止された。
AKB運営スタッフの一人で、広報の西山恭子のニックネーム。背が低く短髪のため、お猿さんに似ていることから秋元康に命名された。 元々はリクルートの社員で、そこからグループ内のメディアファクトリーに出向。そこの仕事で秋元と出会う。リクルートに戻り管理職にもなったが、やりたい仕事をするために退社。相談していた秋元の事務所で契約という形でお世話になる。AKBの運営会社となるAKSの立ち上げに参加。ちなみに社員番号は1番。[10]1期生のオーディションが終わり、メンバーがデビューに向けてのレッスンをしている時に、秋元から電話がかかってきて、AKBのお披露目の段取りや雑誌記事のお願いなど、対外的な仕事を任されるようになり、広報という役職になった。広報以外にも色々とやっており、自称・AKSの立ち上げに参加。ちなみに社員番号は1番。[10] >1期生のオーディションが終わり、メンバーがデビューに向けてのレッスンをしている時に、秋元から電話がかかってきて、AKBのお披露目の段取りや雑誌記事のお願いなど、対外的な仕事を任されるようになり、広報という役職になった。広報以外にも色々とやっており、自称・戸賀崎とともに、秋元に電話一本でいろいろやらされる係。[1]AKS所属のAKBとSDNメンバーのモバメやブログの最終チェックもしていて、それだけで1日に300件ぐらいメールが来る。それを読んで「OK」や「NG」の返信をしているとか。
東京都文京区にある東京ドームシティ内の戦隊ヒーローショー準専用劇場。AKB48もかつて第2の劇場として、劇場公演や舞台などで使用していた。キャパは700〜1000程度で、舞台は下段・中段・上段の3層式。AKBは現在は使用していないが、人気が上がり劇場チケットがまったく当たらなくなってしまったので、Gロッソを復活させるという案も出ていると戸賀崎は発表していた。