【廉×美男(美子)】君に贈るセレナーデ09*エロなし

2012/08/10(金) 03:39:04.70 ID:6rNfksf6

「…こんな美子の声を聞いても起きねぇなんて…
…なぁ廉、いつまでそうしてるつもりだ?…起きろよ、早く」

妹が泣く姿は見るに耐えないと言わんばかりに、廉の枕元へ立った美男は語気を強め、
何の反応も示さない彼を睨み付けて舌打ちし、苛立ちを露にする。

「…ずっとそこに…母親に捨てられた日の中に居座るってか。
…ふざけんじゃねぇ!お前を待ってる美子はどうなるんだよ!!」

廉の両肩を掴んで身体を揺さぶる、そんな兄の無茶な行為を目の当たりにし、
美子も病室という場所を弁えず泣き叫んだ。

「やめて!!…お願い……廉さんに酷いことしないで…」
「…美子…」

美男は大人しく手を止め、衝動を堪えるよう大きく溜め息を吐き、皺が刻まれた
自身の眉間を指先で押さえる。
これまで見た事の無い、兄の取り乱した様子に驚きを隠せず、美子は視線を泳がせた。

「俺は、お前を傷付ける奴は誰であろうと許さねぇ。
…それが例え、廉でもな」
「…お兄ちゃん…」
「…けどよ。お前を笑顔に出来るのは結局、コイツだけなんだろ?
…情けねぇ話だぜ、ったく…」

そう言って眉を垂れながら笑む、鏡写しに瓜二つなその顔は、いつの間にか
優しくて頼もしい兄のそれに戻っていた。

「ごめんなさい…」
「謝るなって。…俺の方こそ、さっきはカッとなって悪かった。
あ〜、やっぱ病人に暴力はマズイよな、うん」

腕を組み鼻の穴を目一杯広げた偉そうな態度で、一応の詫びを入れる美男の悪びれなさが
却って潔く、つい笑みが零れる。


「ふふっ、お兄ちゃんったら…」
「…そうそう。コイツにもそんな風に笑ってやれ。
いつまでも落ち込んだ顔してちゃ、お前まで参っちまうぞ」
「もしかして、わざと…?」
「野暮な事聞くんじゃねぇよ。…そろそろ戻るわ。じゃあ、またな」

臭い芝居しちまった…などと、ブツブツ言いながら病室を出て行った兄の背を見送る。

幼い頃、両親が居ない事で虐められた美子を庇い、時には強い相手にも怯まず立ち向かって。
守ってくれたのは、いつもあの背中だった。

「…しっかりしなくちゃ、私も…」

これ以上、美男には頼れない。
これからは、この手で支えていきたい背中を見付けたから。

「…院長様……お父さん、お母さん…どうか、廉さんを救う力を…
私にお授け下さい…」

母の形見の指輪に触れ、廉の手を両手で包み込みながら、目を閉じ祈りを捧げる。

「……諦めない、絶対…」

願い続ければ、夢は叶うと信じている。
挫けそうになる心中に言い聞かせ、美子は兄の置き土産である原稿用紙へ視線を移した。
ここに、彼が抱えている闇を打ち砕く答えがある。

そんな予感がした。


***



誰かに呼ばれた感覚で瞼を開く。
周囲の異変に驚いた美子は慌てて立ち上がった。


『……あれ?…真っ暗…』

知らぬ間に眠っていたのか、辺りはもうすっかり暗い。
眉をしかめ頬を掻きながら廉のベッドを振り返ると、視界には何も映らず幾度も目を擦った。

『ここ、病室じゃない…』

最初は目が慣れていないだけだと思い込んでいたが、キョロキョロと四方八方を見渡しても
一面闇に覆われており、方向感覚すら狂いそうで。
ようやく自分が立っている世界が、現のものではないと悟った。

『…夢なのかな……』

独り言を呟き、不安げに肩を竦めた体勢のまま、とりあえず前進する。

涙無しには読めなかった、水沢麗子の手記に書かれた最後の一文。
どうしてもあれを、早く廉へ伝えなければならないのに。
こんな不可解な夢を見ている場合ではない。

しかし、己の頬をつねったり叩いたりしても一向に目覚められず、溜め息が漏れる。


『…グスッ…っうぅ……』

『………!』

しばらく歩いた所で、子供とおぼしき微かな泣き声がし、足を止めた。
目を凝らしてみるも、やはり眼前には闇が広がるのみ。
それでも、耳を澄ませば確かに聞こえるそれを見過ごせる訳もなく…
美子は思い切って駆け出した。

『どこに居るのー!?大丈夫ーっ?』

泣き続ける子供の姿を探して、必死に走る。
段々近付いているのか、声が大きくなるのが分かった。

『…はぁ、…どうしよう、こんなに真っ暗じゃ探せない…』

確実に先程より近付いたはずだが、美子の視界を暗黒が遮る。
廉も、ずっとこんな気持ちで夜を過ごして来たのだろうか。

上がった息を整える為、一旦歩を止めて考えた。
どうすれば泣いているあの子に、自分の存在はすぐ傍だと示せるのか。

『…そうだ…、私の声……』

そこでようやく、己が持つ唯一の才能を思い出す。
皆に認められた…“これ”なら。


♪〜〜〜〜


意を決して瞼を閉じ深呼吸した後、美子はおもむろに歌い始める。
A.N.JELLに加入する決め手となった、あの讃美歌を。

あなたを助けたい。
私はここだよ。
だから、泣かないで…。

思いを込めて、最後まで丁寧に歌い切った。

そっと目を開けると、闇を打ち消すかの如く煌々とした星空が広がり、
月光まで降り注いでいる。
茫然と口を開ける美子の背後から苦し気な息遣いがし、すぐさま振り向くと。

『…やっと見付けた……』

月明かりの下で蹲る5歳くらいの男児を発見し、ホッと安堵の息を吐く。
彼と同じ目線になるよう膝を折り曲げ、顔を覗き込んだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったそこには、想い人の面影が色濃く…つい息を飲んでしまう。

『…誰…?』
『…私は…あなたを助けに来たの』
『……ぼくを?』

驚きの表情で美子を見上げた彼は、よく見ると何かのトロフィーを抱えていた。
先端部は落として壊しでもしたのか、地面に転がる装飾の欠片が物悲しい。

『これ…』
『…ピアノの発表会で優勝したんだ…
…でも、もういらない…お姉ちゃんにあげる』

男の子は自嘲の笑みと共に吐き捨て、トロフィーを美子へ押し付けた。
土台部分にある“ピアノコンクールジュニアの部 優勝 桂木 廉”という印字に目を見開く。

『……!』

彼の正体を知った途端、麗子の手記にあった“息子を捨てた日”の内容が過った。
居たたまれなくなり、トロフィーごと男の子を抱き締める。

『…お姉ちゃん?』
『会いたかった…』

腕の中にすっぽり収まる肩が強張った。
普通の子供の反応とは違い、抱擁に慣れていないらしく触れ合った肌から緊張感が伝わる。

『…どうして…?ぼくなんて、いらない子なのに…』
『要らない子な訳無いよ!私にはあなたが居なきゃダメなんだから…
…そんな事、言わないで…』

この幼い身体に、どれほど辛い思いを溜め込んで来たのか。
想像しただけで心が痛む。
自身を“いらない”と称し戸惑う、彼の発言を否定すると、
抱いた背中を何度も擦ってやった。



【廉×美男(美子)】君に贈るセレナーデ11*エロなし

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