2012/01/02(月) 02:08:11.15 ID:yTdu6K6m

明日は久々の休日というある晩のこと、美子が合宿所に泊まりに来ていた。
ただし今日の宿泊先は廉ではなく、美男の部屋。
いつもなら無理にでも自分の部屋に泊めようとする廉だったが、兄に相談したいことがあると美子が言うと、
嫌がるでもなくあっさりと許可を出した。
普段とは違う廉の様子に違和感を覚えながら、兄と話し合う。


「お兄ちゃん、最近NANAさんとはどうなの?」
「どうって…なんだよいきなり」
「いいから。うまくいってるの?答えて」
めずらしく強い口調で問い詰める美子の様子に、真面目に答えざるを得なかった。
「…仲良くやってるよ、まあ、とりあえず…」
本当は「もちろん」とはっきり答えたかったけれど、歯切れの悪い返事しかできなかった。
「でもなんでそんなこと聞くんだ?」
美子がなぜ俺たちの関係を気にするのか。理由を尋ねると、こんなことを話し始めた。

先日、廉が美子の部屋でシャワーを浴びている時に廉の携帯にNANAから着信があったのを見てしまったこと。
それが一度だけではなく、何度か同じようなことがあったこと。
最近は廉が美子に内緒で誰かと連絡をとっているようであること。
少し態度が素っ気なく、わざと美子を避けるような素振りを見せること…。

「もちろん廉さんのことは信じてるけど…。でも不安でたまらないの」
美子の話を聞いて、思わず大きなため息を吐いた。
「お前も、か…」
「お前もって、お兄ちゃんそれ…」
「ああ。実は俺も、気になってたんだ」

ひと月ほど前からNANAの様子が少しおかしくなった。
俺と話していてもどこか上の空だったり、笑顔がぎこちなかったり。
そう、美子が言っていたのと同じように、廉から電話があったのも気付いていた。
着信中の携帯画面にあった廉の名前…。それを見た時は思わず頭に血が上った。
たまたまだ。たまたま、何か用事でもあったんだろう。
その時はそう思い込むことにしたけれど、さっきの美子の話を聞いたら自信がなくなってきた。

(まさか、廉さんに限って…)
(まさか、NANAに限って…)

「まさか、ね…」
ふたりで顔を見合わせた。



美子と深夜まで話してモヤモヤした気分のまま朝まで寝付けずにいたら、結局10時過ぎまで寝過ごしてしまった。

「ああ、もうこんな時間か…。美子、起きろ」
「んーっ…おはようお兄ちゃん」
「おはよう。コーヒー飲むだろ?先に行って淹れておくよ」
「うん…ありがとう」

顔を洗い、欠伸をしながらキッチンへ向かったが、目の前に現れた光景に一気に眠気が吹き飛んだ。
「えっ……」
シンクの前で、NANAと廉が寄り添って立っていた。
廉の顔を覗き込んで笑顔で話しているNANAを見たら、何かを考えるよりも早く足が勝手に動き出して、
気付いたらNANAの肩を掴んで無理やり振り向かせていた。

「痛っ…何するのよ美男。乱暴にしないで」
「なんでここに…?今日は用事があるって言ってたじゃないか」
「ちょっとね…。彼に誘われたから」
NANAが廉に思わせぶりな視線を向ける。
思わずカッとなり、廉にくってかかった。
「どういうことだ!説明しろよ!」
「説明も何も、NANAが言ったとおりだ。俺が誘った」
至極冷静に、上から目線で話す様子にますます腹が立った。

「廉、おまえっ…」
胸倉をつかんで殴りかかろうとした時、背後から美子の震える声が聞こえた。
「…廉、さん…?どうして…?」
後からキッチンにやってきて、騒ぎを見た美子はショックを隠しきれずにいる。
目にうっすらと涙を浮かべて、部屋へ走っていってしまった。
「美子っ!」
怒りは収まらないけれど、美子のことを放っておくわけにはいかない。
「くそっ!いいか、あとでちゃんと聞かせてもらうからな!」
廉を指さして言い、美子を追いかけて部屋に戻った。


ドアを開けると、すぐそこに美子がしゃがみこんで肩を震わせて泣いていた。
「美子…」
美子の隣に座り、肩に手を乗せる。
「どうしよう…。ねぇお兄ちゃん、どうしたらいい?」
「…ごめん。俺もいま、混乱してる」
いったん落ち着こうと美子の腕を肩に掛けて立ちあがらせ、ソファへと連れて行った。

「美子…泣くな」
何も考えられないまま、泣きじゃくる美子の頭を撫でて慰め続ける。
しばらくそうしていたら、美子が少し落ち着いてきたようだった。

「廉さん…NANAさんのこと好きなのかな…」
「そんなはずない…。きっと何かの間違いだ」
美子の肩を抱いて、自分に言い聞かせるように呟いた。

廉が美子にベタ惚れだってことは、今までのあいつを見てきてよくわかってる。
NANAだって、俺のこと…好きなはずだろ?
でも、廉と話している時のNANAのあの顔。すごくうれしそうだった。
廉だってまんざらでもなさそうで…。
いったいどういうことなんだよ。
考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳がわからなくなった。


「美男、美子、大丈夫か?」
ノックの音とともに、柊の穏やかな声が聞こえてきた。
「少し落ち着いたら出ておいで。みんな待ってるから」

柊?なんで柊が呼びに来るんだ…。
それに「みんな」ってどういう意味だ?
まあ、とにかく廉たちと話をしてみないことには先に進まない。
「美子、どうする?嫌なら俺が話聞いてくるけど…」
美子がぶんぶんと頭を振った。
「怖いけど…自分で聞きたい。どんな答えでも」
「わかった。じゃ、行こう」

美子…。
小さい頃は怖がりで、いつも俺の後ろに隠れてばかりだったのに。
強くなったな、本当に。
「大丈夫。何があっても俺が付いてるからな」
美子にそう言って、手をつないで部屋を出た。



(あれ?なんだこの匂い…?)
クンクンと辺りの匂いを嗅いだ。
「…お兄ちゃん。なんだか…いい匂いがする」
「ああ、美子もそう思うか?」
香ばしい香りと、甘い香り。
歩くたびにそのかぐわしさは強くなっていった。

廊下からリビングの入口に差し掛かった途端、勇気の元気な声が響いた。
「せーのっ!」
パン!パンッ!パパンッ!!
クラッカーの破裂音とともに、紙テープがひらひらと舞い落ちてきた。

「えっ?」
美男と美子が同じ顔で目を丸くする。

「ハッピーバースデー!!!」

「えーっ?!」
お互いに顔を見合わせた。

「はいはいはい、おふたりさんはこちらへどうぞ〜」
訳のわからないまま勇気に背中を押され、リビングのソファまで連れて行かれて座らされた。
「え、誕生日って、まだ…」
「いーのいーの。ちょっと早いけど、今日しかみんなのスケジュールが合わないからさ」
勇気があっけらかんと答える。
「ほら、みんな早く座って!乾杯するよ〜!」

「ふふっ、私が今日にしてってみんなにお願いしたのよ。美男、お誕生日おめでとう」
NANAが隣に座って、優しく微笑んでくれた。
「NANA…」
笑顔を見たら張りつめていた気持ちがすっかり緩んで、言葉が出てこなかった。

「おまえもな。…おめでとう」
廉が照れくさそうに美子の隣で呟いた。
「廉さん…ありがとう……ぐすっ」
「なに泣いてんだよ」
「だって…びっくりしたから」
「ふっ、変なヤツ」
ほら、と穏やかな笑みを浮かべて美子にシャンパングラスを渡した。

「みんな、準備できた?」
勇気の音頭で全員がグラスを手に取った。
「美男、美子、誕生日おめでとー!かんぱーい!」
「かんぱーい!!!」
グラスを合わせる澄んだ音と、弾んだ声が部屋中に響いてパーティーが始まった。



「ところでさ…」
デザートのバースデーケーキをつつきながら、NANAに今までの疑問を訊いてみた。
「最近NANAがおかしかったのって、何で?」
「おかしかった?私が?」
NANAはまったく心当たりがないといった風に怪訝そうな顔をした。
「なんか、話しかけても上の空だったり、隠し事もあるみたいだったから…」
「だとしたら、きっと今日のことを考えていたのね」
「あ、じゃあ廉と電話してたのは…」
「パーティーに誘われたからいろいろ相談してたのよ。ふたりのお祝いなんだから当たり前でしょ?」
「今日、廉と一緒に楽しそうにしてただろ…」
「もー、まだ疑うの?美男が喜んでくれるかなって思ったら笑顔にもなるわよ!」

俺たちの会話を聞いて、柊がクックッと笑い出した。
「あの時は驚いたよ。勇気と買い出しに行って帰ってきたら、今にもケンカになりそうだったから」
「そうそう、ふたりとも勝手に誤解してさ。美子も泣き出しちゃうし。ドラマか!って突っ込みたくなったよ」
「まあ、止めるまでもなく部屋に戻っちゃったんだけどね」

(そっか、そういうことか…)
安心したら身体からすっかり力が抜けた。
「NANAごめん、疑ったりして」
「ううん。美男があんなに嫉妬してくれるなんて…うれしかった」
NANAが肩を寄せて、手を握ってくる。うれしくて、その柔らかい手をギュッと握り返した。

デレデレとしたNANAの顔を見て、廉が頬をピクッとひきつらせた。
「フン、おまえいい加減に嘘つき妖精やめろよな」
「やだ!言わないで廉!」
NANAが慌てて廉の言葉をかき消そうとする。
「え?どういうこと?」
「こいつ、おまえにやきもち妬いてほしいからって、わざと俺にまとわりついてたんだからな」
「は…?」
「まったく、危うく殴られるところだったぞ。美子を誤解させるのもしんどかったし…」


「NANAちゃん、昔からあれこれ企むの好きだったよね〜」
「ああ、いろいろひっかき回されて大変だったよ」
勇気と柊もニヤニヤしながらNANAを冷やかす。
「もうやめてよ!お願いだからそんなこと美男に言わないでってば!」

「で、でもっ!」
顔を赤らめてあたふたするNANAを庇うように美子が話し始めた。
「でも、NANAさんがいなかったら私、廉さんとこんな風にはなれなかったかもしれませんよ。
NANAさんのおかげで、私は廉さんへの気持ちに気付けたんですから!」
きっぱりと言い切る美子に、廉の頬が緩んだ。
「もちろん大変な思いもたくさんしたけど…。でも!あの頃のNANAさん、一生懸命ですごく可愛かったです」
「美子…ごめんね。ありがと…」
NANAがか細い声で美子に感謝する。
「それに、いまお兄ちゃんに夢中なNANAさんはもっともっと可愛いです!」
美子がフニャっとした笑顔をNANAに向けると、NANAは真っ赤になって恥ずかしそうな笑顔を見せた。

俺にやきもち妬かせたいなんて…。
子供っぽいけど、そんなNANAがすごく可愛らしくて、ついつい悪戯心が芽生えてきた。
「あっ!あそこに何かいるっ!」
「えっ?!」
大声をあげて部屋の隅を指差し、みんなが視線を逸らした隙にNANAの唇を奪った。

「なんだよ美男、何もいないじゃん……っとぉ〜!」
真っ先にこっちに振り返った勇気が赤面した。
「あーあ、お熱いことで」
「うっせ。こっち見んな」
ポワンとしたNANAの表情に満足して、もう一度軽くキスをした。

「お兄ちゃんだけ、ズルい…」
美子が口を尖らせて廉を見つめる。
「なんだよ…。俺はこんな所でそんなことしねーぞ」
「廉さん…」
「くそっ、そんな目で見るなよ。ガマンできねーだろ」
嫌がる素振りを見せながらも、廉は結局引き寄せられるように美子に口づけた。



2組のカップルがイチャイチャする中、置いてきぼりをくらった柊と勇気はひそひそと内緒話をしていた。
「柊さん…俺たちって淋しくね?」
「そうだな。悔しいからちょっとからかってみるか」
「おっけー」

「しゅ、柊さんっ!」
「勇気…いきなりどうした?」
「思い切って言うけど、柊さん俺…前からずっと柊さんのことが好きだったんだ」

(えっ……)
4人とも信じられないといった顔で目を丸くする。

「驚いたな…。まさか、こんな願いが叶うなんて…。勇気、俺もおまえを愛してる」
「柊さん、うれしいよ…」
「勇気…」
腕を伸ばして固く抱きしめ合うふたり。
互いに見つめあい、そのままゆっくりと顔を近づけていった。

(えええええっ………)
4人は完全に固まった。

「…ぷっ!」「あははっ!」
柊と勇気がハグしたまま背中を叩きあって大笑いした。
「お、おもしれー!みんなのその顔っ!」「大成功だな!」

「おい…」
廉が真面目な顔で口を開く。
「おまえらを信じた俺がバカだった。A.N.JELLは今日で解散する」
「え?!ちょっと待ってよ廉さん!怒ったなら謝るからさ〜!」
「まさか、冗談だろ?」
「…ノーコメント」

(あーあ、廉のやつ、あんなにニヤニヤしてたら冗談なのがすぐバレるっつーの)
大好きな仲間と恋人に囲まれて過ごせるなんて、最高の誕生日だな。そう思いながら美子の顔を見る。
美子がニコッと微笑み返す。きっと俺と同じ気持ちでいるはずだ。

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