2012/12/30(日) 22:59:11.83 ID:rS9KxzOr

深夜、自室で新曲の構想を練っている廉。
ふと時計を見ると、もう1時を回っている。
「もうこんな時間か…」
軽く伸びをし、キッチンへと向かう。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一口飲んだ所で微かな歌声に気付いた。

リビングの掃き出し窓から外を覗くと、芝生の上に座り込んだ美男がいた。

When you wish upon a star
Make no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

小さな声で「星に願いを」を歌っているのが聞こえる。
美子にそっくりな声。
軽くビブラートをきかせた、美しいボーイソプラノ。

「風邪ひくぞ」
廉が声を掛けると、ビクッと肩を震わせた美男が振り向いた。
一瞬だけ廉の目を見て、すぐに俯く美男。
「眠れないのか?」
「…別に」
廉の問いに無愛想に一言だけ返し、
美男はそのまま廉の横をすり抜けて部屋に戻って行った。

「はぁ…」
廉は思わずため息をこぼした。
美子がアフリカに旅立ってから2週間。
美男は一向に廉に打ち解けてくれなかった。
あのセンセーショナルなライブでの告白後、マスコミへの対応に追われてゆっくり話す時間もなかった。
柊や勇気とはそれなりに仲良くしているのを見ると、人見知りなわけでもないらしい。
「やっぱり俺の母親の事で怒ってるんだろうな…」
折を見て美男と話がしたかったが、はっきりと避けられているのを感じる。
廉は夜空を見上げて、自分には見えない星の輝きに目を凝らした。
「美子、俺…どうしたらいいんだ?」

「美男っ、この後何もないだろ?一緒に遊びに行こうぜ!」
勇気に誘われて、美男の瞳が輝いた。
「うんっ!行くっ!柊も行くよね?」
「いいよ。どこ行こうか?」
三人でわいわい話していると、廉がやって来た。
「なんだ、楽しそうだな。遊びの相談か?」
廉が会話に加わると、美男の顔から笑みが消えた。
「廉さんも行く?ご飯食べてから、どっか行こうかって話してたんだけど…」
勇気の言葉を聞いて、美男が俯き表情がみるみる曇っていくのがわかった。
「俺、やっぱ行かない」
ぼそりと美男が呟いた。
「え、どうして…」
勇気が怪訝な顔で言い、柊と顔を見合わせる。
廉と美男の間の微妙な空気に、勇気と柊が戸惑っている。
廉は取り繕うように急いで言った。
「あ…いや、俺はまだ仕事があるから、皆で行ってこい」
「そ、そっか、じゃあ行って来るね。ほら、美男行こうぜ」
勇気に続いて美男が部屋を出て行った。
最後になった柊が何か言いたげに口を開いたが、結局そのまま何も言わずに二人の後を追った。

さすがに心が折れそうだった。
愛する美子の双子の兄、美男にここまで嫌われているとは。
覚悟はしていたつもりだが、柊達の前で露骨に態度に出されると廉と言えども心穏やかでいられなかった。
(でも、美子だって最初から納得できたわけじゃない。時間はあるんだ。
急がずにゆっくり距離を縮めて行こう。美男もいつかはわかってくれる)



事務所近くのレストランでたらふく食べた三人は、渋谷のクラブに繰り出した。
勇気の行きつけのクラブには顔馴染みの客が何人もいて、次々に声を掛けてくる。
「勇気、久しぶりじゃん。あれ?そっちの彼は噂の新人君?」
「そうそう、うちのニューフェイスの美男。どうだ、可愛いだろ」
友達に紹介された美男は、恥ずかしそうに挨拶をした。
「あ、あの、桜庭美男です。こんばんは」
「こんばんは、だってーっ!初々しー!可愛い後輩が出来たな、勇気」
「まあね。新生A.N.JELLをよろしくってことで!」

フロアに出て踊りだした勇気を置いて、柊と美男はVIPルームに落ち着いた。
美男はストローでコーラを飲みながら、店内をきょろきょろと眺めている。
「美男はこういう所は初めてか?」
「えっ、あ、うん。俺、施設を出てから一人暮らしだったから、バイトばっかしてて遊ぶ余裕なんてなかったもん」
「そうか。美男も踊ってくればいいのに」
「恥ずかしいよ。俺、踊れないし」
美男は照れくさそうに答えて、また店内に目を向ける。
ガラス窓の向こう側を最新ファッションに身を包んだ女の子達が通る。
彼女達を見て「かわいー…」と呟く美男に柊が吹き出した。
「やっぱり、男なんだな、美男は」
美男が柊をチラッと見て、グラスをテーブルに置いた。
「当たり前だろ。顔は美子とそっくりだけど、ちゃんと男だぞ」
「ごめん。そういう意味じゃないけど…。でも、廉も大変だろうな、こんなに美子そっくりな美男がそばにいたら」
「…………」
廉の話題が出た途端、美男は俯いて黙り込んでしまった。
「美男は廉と美子の事、反対なのか?」
「別に…俺は関係ないし…」
「なあ、美男。前から気になってたんだけど、廉の事、嫌いなのか?」
「嫌いだ」
即答されて、柊は面食らう。
「どうして?」
「言いたくない」
「そうか…。じゃ無理には聞かないよ。廉は確かに誤解されやすいけど、本当はすごくいい奴だ。
俺が色々言うより、付き合っていくうちに美男もきっとわかるよ。
だけど一つだけ言わせてくれ。
どうして廉を嫌ってるのか知らないけど、その理由は廉が悪いからなのか?
もしそうじゃないなら、廉の事、曇りのない目で見てやってくれないか?」
優しい眼差しで見つめられて、美男は思わず柊から目を逸らしてしまった。
横を向いたまま「…わかったよ」と小さな声で呟くと、柊はニッコリ笑って、美男の頭をくしゃっと撫でた。


数日後、テレビ局の廊下をメンバー全員で歩いていると、向こうからディレクターがやって来た。
「よおーエンジェルさん、最近調子どうよ?今日もよろしく頼むよ」
みんな口々に挨拶する中、美男がペコッと頭を下げた。
「あ、初めまして、美男です。今日はよろしくお願いします」
「え?初めましてって…前に番組に出てもらったじゃない?」
一瞬、空気が固まった。
「いや、あの、こいつ加入してからハードスケジュールだったから、あまり覚えてないみたいなんですよ。
な、美男?」
廉が美男の頭をぐしゃぐしゃっと撫でながら、言い訳をした。
「は、はい。すみません」
「なんだ、そっかー。でも忙しいのはいいことだよ。ま、今日もよろしくね」
そう言ってディレクターは去って行った。
控室に入った途端、全員はーっとため息をつく。
「危ないとこだったね。廉さん、ナイスフォロー!」
すると美男が廉の前に歩み出た。
「あの…リーダー、すみませんでした」
「ぷぷっ!美男、リーダーって…。名前で呼べばいいじゃん」
廉も顔をしかめて美男を見つめている。
「えと、じゃあ、桂木さん…」
「それも他人行儀すぎるんじゃないか?」
柊も呆れた顔で見ている。
「それじゃ、廉…さん?」
瞬時に廉の顔が赤くなる。
「その呼び方はやめろ。さん、は付けなくていい」
美子と同じ顔で「廉さん」と呼ばれると、ムズムズするというか、照れるというか、なんか落ち着かない。
「いいなー、美男。廉さんから呼び捨ての許可が出たよ。俺も呼び捨てしちゃおっかなー」
「お前は10年早い」
勇気と廉のボケツッコミのようなやり取りで、その場の空気が和んだ。
皆と一緒になって笑う美男の顔を見て、廉も安堵のため息をついた。



名前で呼ぶようになって、二人の距離は少しだけ縮まった。
仕事の場では遠慮なく言い合ったり、誰かの冗談で笑い合ったりと打ち解けてきたのがわかる。
そんなある日、美男の加入から半年ほどたった頃だった。

郊外にある父拓海の墓にお参りに行った美男は、墓前にいる人物に気付いて身を隠した。
その人物は、お墓に花を供え、線香に火を点けると、長い間手を合わせていた。
(どうして廉がここに…?)
美男が見ているのにも気付かず、廉は墓石を見つめて話しかけている。
何を言っているのかまではわからないが、真摯な気持ちで向き合っているのは美男にもわかった。
廉が立ち上がり、一礼して振り返った。
とっさに木の陰に隠れた美男は、遠ざかっていく廉の後ろ姿を見送った。
廉が立ち去った後、美男は拓海の墓の前に立った。
拓海の墓はきれいに拭き清められ、美しい白百合の花が供えてあった。
美男はその前に屈みこんで父に話しかけた。
「父さん。俺、廉が悪くない事はわかってるんだ。でも、どうしても胸のつかえが取れないんだよ。
父さんは許したの?俺、どうすればいいと思う?」
墓の前で美男は、いくら考えても出ない答えを求めるように父に問いかけた。
するとその時、供えられた白い百合の花が、風に吹かれてふわりと揺れた。

美子から久しぶりにエアメールが届いた。
大きめの封筒の中に、メンバー全員分の小さな封筒が入っていて、それぞれに手渡される。
「やったーーー!久しぶりだよね、美子からの手紙。ちょー嬉しいよ!」
「お前、それ後で俺にも見せろよ」
手渡した廉が勇気に言うと、「じゃあ、廉さん宛のも俺に見せてよね」と、勇気。
「ばっ、見せられる訳ないだろっ」
真っ赤になった廉が反論する。
「じゃあ、俺のも見ーせない、っと」
嬉しそうに封を切る勇気を横目に、廉が舌打ちをする。
「ったく。…これは柊宛、美男、これはお前に」
「サンキュ、廉」
柊も嬉しそうだ。
美男は手紙を取り出し静かに読んでいたが、少しするとリビングを出て自室に行ってしまった。



続き>>【廉×美男】星に願いを02*エロなし

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