| とある日 |
| お仕事の後のティータイム。それは日によって、お茶の味もお菓子の味も、まったく違うものになるんですの。 |
| 時に甘く、時に酸っぱくて……ちょっぴりほろ苦さを感じた時は、せめて美味しくいただきたいから |
| わたくしは、あの日のことを思い出すようにしているのです。 |
過去の桃華 | 桃華ですわ。アナタ……わたくしを見る目つきが、普通の人のソレとは違ってよ? |
| (あの時のわたくしが言った「普通の人」とは、わたくしを櫻井の娘として見る方々のこと……) |
| (今ならわかりますわ。あの人は、わたくしをアイドルとして……一人の人間として、見ていらしたんですの) |
| (そしてプロデューサーちゃまは、わたくしをわたくしらしいまま、アイドルにしたのですわ) |
桃華 | とても美味しいですわ。ベルガモットの爽やかな香りが、今日の青空にぴったりですもの♪ |
雪乃 | お口に合ったのなら、何よりですわ。お客様や天候に合わせて茶葉も変えておりますの! |
千秋 | 雪乃さんらしいおもてなしの心よね。 |
桃華 | ええ、わたくしも、自分でこんなに素敵な紅茶を淹れられるようになりたいですわ。 |
雪乃 | よろしければ、お教えしましょうか? |
琴歌 | まぁ!私にもぜひお願いしますわ! |
桃華 | ふふっ、では、次はみなさんで猛特訓ですわね♪ |
琴歌 | ……よかった、桃華さん、お元気そうですのね。 |
雪乃 | 琴歌さん、それは本人には内緒のお話なのでは……? |
琴歌 | えっ……あら、私としたことが……。うかつでしたわ……。 |
桃華 | 構いませんわ。みなさんがわたくしをお茶会に招いてくださった理由は、わかっているつもりですもの。 |
千秋 | そうね、桃華さんは聡いから。でも、勘違いはしないでね? |
千秋 | 貴方を子どもだと思って、慰めようなんて安易な気持ちではないのよ。 |
桃華 | ええ、千秋さんたちは、同じアイドルとして、私のお話を聞こうとしてくださっているんですものね。 |
千秋 | ふふ、わかってるじゃない♪ |
琴歌 | ……それにしても、悔しい気持ちになりませんか?今回のお仕事は、ご実家と縁のある企業からのお話でしょう? |
桃華 | ええ。向こうも仕事である以上、どうしても避けられないとは思っているのですけれど……。 |
桃華 | (それでも、営業や挨拶で、相手に頭を下げられ通しというのは、アイドルより櫻井家の娘の扱いですわ) |
部長 | これはこれは、櫻井のお嬢様。この度はわが社のプロモーション企画に参加してくださり…… |
過去の桃華 | 頭を上げてくださいませ。挨拶は、新人アイドルであるわたくしから行こうと思っておりましたのに…… |
部長 | いえいえ、櫻井のご令嬢様にそんな恐れ多い……本日は何卒、よろしくお願いいたします。 |
部長 | お父様とお母さまにも、よろしくお伝えください。 |
過去の桃華 | (彼らの挨拶は、以前から参加していた、退屈な社交界での挨拶と、なんら変わりありませんでした) |
過去の桃華 | ……わたくしは、家のためにアイドルをやっているわけではありませんのよ。 |
千秋 | 仕方がないとはいえ、自分の背景よりも、実力を見て欲しいところなのだけどね。 |
琴歌 | 私も、その気持ちはよくわかりますわ!お気遣いはありがたいのですけれど…… |
琴歌 | 楽屋やステージの上では、他のアイドルと同様に扱ってほしいですもの。 |
雪乃 | 生まれや育ちは、どこまでもついて回りますからね。 |
千秋 | ええ、世間知らずとか温室育ちとか、悪気なく言われた時には、さすがに驚いたわ。 |
桃華 | そうですわね。わたくしたちには、わたくしたちなりに、大変なこともありますもの……。 |
家庭教師 | 本日より、桃華様には、櫻井家の令嬢に相応しい振る舞いを学んでいただきます。 |
過去の桃華 | はい!がんばりますわ! |
家庭教師 | ……まず、感情を露わにするのは、褒められた振る舞いとは言えませんね。 |
過去の桃華 | …………。 |
家庭教師 | かといって、委縮して物静かに黙っているのもいけません。 |
家庭教師 | 嫌味を感じさせずに、年上の方にも物が言えるようになりましょう。 |
家庭教師 | けれど、上品に微笑んで、礼節は決して忘れないように。 |
過去の桃華 | ぐすっ……どうして上手くいきませんの?テーブルマナーは、何回も教えていただきましたのに! |
桃華の父 | 悔しいということは、桃華にはまだ頑張りたいという気持ちがあるということだ。 |
桃華の父 | いいかい?桃華にはこれからより多くを学んでもらおうと思う。将来、広い世界へ羽ばたいてほしいからね。 |
桃華の父 | その世界では、きっとたくさんの人に出会うだろう。櫻井の娘として見られることもあれば、 |
桃華の父 | 桃華自身を見てくれる人もいるだろう。 |
桃華の父 | その中で、見せたい自分を見せられるように……高い理想にもひるむことなく、進んでいってほしい。 |
琴歌 | ──それで……スタッフさん方は、演者はあのお嬢様だぞ、もっと高級な水を買ってこいと仰って……。 |
琴歌 | 気をつかっていただけるのはありがたいのですが、ADさんにはお手数をおかけしてしまいましたの。 |
千秋 | ふふ、あのスタジオ近くに売ってるミネラルウォーターは、どれも同じ値段なのにね。 |
雪乃 | それから、どうなさったんですの? |
琴歌 | ええ、私はそのメーカーのお水も飲んだことがあるので大丈夫だと言ったのですわ。 |
琴歌 | そしたら、お嬢様は瓶のミネラルウォーターを飲むんじゃないのかって、少し騒ぎになりましたの! |
桃華 | ……ふふっ♪ |
雪乃 | あら、どうなさいましたの? |
桃華 | いえ……みなさん、様々な思いをしたはずですのに、和やかに話すものですから。 |
琴歌 | それは、桃華さんも同じですわよね? |
桃華 | もちろん。素敵なお茶会で暗いお話は、褒められたものではありませんもの。 |
桃華 | それに……自分自身を見てもらえない悔しさはあれど、わたくしの生まれにも育ちにも恥じるところはありませんわ。 |
桃華 | 今日ここに至るまでの全てが、愛おしく、大切なわたくしの一部ですものね♪ |
| (そして、もしわたくしが櫻井家に生まれていなければ、きっと気づけなかったでしょう) |
| (あの時──プロデューサーちゃまが、他の方とは違うということに) |
| (仲間とのパーティーは、退屈とは無縁であるということに) |
桃華 | あとは、他の方に何を言われようと、仕事に対するわたくしの真摯な姿勢を見せ続けるだけですわ! |
雪乃 | ええ、わかってもらえるまで、とことん向き合いましょう♪ |
千秋 | それでも理解を得られないようであれば……実力でねじふせてもいいものね。 |
琴歌 | まぁ!大胆ですわ♪ |
千秋 | それで、桃華さんは、今回のお仕事を受けるのかしら? |
桃華 | プロデューサーちゃまとも相談して、少し大人げないですけれど、わがままを言わせてもらいましたの。 |
桃華 | その結果、公開オーディションの運びになりましたわ。読者の方々による投票で雑誌の看板モデルを決めますの♪ |
千秋 | 実力が思う存分見せられる、いい流れね。 |
雪乃 | それでは、オーディションのよい結果を願って……そろそろスコーンをいただきましょうか。 |
琴歌 | 先ほど、ばあやさんが運んできてくださったものですわね! |
雪乃 | ええ、自信作で、どうしても皆様に焼きたてを、とのことですわ。薔薇のジャムを添えて召し上がれ♪ |
桃華 | まぁ!なんて素敵な甘い香りなんでしょう! |
桃華 | ……こほん、失礼しましたわ。 |
琴歌 | 仲間内のティーパーティーですもの。美味しいものには、にっこりと大喜びでいいんですわよ? |
桃華 | では、お言葉に甘えて……いただきます♪ |
桃華 | んんっ♪本当に、とっても美味しいですわ!紅茶にもぴったりですわね♪ |
| 今日の紅茶は、ほろ苦いものになると思っていましたわ。 |
| けれど、甘すぎず……酸っぱくもなく……。 |
| わたくしの背中を押すような、優雅で、ちょっぴり刺激的な味がしましたわ♪ |
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