| とあるカフェ | |
| カランカラン♪ | |
| 瞳子 | いらっしゃいませ。何名様ですか?こちらのお席へどうぞ♪ |
| 同僚の店員 | 服部さん、お疲れさまです。いいお天気なのに、お客さん、あんまり来ませんね。 |
| 瞳子 | でも、いいんじゃないかしら。こういう穏やかな日も、私は好きよ。 |
| 同僚の店員 | 穏やかな日……そうかも。ねぇ、服部さんって、いつも余裕があって落ち着いてますよね! |
| 瞳子 | そうかしら……?ふふっ。 |
| TVの司会者 | 「それでは次の曲、いってみましょう!アイドルソングの大革命!」 |
| 瞳子 | ……。 |
| 同僚の店員 | あれ?服部さん、今チャンネル変えました? |
| 瞳子 | あら、ごめんなさい。ニュースのほうがいいかなと思って、つい。 |
| 同僚の店員 | そうですか?アイドル特集も素敵ですよ!みんなキラキラしてて、頑張ってて……つい応援したくなるんです! |
| 同僚の店員 | あっ!そうだ、服部さん。私さ、前から思ってたんですけど…… |
| 同僚の店員 | 服部さんって、アイドル―― |
| 瞳子 | え……? |
| 同僚の店員 | ――みたいにステキですよね!声、綺麗だし。すらっとしてて、物腰も柔らかくって。 |
| 瞳子 | きゅ、急にどうしたの? |
| 同僚の店員 | さっきのオーディションのTV企画、応募してみたらどうかなって思ったんです! |
| 同僚の店員 | 服部さんがアイドルになったら、私、めちゃくちゃ応援しますよ♪ |
| 瞳子 | そんな……私なんてそもそも、華がないわよ。 |
| 瞳子 | それに私、もう25よ。アイドルデビューなんて年齢じゃないでしょ。 |
| 同僚の店員 | そうかなぁ。うーん……じゃあ、もっと昔に受けてたら、トップアイドルになってたりして! |
| 同僚の店員 | あっ!でもそしたら、服部さんとこんな風にお喋りできないですね。それも嫌だなぁ……。 |
| 瞳子 | ふふっ、そうね……。 |
| TVのキャスター | 「今日の花占い!まずは10月生まれのアナタ――」 |
| TVのキャスター | 「運命の出会いがあるかも?自分の気持ちに素直になってみて――」 |
| 同僚の店員 | あと、綺麗な服部さん目当てで来てるお客さんも、実はけっこういるんです。私、鋭いのでわかるんですよ! |
| 瞳子 | もう、さっきから冗談はよしてったら♪ |
| TVのキャスター | 「……へぇ、ではアナウンサーから、本格的に転身を?」 |
| TVのアイドル | ええ。挑戦するのに、遅すぎることなんてないわ。若い子には負けないわよ♪ |
| TVのキャスター | 28歳でアイドルデビューですか。いいですね、夢を追うって! |
| TVのアイドル | だからTVの前のあなたも、年齢なんて気にしないで。本当に好きなことへ、自分らしくまっすぐに―― |
| 同僚の店員 | 自分らしくまっすぐに、かぁ。かっこいいなぁ……♪あれ? 服部さん?どこいくんですか? |
| 瞳子 | ……ごめんなさい。ちょっと外の空気を吸いに……。 |
| 瞳子 | (いいお天気……。陽射しが心地いいわ。風も、とっても優しい。) |
| 瞳子 | (……まるで時間がゆっくりと流れてるみたい。……ここが……私の居場所) |
| そう。私は今を生きるの。この陽射し、この風のように、心地よく優しい日々を。それが私には似合ってる……。 | |
| 声 | おっ?アイドル!? |
| 瞳子 | っ!? |
| 男性 | ――みたいな美人さん発見!ねえねえ、ヒマ?そこのカフェでお茶しない? |
| 瞳子 | ……強引なナンパはお断りよ。 |
| 男性 | ……な、なんだよっ。そんな睨まなくたって……。ちっ、もういいよ……! |
| 瞳子 | ……。偶然って、重なるものね。 |
| そう。こんな日は、ただ静かにやり過ごせばいい。じっと目を閉じて……耳を塞いでいれば…… | |
| 声 | うわ〜んっ! |
| 瞳子 | ……? |
| 女の子 | やだー!やだー! |
| 母親 | そんなにぐずって……みんな笑って見てるわよ!わがまま言うんじゃありません! |
| 瞳子 | ……ねぇ、貴方。泣かないで。どうしたの? |
| 女の子 | やだー!あたし、親指姫やるんだもん!ぜったいお姫さまがいいんだもん! |
| 母親 | すみません……。この子、幼稚園の学芸会で、主役をやりたかったらしくて……。 |
| 母親 | ほんと困った子。どうしても諦めきれないのねえ。 |
| 瞳子 | ……どうしても、諦めきれない……。 |
| 母親 | こら、お姉さんも困ってるわよ。まったく、聞き分けのない子! |
| 瞳子 | ねえ、貴方。お姉さんと、親指姫をやってみない? |
| 女の子 | ……お姉さんと? |
| 瞳子 | そう。ふたりで、ここで。親指姫のおうたを、一緒に歌いましょう。 |
| 瞳子 | ……ここは、お花畑よ。いろんな色のお花たちがいっぱい咲いているの。広いお空へ、手を広げて―― |
| 瞳子 | 〜〜♪ |
| 女の子 | ……〜〜♪ |
| 瞳子・女の子 | 〜〜♪ 〜〜♪ |
| 通行人たち | パチパチパチ…… |
| 母親 | あら、この子ったら……ポーズなんて取っちゃって。アイドル気分なのかしら。ふふっ♪ |
| 母親 | あのっ、ありがとうございました。まったく、聞き分けのない子で……よく叱っておきますから。 |
| 瞳子 | いえ。差し出がましいかもしれませんが、お子さんにはあまり叱らないであげてください。 |
| 母親 | えっ? |
| 瞳子 | 花のように咲きたい、宝石のように輝きたい、太陽のように、眩しい存在でありたい。 |
| 瞳子 | 誰もが、そう心から憧れても、不思議ではありません。泣くくらい強い願いは、とても大切なものだと私は思います。 |
| 瞳子 | 聞き分けなんて、なくていいじゃないですか。まだまだ未来は、これからなんですから。 |
| 瞳子 | ――ねぇ、貴方。貴方がお姫さまになりたいと強く思った気持ち、忘れちゃだめよ。絶対に。 |
| 瞳子 | 今日はたまたま選ばれなかったとしても、明日はきっと、素敵な誰かが貴方のことを見ているわ。 |
| 女の子 | うんっ!あ、あのね、お姉さん! |
| 瞳子 | なぁに? |
| 女の子 | お姉さん、すっごくキラキラしてた!宝石みたいに! |
| 瞳子 | ……! |
| 通行人たち | 女の子、可愛かったな。それに、あの女の人――よく通る、綺麗な声だったな……。 |
| 女の子 | お姉さん、ありがとっ!あたし、ぜったい忘れないよ!だから、また会おうね! |
| 女の子 | また一緒に、みんなの前で歌おうね! |
| 瞳子 | ええ。また歌いましょう。みんなの前で。 |
| アイドルという夢が、追いかけてくる。 | |
| 逃げても逃げても、私を追いかけてくる。目を閉じても。耳を塞いでも。もう関係ないんだと叫んでも。 | |
| 捕まえてくれる気なんてさらさらないくせに。私がちょっとでも振り返れば、笑って去っていくくせに。 | |
| また、私を騙すくせに。私を裏切るくせに。 | |
| 同僚の店員 | 服部さん、ここにいたんだ。外が騒がしくなってたから、心配で見にきて―― |
| 瞳子 | お願いよ……もう気を持たせるようなことはしないで。これ以上、私を苦しめないで……! |
| 同僚の店員 | ……服部さん……? |
| 瞳子 | ……!……ご、ごめんなさい。ちょっと、混乱してたみたい。 |
| 瞳子 | ……もう大丈夫。中へ戻るわ。本当に、気にしないで……。 |
| まったく――最悪の一日ね。 | |
| 瞳子 | いらっしゃいませ。あちらのお席へどうぞ。 |
| 同僚の店員 | いま入ってきたお客さん、びしっとしたスーツで、業界人っぽい感じでしたね! |
| 同僚の店員 | ひょっとして、いま流行りのアイドルのスカウトとか?プロデューサーさんっていうやつだったりして? |
| 瞳子 | ……そうね。 |
| 瞳子 | (アイドルのプロデューサー……いえ、もう私には、関係のないことよ) |
| そう。その日はやはり、私の捨てた夢が、追いかけてくる一日だった。 | |
| 瞳子 | ……お待たせしました。ご注文はお決まりですか ……かしこまりました。コーヒーですね。 |
| 私をもう一度――あの激しく荒々しい、残酷で非情な渦のなかへ―― | |
| 捨てたと思っていたあの場所へと、引きずり戻してゆく一日。 | |
| 瞳子 | ……私の声、ですか?これは、昔とった杵柄といいますか……失礼しますね。ごゆっくり。 |

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