| とある日… |
千奈美 | (あ、あのブランドの広告──) |
千奈美 | (昔は、私がイメージモデルをしてたっけ。今は、あの子が担当してるのね) |
??? | ……千奈美? |
千奈美 | あら……驚いた。広告の中から、飛び出してきたのかと思ったわ。 |
女性 | ……。 |
千奈美 | 調子いいみたいじゃない。こんな大きな広告塔にも起用されて。 |
女性 | 私はっ、アンタが抜けた穴を埋めただけ!それ以上でも……それ以下でもないでしょ。 |
千奈美 | まったく……あなた自身は、相変わらずなのね。……ああ、こんなところでする話じゃないかしら。 |
| あの二人って──……。 |
| えっ、なになに?小室千奈美と……あれって、あの広告の子? |
千奈美 | こうして会えたのも、何かの縁よね。場所を変えて、少し話さない? |
千奈美 | ……さて、と。黙ってても、何も伝わらないわよ。あなた、私に言いたいことがあって、ついてきたんでしょう? |
女性 | ……聞いておきたかったのよ。 |
千奈美 | 何を? |
女性 | アンタって、いつもそうよね。わかってるクセに、知らないフリするの。 |
千奈美 | まだ確信がないだけよ。不確定なことを口に出すなんて真似、したくないの。 |
千奈美 | 「冴えない人」だとか「スマートな人」だとか、一方的に決めつけてると驚くような目に合うし……ね。 |
千奈美 | それにしても、まさかあなたが、そんなに私のことを思ってくれてたなんてね。 |
女性 | ……やめてよ。 |
千奈美 | はいはい、悪かったわ。それで? |
女性 | なんで……なんで、モデルを辞めたのよ! |
女性 | しかも、いきなり……誰にも相談しないで、さっさとアイドルなんかになって……! |
千奈美 | アイドルなんかって、聞き捨てならないわね。まあ……説明したって、あなたに理解できるようなものじゃないわよ。 |
女性 | そうやってバカにして── |
千奈美 | 違うわよ。 |
女性 | ……え? |
千奈美 | 別に、バカにしてるわけじゃないの。ただ……自分でも完全に整理がついてるわけじゃないのよ。 |
千奈美 | だって、モデルの仕事が軌道に乗ってるっていうのに、いきなり、アイドルにならないか……なんて。 |
千奈美 | 冗談にしては、あまりにセンスがないでしょう。逆に笑っちゃうくらい。 |
女性 | ……。 |
千奈美 | 面白くないからこそ、あの人の……プロデューサーの生真面目な瞳が、とても強く印象に残ったわ。 |
女性 | プロデューサー……。 |
千奈美 | とはいえ……最初は、モデルの延長線のような感覚だった。 |
千奈美 | とにかく、他人から見られる「アイドルとしての形」を整えればいいと思ってた。ただ、上手くこなしていくの。 |
千奈美 | だけど……不思議よね。だんだんと、この運命に賭けてみたいと思い始めた。 |
千奈美 | もしかしたら、この先に、もっと自分らしい生き方があるんじゃないか……ってね。 |
千奈美 | 呆れちゃうでしょ?私みたいな女が、少女のように夢を見たりして。 |
女性 | モデルじゃ、ダメだったわけ?アンタは……夢を見られなかった? |
千奈美 | やけに食い下がるわね。……別に、モデルが悪いわけじゃないのよ。むしろ、私に向いてたもの。 |
女性 | なら……。 |
千奈美 | でも、向いてるから、イイって話じゃないでしょ? |
千奈美 | もしも、あのとき……声をかけられてなかったら、こんな生き方があるなんて知らずに、モデルを続けてたでしょうね。 |
千奈美 | だけど、それは「もしも」の話。今はもう、あの人と出会って、アイドルの自分を知ってしまったの。 |
千奈美 | そして、アイドルに魅了されてこの道を歩いてる。ただ、それだけよ。 |
女性 | ……。 |
千奈美 | ほら、あなたには、理解できるような話じゃなかったでしょう? |
千奈美 | でも、それでいいのよ。私は私で、あなたはあなたなんだから。 |
女性 | …………はぁ。 |
千奈美 | ? |
女性 | こういうのって……別に、理解できるとかできないとか、そういう話じゃないでしょ。 |
千奈美 | そうかもしれないけど、あなたが「理解できない!」って態度で、食ってかかってきたんじゃない。 |
女性 | そうよっ……それにやっぱり私には全然理解できないし、理解しようとも思わない。けど……なんとなく納得した。 |
千奈美 | ……へえ? |
女性 | モデル時代のアンタは、全然満たされてないって顔、してたから。 |
女性 | 仕事が順調で、関係者に信頼されて、モデル仲間にやっかまれても、アンタはいっつも素知らぬ顔で。 |
女性 | カッコつけんなよって思ってたし、必死にアンタを追ってる自分がバカみたいに思えた。だから…… |
千奈美 | ふふっ。 |
女性 | はぁ?なに笑ってんのよ。 |
千奈美 | あなたって、案外、可愛いところもあったのね。 |
女性 | …………はーあ。なんかもう、気が抜けたわ。 |
千奈美 | ……ねえ、この業界、運も大事だと思わない? |
女性 | なによ、急に……。 |
千奈美 | 私っていう、厄介な壁がなくなって、あなたはモデルとして、自由に高く伸びていける。あなたも、結構ツイてるわよ。 |
女性 | 私“も”……ね。本当に、意地悪なんだから。 |
千奈美 | あら、ちょっとくらい悪い女の方が、魅力的に見えるでしょ? |
女性 | あーあ……私、なんでこんなところまで、アンタを追いかけてきちゃったんだろ。ほんっと、悔しい! |
千奈美 | それは、どうも。さ、話も済んだことだし、そろそろ出ましょうか。付き合わせて、悪かったわね。 |
女性 | あ……ねえ!また、連絡してもいい? |
千奈美 | 構わないわよ。そもそも、あなたが、一方的に連絡を無視してたんじゃない。 |
女性 | それは……悪かったわよ。 |
千奈美 | はい、よく言えました。それじゃ……また会う日まで。次は、もっと成長した私たちで会いましょう。 |
女性 | 言うまでもないわ。当然でしょ! |
千奈美 | ふふっ、そうこなくっちゃね。 |
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