| 慣れない事務所 |
| ……当時、私が事務所を移籍して、まだ間もない頃……。 |
| 私は慣れない環境とレッスンに追われ、忙しない日々を送っていました……。 |
音葉 | (今日のヴィジュアルレッスンも、慣れない感情表現で疲れてしまったわ……) |
音葉 | (でも、歌のレッスンばかり入れてもらうわけにもいかないし……それに、疲労感の中に感じるものもある……) |
音葉 | (ただ楽器のように音を出すだけの日々は終わって、新しいものを吸収している。悪くない気分なのでしょう) |
音葉 | でも…………。 |
音葉 | 事務所を移籍したことに後悔はなかった。むしろ、感謝していました。けれど…… |
| 一抹の戸惑いがあったのも事実でした。 |
音葉 | (早く帰って、好きな音楽をかけて……美しい音とともにゆっくり休みましょう……) |
音葉 | (あら……?あれは……) |
持田さん | ────もしかして、ワイヤーでつられる演出をしてみたい、ということかしら? |
柳瀬さん | みゆき、それテレビで見たことある!空中で歌うんだよね!くるんって回ったりも! |
緒方さん | そっか……宙を飛べたら、きっと2階席のお客さんにも近づけますよね♪ |
音葉 | (持田さん、柳瀬さん、緒方さんと、三村さん……。この事務所の、人気アイドルたち……) |
音葉 | (仕事の相談でしょうか……楽しそう) |
音葉 | …………。 |
??? | あ……梅木、音葉さん……。 |
音葉 | え……? |
ちひろさん | 音葉ちゃん、今日もレッスンお疲れさまでした。気をつけて帰ってくださいね。 |
望月さん | お、お疲れさまでした……。 |
音葉 | お疲れさまでした……。お先に……失礼しますね。 |
音葉 | (さっきのは……望月聖さん……あんなに幼いけれど、私と同じ、アイドル……) |
音葉 | (私のことを、知っていたのでしょうか……。……控えめな笑顔が、とても可愛らしい子……) |
音葉 | (……私にとって、アイドルはみんな、輝いて見える……) |
音葉 | (スタッカートで弾むような……けれど同時に、レガートで流れるような……) |
音葉 | (キラキラと、美しい旋律を身に纏っているようで……) |
音葉 | …………。 |
音葉 | ……私が彼女たちと同じ「アイドル」を名乗って、本当にいいのかしら……。 |
音葉 | …………。 |
| ──けれど、私はプロデューサーさんと出会って、変われました。頑張ろうと思えました。 |
| だから、事務所を移籍した。だったら……迷わずにやるしかありません。 |
音葉 | (一度リセットしないと……このままじゃダメだわ……。明日はお休み……。行けるのなら、あの場所へ……) |
| チーチー、チリリピリリ、ピリリリ…… |
音葉 | …………ふふ。鳥のさえずりを聴くと、気持ちが安らぎますね……。 |
音葉 | (思考も、上手くまとまりそう……) |
音葉 | (……前の事務所では、同じ事務所の子たちを見ても、特に何も感じなかった……) |
音葉 | (私は、今の事務所に入って、アイドルはこんなにもキラキラ輝いているのかと驚き……そして、戸惑ってもいる) |
小鳥 | チチッ、チリリッ♪ |
音葉 | それはきっと、本物の輝きに触れたから……。 |
音葉 | (そして……以前の私は、絶対音感を持っていることを強みとして、売り出されていた……) |
音葉 | でも今は、それをもてはやされたり、利用されることはない……。むしろ、好きに歌えと……。 |
小鳥 | チリッ、チリリリッ♪ |
音葉 | シ#シ#、シ#ラララ……。 |
小鳥 | チチチチッ、チリリピリリ、ピリリリッ♪ |
音葉 | ……ふふっ。楽しそうに歌ってる……。私もそう……。歌うことが、以前よりもずっと楽しいの。 |
音葉 | …………。ああ、そうね……。楽しそう、なんでしょうね……。 |
音葉 | 事務所で見かける彼女たちは、みんな笑顔で、いつもとても楽しそう……。 |
音葉 | きっとみんな、アイドルを楽しんでいるのね。でも、だったら……。 |
音葉 | (今の……歌うことを楽しめている私も、みんなから見たら、同じように輝いて見えるのではないかしら……?) |
音葉 | …………。 |
音葉 | (ただの願望……?いえ、悩むくらいなら、確かめましょう……) |
音葉 | (楽譜の解釈だって、迷ったら両親や先生に相談するもの) |
音葉 | ……訊いてみましょう。あの人なら、きっと教えてくれるはず……。 |
| ブブブブ…… |
音葉 | えっ?プロデューサーさん……? |
音葉 | メール……何かしら?ええと……演技の勉強になりそうな映画を……オフの日に、一緒に……? |
音葉 | ……私が、アイドルについて学ばなければ、と言ったのを覚えていてくれたんですね……。 |
音葉 | だからこそ、映画を……。私が触れて来なかった、音楽以外のものを、学ぶ機会をくれた……。 |
音葉 | ……ふふっ。 |
音葉 | 貴方は、いつも私に手を差し伸べてくれますね。ならば、私は……その手を取りたい……。 |
音葉 | (早速、メールの返信を……。いいえ……今は、とても、貴方の声が聴きたい……) |
音葉 | …………電話してみましょう。 |
音葉 | ……──あ、お疲れさまです、梅木です──。 |
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