| とある日 |
裕美 | ワン・ツー・スリー・フォー……きゃっ! |
ほたる | だ、大丈夫ですか……? |
裕美 | うん、平気。でもすごいね。同時に二人の靴紐が切れることってあるんだ。 |
裕美 | このままじゃ危ないし、今日はここまでにしよっか。 |
ほたる | すみません……私がステップを間違えちゃったから……。 |
裕美 | そんな……これは偶然だから。ほたるちゃんのせいじゃないよ。 |
ほたる | でも……。 |
| 前にも、似たようなことが何度かありました。 |
| まず私がミスをすると、そこに不運が重なって、大きなミスになって…… |
| 最後には、みんなを不幸にしてしまう……。 |
ほたる | (足を引っ張っちゃだめ……。みんなに、私の不幸を伝染させちゃだめ) |
ほたる | (……ここは、やっと辿りつけたあたたかい場所だから……絶対に失くしたくない……!) |
裕美 | ほたるちゃん、どうしたの?そんなに気にしなくても……。 |
ほたる | ううん、なんでもない……です。ただ、もっと練習しなきゃって思って……。 |
| でも、次の日のレッスンルームは予約でいっぱいで……。だから、私は別の場所に行くことにしました。 |
| 前の場所で、ろくにレッスンできなかった頃、よく通っていた、24時間営業のレンタルスタジオです。 |
ほたる | ワン・ツー・スリー・フォー……っ! |
ほたる | (まだ、最後のステップが上手くできないな……) |
守衛 | ほたるちゃん、もうそろそろ時間になるけど……。 |
ほたる | 守衛さん……。あの、延長でお願いします……。 |
守衛 | わかった。でも、ちょっとは休憩した方がいいよ。 |
守衛 | 朝からずっと練習してるんだから。少し根を詰めすぎじゃないかい? |
ほたる | いえ……まだ続けます……。 |
守衛 | そうか。ほたるちゃんがそう言うなら……私は宿直室にいるから、上がる時間になったら呼んでね。 |
ほたる | はい……すみません。 |
ほたる | (せめて今日までにステップを完璧にしたい……。もう、不幸を理由に、大切な居場所を失いたくないから……) |
ほたる | もう1回、最初から……ワン・ツー・スリー…… |
| パチッ |
ほたる | ……えっ? |
ほたる | (部屋が、急に真っ暗になっちゃった……) |
ほたる | (でも、窓の外から灯りが見える……ここだけ停電しちゃったのかな……) |
ほたる | そうだ……。内線で、守衛さんに連絡を……。 |
| ツー……ツー…… |
ほたる | (繋がらない……。なら、直接呼びに行って……) |
ほたる | (ドアが……開かない……) |
ほたる | (何かが引っかかってるみたい……。部屋の外の積み荷が、崩れてきたのかも……) |
ほたる | (……落ち着いて。最悪、ひと晩待てばいいだけ。レッスンを続けられるのは、不幸じゃないから……) |
ほたる | ワン・ツー・スリー……っ! |
ほたる | (寒い……。空調も止まっちゃったのかな……。これじゃあ、体が上手く動かない……) |
ほたる | どうしよう……もっと練習したいのに……しなきゃいけないのに……っ! |
ほたる | 神様は、それだけ私の足を引っ張れば気が済むんだろう……。 |
| プルルルル…… |
ほたる | (電話……誰から……?) |
ほたる | もしもし……。 |
千鶴 | 『もしもし?私、松尾です。裕美ちゃんも一緒で……あの、ほたるちゃんは、今どこにいますか?』 |
裕美 | 『急にごめんね。ほたるちゃん全然帰ってこないから、心配になっちゃって……。』 |
ほたる | あ……ごめんなさい。でも大丈夫です。ひとりで練習してるだけなので……。 |
千鶴 | 『でも、もうかなり遅いですよ。そろそろ帰ってきた方がいいんじゃ……。』 |
ほたる | それが……どうしても苦手なところがあって……だから、もう少しだけ練習してから帰ります……。 |
裕美 | 『……ほたるちゃん、私たちはユニットだよ。できないところは一緒に克服していこうよ。』 |
裕美 | 『それとも、私たちじゃ頼りないかな……?』 |
ほたる | ううん……違う……違うんです……。 |
ほたる | (私は……みんなといて、幸せすぎるのが怖い。いつか、大きな不幸が来るんじゃないかって……) |
ほたる | (私のミスで、不幸が重なって……それにみんなを巻きこんでしまうんじゃないかって……) |
ほやる | でも、そんなこと言えるわけないよ……。だって、二人が悪いわけじゃない…… |
ほたる | (今のあたたかな居場所を、優しい人たちを失うのが怖い……それは全部、私の勝手な気持ちだから……) |
千鶴 | 『……あの、ほたるちゃん。ほたるちゃんはいつも、私たちに心配かけないように動いてますよね。』 |
ほたる | 『だから、もしかして……帰らないんじゃなくて、帰れないんじゃないですか?』 |
ほたる | ち、違います……っ。本当に、自主練してるだけで、何もなくって……。 |
千鶴 | 『ほたるちゃん。困った時は、助けてって言っていいんです。』 |
裕美 | 『うん、私からもお願い。もっと、私たちを頼ってよ。』 |
ほたる | でも……でも……。 |
ほたる | (それで、二人を不幸にしてしまったら……?) |
千鶴 | 『私は口下手だから、上手く言えないかもしれないけど……聞いてくれますか?』 |
千鶴 | 『モデルのお仕事で、緊張した私の手を、ほたるちゃんは握ってくれました。』 |
千鶴 | 『こうしたら緊張もほぐれるって言ってくれて……心強かったのを覚えてる。』 |
裕美 | 『私も。ほたるちゃんと乃々ちゃんで一緒にLIVEをしたよね。』 |
裕美 | 『みんな自信がなかったけど、一緒に歌ったら……一歩前に進めたって思えたんだよ。』 |
千鶴 | 『だから、ほたるちゃんから不幸が移るなんてありません。一緒にいても、私たちは不幸になりません。』 |
裕美 | 『うん。ほたるちゃんと一緒にいるのは、とても幸せなことだから。』 |
ほたる | …………っ! |
ほたる | あの……私……上手にステップが踏めなくて……失敗が怖いって、言っていいですか……? |
裕美 | 『うん。力を合わせて、失敗も成功に変えていこうよ。』 |
ほたる | い、今……スタジオに、閉じ込められちゃって……助けてって、言ってもいいですか……? |
裕美 | 『えっ!?大丈夫?具合悪くなったりしてない?』 |
千鶴 | 『すぐに助けにいきます。どこにいますか?』 |
ほたる | ぐ、具合は、大丈夫です……!場所は……えっと、3駅先の、少し歩いたところにあるスタジオで……! |
裕美 | 『ここから30分くらいだね。』 |
千鶴 | 『……そうだ!今日、友人が近くで仕事してて。少し遅くなるって言っていたので、まだ近くにいるかも。』 |
千鶴 | 『彼女から守衛さんに話してもらえないか、頼んでみます。』 |
裕美 | 『私たちもすぐに行くから、待ってて。』 |
| (暗闇の中……心強い、大切な人たちの言葉を思い出しながら待っていました……) |
| (やがて、扉が開き、眩しい光が見える……) |
守衛 | ほたるちゃん!よかった!ごめんね。ブレーカーの復旧に時間がかかっちゃって。 |
泰葉 | あの、大丈夫ですか?もうすぐ、千鶴ちゃんたちも来てくれるみたいです。 |
ほたる | あ、ありがとうございます……。 |
ほたる | (彼女たちが差しだしてくれた手は、とても眩しくて、あたたかくて……) |
ほたる | (谷底から、とても優しい光を浴びる心地だった) |
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