| 放課後・手芸部部室 |
日菜子 | ええと、次はここを縫って…………あっ。赤い糸がもうありませんね〜。 |
日菜子 | 赤い糸、赤い糸……失われてしまった私の運命。でもある日同じく赤い糸を持たない王子様が現れて……むふ♪ |
| ガラガラッ |
友だち | ごめんなさーい!帰りのホームルームが長引いてちょっと遅れちゃいました! |
日菜子 | 『赤い糸が繋がっていなくても関係ない、お前だけが運命なんだ……』むふふ……♪ |
友だち | 日菜子〜。おーい、日菜子〜。大丈夫かーい? |
日菜子 | ああっ!日菜子ったら、また妄想しちゃって……。 |
友だち | ママへのプレゼントにエプロン作ってるんだよね。今やってるのは刺繍?って、すごいことになってるね!? |
日菜子 | わっ、布が穴だらけに……!?同じ場所に針を刺しすぎたんですね……うう、綺麗なものを渡したいので作り直します〜! |
| こちらの、やれやれ……といったお顔をしているのは、幼稚園から一緒のお友だち。 |
| 日菜子の妄想にも理解があり、なにかと助けてくれる……とても優しいお友だちです〜。 |
友だち | ま、そんなことだろうと思って新しい布を持ってきてるよ!ほら、いっぱいあるから、どんだけ失敗しても大丈夫! |
日菜子 | あ、ありがとうございます〜!優しさが沁みますねぇ……。それでは気を取り直して、また作っていきましょう〜♪ |
| 今見ていただいたように、優しい子なのですが……。実は、困ったクセがありまして……。 |
日菜子 | 日ごろの感謝を込めて贈るエプロンですから……着る人を想いながら、丁寧に、やさしく…… |
友だち | ……あまりの出来の良さに、王子様も見初めるくらいの刺繍をね♪ |
| 今の、聞きました〜!?友だちは、すぐ日菜子の妄想を燃え上がらせようとするんです! |
| それを聞いた日菜子は当然…… |
日菜子 | 『素晴らしい刺繍だ、日菜子!このエプロンには、君の愛情がたくさんつまっているね』 |
友だち | ――それを見ていた、王子様の兄が登場。……ちょっと俺様! |
| 『第二王子の我が弟。戯れるのも大概にしておけ。平民が勘違いをするだろう?……フン、行ったか。』 |
| 『弟に色目を使うなど……。日菜子姫、どうやら貴様には仕置きが必要だな。さあ、薬指を出せ』 |
日菜子 | そ、そんな……運命の王子様はひとりだけのはず……!どちらかを選べなんて……困ります〜っ! |
友だち | あはは、日菜子、今日も絶好調〜♪ |
日菜子 | あっ……つい妄想が〜!もーっ、わかってたなら止めてくださいよ〜っ! |
友だち | ごめんごめん♪日菜子の妄想、聞いてるのも面白いし……何より、妄想中の表情がね! |
友だち | 見てて飽きないんだ。にやけたと思ったら急に無表情になってさ。でも、最後は笑顔でハッピーエンドなんだよね! |
友だち | さっ、妄想と縫い物の続きをどうぞ、お姫様♪ |
日菜子 | そうやってすぐ、日菜子の妄想に火をつけようとして〜!つい手が止まっちゃいますよぉ〜。 |
友だち | 大丈夫!私も手伝うから! |
| 結局、暗くなるまで縫い物と妄想は続きました。困ったお友だちですね〜♪ |
日菜子 | ただいま帰りました〜……。ちょっとお友だちと、エキサイトし過ぎまして……。 |
ママ | あら、お帰りなさい。ごめんね、日菜子ちゃん……ママ、ちょっと熱っぽくて、お夕飯の用意してないのよ〜。 |
兄 | 母さんに無理させらんないし、今、出前でも取ろうかって話になってさ。 |
日菜子 | そういうことなら、日菜子が作りますよ? |
ママ&兄 | えっ!? |
日菜子 | (エプロンは結局縫い直しになっちゃいましたし……。贈り物以外で、日ごろの感謝を伝えるのも、いいですよね♪) |
兄 | 日菜子、お前……それ、大丈夫なのか………?いつもの癖が暴走して、焦げたりとか……。 |
日菜子 | ご心配なく〜!イメージトレーニングはばっちりですから! |
兄 | いや、だからそれが心配なんだって!イメトレっていうか、妄想だろ? |
ママ | あら、そこはお兄ちゃんも一緒にやれば大丈夫よ〜。期限が近い食材もあって困ってたのよね。 |
兄 | ……そう、だな。俺も料理くらいできなきゃだし……俺がついてれば、大惨事は免れるだろ……うん……。 |
日菜子 | メニューは、そうですね〜。ママの体を労わった、お野菜たっぷりの優しいものと |
日菜子 | お仕事を頑張るパパのために、お肉を使ったものを作りましょう〜♪ |
日菜子 | 日菜子はお野菜を刻むので、お兄ちゃんはお肉の下ごしらえをお願いします〜。 |
兄 | あ、ああ……。 |
| カチャカチャトントントン |
兄 | 日菜子、意外と手際がいいな……。 |
ママ | そうよね〜。日菜子ちゃん、昔から物覚えはいい子だもの。お母さんが読むお伽話を、すぐ覚えちゃったりね〜。 |
| トントントンコトコトコト |
日菜子 | ……野菜を刻んだら、美味しいスープに。コンソメの香りがキッチンに漂う頃、王子様が帰ってきます……。 |
兄 | げっ……!日菜子、まさかお前……また妄想を……!? |
日菜子 | 『ただいま、日菜子。今日のご飯は?』『もちろん、あなたの好きなものを作りました』 |
ママ | さっそく、向こうの世界にお出かけしちゃったみたいね……。 |
日菜子 | 『ただいま……日菜子……』『ど、どうしたんですか?元気がないみたいですけど』『会社……クビになったんだ』 |
日菜子 | 『もうわかるだろう?俺は、お前の運命の王子様なんかじゃなかったんだ……』 |
日菜子 | 『そんなことありません!プロポーズされたあの日から、日菜子の王子様はあなただけ……!』 |
兄 | 待て待て、ストップ! |
日菜子 | ……はぇ?あら?どうかしました〜? |
兄 | あれだけ妄想して焦がさなかったのは、正直すげえと思う。けど……見ろ。 |
兄 | これ、何人前の夕飯だ? |
日菜子 | あぁっ……!山盛りのお野菜と、お肉……!もしかして……これ全部日菜子がやりました……? |
ママ | すごかったのよ〜。手際よく切って焼いて煮込んで…… |
ママ | ママもお兄ちゃんも、あっけにとられるばかりで、止められなかったわね〜。 |
日菜子 | ま……まさか、お料理の最中も妄想するなんて〜……! |
兄 | 日菜子……金輪際、ひとりで料理するの禁止な。 |
ママ | そうね〜。今日は大丈夫だったけど、焦がしちゃったりしたら大変だし…… |
ママ | 今後は、誰か一緒にいる時だけお料理しましょうね。 |
兄 | 今日は……とりあえず半分食べて、残りは明日かな。 |
ママ | ええ、お弁当に入れるのと、レンチンして朝ごはんにするのと……それでも少し余るかしら? |
日菜子 | お弁当……日菜子がお弁当を持って、お花のアーチをくぐりぬけると…… |
日菜子 | そこは、お城の中庭に繋がっていて…… |
| ――イマジナリーお花畑 |
王子様 | 『こ、この美しいお弁当は!?』 |
日菜子 | 『美しいなんてそんな……これは、単なる筑前煮と和風ハンバーグで……』 |
王子様 | 『いえ、私にはわかるのです。お弁当に込められた姫の愛情が!』 |
王子様 | 『この聖なる手料理ならば、魔女の呪いで失った味覚さえ復活できる。』 |
王子様 | 『そう、あとはあなたが、私に直接「あーん」してくれるだけでいい……!』 |
日菜子 | むふ……そんな、情熱的な〜。むふふ……むふふふふ♪ |
兄 | ま、また妄想してる……。 |
ママ | 日菜子ちゃん、妄想はほどほどにねぇ……? |
日菜子 | むふふふふふ♪ |
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