| 回想 |
| 昔から、海が大好きだった。深くて青い色にも、煌めく波にも、憧れていた。 |
| だからこそ、海の無い景色は、私には少しだけ退屈だったのかもしれない。 |
| 父も母も、しっかりして、堅実を絵に描いたような人だった。 |
| 当時の私は、まだ子どもで。自由でいたくて。ああしなさい、こうしなさいと言われるのが、息苦しかった。 |
| 早く、海のある場所に行きたかった。そして、自由に波に乗れる大人になりたかった。 |
| ──十数年前。 |
麻理菜の母 | 待ちなさい、麻理菜!どこ行くの!? |
幼い頃の麻理菜 | …………海。 |
麻理菜の母 | 海って……何言ってるのもう!それより、学校から電話があったわ。進路希望調査の紙、まだ出してないんでしょ? |
幼い頃の麻理菜 | うるさいなぁっ!私は、自由に生きたいの!退屈なのもつまらないのも嫌! |
幼い頃の麻理菜 | 紙切れ一枚で人生を決められるのなんて、絶対に嫌なの!じゃあねっ! |
麻理菜の母 | 麻理菜っ! |
麻理菜 | ……あの頃は、私も青かったのよね……なんて。そう思ってる今だって、まだ青いのかな……。 |
麻理菜 | けどまさか、この年になって親から手紙をもらうなんて思わないわよ……。はぁ……どうしよう……。 |
夏美 | あら、麻理菜さん? |
麻理菜 | 夏美ちゃん……。珍しいわね。海で会うなんて。 |
夏美 | 私はウォーキング……っていうか、散歩中かな。 |
夏美 | いい場所よね、ここ。何かを考えたい時にも、何も考えたくない時にもぴったりで。 |
夏美 | 私は、頭をすっきりさせたくて来たんだけど……麻理菜さんは、少し違うみたいね。 |
夏美 | 原因は……持ってる手紙かしら? |
麻理菜 | ええ、そんなところよ。これね、母からの手紙なの。でも、なんて書いてあるか、見当もつかなくて……。 |
麻理菜 | ご丁寧に、事務所へ送られてきたのよね。 |
麻理菜 | ほら、夏美ちゃんと一緒に出たこの前のLIVE。あの後に届いたファンレターに混ざってたの。 |
夏美 | じゃあ、LIVEの感想なんじゃないかしら? |
麻理菜 | そう思う?でも、LIVEに招待とかしてないのよ?それに……はぁ。なんて書いてあるんだろ……。 |
麻理菜 | ふらふらしてた娘が、いきなりアイドルになりました、なんてどう思われてるのか……。 |
夏美 | ……言いたくなかったら言わなくていいんだけど、アイドルになったこと、親御さんには伝えてないの? |
麻理菜 | うん。詳しくはね……あ、誤解しないで?親と仲が悪いってわけじゃないのよ。 |
麻理菜 | ただ、親はしっかりしてて堅実に生きてる人だから……。刺激を求めて生きる私とは、違う人間だなって思うの。 |
麻理菜 | だから、アイドルの仕事も伝えてなかったんだけど……まさか、知られてたとはね。 |
夏美 | その調子じゃ、実家にもしばらく帰ってないんでしょ? |
麻理菜 | まあ、そんなとこ。海はなくても長野の自然は好きだし、懐かしく思うこともあるんだけどね。 |
麻理菜 | ただ、私は親にどう思われているのかなって……。そう考えると、いつも帰れなくなるのよ。私らしくないけど。 |
夏美 | そう?その気持ち、私はよくわかるわ。認めてもらいたいっていうか……負けず嫌いなのよね。 |
夏美 | 立派な自分になるまでは帰らないぞー!って。大切な場所なら、なおさらね。 |
麻理菜 | そっか……。夏美ちゃんがそう言うのなら、私も負けず嫌いなのかも。ふふっ |
麻理菜 | ……せっかくだし、手紙、読んでみようかな。 |
麻理菜 | 負けず嫌いなら、手紙の内容が何であれ……気合いが入るはずだしねっ。 |
夏美 | それじゃあ、邪魔になるといけないし、私は席を外すわね。 |
麻理菜 | 待って!お願い……隣にいてくれない。その方が、心強いから。 |
夏美 | ふふっ……♪わかった。麻理菜さんがいいのなら。 |
麻理菜 | ありがとう!……さて、と。 |
| 『麻理菜へ。お久しぶりです。母です。 |
| 全然長野に帰ってこないけれど、この前テレビで久々に貴方の顔を見ることができました。』 |
麻理菜 | テレビ……?ああ、そっか。あのLIVE、テレビ中継入ってたんだったっけ。 |
夏美 | ほら、やっぱり!LIVEの感想が書いてあるのかも!いいじゃない♪早く続きを読んでみて♪ |
麻理菜 | どれどれ……えーっと……。 |
| 『楽しく元気にやっているようで、安心しました。とても素敵なLIVEでしたよ。 |
| やっぱり、麻理菜は好きなことをしている時が、一番輝いていますね。私たちの、自慢の娘です。』 |
夏美 | ふふっ、いい感想……。よかったわね。 |
麻理菜 | そうね。あ、でも待って……もう一枚便せんが入ってる……。 |
| 『さて、ここからが本題です。麻理菜のLIVEを、お父さんと一緒に見ていたのですが……。 |
| お父さんが、びっくりして腰を抜かしてしまいました。』 |
麻理菜&夏美 | !? |
| 『麻理菜が綺麗になったって。それと……LIVEでの演出がお父さんには、少しだけ刺激が強かったみたいです。 |
| お母さんは、とても素敵なLIVEだと思ったけれどね?とにかく……お父さんがとても驚いていました。 |
| それ以来、お父さんは「麻理菜に会いたい」ばかり言っています。もちろん、お母さんも同じ気持ちです。 |
| 忙しいのは承知の上ですが、たまには実家に帰ってきて、元気な顔を見せてくださいね。母より』 |
麻理菜&夏美 | …………。 |
麻理菜 | あははっ、お父さん、腰抜かしたって……!あははははっ♪ |
夏美 | もう、麻理菜さんってば。そんなに笑わないの。 |
麻理菜 | いや、そうなんだけど……ふふふっ♪だって、父っていっつも真面目な顔してて、堂々とした人だったのよ? |
麻理菜 | それなのに……あははっ♪あー、おかしい……! |
夏美 | 親心ってやつよ、きっと。 |
麻理菜 | まあ、そうよね。 |
夏美 | にしても、麻理菜さんのお母さんって、やっぱり少し似てるわね、麻理菜さんに。しっかり者で、お茶目でっ♪ |
麻理菜 | ……うん。実はそうなのかも。 |
麻理菜 | 久しぶりに実家に帰ろうかな。父の様子も気になるし、それに何より…… |
麻理菜 | 二人の顔が見たくなったから♪ |
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