| 事務所 |
志乃 | あら、留美さん。今日はお仕事だったのね。 |
留美 | ええ、今終わったところよ。プロデューサーさんに挨拶してから帰ろうと思ったけど、……いないみたい。 |
あい | ああ、打ち合わせ中だそうだ。今、コーヒー淹れたところなんだけど、よかったらどうだい? |
あい | プロデューサーくんを待ちながら、ゆったりリフレッシュしようじゃないか。 |
留美 | ありがとう、いただくわ。二人は、この後仕事なの? |
あい | そうだよ、夕方からね。午前の仕事が早く終わったから、今は隙間時間だね。 |
志乃 | 私もそんなところよ。どこか行くほどでもないし、二人でのんびり話でもしましょうかって。 |
留美 | なら、私も混ぜてもらおうかしら。午後は予定も入れてないし……暇なのよ、私。 |
あい | もちろん、喜んで。でも、意外だな。 |
あい | 留美さんは、プライベートもスケジュールをたてて行動してるように見えたけど。 |
留美 | ふふ、そうね。いつもはそうしているわ。アイドルになってしばらくは、オフに何していいのかわからなくて。 |
留美 | 暇なのが落ち着かないから、スケジュールをたてて、これまでできなかった習い事に取り組んだりしてたもの。 |
あい | でも、今日は何の予定も入れていない、と。 |
留美 | ええ。何もしないオフに再挑戦してみようと思ったんだけど……私、ぼーっとするのに向いていないのね。 |
志乃 | 私たちにとっては僥倖よ……。おかげで、楽しいコーヒーブレイクを過ごせてるもの。 |
志乃 | ちなみに、習い事ってどんなことをしていたの? |
留美 | 生け花、ジム通い、ラッピング教室、料理……いろいろね。今も続けてるわよ。あとは――。 |
みく | お疲れ様でーす!あ、るーみん、ちょうどいいところに! |
志乃・あい | るーみん? |
留美 | みくちゃん、その呼び方は、その、流石に……。 |
みく | まあまあ。それより、いいモノが手に入ったにゃ! |
志乃 | あら、仲がいいのね。タイプの違うふたり……どんな仲良くなるきっかけがあったのかしら? |
あい | 私も、ぜひ聞いてみたいね。 |
みく | それはにゃ……るーみん、話してもいいの? |
留美 | この二人なら、大丈夫でしょう。私とみくちゃんは、同じ趣味仲間ってところなの。 |
| とある日―― |
留美 | ……ああ、今日もいい天気。ウォーキングをしながら、景色をゆっくり見るのもいいわね……あっ! |
留美 | (猫……!猫がいるわ!可愛い……!) |
黒猫 | んにゃー。 |
トラ猫 | にゃーお。 |
留美 | (しかも、たくさん……!なにここ、パラダイスなの!?そうか、これが噂に聞く、猫の集会……!) |
黒猫 | にゃ〜? |
留美 | ああああ〜!私の足に、すりすりしてるっ ぐすっ! |
留美 | 可愛い、すごく可愛いわ!にゃんにゃん、貴方のお家はどこでちゅか〜?けほっ! |
留美 | えっ!?貴方も触らせてくれるの?もふもふ……もふもふだわ……!ああ、天国…………はっ!? |
みく | …………。 |
留美 | …………。 |
みく | ……あ、ええと……お取込み中のところ、大変失礼しましたにゃ。どうぞごゆっくり……。 |
留美 | ちょっと待って。貴方、前川さん……だったわよね。 |
みく | みくでいいよ?そういうお姉さんこそ、同じ事務所の―― |
留美 | 和久井留美よ。……ところで、見た? |
みく | み、みくはなにも見てない!お姉さんが、ネコチャンにデレデレしてるとこなんて見てないにゃ! |
留美 | しっかり見てるじゃない!……って、別に隠してるわけじゃないのよ。 |
留美 | ただ、いい大人がデレデレして、貴方みたいな子は引いちゃうんじゃないかって思っただけ。 |
みく | しない!しないにゃ!それに、ネコチャンはみんなをメロメロにする可愛さがあるの! |
みく | 留美さん……ううん、るーみんがデレッデレになるのも、当然のことなのにゃ! |
みく | あとあと、猫好きに悪い人間はいないって言うし……! |
留美 | そう、みくちゃんは猫好きで有名だったわね。わかってくれて嬉しいわ……ぐすっ。 |
みく | な、泣いてる!?同志が見つかった涙なのにゃ!? |
留美 | ち、違うわよ。実は私、猫アレルギーなの。は……はくしゅんっ! |
みく | お姉さーーん!? |
みく | ……と、いうわけにゃ! |
みく | で、今日は秘蔵のネコチャンお宝動画を持ってきたのにゃ♪前に撮影のお仕事で一緒になった子だよ! |
留美 | ……!!アメショちゃんに、この子はペルシャ!?それともエキゾチックかしら!? |
留美 | はにゃぁん♪このふてぶてしい眼差しが、なんとも言えずクセになるのよね! 可愛いわ! |
あい | フフッ、ほんと仲がいいね。留美さんもとても楽しそうだ。 |
志乃 | ええ……留美さん、最初に会った時よりも、すごくいい顔をするようになったわね。 |
留美 | そう?今の私、かなりデレデレで……間の抜けた顔かもしれないと思っていたんだけれど……。 |
志乃 | 表情豊かで、とても魅力的よ……。雰囲気も柔らかくなったわね。 |
あい | 余裕も出てきたと思うよ。以前なら、今のように目的もなくのんびり過ごすこともなかっただろうからね。 |
留美 | ……そうね。ええ、そうかもしれないわ。 |
| 事務所に入った当初は、まだ『しなければならないこと』に自分を縛りつけ、雁字搦めになっていたのだろう。 |
| それが、いつからか少しずつ、変わっていった。 |
| 24時間、365日、ずっと仕事のことだけを考えていたあの頃とは違う。 |
| 趣味……らしきものも増えた。笑顔が増えた。友人もできた。信頼できる人もできた。 |
留美 | ……私も、少しは成長したってことかしら。 |
| そして、そうなれたのは、たぶん、間違いなく――。 |
あい | ……おや?もう行くのかい? |
留美 | ええ。そろそろ、プロデューサーさんの打ち合わせが終わる頃だと思うの。 |
留美 | 美味しいコーヒーと、可愛い猫ちゃんをありがとう。また、みんなでゆっくりお話ししたいわ。 |
| 笑って見送ってくれる、同僚に背を向ける。心が逸り、自然と足が速くなる。 |
| 向かう先に見えた姿に、思わず微笑がもれた。私に、新しい世界をくれた人。 |
| 自棄になっていた私に、明るい未来の話をしてくれた人。 |
留美 | (……こんなに穏やかで、幸せな気持ちを噛み締めていられるのは、貴方のおかげ) |
| だから、私は精一杯返していこうと思う。私がもらった以上の幸せを、貴方に感じてもらいたいから。 |
留美 | (絶対に、幸せにしてみせるんだから。覚悟していて) |
留美 | ――お疲れさま、プロデューサーさん。 |
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