| 料亭の厨房 |
| これは、あたしがまだアイドルになったばかりの頃。久々に実家に帰った時の出来事っちゃ! |
葵 | おはよー!今日はあたしも厨房の手伝いするっちゃよ! |
葵の母 | おはよう、あおちゃん。でも、今日の夜には帰るんでしょう?無理しなくてもいいのよ? |
葵 | へーきっ♪おとんとおかんの働く姿を見てたら、あたしも手伝わずにはいられんっちゃ! |
葵の父 | ……厨房は手伝わんでいい。葵、買い出し行き。 |
葵 | うん、わかった!なにを買いにいけばいいん? |
葵の母 | たしか……受付に飾るためのお花が届いてるはずだわ。取りに行ってくれる?場所はいつものお花屋さんね。 |
葵 | はーい。……なぁ、おかん。おとん、もしかしてちいと機嫌悪い? |
葵の母 | ……ふふ。そう見える?お父さん、あおちゃんの前だから、照れてるのよ。 |
葵 | ふーん……?まあいいや、行っちくるねー! |
花屋さん | いらっしゃ〜い……って、あんれまあ!あおちゃん!いつん間に帰っちきちょっと? |
葵 | 二日間お休みもらったから、実家に顔出さんとーって思って、帰って来たんよ!おばちゃん、変わらんね〜♪ |
花屋さん | あおちゃんの方は、ずいぶんえらしくなって!けど、笑顔はそのまんま、地元の番組に出てた時と一緒やなぁ。 |
葵 | えへへ、ありがとっ♪懐かしいなぁ。このお店も、たんと取材したけんね♪ |
花屋さん | そうそう、あのあおちゃんが、今では全国ネットの番組に出ちょって……ほんと、よう頑張ってるね。 |
花屋さん | あ、そうだ、お花やっち!今取っちくるから待っとき! |
葵 | はーい♪あれ?注文した量よりちょっと多くない? |
花屋さん | デビュー祝いも兼ねて、私から!アイドル頑張りよ! |
葵 | ……!うん!ありがとう! |
葵 | おかん!頼まれてた花、もらってきたっちゃ! |
葵の母 | おかえりなさい。ありがとうね。 |
お得意さん | あおちゃん!久しぶり!仕事でここに来ればまた会えるかなって思ってたのよ〜! |
葵 | お久しぶりです!今回もうちをご贔屓にしてくださって、ありがとうございますっ! |
お得意さん | あおちゃんは変わらず元気ねぇ〜。アイドルになって、ちょっと大人っぽくなったかしら? |
お得意さん | うちの子が夢中になるのもわかるわね。あの子、テレビであおちゃんを見てから、あたしも料亭で働くって言うのよ〜。 |
お得意さん | それで、見て見て〜って、すごく楽しそうに踊るの! |
葵の母 | うふふ、うちはアイドル養成所じゃなくて、料亭なんだけどね〜。本当に可愛いのよ。 |
葵の母 | 動画を送ってもらったから、仕事の後、あおちゃんも見ましょうか。未来の後輩になるかもしれないわ♪ |
葵 | はーい!じゃあお花を置いて……あっ、厨房も手伝ってくるっちゃ! |
葵 | 今の時間は、きっとおとん、忙しくしとるけん! |
葵の父 | ……あかんぞ、葵。 |
葵 | え?おとん!?あかんって……なしか? |
葵の父 | なしか?やない。包丁は握らせねえ。……座敷の掃除してき。 |
葵の母 | ちょっと、お父さん! |
葵 | ……おかん、いいよ。お座敷掃いてくる……。 |
お得意さん | 板長さん、あおちゃんが帰ってくるの、楽しみにしてたのに……いいんですか? |
葵の母 | うーん……お父さんってば、ちょっと口下手なのよねぇ……。 |
葵の母 | あおちゃんがね、初めて桂剥きに挑戦した時もそうだったのよ。 |
葵の父 | ……葵、なんしよん? |
幼い葵 | かつらむき!おとんのマネっちゃ! |
葵の父 | ……包丁置け。 |
幼い葵 | ……?なして、怒っとるん?あたし……あたしも、おとんみたいになりたくて……。 |
葵の父 | まず、持ち方がなっとらん!手ぇ、切りたいんか! |
幼い葵 | うぅ……ぐすっ。 |
葵の父 | 泣いたら、上手くなるんか?……顔上げ、葵。教えたる。そん代わり、厳しいぞ。 |
幼い葵 | ……!うん、教えて!あたしもおとんみたいに美味しい料理を作りたい!どうすればいいと? |
葵の父 | まずは、考えるとね。誰のための料理か……食べる人のためっちゃ。 |
葵の父 | 料理を作るっちことは、発表会やねえ。誰かに出すからには、誰かのために作らなあかん。 |
葵の父 | それが、もてなしの心っちゃ。わかったら、ほれ、やってみ。 |
葵の母 | あの時も、素直に言えなかったのよね。 |
葵の母 | 「桂剥きなら、自分が教えてやる。あおちゃんが怪我しないか心配でしかたないから」って。 |
葵 | 昔、ようおとんに怒られてたな……。あん時を思い出すっちゃ……。 |
葵 | それでも、あたしなりに頑張ってきたつもりやっち……料理も、毎日寮で修行してるんよ……? |
| ……アイドルになってから、上には上がいることを知った。得意の料理だって、あたしより上手なアイドルもいた。 |
| それでも、おとんから教わった「誰かに出すからには、誰かのために作らなあかん」 |
| そのおもてなしの気持ちだけは守っていこう……って決めて、頑張ってきたんだ。 |
葵 | ……あの教えどおり、今も励んでるよって……おとんに、知ってほしかったんだけどなぁ。 |
葵 | それが、包丁すら持たせてもらえん……。流石に堪えるっちゃね。 |
葵の母 | お父さん、困った人よね。 |
葵 | おかん……今の、聞いとったん? |
葵の母 | 盗み聞きする気はなかったのよ。……あのね、あおちゃん。 |
葵の母 | お父さん、本当は、ずーっと前から、あおちゃんの料理の腕を認めてるの。 |
葵 | えっ……!?……だったら、なんで……あたしを厨房から追い出したんだろ……。 |
葵の母 | それはね、あおちゃんが――アイドルだから。怪我させたら、ファンの方に顔向けできんって。 |
葵 | そんな……だって、あたしが帰ってきても、眉一つ動かさんと……普段通りのおとんだったよ? |
葵の母 | これ、内緒にしてくれって言われてるんだけど……言っちゃおうかしら。 |
葵の母 | お父さん、あおちゃんがテレビに出た時、お店の誰よりも大喜びしてたのよ。 |
葵の母 | あおちゃんのファンの方がお店に来たら、勝手に料理を特盛にしたりとかね。ほんと……不器用な人よね。 |
葵 | ……っ! |
葵 | おとん! |
葵の父 | ……なんね、葵。 |
葵 | あたし……絶対日本一のアイドルになるから!そんでもって、おとんの料理も日本一って宣伝しちゃるから! |
葵の父 | ……馬鹿言え。踊りはなっとらんし、歌もまだまだや。 |
葵の父 | それでもな……うちの葵が一番えらしいに決まっとる。生まれた時から、ずーっと……葵が日本一や。 |
葵 | おとん……!おとん!大好きっちゃー!! |
葵の母 | お父さんったら、顔真っ赤にして……うふふ。 |
葵 | ねぇ……おとん!ずっと、ずっと……あたしのファンでいてね!絶対に、応えるから! |
葵の父 | ……そうか。期待しち待っちょるわ。……自慢の娘やけんな。 |
葵 | うん!あたしは、やさしいおかんとカッコイイおとんの……自慢の娘っちゃ! |
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