| とあるカフェ |
| ――バレンタインが近いある日のこと |
美優 | 懐かしい……♪ |
留美 | あら、ずいぶんと分厚い本を読んでいるのね。……アイドル名鑑? |
美優 | はい……事務所から出されているものですね。気になって、借りてきたんです。 |
美優 | 事務所に入ったばかりの頃の写真も載っていますよ。ほら……みなさんのも。 |
瞳子 | ……ふふ、悲壮な覚悟を決めたような顔。今見ると、恥ずかしいくらい余裕がないわね。 |
美優 | 私もです……。笑顔が強張っているというか、そもそも笑顔じゃないというか……努力したつもりだったんですけど。 |
留美 | 私は……目つきが悪いわね。あの頃は、ほとんどヤケに近い状態だったから……。 |
美優 | えっと……あの、最近の写真もありますよ? |
留美 | こうして比べてみると、我ながらずいぶん変わったと思うわ。 |
美優 | はい……その、頼れる素敵な方だということに変わりはありませんが…… |
美優 | 最近は、留美さんの自然な笑顔を見ることも増えて……私も嬉しいです。 |
瞳子 | とっつきやすくなった、って感じかしら。柔らかくなったというか。 |
留美 | そういえば、同じことをあいさんや志乃さんにも言われたわ。それにしても……ふふっ。 |
留美 | プロデューサーさんはこんなにピリピリした雰囲気の私を、よくスカウトなんてできたものだわ。 |
瞳子 | そうね、私の時を考えても同じように思うわ。 |
瞳子 | あの日は、まさに夢を諦めようと……いえ、諦めたはずの、まさに最悪な日だったもの。 |
美優 | みんな、同じなんですね。……プロデューサーさんのおかげで、今の自分があることも。 |
留美 | ええ。私にとって、プロデューサーさんに出会えたあの日は、まさに奇跡だったと言えるでしょうね。 |
瞳子 | ……運命だったわ。出会えていなければ、今、こんな風に笑っていられなかったもの。 |
留美 | まったくね。こんな風に語らう友人ができたのも、プロデューサーさんのおかげ。 |
留美 | そう考えると、どれだけ感謝してもし足りないと思うわ。 |
留美 | 言葉では何度も伝えているけれど……それだけじゃ、足りない気もするのよね。 |
美優 | ……あ!それなら、ちょっとしたプレゼントを贈るというのはどうでしょうか? |
瞳子 | そういえば、バレンタインが近いわよね。気持ちを伝えるいいタイミングだわ。 |
留美 | そうよね。言葉にしきれない想いも、チョコレートで伝えることができるし……。 |
美優 | だったら……私は、大切なプロデューサーさんに、大切な一個を贈ろうと思います……。 |
留美 | 特別なものを、というならやっぱり手作りよね。最近じゃ、料理もだんだんと上手くなってきたと思うの。 |
留美 | チョコレート作り、か……。腕が鳴るわね……! |
瞳子 | 手作りなら、誰かと重なることもないし……プロデューサーさんの分は、たくさんの思いを込めたいわ。 |
瞳子 | そして、それを受け止めてもらえたら……とても幸せな気持ちになれるでしょうね。 |
留美 | アレンジにも気合いを入れて……チョコレートだけじゃなく、ラッピングを工夫してもいいんじゃない? |
瞳子 | なるほど……それなら、花で飾ってみても素敵になりそうね。 |
美優 | 私は……気持ちを綴った小さなお手紙もつけたいです。……ふふ、考えているだけでも楽しいですね♪ |
瞳子 | もちろん、考えてるだけじゃ終わらないわよね?まずは、材料を買うところからかしら。 |
留美 | それなら、おすすめのオーガニックショップがあるわよ。よかったら、この後みんなで一緒に行かない? |
美優 | いいですね……!ぜひ、お願いします。 |
瞳子 | 留美さんのおすすめなら、間違いないわね。楽しみだわ……♪ |
宅配のお兄さん | こんにちはーっ!お届け物です……うわっ!? |
| ドサドサッ! |
留美 | 大丈夫ですか? |
宅配のお兄さん | す、すみませんっ!机に手が当たってしまって、荷物が……。 |
留美 | ああ、崩れてしまったんですね。 |
宅配のお兄さん | 申し訳ありません!その、壊れたりしてないでしょうか? |
留美 | 山が崩れただけで、下に落ちたわけじゃないから、大丈夫ですよ。……ああ、私が直しておきますから。 |
宅配のお兄さん | この山は……すごいですね。まさか、全部チョコレートですか? |
留美 | ええ。プロデューサーの机なの。感謝を伝えたいアイドルたちからの贈り物なのよ。 |
宅配のお兄さん | やっぱり!お姉さん……留美さんですよね?最近、テレビで見ましたもん! |
宅配のお兄さん | ということは、この中に留美さんのチョコもあるんですね。 |
留美 | ええ……でも、これだけたくさんあるから、埋もれてわからなくなってると思うわ。 |
宅配のお兄さん | そんな、気にしなくてもいいんじゃないですか? |
宅配のお兄さん | 少なくとも、そのプロデューサーさんは、全部責任を持って受け取めてくれると思いますよ! |
宅配のお兄さん | 机の上のチョコの山を見ているだけでわかりますもん。ここのプロデューサーは、アイドル全員から慕われてるんだって。 |
留美 | そうね、とてもアイドル想いの人だから……。 |
ちひろ | 宅配のお兄さーん!荷物、こちらで受け取りまーす! |
宅配のお兄さん | はい!では、自分はこの辺で! |
留美 | ええ、お疲れさまです。 |
留美 | (わかってる。あの人なら、どれだけたくさんのチョコをもらっていても、私の想いも受け止めてくれるでしょう。) |
留美 | (でも、埋もれてしまうのは少し悔しくて、特別な想いを込めたのよ、と伝えたくて……) |
留美 | でも、大きく作りすぎたかしら……。 |
留美 | (プロデューサーさんの机を埋め尽くし、山を成すチョコレート……。) |
留美 | (その中でも、仲良く並んだチョコが、3つある。瞳子さん、私、美優さんのチョコレートだ。) |
留美 | (ちょっと目立ってる……わよね?気持ちを込めた分、他より少し大きい気がするわ……) |
過去の留美 | よし、作るわよ!素材も装飾も、全てにこだわって、妥協は一切しないわ。 |
過去の留美 | 貴方と出会えたあの日。かけがえのない貴方の名前。すべてをチョコに刻んで…… |
過去の留美 | あら、文字が入りきらないわね。もう少し大きな型で作り直しましょう。 |
過去の留美 | プロデューサーさんは、素敵な人だし……チョコもたくさんもらうでしょうね。 |
過去の留美 | もしかしたら、私からもらったことも忘れてしまうかも……。いえ、そんなこと、ないとは思うのだけれど…… |
過去の留美 | もう一度もらいに来た時用に、念のため、チョコ以外の別の物も用意しておきましょう。 |
留美 | 渡した時は、全然気づかなかったけど……もしかして、私のチョコ、重かったかしら……。 |
留美 | それに、瞳子さんと美優さんのチョコも、やっぱり少し雰囲気が……オーラが違うというか……。 |
留美 | (そう、例えるのなら――) |
留美 | (明るい未来を夢見て軽やかにステップを踏む少女と) |
留美 | (現実の悲哀を知り尽くし、それでも必死に這い上がろうとしている大人) |
留美 | (他のチョコは前者で、私たちのチョコは後者。歴然とした違いだわ……) |
留美 | 見返りは求めずとも……特別な想いといえども……度を過ぎれば、重いものよね。 |
留美 | ……ふたりにも、それとなく伝えておきましょう。 |
| その後、多くの人の想いが複雑に絡んだその年のバレンタインは、様々な感情をもたらし、幕を閉じた。 |
| 数日後に反省会が行われることになったのは、また別の話よ。 |
瞳子 | 想いは、重いものよね……。 |
美優 | やっぱり……私がここに呼ばれたのは、場違いな気がしますが……。 |
留美 | 美優さん、貴方、自分の想いがどれだけ重いか、わかってないの。 |
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