【閲覧注意】コッショリ枝豆の地下牢【俊虐】 - 子ずんの学校は……
♪子ずんの学校は 山の中

♪そっとのぞいて 見てごらん

♪そっとのぞいて 見てごらん

♪みんなでおずんち しているよ♪




…………ふざけんな。


どうして、こんなことに…………




「何て言うのかな〜?意欲的なのはいいんだけどね、キミ…………はっきり言って、この仕事向いてないよ」


将来への夢と希望に満ち溢れているはずだった就職活動。僕のその甘い考えは、次々と容赦なく叩きつけられる「不採用通知」によって崩れ去った。

その「不採用」という3文字だけで、僕の人格が、人生が、否定されているような気がしてならなかった。


親父が教育者だったのもあって、「教育」に対しては人一倍熱い思いを持っていると自負していたが、その信念も、もはや崩壊しつつある。


今日は15件目の会社。自力では学習が難しいタイプの子を支えるための塾を運営している民間企業だったが……

わざわざオフィスにまで呼び出しておいて、不採用を言い渡すだけって。


嫌がらせにもほどがあるだろう。

こういう業界って、人材不足が顕著なのに、どうしてこうも選り好みをするかなあ。


「……本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございました、失礼します」

「ああ、キミ。ちょっと待て」


ふつふつと湧き出る怒りを抑えつつ、一礼をしてオフィスを去ろうとする僕に、後ろから声がかかった。


まだ何か言い忘れてるのか?人格否定の言葉を?


「……キミはわが社を不採用になったわけだが……人事部の担当から、新規事業の案内が来ている」

「つ、つまり……?」

「そ っ ち で な ら 、 採用って、ことだ。キミには適性があるとのことだ」

「あ、ありがとうございます!!」


この時、僕は知らなかった。その「新規事業」がどんなものかって。

ただ、初めて「認められた」という喜びが、頭の中を支配してしまっていた………………


美味しい話にゃ、裏がある。




「着きました。ここです」


本社オフィスから電車を乗り継いで1時間半。そこから山道を歩くこと40分弱。

人事部の方に案内されて到着したのは、山の中にぽつりと建つ小さな施設。


「こ、ここはいったい…」

「林間学校の宿泊所として使われていた施設を、我々が買い取ったのです。本事業のために」

「そ、その新規事業の内容を、まだうかがっていないのですが……」

「それは失敬。簡単に言うなら、“妖精ビジネス”です」

「よ、妖精………ですか」


聞き間違えではなかった。この会社は、人間の教育をしているのではなかったか。


「あなたも就活生ならば、世の中のニュースには敏感でしょう?知っていますか、“妖精保護法案”を!!」

「あ……はいっ」


『妖精保護法案』。正式名称は『日本固有種である妖精の権利を守るための保護法案』であり、妖精の社会的地位を引き上げるために現政権が立案した法案だ。

妖精の社会的地位を「人間と同等である」と定め、参政権の付与による政治参加や、就労移行等を目的とするものであった。また、妖精を許可なく販売、または駆除する者への罰則も同時に定めている。

あまりにも荒唐無稽すぎるその内容から、「反妖精」デモや、インターネット上の抗議運動が激化しているので、僕も知っていた。


しかし、どうしてそんなセンシティブな分野に、わざわざ……

そんな僕の疑問を見透かすように、髪をワックスでがちがちに固めた人事部の男は言った。


「我々はつい1か月ほど前、政府関係者から直々に委託を受けたのです!!“妖精保護法案”の可決のために、多くの妖精たちに一般教養を身に着けさせ、人間社会に送り出すことが求められているのです!これからは、“妖精教育”の時代なのです!」

「は……はいっ」

「そしてあなたには、“妖精教育”のスペシャリストになっていただきますよ!実に幸運ですねえ!一度“不採用”になったあなたを、私が“助け出した”のですから……」


ねっとりと、恩着せがましく言い放つ彼は、僕の顔をじろじろと見つめて満足そうな笑みを浮かべる。


何もかも、想定外だった。てっきり、人間相手の教育に携われるとばかり思っていた。


理不尽だ。


それでも、これを断ったら、また就活をいちからやり直さなければいけなかったので、背に腹は代えられなかった……








そして、今に至る。


1教室に集められた子ずんは、およそ50匹くらいだろうか。そもそも名簿がないから、わからない。


「ずんちでりゅ……ずんちでりゅ……」 ブリブリブリッ!ぶぷううううううぅっ!!


教室のあちこちから、響き渡る脱糞音。部屋の中は、子ずんのフンによる腐乱臭で満ちていた。


「うっ……!?」


思わず、鼻を押さえてよろめいてしまう。その動きで僕の存在に気づいた近くの子ずんが、甲高い声をあげた。


「のだっ?ま、またくちょにんげんがきたのだ!おい!はやくそうじするのだ!!」

「……え?」

「ずんちゃ、こんなきちゃなくて、くちゃいとこ、いやなのだ!はやくそうじしないとぶっころちてやりゅのだ!!」

「のーだのだのだ!のーだのだのだ!くちょにんげん!ずんち、そうじしりょおおおおお!!」


……………… 一瞬で悟った。こんなのに一般教養を身につけさせるなんて、無理だ。

妖精は、世間一般のイメージでは「害獣」だ。その認識は、僕も変わることはない。

だからこそ、「妖精教育」という言葉が人事部の男から飛び出した時、イヤな予感がした。


まず、「教育」どうこうではない。それ以前の段階だ。人間の言葉が話せるからといって、人間と同等の教育が受けられるだけの「理性」や「知能」があるわけではない!!

その「政府関係者」とやらは、何を勘違いしているんだ?こんなのが、少子高齢化による労働力減少の歯止めになるとでも思っているのだろうか?


理不尽だ。


かと言って、僕もこんな不衛生な環境で仕事をしたくなかったので、この1日は教室の清掃に費やした。


「あっ!でられりゅ!でられりゅ!!のだのだのだ、のだのだのだのだ!!」

「うわっ!?」


勿論、ここでも問題発生。掃除用具を取りに行くために扉を開けた途端、子ずんたちがよちよちと教室の外に飛び出してしまったのだった。


「くっ、お前ら……おとなしく教室に入ってろって……」 ひょいひょい

「のだあああああっ!はなちぇ!はなちぇ!くちょにんげんんんん!!」


脱走した子ずんを捕まえて教室に戻すという余計な仕事も増えたせいで、夕方、例の人事部の男が見回りに来た頃には、僕はへとへとだった。


「お疲れさまでした。それでは、明日もよろしくお願いします」

「あ、あの……他の先生は……」

「今のところ、本校の先生は、あなただけです……これからずっとよろしくお願いいたしますね?」


今知らされる衝撃の事実。大学に殆どいかなくてもよくなったから良いようなものの…………


「……私が試しに採用した人材は、ことごとく音を上げてこの事業から退いていったのですよ……困りますねえ、将来のスペシャリストたるものが?」

「はっ、はあ……」

「しかしあなたなら、きっとこの素晴らしい事業にずっと携わっていただけると信じておりますので!ぜひ、未来の幸せな日本のために!」


……狂ってる。人間社会に侵出した妖精が様々な問題を引き起こしている今でさえ、幸せな日本なんて想像出来ないのに!

きっと、辞めていった新入社員も、こんな仕事をするために入社したんじゃない!って怒りを溜めて出ていったんだろう。当然だ。害獣の世話なんて、誰もやりたがらない。


「……………数も、50匹すべて揃っている。素晴らしい……」

「あの、子ずんはずっとこの教室に閉じ込めたままなんですか」

「ああ。彼らは教育のため、早い段階から親ずんと引き離して、この教室を家代わりに生活させているのです……おかげで、あなたを親代わりに、従順な個体へと育っているでしょう?」

「おいくちょにんげん、なにしてるのだ?ふえてないで、ごはんさん、よこすのだ!!」


……従順ではない。それだけは確かだ。


「あの、私、彼らと接していると……とてもそうは思えません」

「もしまだ信頼関係が築けていないのならば、残念ながらそれはあなたの努力不足であると言っていいでしょう。子ずんは、人間の子どもよりもはるかに愛嬌があって、従順なのです。まずは、子ずんたちとの信頼関係を築くことから。これは対人・対妖精でも変わりませんよ?」

「は、はい……」

「これは社会人としての常識です。それと、言い忘れていました。もし、子ずんが死亡したらその都度始末書への記入が必要ですので、悪しからず」


……何もかもガバガバに見えて、そういう面倒なところだけお役所仕事を真似たような……


それに、子ずんが従順だなんて、どこをどう見たらそんなお花畑みたいな考えが出て来るんだ……




こうして僕は、「子ずんの学校」を受け持つことになった。

……まだ大学生なのに。


正直、授業なんか出来るような環境ではなかった。子ずんたちは僕を「くちょにんげん」と呼び続け、邪魔者として罵詈雑言を浴びせ続けた。

そればかりではない。ところかまわずフンをするクセに、そのニオイを嫌がり、掃除するように命令してくるのも、僕の神経を苛立たせた。

いちおう、子ずんのために用意された小さな椅子はあるのだが、どの個体もそれに座らず、好き勝手に歩き回っている。


ここはもはや、「学校」なんかじゃない。「保育所」も違う。「託児所」、「養殖場」………………いや、それ専門の「拷問部屋」といった方が正しかった。


こんな害獣と接していると、人間らしい感覚を失ってしまうような気がしていた。

働くのって、こんなに、辛いことなのか………………




3日目の夜。帰宅して布団に入った僕は、親父の言葉を思い出していた。

親父はよく、酒が回ると「人の役に立つ仕事」をしなさいと、何度も繰り返し、僕に言っていた。「どんなことでもいいが、胸を張って誇れる仕事をしなさい」と。

果たして……


「子ずんの学校」の先生が、人の役に立つ仕事か?人に誇れる仕事か?


否。


害獣を教育したところで、何になるんだ、という思いが、この3日間くらいで、僕の頭を支配していた。

こっちがいくら根気良く、子ずんの歪んだ価値観を修正してやりたいという「情熱」を持って伝えても……「くちょにんげんのかとーなかんがえなんか、ききたくないのだ!」と口々に言われてしまうのだった。

結局のところ、「信念」や「情熱」でどうにかなる問題ではない。それが通用するのは、人間か、知能の発達した動物相手がいいところだろう。

いくらこっちが努力したところで害獣の価値観が変わらず、人間社会に悪影響を及ぼし続けるのなら、これは人の役に立つ仕事とは言えない!


それに、例えば同窓会や飲み会で、「今、何の仕事してるの」って聞かれたとする。

「妖精の学校の先生になって子ずんを教育している」なんて、言えるか?!胸を張って、誇れるか?!

なんだそれ、とドン引きされるか、お前、人間も教えられないんだな!だから、妖精を教えてるんだな、とバカにされるのがオチだ。




……頭にきた。こんな仕事すぐにやめてやろうと思ったけど、それを上回るくらいの酷く残忍な考えが、僕の頭の中に、ふいに浮かんできた。


そうだ。これとおんなじくらいの理不尽を、あいつらにも味わわせてやればいいんだ……




ガラガラガラ……

「ずんちでりゅっ!!」 ぶりいっ!!


僕が「先生」になってから4日目の朝。廊下側の窓枠まで登った子ずんが、まるで「黒板消しトラップ」のように、扉が開いたタイミングに合わせてフンを落としてきた。


べちょ……


僕は、それが床に落ちるのを待ってから教室に入る。

昨日は、まんまとこれを食らってしまった。就活のためにと親が購入してくれた新品のスーツが1着、ダメになった。

もう引っかからない。「くちょにんげん」にフンをかけるという成功体験を積んだ子ずんが、バカのひとつ覚えで同様のことをしてくるのは容易に想像出来た。


「おいくちょにんげん!なにかわしてるのだ!ぶざまにずんちゃのといれしゃんとなるのだ……うわっ!!」

がしっ!

僕は窓枠に手を伸ばして、甲高い声で不満そうに喚きだす子ずんを捕まえた。もう覚悟は決まった。僕が昨日、布団の中で思いついた残忍な考えは、ついに大きな激情となって爆発する。


「おい、なにしてるのだくちょにんげん!!はなちぇ!はなちぇ!!」

「……指導ォ!!

びゅっ!ぐちゃあっ!!


思いっきり、床に子ずんの体を叩きつける。あっけなく、体液をまき散らしながら四散する子ずん。

その頭部は、教室の真ん中あたりまで転がっていった。


「あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!」

「うぇーんうぇーん!うぇーんうぇーん!!きょわいにょだああああああああああああ!!」


教室内は、仲間の死を目の当たりにしてパニック状態になった子ずんたちの泣き声で満ちる。


黙れ。


「おにーちゃ、おにーちゃ!!たしゅけてほしいのだあああああああ!!」

「くちょにんげん、きょわいにょだああああああ!!」


子ずんたちは、一斉に「おにーちゃ」と言われた子ずんのもとへ這って行く。他の子ずんよりも体が大きく、既に耳のような器官も生えてきている「おにーちゃ」と呼ばれた子ずんはぶるぶる震えながらも、他の子ずんをかばうように一歩、前へ出た。


「くちょにんげん……いったい、なにしてくれてるのだ?」

「何って………“指導”だよ。お前ら、この3日間、先生が口で言ってもわからなかっただろ?」

「な、なんどもいってるのだ!!くちょにんげんのかとーなかんがえなんか、ききたく……」

「それなら、先生が入ってくるタイミングを見計らってフンをひりだして、先生の頭めがけて落とすのが、“上等”な考えなのか?」


僕には、妖精たちの価値観は理解出来ない。それでも、こいつらがどこまでも身勝手で、人間とは決して相容れないものだということだけはわかった。


「ぼ、ぼくたちは、おまえをおいだして、ここにぼくたちだけの“らくえん”をつくるのだ!!」

「のーだのだのだ!のーだのだのだ!!くちょにんげん、でてきぇ!でてきぇ!」


涙目で叫ぶ「おにーちゃ」に、周りの子ずんたちが呼応する。どうやら、僕に嫌がらせをするよう他の子ずんたちに指示していたのは、この個体だったらしい。


「……どうしてもイヤっていうなら、僕もお前らの望み通り、出ていく。だが、お前らの言う“楽園”ってなんだ?自分たちでは掃除も満足に出来ないクセにか?」

「そ、それは、あとからまたくる、どれーにやらせるのだ!おまえは、ぼくたちのどれーとして “ ふ ご ー か く ” なのだ! “ ふ さ い よ ー ” なのだ!!」


どれー。「奴隷」という意味で、妖精が使う言葉らしい。それは、これまでに何度も言われてきた。

その差別的な言動よりも、僕を怒らせたのは、妖精が発した「ふごーかく」や「ふさいよー」という言葉だった。

よくも、そんなことを……人間ならまだしも、就活の理不尽さを知らない害獣から、それを言われるなんて…………


憤った僕は、「おにーちゃ」を乱暴に掴み上げた。


「のだああああ!!はなせ、はなすのだくちょにんげんどれー!!きたないてで、さわるなあああああああっ!!」

「……お前ら、何か勘違いしてないか?口で何度も言っているように、僕はお前らの“奴隷”なんかじゃない。“先生”だ。お前らを正しい方へ、導く責務があるんだ」

「じ、じどーぎゃくたいなのだ!こ、こんなことして、ゆるされるとでもおもっているのだ!?ぼくたちになにかあったら、ただじゃ…………」

「お前は仲間を焚きつけて、先生を陥れようとした。“指導”が必要だ……」


僕は、「デコピン」の要領で指をくいっと曲げて力を込める。「おにーちゃ」が、逃れようと必死で暴れ始めた。


「くちょにんげん!!はなせ、はなさないとぶっころしてやるのだ!!おまえをぶっころして、ぼくは、“らくえん”を、“らくえん”をつくるのだあああああああああああっ!」

指導ォ!!」 べしっ!!


僕の中指がヒットした「おにーちゃ」の頭皮が破れ、ドロッとした脳漿が飛び出す。


「……あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、あ”〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」

「お、おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!おにーちゃが、おにーちゃがあああ!!」


虚ろな目になった「おにーちゃ」は、まだ死んではいない。だが、壊れたラジオのような耳障りな呻き声を発するだけの、醜いカタマリに変貌した。そのなれの果てを目にした子ずんたちが、一斉に泣き出した。


「くちょにんげん、やっつけりゅのだ!」


何を思ったか、1匹の子ずんが飛び出して、歯をむき出しながら僕の方に歩いてくる。


「のだのだのだのだのだああああ!!」 よちよちよちよち……


子ずんとしては、全速力で走って、僕の不意をついたつもりだろうが……人間と子ずんの体格差は圧倒的だった。あまりにも遅い。


「……指導ォ

「くちょにんげん!ずんちゃが、やっつけてやりゅぴょっ……」 ぐちゅっ!


僕は、大きく足を上げると、真っすぐ向かってきた子ずんを踏み潰した。靴が汚れたけど、もうそんなことには構っていられない。

これも、教育のためだ。


「……お前ら、先生に対する“礼儀”がなっていない。“くちょにんげん”だって?……なんだ、その呼び方は…………殺すぞ」

「う、う、うぇーんうぇーん!うぇーんうぇーん!!」

「おぎゃーおぎゃー!おかーちゃ、おかーちゃああああああああああああ!!」


僕が低い声で脅すと、子ずんたちはますます激しく泣き喚いた。既に50匹中、3匹も子ずんが痛めつけられたのだから、死の恐怖に支配されているんだろう。ここにいる限りはもはや会うことのない、親ずんを呼ぶ個体もいた。


「お、おみゃえなんか、おみゃえなんか!!さいきょうのずんちゃが、ぶっきょろしてやりゅのだ! く ち ょ に ん げ ん ! ! 」


それでも、まだまだ話がわかっていない、好戦的な個体はいるようで……


「……いいか、お前ら。この教室の中では、人間である僕がルールだ。そして、人間のルールに従えないようなヤツは、ただの害獣だ。僕が容赦なく“駆除”する。いいか?指導ォ!!

「あぐぅるっ」 ぐじゅっ!

「……そして、僕のことは“先生”と呼ぶように。今のこいつみたいに、“くちょにんげん”だなんて呼んでみろ?……殺すぞ」


僕は、反抗的な子ずんを踏み潰しながら宣言した。


「しょ、しょんな、しょんな……」 「ずんちゃ、まだちにたくないにょだああああ!!」 「だちて!ここからだちて!!」


絶望して腰を抜かした子ずんたちは、思い思いの言葉で喚き始める。

それでも、もう反抗の意志は残っていないようだったので、僕は教室の外に出る。


「よし。休み時間にしよう。ただし、1匹でも教室の外に出たら全員“駆除”だ。わかったら、この中でおとなしく待ってろ」


この「子ずんの学校」では、日課はあってないようなものだ。食事も、休み時間も、すべて先生の裁量に委ねられている。

僕が教室の外に出たのは、殺したぶんの子ずんを「補充」しようと思ったからだ。


ここで先生を始めてから数日。ひとつ、気づいたことがあった。人事部の男は、最後に子ずんの総数こそ確認するものの、1匹1匹を丁寧に確認することはない。名簿がないのも、それで納得だ。掃除の際もくまなく探したが、監視カメラらしきものは見当たらなかった。


つまり、子ずんをいくら殺したところで、あの男が来るまでに「補充」すれば良いことに気づいてしまった。これで始末書も書く必要はない。




……「先生」という立場を利用して子ずんを恐怖で支配していることも、出来れば知られたくはない。これを親父が聞いたら許さないかも。

それでも、こうでもしないと子ずんの教育なんて無理だ。


あの「おにーちゃ」が言ったように、僕の教育方法を「児童虐待」だって批判する人がいるかもしれない。それじゃあ、僕の代わりにこの現場に毎日入ってみて欲しい。

どれだけ理不尽かわかるからさ。社会通念なんか、知ったことじゃない……




「じゅんだもち、おいち、おいち……にょだっ!?うぇーんうぇーん!うぇーんうぇーん!」


子ずんは本当に、面白いほど簡単に捕まえられる。茂みにぽつんとずんだもちを置いておくだけで、警戒することなくすぐに集まるから、この教室ではいくら殺してもすぐに「補充」出来た。

親ずんが一緒についている場合は親ずんだけ殺してからその場を去ったけれど、子ずんだけの群れがずんだもちにかじりついている場合も多かった。


こうして、いつ殺されるかわからないという恐怖のもと、僕は子ずんたちを「教育」した。

様々な理由で、1日に何匹も駆除した。そのたび、野外で補充した。


「ずんちでりゅ……ずんちでりゅ……」 「指導ォ!!」 ぶちゅううっ!

「にょだにょだにょだ!たのち!たのち!」 「指導ォ!!」 ごぽっ!!


相も変わらず教室でフンをしたり、そもそも何故ここにいるのかわからずに歩き回っている個体は、最初の駆除対象だった。


「おいくちょにんげん!ずんちゃ、こんなかたいじめんさん、いや……」 「指導ォ!!」 ぐちゃ!

「おいせんこー!ずんだもち、もってこい……」 「指導ォ!!」 ねぢゃっ!


僕を「先生」とさえ呼べない子ずんは、最優先の駆除対象になった。



「ずーん……ずぅーん……」 「指導ォ!!」 どぱあん!!


「……じゃあ、このひらがなは、なんて読む?そこの子ずん」

「よ、よめないのだ……」

指導ォ!!」 ばちゃ!!


居眠りする等、そもそも学習意欲が無い、あるいは学習したことを活かそうとしない子ずんも、駆除した。


「これが“いち”、これが“に”……その次のこれは、何の数字だ?その隣の子ずん」

「た、たくさんなのだ!」

指導ォ!!」 ぎゅりゅっ!!


「ニンジンが、3本ある。1本食べたら、残りは何本になる?その隣!!」

「さ、さんぼんのままなのだ……」

「……そう考えた理由は?」

「やさいさんは、じめんからかってにはえてくるのだ!だから、たべても、かわらないのだ……」

指導ォ!!」 ぢゃぐうううっ!


一番辟易したのが、妖精特有の歪んだ認識や価値観が抜けきれない個体だった。この回答だけで、こいつらがいかに害獣かがわかる……


「あ”〜〜〜、あ”〜〜〜〜〜!!」


僕が頭を割った「おにーちゃ」は、教室の端でまだしぶとく生きており、こちらから手を下さない限り、ずっと呻き続けていそうだった。


「……なあ、お前……授業の邪魔だ………死ななきゃ殺すぞ?」

「あ”あ”あ”……あ”あ”……」

「最初から、お前が良い子にしてればな〜?……僕だって辛いんだぜ? “未来の幸せな日本のために” 貢献してくれる “はず” のお前らを、ちょっとやそっとの理由で殺さなきゃいけないんだから……」

「あ”〜〜あ”〜、あ”あ”〜〜〜〜〜!!」

指導ォ!!


…………僕の精神状態も、そろそろ限界だった。それが、度重なる「指導」にもあらわれていたのかもしれない。今振り返ってみると、明らかに理不尽な理由をつけて、僕は子ずんを殺し続けていた。


「のだのだのだのだ!のだのだのだのだ!!」


僕が授業開始の宣言をしても、静まらない教室。ルールを知らない野外の子ずんが多いのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


「黙れ!!殺すぞ!!指導ォ!!」 どごっ! 「ああああああああああああああああああああああああ……」


無作為に1匹の子ずんが殺されると、途端に恐怖で静まり返る教室。それも、やけにムカついた。


「……おい、どうした?さっきみたいに、のだのだ喚いてみろよ!殺すぞ?」

「せ、せんせー……ずんちゃ、しずかにしてたのだ……」

「なんだ、“ずんちゃ”って!?ふざけんのも大概にsayよこの害獣っ!!指導ォ!!」 ぶぱあああああん! 「ぐぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


子ずんの一挙手一投足が、憎たらしくてしょうがなかった。よちよち歩きや、常に胎動しているその動きも気持ち悪かったし、甲高い声や、「ずんちゃ」という一人称にも吐き気がした。こんなのが僕の「生徒」だなんて、1ミリたりとも思えなかった。


「ごはんさん、ごはんさん!!ずんだもち、ずんだもち!!」

「何でもかんでも“さん”づけはやめろと言ったはずだ!指導ォ!!


「おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち!!」

「行儀が悪い!黙って食べろ!指導ォ!!


「くちゃっ、くちゃっ……くーちゃくーちゃ!おいち、おいち!」

「口を閉じろ!!指導ォ!!


子ずんたちにとって、唯一の楽しみが食事の時間だったようだ。切り分けられたずんだもちに、一心不乱に貪りついて胎動する醜い姿にも嫌気がさした。


無差別に殺した。

それこそ多い日には、ほぼメンバー総入れ替えだ。

さすがにその日は、殺したぶんだけ集めて来るのが大変で、人事部の男が来るまでに間に合わないのではないかと冷や汗をかいた。


「おいそこ、よそ見するな!ルール違反だ………殺されたいか!?」

「る、 “るーるいはん” を “してき” することも、 “るーるいはん” なのだ!それに、 “じゅぎょうちゅう” に、しゃべっているせんせーこそ、 “るーるいはん” なのだ!!」

「何もかも覚えたての貧相なボキャブラリーで少しでも言い返せたつもりか!?黙れ!!勝手に自分だけのルールを作って先生に逆らったお前こそ、ルール違反だ!!指導ォ!!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


運よく生き残った子ずんは、やがて学ぶうちに、意地汚い屁理屈を言うようになる。それも、駆除の対象だ。


「せ、せんせー……り……りふじんちゃ……ず……ぼ、ぼくたち、なにも、わるいこと、してないちゃ……」

「お前らが生きてるのが僕にとって“悪いこと”じゃないとしたらなんなんだよっ!?害獣がよっ!!指導ォ!!

「にゃんでえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

……………………


オリジナルメンバーとして生き残った2匹の子ずんのうち1匹が涙ながらに訴えても、僕は容赦なく「指導」した。


理不尽なのはわかっていた。それでも、僕は子ずんを減らしては補充し、減らしては補充し、を繰り返した。


人間性がどんどん壊れていくのを感じていた。




そして。


「子ずんの学校」ひいては、この会社の「妖精ビジネス」は、あっけなく終わりを迎えることとなる。

人事部の男からの説明も、あっさりとしたものだった。どうやら、新規事業の委託元であった政府関係者が女性関係の不祥事を起こしたらしく、それによって計画が全て立ち消えになったようだ。


あのさあ…………




「あなたも、1匹も子ずんを死亡させることなく、“妖精教育”のスペシャリストとして尽力して下さってありがとうございます。こんな結果になってしまいとても残念ですが、私の目に、狂いはなかった……給与の方は、後日お支払いさせていただきます」


人事部の男には最後まで、僕の「指導」がバレることはなかった……おそらく……

バレたら大学に通報?いや、逮捕か?始末書だけだとしても何枚になるんだろう………………




子ずんたちは、山に放すことになった。殆どのメンバーが入れ替わっていたから、もはや何のためにここに閉じ込められていたかわかっていない個体ばかりだった。


「のだ……のだ……のだ……のだ……」


イライラする動きで、あちこちに散らばっていく子ずん。


知識の飲み込みが早く、唯一耳が生えて飛べるようになるまで生き残ったオリジナルメンバーの子ずんだけは、一瞬だけ名残惜しそうに僕の方を振り返って、飛んで行った。

こいつにだけは、物を盗んではいけないだとか、人間社会で暮らしていく上で最低限のルールも教えることが出来た。


僕は、たとえ害獣相手とはいえ、教育者として最低なことをしたという自覚があった。妖精を正しい方へ導くような「先生」の資格なんて、最初から僕にはなかった。

だから、もうこれ以上、妖精には干渉しないと決めた。




…………決めたんだけど。




「おまえ、ごはんさんぬすみにいけないというのだ?」

「せ、せんせーが…………それは、いけないことだって、いってたのだ…………」


とりあえず始めたコンビニの夜勤。トイレの近くで子ずんたちの泣き喚く声が聞こえて、まとめて潰してやろうと思って近づいたら、こんな会話が聞こえてきたのだった。


「せんせーがー、せんせーがー、って、はきけがするのだ!くちょにんげんに、かとーなちしきを、ふきこまれやがって!」

「おまえがつかまっていたせいで、ばんぶつのしはいしゃたる“もりのけんじゃ”としてのきょういくが、なってないのだ!」

「のだのだ!せっかくかえってきても、これじゃあただの、“おやふこーもの”な、くちょずんなのだ!からださんばかり、おおきくなりやがって!つかえない、ばかずんがあああああ!」


どうやら、耳が生えるまで生き残っていた例の子ずんは、生みの親の元へと戻れたようだった。

だが、既にその家族には新しく子ずんたちが産まれており、そいつらは親ずんに連れられて忍び込んだコンビニの中で、エサを求めて泣き喚いていたというわけだ。


「で、でも………にんげんさんの、ものをぬすむのは、とってもいけないことなのだ……」

「めをさますのだ、このくちょずん!!おまえは、くちょにんげんにつかまっていたせいで、ばかになっているのだ!!くちょにんげんのごはんさんは、ずんちゃたち“もりのけんじゃ”をしあわせにするために、あるのだ!ずんちゃたちがぬすんで、とうぜんちゃ!!」

「「「「おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!ぺこぺこ!ぺこぺこおおおおおお!!」」」」

「ほら、おちびちゃんたちがないているのだ!おちびちゃんたちのためにも、“もりのけんじゃ”としての“いげん”をみせるのだ!!」

「わ、わかったのだ……ぼくは、“もりのけんじゃ”なのだ……ぬすんでくるのだ…………」




ほら。

妖精にいくら「教育」したって、結局は、全部無駄なんだ。


僕は床掃除に使うポリッシャーを持ち出して、妖精たちの背後から近づく。


ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

「「「「おぎゃーおぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああああああああああ!!」」」」


ポリッシャーのモーターが唸りを上げ、地面で泣き喚く子ずんたちを一網打尽にした。床に緑色の染みが広がるも、すぐにそれを拭きとって綺麗にする。


「お、おちびちゃああああああああああああん!!くちょにんげん!よくもおちびちゃんを……」

「あっ!せんせー!!たすけにきてくれたのだ!」


親ずんに詰め寄られていた、耳の生えた子ずんの目が輝く。


「の、のだ……?こいつが、おまえのいう“せんせー”なのだ…………うわっ!?」

「やっぱり、ただのくちょにんげんなのだ…………のだっ!はなしぇ!」


親ずんが狼狽えているうちに、僕は親ずんを2匹とも捕まえる。


「はなしぇ!はなしぇ!!くちょにんげん!!うわあああぶっころしてやるのだああああああああああ!!」

「…………さっき、“もりのけんじゃ”としての教育がどうとか、言っていたな?」

「くちょにんげん!おまえがずんちゃたちのおちびちゃんを “らち” して、かとーな “かちかん” をおしつけたせいで、あいつはいまや、ただのくちょずんになってしまったのだ!!」

「ほんらい、わたちたち“もりのけんじゃ”は、あんなふうになっては、いけないのだ!そのためにも、きょういくが、たいせつなのだあああああああああ!!」


キレた。


「害獣が、“教育”を語るなああああああああああああああああああああああっ!!指導ォ!!指導ォ!!


べちゃちゃっ!ぐじゅじゅうううっ!!


気が付いたら、僕は親ずん2匹をそのまま握りつぶしていた。悲鳴すら、あげさせなかった。


「せんせー!せんせー!!たすけにきてくれて、ありがとうなのだ!!やっぱり、せんせーがただしかったの…………だあああああああああああっ!?」


ばきっ…………


「…………盗めよ」

「いちゃい……せんせー…………ど、どうして…………」

「それがお前たち “もりのけんじゃ” の正しい価値観なんだろ?……盗めよ、ほら……どうした?」 ぐちゃ!どすっ!べき!

「ち、ちがうのだ!ちがうのだ、いちゃい、いちゃい、がぼっ!ぐぶうっ!」


僕は、言いようのない怒りに襲われて、教え子を、何度も蹴る。

確かに、この子ずんは、僕の「教育」によって、人間社会で生きていけるだけの価値観を手に入れた。それは、わかっている。


だが、それがどうしたっていうんだ?


結局、長い時間をかけて、1匹の妖精の価値観を変えることに成功しても、さっきのように、他の妖精が、それを異質なものと捉えてしまう。

「種」全体の価値観を更新するなんて、夢のまた夢だ。

しかも、多産な妖精は毎日のように新しい子ずんを産む。妖精らしい価値観のままで。それが延々と、きっと、この地球上の生命が滅ぶまで、繰り返される。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

「最後の“指導”だ。妖精に生まれたからには、死ね」

「えっ…………せ、せんせー」

「死ね」

「うそ……ちゃ?せんせーは、せ、せんせーは……」

「死ね」

「…………そん、な…………ぼく、せんせーに……なにも……」

「死ね」


……………子ずんの顔が、絶望で歪む。

ああ。人間ドラマでは、周りの影響で歪んでしまった生徒を、かつての教師が救いに来るだとか、そんなお涙頂戴の展開が待っているんだろう?


でも、ここは現実世界。現実世界は、酷く理不尽なんだ。


それに、相手は人間ではない。妖精だ。害獣なんだ。


何のことはない。害獣が目の前にいるから、殺す。当たり前のことじゃないか。




「…………どうした?早く死ねよ………死ななきゃ、殺すぞ」

「せんせー…………にゃん…………で…………」


子ずんが、涙目で命乞いをするように震えている。そうされたところで、僕の気持ちが変わるわけでもない。


妖精が、生まれて来たなら、殺さなきゃ。


教え子を踏み潰すために、僕は足を振り上げて、大きく叫ぶ。




「……指導ォ!!








〜終〜





あけましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。「理不尽」とは程遠い内容だったと思いますが、人間と妖精、いつもとは少し違う関わりの表現に挑戦してみました!

皆様、インパクトのある素晴らしい作品ばかりで、まだまだ私も努力が足りないなあと思う次第でございます。

今後も、様々な小説をアップしていく予定ですので、ご期待くださいませ!


けも