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■陸軍参謀局「朝鮮近况紀聞」187?年
五穀は稲米最多し。豊饒の地方は南道を以て第一とす。就中忠清全羅慶尚三道の生穀は稲米を多とす。麦に至ては八道有らざるなし。而て京畿慶尚全羅忠清黄海五道の民は都鄙貧富を論ぜず皆白米を吃ふ。平安江原両道山に依るの民及び咸鏡道茂山鎮より慶興府に至る六鎮の民は共に粟飯を吃ふ。

■佐田白茅「朝鮮聞見録」1875年 ※明治8年
○籾一丸を上田に蒔けば、籾三十九内外の出来穂あり、白米にして日本升五斗内外
○右年貢上納一丸蒔に付、白米一丸と定め、半は米にて取立、半は銭にて、時の相場にして納む、・・・

■瀬脇寿人, 林深造編「鶏林事略 初編1」1876年
地味
穀類、菓蔬、許多あり。就中、全羅、忠清、平安、の三道は、米を出す事尤も多し。慶尚江原は之に次ぐ。
産物
穀物は、、粟、大麦、小麦、蕎麦、大豆、小豆、黍稗、あり。

■商務局「明治十六年十月 商況月報」1884年3月25日発行
釜山港輸出重要品

16年10月 345石
15年10月  40石

■「万国形勢総覧」明治18年
朝鮮王国(74頁〜)
農商況(77頁〜)
輸出品の主たる者は人参、獣皮、、豆菽、生糸なり。
国土は山岳多く耕地の割合は甚大ならず。主要の稼穡は、黍、豆、及び麻等なり。

■永田健助「万国商業地誌」1889年 ※明治22年
朝鮮
土地は特に豊饒と云ふべからず。加ふるに耕種法頗る拙劣を極む。
其農産物は菽麦、、煙草及び木綿と為す。

■伴山三郎「近世万国地誌」1889年 ※明治22年
朝鮮
土地沃饒にして耕作開け産物は麦綿燕菁等を生じ又人参を産し

■前橋孝義「万国地理」1889年 ※明治22年
○朝鮮(30頁〜)
土地は概ね豊饒にして耕耨その宜しきを得産物の重もなる者には、粟、菽、麦及び人参等あり

■内閣統計局「海外各国国勢要覧」1890年 ※明治23年
朝鮮(王国)(21頁〜)
○農業 国中山岳多く耕植に適すべき所少なし。沿海豊饒の地に産する者は、黍、麻、煙草及び諸種の菓実なりとす。
○貿易 1887年
輸出
 90(千弗)

■クラーク「万国地理問答大全」1891年 ※明治24年
第二十七章 朝鮮(200頁〜)
(11)其重なる物産は何ぞ
米穀煙草人参鉱物等多く此国に産す

■渡辺松茂「万国小地誌 : 試験答案」1891年
○第二章 朝鮮(13頁〜)
土地豊饒にして、粟、菽、麦及び人参の類は其産物中重もなるものとす

■東邦協会「東邦協会報告 20」1892年
明治二十三年(※1890年)に至り、朝鮮国に於ては、米穀の作十分なりしに本邦に於ては不作なりし為め、同国より本邦へ向け、多量の米穀を輸出したり、故を以て朝鮮農民は大に余裕を得。随て外国品の輸入をも著しく増加するに至れり。ニ十四年に至りても、前年に引続き多額の米穀を輸出したり。(4頁)

■矢津昌永「朝鮮西伯利紀行」1894年 ※明治27年
韓人の食物
久しく当地にありし、或る軍医の説に、翰人の食物は日本人の食物よりも、比較的に滋養に富めりと言ふ、或は然らん、今序に韓人の食物を記すべし、朝鮮は米食人にして、米を以て重もなる食物とし、間々大豆、小豆、麦を混するものあり、米は日本の如く丁寧に精げす(尤も田舎)故に米粒に斑点あるを、恰も掃除を怠る、喫烟家の歯の如し、炊き方は頗る軟かなり、・・・」(33・34頁)

■中村五六「中等中地理. 万国誌」1896年 明治29年
(二)朝鮮(13頁〜)
(物産)国中、耕耘未だ洽からずして、不毛の地多し。主なる農産物は、・粟・菽・麦・人参等にして

■京城日報記事「朝鮮の産業と交通」1923年5月16日(大正12年)
殖産局長 西村保吉
米は古来朝鮮人の主要食料品でありまして、始政当時既に一千万石の生産がありましたが、爾来益々鮮内の糧食を充実せしむると共に輸移出を増加せしめ、殊に内地に於ける食糧の充実を資け併せて農家の経済を向上せしむる目的を以て産額の増加と品質の改良とを講じました。

■中央朝鮮協会「朝鮮産米の増殖計画」1926年
一、朝鮮は本来米産地である
朝鮮は日本内地と同じく昔からの米産地であって、産業の基礎は農業、農産の大宗は米穀である。(19頁)

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