Gadget本 『人間はガジェットではない』 (原著)は、 トンデモ変人が 大急ぎで口述筆記したような 書きなぐり の本なんで、 ヘボ訳文が それほど気にならない。
Zittrain本 『インターネットが死ぬ日』(本の題名も ヘボ訳)も、 原著が もったいぶった学者(法学者?)の シツコイ悪文なんで、 ヘボ訳文が それほど気にならない。
問題は Jobs伝記だ。 Isaacson の文章は簡潔で力強く 面白い表現が多いが、
【 誤訳も多い ヘボ訳文 】 が 全てを台無しにしている。
#大先生、曰く:
翻訳調に対する耐性と嗜好、たしかにありますね。私はおそらく、それらが極端に低いほうなんでしょう。
---- #先生は「翻訳調」の具体例を出してない。 #の考えてる「翻訳調」って、どんなんだ? #訳文(直訳ヘボ訳だらけ)の不自然さ、ぎこちなさ、冗長さ、… とは別のもの?
参照: 有名な「冷たいサラダ」文:
(上、p. 401) 「冷たいサラダのあとの温かな許し、度を過ごしたのは、閉ざされていた部分が開かれたことを意味します」 < また機械翻訳そのままか?
『人間はガジェットではない』はですねぇ……アレは私にとって2冊目の黒歴史だったりしまして……(訳書は基本的にここで紹介しているのに、アレを紹介していないのはそういう背景があったりします)。 ・・・・ 2011/07/25 Buckeye
---- #先生の「1冊目の黒歴史」って、ドレですか? 最近でも #Blog でスルーした訳書あったよね?