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最初から与えられなかったもの。
喪われた悲しみにすら寄り添えなかったもの。
どちらを選んでもきっと間違えるもの。
ずっと、そこにあると思っていたもの。
時計の針を巻き戻しても、傷が癒えることは無く。
思い出が、望みに羽化することはない。
[+]一幕
そこは少女にとって未知だった。
否、少女以外の誰にとっても、恐らく未知と言っていいだろうロケーションが広がっていた。
それでいてそこは、ほぼほぼ街中であるだろう事は、現代人として生活していた少女には推察の行く事だった。
あり得ざるほどに朽ち、ただ構造物として建つだけのコンクリート群。それらが荒廃しながら並び立ち、そしてそれらの間には谷間の如く平面が続く。その中央に立って少女は、まあ道なのだろうなとの推察に至る。
未知の道、というわけだ。
「何、今のモノローグ……」
少女は経験則からして、その場から動く事を嫌った。
周囲に人影は無い。生命体の気配もない。ただしそこそこに開けたその位置で、下手に動けば一方的に捕捉される可能性は否定できない。
だが、建造物群の朽ち様からして、下手に触って崩れようものならば回避する手段も無い。ならば、道の真ん中で&ruby(・・・){じつと}事の起こりを待つしかないのか。
……
さて、1分か、5分か、はてさて10分か待って、何一つ起こらない事を確認した少女は、(或いはしびれを切らした、というべきか)ゆっくりと歩みを進め始めた。
とはいえここがどこかも、意味のある空間なのかすら釈然としない。その足取りは、自信の見られないものであるのは確かだった。
────が、彼女の堪えられなかった事を見透かしたかの様に、同じく道の中央にソレは立っていた。
……それは、見るからに着物を纏った人間の、それもアジア系の顔立ちの女性だった。
第一村人発見、といえる状況ではない。この様なシチュエーションでこの遭遇相手の素性として考えられるのは、同じ様に迷い込んだ人物か、或いは自分をここに追い込んだ黒幕かの2択である。後者の可能性を考えれば、目視した時点で距離を取るべきなのは明白だった。
だが、隠れようにも遮蔽物がない。足音を立てる事すらリスクになり得ると思うと、少女はその場に、ゆっくりとしゃがむ以上のことはできなかった、そして。
「……ええ、ええ。いい洞察力ですね。その警戒は、して然るべきものですよ。&ruby(・・・・){稔ちゃん}」
振り向きざま、和服の女はそう言った。
名前を見透かされていた事、こちらの警戒すら想定済みのような発言。間違いなく後者側だと、稔……と呼ばれた少女は判断した。
「そんな稔ちゃんに免じて……あと説明役とか配置できなかったので……説明してあげましょう。
この空間には合計7騎、私の他に6騎という事になりますが……サーヴァントが配置されています。それらを全て倒して、願いを叶えましょう、というのが貴女に与えられた課題であり、プレゼントでもあるんですよ」
稔は耳を疑った。
葡萄藤稔は普通の女子高生である。かつてちょっとその名前を聞いたことがある程度で、何かと戦うなどとんでもないことだった。
そんな女子高生に対して、この女は生身でサーヴァントを殴り倒せと言い放ったのである。勘弁してほしかった。
だが、更に勘弁して欲しい物体(?)が、稔の視界には現れていた。ソレがなんなのか、これから何を起こすのか、全く分からなかった。
が、しかしソレは確かに、1人で言いたい放題言ってくれるその女のやや後方上空に陣取って、禍々しい気配を放っていた。そして───
急加速したかと思うと、女目掛けて落下し、その場の地面ごと派手に抉り取った。
「不意打ちとなってしまい申し訳ありません。つまり……あなた方を倒せばここから帰る事ができる、という認識でよろしかったでしょうか」
謎の光球が作り出したクレーター……の更に奥から、もう1人女性が姿を現した。
黒いロングドレスの上から白いエプロンを重ねたような服装。ヘッドドレスを着用しており、所謂メイドを思わせる外見。
「だからって……ワンパンで片付けるとかありますか?私そこまで悪い事しました?」
「拉致・誘拐は充分罪に問えるかと思いますが」
どうやら先の一撃は彼女の放ったもので、その一撃で和服の女は戦闘不能に追い込まれたらしい。その身体からは、黄金色の光が空に登るように放出されている。
「それに、貴女がサーヴァントだという話も疑わしいものです。先の魔術は確かに私の放てる一番威力の高いものだとは思いますが、&ruby(ゴーストライナー){境界記録帯}に回避を許さず当てられるのものとは、到底」
「まー……そこも含めて、今回の特設ルールですから。精々……気張ってください……スゥー……」
わざとらしいセリフを残し、和服の女は消えた。後に残されたのは女子高生とメイド。
稔は分からなかった。突然現実に現れたメイド然とした人物に助けられた時、どんな声を掛ければいいのか。
結局のところメイド───ユニと名乗った彼女───から無事を問われ、流れるままに礼を言った稔の心は、しかし此処に在らずといった風で。
ただ、また&ruby(サーヴァント){彼ら}と戦う事になるのかと、その事で一杯になっていた。
[END]
[+]二幕
謎の世界でメイド姿の少女ユニと出会った女子高生、稔。「サーヴァントと戦い、願いを叶えろ」と言い放たれた彼女らは、9割の疑心と、実際にサーヴァントを倒してしまったという状況証拠1割を胸に、次なるサーヴァントを探し回っていた。
とはいえ、生身の人間2人でサーヴァントの相手が務まるはずがない。何かカラクリがあるはずだ、とは思いつつ、しかしそこへ至る手がかりは先にユニが消滅させてしまっていた。
「誠に申し訳ありません。生け捕りが戦略上重視されるのは、こういった観点での事なのですね」
「あはは……私は戦えませんから、何も言うことできないです。助けてくれてありがとうございます」
しかし、噂をすれば影。否、本当に影が刺したかの如く───真っ黒な人影が、またしても道の中央に姿を見せた。
警戒して足を止める二人だが、その様子を視界にとらえた影は、即座に地面を蹴り急接近を図る。
深黒に近く表情すら伺えない姿であったが、その背には翼と、そして尾が伸びている。
「竜種の……サーヴァント……!」
ユニが咄嗟に形容を試みるが、その言葉に意味はない。ただ敵は速く、強く、それに二人が対応しきれなかっただけ。だが───
その影のサーヴァントが放った一撃を、咄嗟に構えた腕で稔が受け止めた。
「……へ?」
「大丈夫ですか!」
「結構ビリビリくるけど、なんとか!」
サーヴァントの攻撃だ、素手で止められるはずがない。何かがおかしいというのは、多少知識があれば分かることだった。
しかし考察の暇すら許さないと言わんばかりに、サーヴァントは翼を広げて高空へと飛び立つ。高度を稼いでの急襲、位置エネルギーを利用した攻撃となれば、先のようにはいかないだろう。
だが、迎撃できる材料は稔にはない。ユニは魔術の準備をしているが、高速で動く物体を狙って放つのは初めての経験であった。
そうこうしている内に敵は旋回を終え、此方に狙いを定めて降下を始めている。翼が空気を裂く音が、二人の鼓動と共鳴して響くように感じられた。
が、そのサーヴァントが丁度、周囲のビル群より低い高度まで下がったかと言うところで、廃墟から飛び出した何かがその横合いを殴り付けた。影は勢いを失って落下し、飛び出した何かは反対側のビルの壁を蹴って速度を殺し着地。
そしてもう一つ、影の墜落した位置に魔術らしき攻撃を飛ばした人物。
「決まりましたなー……大丈夫?お二人さん、怪我はありません?」
「ナイス撃墜だったぜナミみん!おかげで一丁上がりっと」
茶髪の少女と、赤毛の少女。
星の如く現れた二人に、稔とユニは顔を見合わせた。
─────
「なーる。大体把握した」
「サーヴァント倒せ、なんて無茶言い張りますわ。やれは……するみたいですけども」
翼のサーヴァントを撃墜し、そのまま消滅に至らせた二人。茶髪の少女はヨナミと名乗ったが、赤毛の少女は此方に来てから記憶喪失との事で、名前を思い出せないようだった。
「しっかしまあ、不思議な事もあるもんですわ。あんまりそんな感じもせえへんけど、相当出力が上がってるのは事実みたいですし」
「最初に魔術を使用していたときも、恐らく相当に威力が上がっていたものと考えられます。これは……」
「んー……ウチはわかんねーな。何せ記憶ないし!ガハハ!」
サーヴァントを倒せた、という現象に関して話し合う3人の横で、稔は一人俯いていた。
戦う力がない、という負い目もあったが、それ以上に、彼女たちを見て思い出す事があったからに他ならない。
掌を握り、また開く。そこに杖の感覚はない。
それが今の稔には、たまらなく懐かしく───
「ねえ」
「私の手を取って」
「そうしたら───」
声のする方へ振り向く。
そこには何もなく。
遠い日の記憶が、風に乗って現れただけ。
そんな事を、稔は想っていた。
[END]
[+]三幕
少女二人と、影のサーヴァント。
影のサーヴァントは堅牢に、されど決して遅くはない動きで、重い斬撃を放ち続ける。
少女のうちの片方は、サーヴァントと同様に長剣を持ちながら、しかしそれよりも軽やかに、舞うように剣をぶつけ合う。
そしてもう一人の少女は、鎌と呼ばれるような長柄の武器を、剣戟の合間を縫うように振るう。
4人が到着したのは、決着が付いた後であった。
膝を付いて消えていく黒いサーヴァントと、得物を構えたままそれを見つめる二人。ローリエ、ラビリと名乗る彼女らと合流した一行は、合計で3騎のサーヴァントを撃破したという情報を共有したのだが、ここで一つの疑問が湧いて出る。
具体的に何騎のサーヴァントを倒す必要があるのか、和服の女から聞き出せていないままだった。
そんな折。
「クックククク……女がひい、ふう、みい……たくさんいやがりますねぇ……!」
気味の悪い喋りと共に現れたのは、またもや女。その肌はやけに白……というよりも血色が悪い域に足を突っ込んでいるように見えるが、それ以上に背から伸びる枯れ木のような翼肢が異様さを際立たせている。
それを伺う6人は、揃って怪訝な視線を向ける。
「ああそうだ、挨拶がまだでしたねえ。
ワタクシはニホンジン鏖殺を志す者デス!クラスはフォーリナー……否!こう名乗りましょう!
物部天獄と!」
そう、堂々と真名を名乗った女は、目を爛々と輝かせて一同を品定めするかの如く凝視する。
「……ええと……」
「稔ちゃんは下がっとき。ウチも危ないけども」
「6対1でしょ、なんとかするよ。なんならお姉さんに任せてくれてもいいよ?」
「リエぴょん1人にいいカッコはさせらんないわ」
「ニホンジンはぁ〜……ひぃ、ふぅ……2人しかいやがらねえじゃないですか!」
「ええ、ですからここは……」
「まあ何人居ようが死体にしちまえば同じことですねえ!ここで死ね!ニホンジンから死ねーッ!」
宛らジャッカルのような跳躍……かと思いきや、そこまでのものではなかった。
「なんなのこの人!」
「お下がりください。ここは……」
向かい来るフォーリナーに対し、最初に攻撃を放ったのはユニ。
最初に見たものとは大きさも圧力も違うものの、どうにも怖気立つ気配の魔力球が2つ、フォーリナーに向かって放たれる。それを……
「のあああああ……!危ねえです!しかしこれしき……ぎゃわ!?」
すんでのところで回避したフォーリナーの背後にはローリエ。転びかけて下がったその頭上を、黒鉄の刃が駆け抜ける。
一閃に驚き振り返った彼女の頬に突きつけられたのは、ラビリの鎌の刃先。
「余所見は危ないですよ」
「……ゴメンナサイ」
「いや、ホントに何も知らないんです……だけど合わせて7人だから、全員倒せば聖杯は私のものだーとか思っちゃいまして……ほんの出来心だったんです、ハイ」
「出来心で日本人の鏖殺を?」
「それは生前からでもうどうしようもなくて……」
「けったいな生まれやな……どんな苦労したんか知らんけど、まあそういうのはここまでにしといて」
「憐れんでんじゃねえですよクソガキ!」
「同情したウチが間違ってましたわ」
一向の眼前に正座させられるフォーリナー……物部天獄。
ただの人間複数名すらどうにもできない屈辱と、しかしそれが事実であるという状況を奇怪に思うのは、何も彼女のみではない。
「しかしこれで4騎目。単にサーヴァントとして弱っている、というだけではないですよね」
「すごい出力が落ちてるなって感覚はありますとも。しかしそれだけでニンゲンに負けるとは……!」
かねてからの疑問は、事態が進むごとに膨らんでいくばかり。人がなぜサーヴァントと渡り合えるのか、あと何回、これが続くのか。
各々が頭を抱える中で、1人、どこか違う空を見る。
……自分はこれから先も、見ているだけなのか。繰り返される戦いは、稔の中で失った力への憧憬を強くさせる。
「……大丈夫だよ」
「私を、選んで」
失われたはずの声が木霊する。
視界の端に、小さな影が見えた。
[END]
[+]四幕
4騎目のサーヴァントを降伏させ、やや疲れが見え始めていた一行。特に、どこまでやればこの戦いが終わるのか、という話題で持ちきりであり、そしてその話が出る度に、赤い髪の少女とラビリは微妙に言葉を濁していた。
「そーいやさー。みんなは願いとかあるん?ウチはないけど。記憶ないし」
「わざとらし過ぎて色々怪しいですよ。私も……無いですが」
願いがない、と言った2人に対し、口を噤む稔、ユニ、除波、ローリエ。
「まぁ、無いことも無いです。けど、こんなところで叶う願いちゃいますやん、なんて思うわけで」
「マジメちゃんだ。いいねーそういうの。私のは……言えないなぁ、あはは。それに……」
「?どうされましたか、ローリエ様」
「いやいや、私の夢は&ruby(・・・・・・){叶わなかった}んだろうなあ、ってね」
「……まだ、分かりませんよ?」
「分かるよ。それに、それでいいかなって、今ちょっと思ってる」
「叶わない方が、いい願い」
「私のはね、そういうものだったってだけ。ミノリちゃん、だったよね。何も願うことが間違いってわけじゃない。ただ、やっぱやめにしよ、って事があってもいいってだけで」
きっと、2、3歳早く生まれただけなはずの&ruby(ローリエ){彼女}が、ずっとずっと長く生きて、色んなものを見てきたような顔をして話す様子を、稔は閉口して聞いている。
「だからまあ、例えばかつて何かを願っていても。その願いを捨てたら、何かを裏切る事になる、とかは……考えなくていいんだって、私は思うよ」
そう語る彼女の目線は、誰を見るでもなく、ただどこか、遠い過去を見つめるようだった。
その言葉に少女たちは騒ぐでもなく、或いは何かを返すでもなく、各々の裡に潜めるものに想いを馳せるように、沈黙が流れた。
「おやおや、お悩みみたいですね?」
突如、気配のしない方向からの声に一行が同時に振り返る。そこに居たのは、最初の和服の女性だった。
だが、どうにも装飾が増えており、その姿は天女とも呼べそうな様相を呈している。
「幽霊見るみたいな顔。いいじゃないですか。今回はみなさんの疑問の解決と、此処から先のサポートに来たわけですから、そんなに邪険にしないでくださいよ」
そういう女の顔は、稔が最初に見た時の、どこか底知れない微笑みのまま。その表情に、どこかいい知れぬ不安を覚える。だが、そんな予感とは裏腹に、女は淡々と疑問に対しての解答を並べていく。
この空間にいるサーヴァントは合計7騎。女はサーヴァントとしては敗退済みで、こうして姿を見せているのは現状のシステムと結びついた運営用の端末部分。そして少女たちがサーヴァントと渡り合う戦闘能力を担保した、その方法。
影のサーヴァントと少女たちを契約関係に置きながら、魔力のパスのバランスを崩す事で人間側の出力を増大させる……という、無茶としか言えない方法で、彼女は今回のルールを成立させていた。
「……うげ……」
「んなけったいな……」
眉を顰めるローリエと除波。それをよそに、稔はやはり違和感を拭えないでいる。
ユニちゃんの魔術は強力だった。
ヨナミちゃんと、赤い髪の子もサーヴァントを倒すだけのパワーがあって。
ローリエ……さん、も、ラビリ……さん?も、あっという間に黒いサーヴァントを倒していた。
自分だけが、戦えない。
「とはいえ、そんな無茶も私一人では流石にできませんで。居るんですよねー、きょう⭐︎りょく⭐︎しゃ⭐︎」
空気が凍る。
彼女以外に、人の願いを叶えられるだけの状況を作り出す、そんな仕組みに干渉できる存在が居る、というのは、想像はしたくない事だった。
「……オリちゃんさー……その話しなきゃダメか?」
「そうですね。タイミング最悪ですよ」
「いや、もう尺がなくって……」
「あー……赫いキミと、ラビリちゃんか。やっぱ2人だよね」
「ローリエさんにはバレますか。流石、マスターやっただけはありますね」
「そうだね。残る3騎中2騎がウチら。サーヴァント、キャスターと」
「サーヴァント、アルターエゴ。ラビリ改め、インレと申します」
「……インレ……」
稔は、本当に偶然、その名前に覚えがあった。
ある児童文学、それも人間の出てこないような動物たちの話に出てくる、死を司る動物の神。月夜を象徴する黒い兎。その名前。
……神霊級。かつて共に戦ったうちの1人のクラスカードにも神霊に連なるサーヴァントが居たという記憶はあるが、実物を見た事は流石にない。
「ローリエさん、だいぶ惚けた顔してはりますけど、大丈夫です?」
「えーっ……と……」
「……1973年出版の本の話ですから。もしかしたら……」
「なるほどね、合点がいった」
サーヴァントだった2人を抜きにしたユニ、稔、除波、ローリエのうち、ローリエだけがやや雰囲気の浮いた服を纏って、更に長剣を振っていた。
その事から稔はもしや、とは思っていたが、その予想も当たってはいた様である。彼女は、1人だけやや離れた時代からここに呼ばれている。
「私としては、皆さんの望みが無いのであれば……戦う理由はありません。このまま、全員を無事に帰すことも選択肢にはあります」
「インレちゃんはそっち側か。オリちゃんもそうだよね……ただ、ウチはそうでもないんだな」
赤い髪の彼女は、そう言って前に踏み出す。
その足取りが一歩進む度、放たれる圧は増していく。
「じゃ、自己紹介といこうか。
サーヴァント、キャスター。天空に輝く者にして、血を求める戦神。第五の太陽───ナナワトル。改め、トナティウ。
稔ちゃん、キミの願いを叶えに来たよ」
[END]
[+]五幕
「私の、願い」
「そ。まあ厳密には、『キミの願いを叶えようとした誰かのオーダー』だけど。ま、そういう事だからさ……やろっか?」
「やるって、何を」
「やだなぁ。戦神って名乗りはしたじゃない。まさしく出血大サービスってやつだね」
黒く、歪な突起が無数に並ぶ独特な得物。
中南米の地域にそんなものがあると小耳に挟んだ事はあったが、実物が目の前に現れるとは露にも思っていなかった。
それが自らに向けられようとしているなんて、言うまでもない事で。
「無茶苦茶ではありませんか」
「そもそも、ウチらの願いを叶えるって話でしたやん。それがどうして稔ちゃんだけ……」
「それはそもそも、私が後からここに来たってだけの事ですから」
「ま、やれって言われてやれるなら、そんな風には悩まないよね〜」
「……すみません」
「謝る事でもないっしょ。ただまー……そういうことだからさー。いい加減出てきたら?」
「ここは最初、稔ちゃんの願いだけを叶え続けるべく用意された場所……だったんですよ」
「……稔ちゃんの願い、だけ」
「それを見つけた私が、開いてた枠に皆さんを放り込んで、一気に願いを叶えちゃおー!っと、ビフォーアフターを施して今があるわけですが」
「余計ややこしい事になっちゃったわけだ」
「そこはまあ、私が元々ややこしいのでご愛嬌ってことで」
「……そっか。ずっと、そこに居たんだ」
暗澹を纏う人影。靄に覆われた何かが、そこに立っている。
渦巻く黒煙がベールを脱ぐかの如く払われ、その下にある素顔が顕になる。その顔は、稔の知るものであり……長く長く、記憶の底に仕舞われていたもの。
「久しぶりだね、稔」
「……バーサーカー」
彼女の持っていたクラスカード。この世界でも見た、影のサーヴァントと戦うために彼女が振るった、シャドウステッキ……その中核。
『魔法少女』としてあった頃の稔の、相方。
「ちょっと強引だったかもしれないけど。こうして……また、会えた」
稔は言葉を返さない。
この再会は、その意味するものは、稔にとっては喜ぶべきものではあるが、それ以上に危惧するべきものでもあった。
バーサーカーの声を最初に聞いた時から、ずっと、何かが自分の中で蟠っている。
「……バーサーカー、なんだよね」
「そうだよ。私の顔……忘れちゃった?」
忘れるはずはない。だからこそ。
「どうして、こんな事を」
「……それはね、稔と」
「私が……」
「あの日みたいに、また……出来たらって」
「それが、稔ちゃんの願いなん?」
「さあね。ウチはそうだって聞いただけだから。けれど……少なくともあの子は、そう思ってるって事じゃん?」
「意思が100%通じてるとは、思えませんけどね」
「あの日、みたいにって」
「稔。今……楽しい?」
閉口。
鮮烈に瞬くかのような日々が過ぎ去り、普通の学生としての日常を送る。それ自体が悪いわけではない。当たり前の時間を、当たり前に過ごせる幸福を否定するほど、稔は刺激を求めてはいない。
それでも、自分の今を見つめる度に、あの日々ほど充実はしていないと、そう感じてしまっている。
ならば、この彼女は。
「ね。もう一度、一緒に」
「……ふふ。やっぱり、それは出来ないよ。バーサーカー……いや」
「稔様が話している、あの方は……」
「7騎目の……いや、最初のサーヴァントだよ。ウチを呼び寄せた、みのりっちのためだけのね」
「最初、ここに来た時はわかりませんでしたけど。こうしてここのシステムと一体化してみて分かることもあります。ここは、ずっと……同じ事を続けるために、作られていた」
「あなたは、誰?」
「稔……?」
「まだとぼける、なんて……ゲームでも中々言わないか。けどさ、バーサーカーは、私のバーサーカーはね、そんな風に私のことを誘ったりはしなかったよ」
『バーサーカー』の言葉が止まる。
稔の覚えていた違和感の正体は、つまるところ彼女がバーサーカーであるか否かという、その一点に尽きていた。
「自分からは何も言わない。ただ、私が求めたら、それにはちゃんと応えてくれる。そんな人だった。だから、あなたは……
バーサーカーでは、ないよね」
「顔も、声も、貴女を知る事も。全部が同じで。それでもバーサーカーではないのなら……私は、誰だと言うの?」
「そこまでは分からないけど。でもね、あなたが……私から、私の心から生まれたって事くらいは、わかるよ」
「……ちょっと待て、どういうことだ?」
「そこな天女さん。探偵役とか出来そうじゃないですか。お願いします」
「インレさんすごい無茶振りするじゃないですか。そーですねぇ。
ここが稔ちゃんのための空間だった、って話はしました。彼女、どうやら魔法少女やってたみたいなんですよ」
「マホーショージョ」
「マジにおるん、そんなん……魔女が居るんやったら魔法少女もあるか。あるかぁ……?」
「だからね、貴女は私だよ。特段、昔が懐かしかった私。違うかな」
「……そうか。そこまで分かってちゃしょうがないか。けどさ……」
『バーサーカー』の外見をしていたソレの姿が変わる。背丈は縮み、髪は紫に変化して。稔にとっては最も馴染み深い、幼い日の、葡萄藤稔。
「それでも、この手を取らないの?また、あの日々に戻らない?」
「うん。私は戻らない。私だけ戻ったって、そこには誰もいないから」
「こんなに、あの頃ばかりを想っているのに?」
「私が欲しいのは、あの日と同じものじゃない。みんなと過ごした、あの時間は……どんなに時計の針を巻いても、もう戻っては来ない。それぞれに今があって、私にも今がある。だから、いいんだ。手に入らないものに焦がれてただけなんだよ」
「彼女と縁を結んだサーヴァント『バーサーカー』は、その実、狂気ではなく不定さ、不安定さを持った存在、だったそうです」
「不安定さ、ですか。しかし、そのようなものがサーヴァントに……」
「まあ、私もここに至るまで知らなかった事ですが。今彼女の目の前に居るのも、そういうクラスのサーヴァントです。そのクラスの中でも一際不定で、眼にする人によって姿は大きく変わるもの。けれど方向性は定まっていて……」
「カタチはなく、方向性だけが決まってる?ほぼ現象って事ですの?そしたら、どこにだって出て来られてしまいますやん」
「ええ。無論そう滅多に出てくるモノでは無いと思います。だからこそそういうモノとの縁がある稔ちゃんが起点になった。彼女の抱える過去への慕情が、あのサーヴァントを呼んだのでしょうね。
だから、あのサーヴァントに名前があるのなら、例えば……ノスタルジア、とか。そういうのになるんじゃないですか」
「……そう、なら。ここで、お別れだ」
「そっか。……元気でね」
「おかしな事を。君の想いを、勝手に使っただけだ」
幼い稔の姿をしたソレは、もはや稔らしい素振りすら見せない。ただ1人背を向けて、誰も居ない大通りを歩いてゆく。
「せいぜい、未来を生きるといいよ」
「あなたのことも、思い出すから」
「……そうかい」
夕陽に揺らぐ陽炎のように。
思い出の鏡像は薄らいで、遠く闇に消えていった。
[END]
[+]終幕
「それでは4名様全員、元の場所に帰還を希望ということで良かったですか?」
「お願いします」
「私も、同じように」
「やなー。流石にやり残してきた事いっぱいあるもん」
「こっちに心残りがないかって言われると、ソレはソレで嘘になるけどねえ」
少女たちの喧騒が終わりを告げる。
お互いにどこの誰とも知らない間柄、それも短い時間でこそあったが、だからこそ彼女たちは、お互いに言いたい事を言い合えていた。
「稔ちゃん、魔法少女だったんやってねえ。凄いわ。でもな、ウチも魔女目指してん」
「魔女、ですか。聞いたことはありますけど、具体的には……」
「具体的には?それはまあこう……フワッと跳んで、グワってパワーで、バン!って感じで……?」
「……私、具体的って言葉の意味間違えて覚えてたかもしれません」
「……少し、思っていたのですが」
「んー?」
「ローリエ様はどこか……私の主様に似ている気がしまして」
「へぇ〜?どんな子?」
「自分のことは二の次にしがちなところがあって、目標のためなら、どこまでも進んでいってしまいそうな……そんな人です」
「遠回しにディスられた!?」
「あ、いえ、そんなところが……誰かのためを思って、そこまでできるのが素敵な人なんです」
「そっか。私に似たその子もだいぶ危なっかしいじゃん。……しっかり、支えてあげてね」
「!……はい。ローリエ様もどうか、お元気で」
「うんうん。私も、もうちょっと長生きしてみるよ。孫の顔も、曾孫の顔も見てみたくなった」
「それは……ふふ、随分長く生きねばなりませんね」
ふと空を見上げる。
この空間に来た時は燃えるような色だった空が、今や深海のような青が広がる。
そして、そこに────
「星……」
「天の川……七夕でしたね、本日は」
「ミルキーウェイか。タナバタ、ってのは、何か素敵なお祭りなのかな?」
「素敵っちゅうにはちょっとささやかやけど。各々、願いを書いて笹に吊るす。そういうイベントがありますね。日本には」
夜空を白銀に染めるかのような、星々の大河。七月七日の日付の事を、少女たちに思い起こさせる。
「とはいえ夜更かしは美容の大敵ですから、皆さんそろそろご帰還してもらいますよー」
「なんや、せっかくいい雰囲気やん、忙しないわ」
「帰るって決めたんだから文句言わないでくださーい」
「あの、えっと……」
稔が口を開きかけて、そして止まる。
天女姿の女性が口元に指を当て、続く言の葉を遮った。
「七夕の日に一人でいる女は、棚機の姫&ruby(・・・・・・・){ではありません}よ。ましてや、誰の夢も叶ってない。なので!ええ、ちょっとだけ綺麗な星の夢を見たと思って。
皆様の願いが、どうか素敵なものでありますように。私からは───ま、そんなところですね。それじゃ!」
彼女が両手を勢いよく合わせる。
やけに響く快音と共に、少女たちの意識は暗転した。
───……様。ローリエ様。
「おや。寝てしまっていたかな。どの辺だい?」
「次の駅です。お疲れならば、今日の予定は」
「いやいや。このくらいは大丈夫だよ。
好き勝手やってくれた父親の後始末くらいは、綺麗に終わらせないと……おちおち孫の顔も見られないだろう?」
与えられるはずの無かった安寧。
「……ユニちゃん?お疲れ?」
「おや。私、お嬢様の前で居眠りを……?」
「朝5時から起きて、今まだ7時だからね。偶にはゆっくり過ごすのもいいんじゃない?」
「お嬢様は?」
「私は……んー……」
「ご予定、ありますよね?」
「……無いよ。休もう」
「それでは、ご一緒させて頂きます」
かつて、共に過ごせなかった時。
「なんや慌ただしいですやん?みんな変な紙切れ持って……食券にしては大きいですけど、大挙してお茶会でも開かれますんやろか」
ふと見た机の上には、学友たちの手元にあるものとは違う紙。
長方形に切られた色紙が、1枚だけ。何も書かれずに置いてある。
「これだけあっても、ねぇ。笹がありませんやん、ここスウェーデンですし。ま、モミの木にでも吊るしときますか」
不正解だと、分かりきった選択肢。
「……バーサーカー」
ふと、空に呼びかける。
中身のない小瓶が、窓から入り込む光を反射して煌めいていた。
───違う。この瓶には今でも、思い出が詰まってる。
「そうだね。待ってても、誰も来てくれない」
携帯と小瓶を鞄に詰めて扉を開ける。
長らく連絡も取っていないけれど、誰か1人くらいは会えるだろうかと、普段はしない期待を胸に、街を進む足取りは軽く。
ずっと、そこにあった思い出と共に。
少女たちは願わない。ただ思い出と、ささやかな希望を抱いて、それぞれの日常へ戻ってゆく。
奇妙な星の夜の出来事も、忘れられない思い出に付け足して。
[END]
[+]
「オリちゃんさぁ、アレはあんまりだぜ」
「照れですか。そんなに織姫って呼ばれるのが怖かったんですか」
「あーもーうるさいですね!七夕の夜に彦星と居ない織姫とか見たらゲンメツさせちゃうじゃないですか!」
少女たちが去った、星天の廃都。
残されたサーヴァント4騎が揃って、ビルの屋上で空を見上げている。
「居ないもんはしゃーないでしょーに。織姫様ってやつも案外気が小さいんですねえ?」
「どこの神か知らないけども神性をバックに付けてるからって教祖風情が偉そうに……私の正体聞いたらビビりますよ!?ええ!?」
「ああじゃあ言ってみやがれよ駆け落ち天女サマがよぉ!呪符付けて返してやらあ!」
「何であの2人酒も飲まないうちからあんななん」
「さぁ。両方とも神性付きなのは間違いないんですけどね」
「マジ?フォーリナーな天っピはまだしもオリちゃんも?あーいや……天帝の娘?なんだっけ?」
「それもあるとは思いますけど、そもそも」
「はぁぁぁ!?織姫じゃない!?プリテンダー!?」
「声デッッカ!もうちょっと抑えてくださいよ乙女の秘密ですよ!」
「やー黙ってられませんわ。もうこれから先出会う人全てに言いふらすレベルの衝撃ですよコレ。そこのトナティウ殿とインレ殿は聞いておられましたー!?この織姫様ってぇー!」
「聞いてたー!マジビックリだよねー!」
「クソっどいつもこいつも声抑えようともしない!……インレさんその瓶とグラスはどこから?」
「お注ぎしますよ」
「え?あ、はい……あらお上手、どこでこんな……」
「経験が違いますからね。ほらトナティウさんもどうぞどうぞ」
「サンキュー。おー、なんか分からんけどいいものっぽいのは分かる」
「私は?私にはないのか?」
「はいはい、天獄さんも待っててくださいね」
「酒が遅いぞー!どうなってんですかー!」
「シンプルにクソ客!」
中身のない喧騒が、星空を賑わせる。
神々の───願われる者たちの七夕は、もう少しばかり続くのだった。
────────────
⭐︎:人間
★:サーヴァント
⭐︎[[葡萄藤稔]]:[[魔法少女プリズマ外伝 シャドウ★プリズム -Eins! & Zwei!!-]]から。
魔法少女を終えてから数年が経ち、その頃交流があった少女たちとはパッタリと連絡が途絶えている。
現状に不満はないものの、魔法少女として過ごしたあの頃の思い出に囚われていた。
⭐︎[[ユニ・フィデル・ド・ヴァロワ=ネーベンヴェーク]]:[[特定個人視点での函館のその後の話>再三 - case.i]]から。
虚数属性使いのメイド。現在時計塔全体基礎科に所属。
橘花が家族の一件で荒れに荒れていた時期、側に居られなかった事を相当に気にしている。
⭐︎[[道添除波]]:[[綺羅星の園]]から。
入塾したてのニュービー。魔術の才能はあるものの、魔術の知識は全くない。
挫折しかけた自分の夢と、自分が持ち得た才能の意味の間で揺れ動く。
※トナティウが付けたあだ名は「ナミみん」。
⭐︎[[ローリエ・ブラットヴェーク]]:[[維納聖杯万博]]から。
秘密結社『帝国主義者』首魁の娘にして、全身魔眼化という特異体質の持ち主。
自らの生まれを快く思っておらず、それに由来する破滅願望の持ち主だった。第一ルートでは実際に、派手に暴れた末に死亡。
※トナティウが付けたあだ名は「リエぴょん」。
★[[物部天獄]]:[[監獄聖杯戦争]]から。
クラス:フォーリナー。20世紀の日本に存在したという、ある宗教教祖。
日本人殲滅は素で言っている。今回は囲んで叩かれた事であっさり止まったが、本来人間1人程度であればあっさり動きを止める手練手管がある、らしい。
※トナティウが付けたあだ名は「天っピ」。
★[[トナティウ]]:[[THE_SUMMER_HAS_BEGUN〜熱砂の激闘〜]]では、[[セイバー霊基>ナナワトル〔セイバー〕]]で登場。
クラス:キャスター。アステカ神話に語られる、最後の太陽神。
人の事を基本あだ名で呼ぶが、真面目な際はちゃんと名前で呼ぶ。が、あまり長続きはしなかった。
★[[インレ>ラビリ]]:[[Extellaっぽいまとめ]]から。
クラス:アルターエゴ。月面ではビーストクラスから弱体化した状態で現界していたため、今回はその時とはやや性質が変わっている。
見た目は幼い子どもだが、実態は死と月とうさぎの神。
★[[織姫]]:[[出雲/泥モザイク市>「出雲」]]、[[デスゲーム企画]]から。
クラス:プリテンダー。実態は神霊「天探女」が織姫の側を被ったもの。
七夕なので出てきたが、100%の織姫ではないので彦星は連れてきていない。その片手落ち感に気付いたのは計画を動かし始めてからだった。
※トナティウが付けたあだ名は「オリちゃん」。
★[[ノスタルジア>仮称:未知恐怖症]]:初出。
クラス:アンノウン/ロスト。人が抱く恐怖の形。過去に見た「恐ろしいもの」から未知の恐怖を作り上げ、同時に過去に見た安らぎへの回帰衝動を植え付けるもの。
稔の過去への憧憬と、彼女のかつてのクラスカード、バーサーカー/アンノウンとの縁を土台にして出現。彼女1人を取り込む形で隔離空間を作り上げた。が、偶然7/7が近かったために織姫に目を付けられた。
[END]
喪われた悲しみにすら寄り添えなかったもの。
どちらを選んでもきっと間違えるもの。
ずっと、そこにあると思っていたもの。
時計の針を巻き戻しても、傷が癒えることは無く。
思い出が、望みに羽化することはない。
[+]一幕
そこは少女にとって未知だった。
否、少女以外の誰にとっても、恐らく未知と言っていいだろうロケーションが広がっていた。
それでいてそこは、ほぼほぼ街中であるだろう事は、現代人として生活していた少女には推察の行く事だった。
あり得ざるほどに朽ち、ただ構造物として建つだけのコンクリート群。それらが荒廃しながら並び立ち、そしてそれらの間には谷間の如く平面が続く。その中央に立って少女は、まあ道なのだろうなとの推察に至る。
未知の道、というわけだ。
「何、今のモノローグ……」
少女は経験則からして、その場から動く事を嫌った。
周囲に人影は無い。生命体の気配もない。ただしそこそこに開けたその位置で、下手に動けば一方的に捕捉される可能性は否定できない。
だが、建造物群の朽ち様からして、下手に触って崩れようものならば回避する手段も無い。ならば、道の真ん中で&ruby(・・・){じつと}事の起こりを待つしかないのか。
……
さて、1分か、5分か、はてさて10分か待って、何一つ起こらない事を確認した少女は、(或いはしびれを切らした、というべきか)ゆっくりと歩みを進め始めた。
とはいえここがどこかも、意味のある空間なのかすら釈然としない。その足取りは、自信の見られないものであるのは確かだった。
────が、彼女の堪えられなかった事を見透かしたかの様に、同じく道の中央にソレは立っていた。
……それは、見るからに着物を纏った人間の、それもアジア系の顔立ちの女性だった。
第一村人発見、といえる状況ではない。この様なシチュエーションでこの遭遇相手の素性として考えられるのは、同じ様に迷い込んだ人物か、或いは自分をここに追い込んだ黒幕かの2択である。後者の可能性を考えれば、目視した時点で距離を取るべきなのは明白だった。
だが、隠れようにも遮蔽物がない。足音を立てる事すらリスクになり得ると思うと、少女はその場に、ゆっくりとしゃがむ以上のことはできなかった、そして。
「……ええ、ええ。いい洞察力ですね。その警戒は、して然るべきものですよ。&ruby(・・・・){稔ちゃん}」
振り向きざま、和服の女はそう言った。
名前を見透かされていた事、こちらの警戒すら想定済みのような発言。間違いなく後者側だと、稔……と呼ばれた少女は判断した。
「そんな稔ちゃんに免じて……あと説明役とか配置できなかったので……説明してあげましょう。
この空間には合計7騎、私の他に6騎という事になりますが……サーヴァントが配置されています。それらを全て倒して、願いを叶えましょう、というのが貴女に与えられた課題であり、プレゼントでもあるんですよ」
稔は耳を疑った。
葡萄藤稔は普通の女子高生である。かつてちょっとその名前を聞いたことがある程度で、何かと戦うなどとんでもないことだった。
そんな女子高生に対して、この女は生身でサーヴァントを殴り倒せと言い放ったのである。勘弁してほしかった。
だが、更に勘弁して欲しい物体(?)が、稔の視界には現れていた。ソレがなんなのか、これから何を起こすのか、全く分からなかった。
が、しかしソレは確かに、1人で言いたい放題言ってくれるその女のやや後方上空に陣取って、禍々しい気配を放っていた。そして───
急加速したかと思うと、女目掛けて落下し、その場の地面ごと派手に抉り取った。
「不意打ちとなってしまい申し訳ありません。つまり……あなた方を倒せばここから帰る事ができる、という認識でよろしかったでしょうか」
謎の光球が作り出したクレーター……の更に奥から、もう1人女性が姿を現した。
黒いロングドレスの上から白いエプロンを重ねたような服装。ヘッドドレスを着用しており、所謂メイドを思わせる外見。
「だからって……ワンパンで片付けるとかありますか?私そこまで悪い事しました?」
「拉致・誘拐は充分罪に問えるかと思いますが」
どうやら先の一撃は彼女の放ったもので、その一撃で和服の女は戦闘不能に追い込まれたらしい。その身体からは、黄金色の光が空に登るように放出されている。
「それに、貴女がサーヴァントだという話も疑わしいものです。先の魔術は確かに私の放てる一番威力の高いものだとは思いますが、&ruby(ゴーストライナー){境界記録帯}に回避を許さず当てられるのものとは、到底」
「まー……そこも含めて、今回の特設ルールですから。精々……気張ってください……スゥー……」
わざとらしいセリフを残し、和服の女は消えた。後に残されたのは女子高生とメイド。
稔は分からなかった。突然現実に現れたメイド然とした人物に助けられた時、どんな声を掛ければいいのか。
結局のところメイド───ユニと名乗った彼女───から無事を問われ、流れるままに礼を言った稔の心は、しかし此処に在らずといった風で。
ただ、また&ruby(サーヴァント){彼ら}と戦う事になるのかと、その事で一杯になっていた。
[END]
[+]二幕
謎の世界でメイド姿の少女ユニと出会った女子高生、稔。「サーヴァントと戦い、願いを叶えろ」と言い放たれた彼女らは、9割の疑心と、実際にサーヴァントを倒してしまったという状況証拠1割を胸に、次なるサーヴァントを探し回っていた。
とはいえ、生身の人間2人でサーヴァントの相手が務まるはずがない。何かカラクリがあるはずだ、とは思いつつ、しかしそこへ至る手がかりは先にユニが消滅させてしまっていた。
「誠に申し訳ありません。生け捕りが戦略上重視されるのは、こういった観点での事なのですね」
「あはは……私は戦えませんから、何も言うことできないです。助けてくれてありがとうございます」
しかし、噂をすれば影。否、本当に影が刺したかの如く───真っ黒な人影が、またしても道の中央に姿を見せた。
警戒して足を止める二人だが、その様子を視界にとらえた影は、即座に地面を蹴り急接近を図る。
深黒に近く表情すら伺えない姿であったが、その背には翼と、そして尾が伸びている。
「竜種の……サーヴァント……!」
ユニが咄嗟に形容を試みるが、その言葉に意味はない。ただ敵は速く、強く、それに二人が対応しきれなかっただけ。だが───
その影のサーヴァントが放った一撃を、咄嗟に構えた腕で稔が受け止めた。
「……へ?」
「大丈夫ですか!」
「結構ビリビリくるけど、なんとか!」
サーヴァントの攻撃だ、素手で止められるはずがない。何かがおかしいというのは、多少知識があれば分かることだった。
しかし考察の暇すら許さないと言わんばかりに、サーヴァントは翼を広げて高空へと飛び立つ。高度を稼いでの急襲、位置エネルギーを利用した攻撃となれば、先のようにはいかないだろう。
だが、迎撃できる材料は稔にはない。ユニは魔術の準備をしているが、高速で動く物体を狙って放つのは初めての経験であった。
そうこうしている内に敵は旋回を終え、此方に狙いを定めて降下を始めている。翼が空気を裂く音が、二人の鼓動と共鳴して響くように感じられた。
が、そのサーヴァントが丁度、周囲のビル群より低い高度まで下がったかと言うところで、廃墟から飛び出した何かがその横合いを殴り付けた。影は勢いを失って落下し、飛び出した何かは反対側のビルの壁を蹴って速度を殺し着地。
そしてもう一つ、影の墜落した位置に魔術らしき攻撃を飛ばした人物。
「決まりましたなー……大丈夫?お二人さん、怪我はありません?」
「ナイス撃墜だったぜナミみん!おかげで一丁上がりっと」
茶髪の少女と、赤毛の少女。
星の如く現れた二人に、稔とユニは顔を見合わせた。
─────
「なーる。大体把握した」
「サーヴァント倒せ、なんて無茶言い張りますわ。やれは……するみたいですけども」
翼のサーヴァントを撃墜し、そのまま消滅に至らせた二人。茶髪の少女はヨナミと名乗ったが、赤毛の少女は此方に来てから記憶喪失との事で、名前を思い出せないようだった。
「しっかしまあ、不思議な事もあるもんですわ。あんまりそんな感じもせえへんけど、相当出力が上がってるのは事実みたいですし」
「最初に魔術を使用していたときも、恐らく相当に威力が上がっていたものと考えられます。これは……」
「んー……ウチはわかんねーな。何せ記憶ないし!ガハハ!」
サーヴァントを倒せた、という現象に関して話し合う3人の横で、稔は一人俯いていた。
戦う力がない、という負い目もあったが、それ以上に、彼女たちを見て思い出す事があったからに他ならない。
掌を握り、また開く。そこに杖の感覚はない。
それが今の稔には、たまらなく懐かしく───
「ねえ」
「私の手を取って」
「そうしたら───」
声のする方へ振り向く。
そこには何もなく。
遠い日の記憶が、風に乗って現れただけ。
そんな事を、稔は想っていた。
[END]
[+]三幕
少女二人と、影のサーヴァント。
影のサーヴァントは堅牢に、されど決して遅くはない動きで、重い斬撃を放ち続ける。
少女のうちの片方は、サーヴァントと同様に長剣を持ちながら、しかしそれよりも軽やかに、舞うように剣をぶつけ合う。
そしてもう一人の少女は、鎌と呼ばれるような長柄の武器を、剣戟の合間を縫うように振るう。
4人が到着したのは、決着が付いた後であった。
膝を付いて消えていく黒いサーヴァントと、得物を構えたままそれを見つめる二人。ローリエ、ラビリと名乗る彼女らと合流した一行は、合計で3騎のサーヴァントを撃破したという情報を共有したのだが、ここで一つの疑問が湧いて出る。
具体的に何騎のサーヴァントを倒す必要があるのか、和服の女から聞き出せていないままだった。
そんな折。
「クックククク……女がひい、ふう、みい……たくさんいやがりますねぇ……!」
気味の悪い喋りと共に現れたのは、またもや女。その肌はやけに白……というよりも血色が悪い域に足を突っ込んでいるように見えるが、それ以上に背から伸びる枯れ木のような翼肢が異様さを際立たせている。
それを伺う6人は、揃って怪訝な視線を向ける。
「ああそうだ、挨拶がまだでしたねえ。
ワタクシはニホンジン鏖殺を志す者デス!クラスはフォーリナー……否!こう名乗りましょう!
物部天獄と!」
そう、堂々と真名を名乗った女は、目を爛々と輝かせて一同を品定めするかの如く凝視する。
「……ええと……」
「稔ちゃんは下がっとき。ウチも危ないけども」
「6対1でしょ、なんとかするよ。なんならお姉さんに任せてくれてもいいよ?」
「リエぴょん1人にいいカッコはさせらんないわ」
「ニホンジンはぁ〜……ひぃ、ふぅ……2人しかいやがらねえじゃないですか!」
「ええ、ですからここは……」
「まあ何人居ようが死体にしちまえば同じことですねえ!ここで死ね!ニホンジンから死ねーッ!」
宛らジャッカルのような跳躍……かと思いきや、そこまでのものではなかった。
「なんなのこの人!」
「お下がりください。ここは……」
向かい来るフォーリナーに対し、最初に攻撃を放ったのはユニ。
最初に見たものとは大きさも圧力も違うものの、どうにも怖気立つ気配の魔力球が2つ、フォーリナーに向かって放たれる。それを……
「のあああああ……!危ねえです!しかしこれしき……ぎゃわ!?」
すんでのところで回避したフォーリナーの背後にはローリエ。転びかけて下がったその頭上を、黒鉄の刃が駆け抜ける。
一閃に驚き振り返った彼女の頬に突きつけられたのは、ラビリの鎌の刃先。
「余所見は危ないですよ」
「……ゴメンナサイ」
「いや、ホントに何も知らないんです……だけど合わせて7人だから、全員倒せば聖杯は私のものだーとか思っちゃいまして……ほんの出来心だったんです、ハイ」
「出来心で日本人の鏖殺を?」
「それは生前からでもうどうしようもなくて……」
「けったいな生まれやな……どんな苦労したんか知らんけど、まあそういうのはここまでにしといて」
「憐れんでんじゃねえですよクソガキ!」
「同情したウチが間違ってましたわ」
一向の眼前に正座させられるフォーリナー……物部天獄。
ただの人間複数名すらどうにもできない屈辱と、しかしそれが事実であるという状況を奇怪に思うのは、何も彼女のみではない。
「しかしこれで4騎目。単にサーヴァントとして弱っている、というだけではないですよね」
「すごい出力が落ちてるなって感覚はありますとも。しかしそれだけでニンゲンに負けるとは……!」
かねてからの疑問は、事態が進むごとに膨らんでいくばかり。人がなぜサーヴァントと渡り合えるのか、あと何回、これが続くのか。
各々が頭を抱える中で、1人、どこか違う空を見る。
……自分はこれから先も、見ているだけなのか。繰り返される戦いは、稔の中で失った力への憧憬を強くさせる。
「……大丈夫だよ」
「私を、選んで」
失われたはずの声が木霊する。
視界の端に、小さな影が見えた。
[END]
[+]四幕
4騎目のサーヴァントを降伏させ、やや疲れが見え始めていた一行。特に、どこまでやればこの戦いが終わるのか、という話題で持ちきりであり、そしてその話が出る度に、赤い髪の少女とラビリは微妙に言葉を濁していた。
「そーいやさー。みんなは願いとかあるん?ウチはないけど。記憶ないし」
「わざとらし過ぎて色々怪しいですよ。私も……無いですが」
願いがない、と言った2人に対し、口を噤む稔、ユニ、除波、ローリエ。
「まぁ、無いことも無いです。けど、こんなところで叶う願いちゃいますやん、なんて思うわけで」
「マジメちゃんだ。いいねーそういうの。私のは……言えないなぁ、あはは。それに……」
「?どうされましたか、ローリエ様」
「いやいや、私の夢は&ruby(・・・・・・){叶わなかった}んだろうなあ、ってね」
「……まだ、分かりませんよ?」
「分かるよ。それに、それでいいかなって、今ちょっと思ってる」
「叶わない方が、いい願い」
「私のはね、そういうものだったってだけ。ミノリちゃん、だったよね。何も願うことが間違いってわけじゃない。ただ、やっぱやめにしよ、って事があってもいいってだけで」
きっと、2、3歳早く生まれただけなはずの&ruby(ローリエ){彼女}が、ずっとずっと長く生きて、色んなものを見てきたような顔をして話す様子を、稔は閉口して聞いている。
「だからまあ、例えばかつて何かを願っていても。その願いを捨てたら、何かを裏切る事になる、とかは……考えなくていいんだって、私は思うよ」
そう語る彼女の目線は、誰を見るでもなく、ただどこか、遠い過去を見つめるようだった。
その言葉に少女たちは騒ぐでもなく、或いは何かを返すでもなく、各々の裡に潜めるものに想いを馳せるように、沈黙が流れた。
「おやおや、お悩みみたいですね?」
突如、気配のしない方向からの声に一行が同時に振り返る。そこに居たのは、最初の和服の女性だった。
だが、どうにも装飾が増えており、その姿は天女とも呼べそうな様相を呈している。
「幽霊見るみたいな顔。いいじゃないですか。今回はみなさんの疑問の解決と、此処から先のサポートに来たわけですから、そんなに邪険にしないでくださいよ」
そういう女の顔は、稔が最初に見た時の、どこか底知れない微笑みのまま。その表情に、どこかいい知れぬ不安を覚える。だが、そんな予感とは裏腹に、女は淡々と疑問に対しての解答を並べていく。
この空間にいるサーヴァントは合計7騎。女はサーヴァントとしては敗退済みで、こうして姿を見せているのは現状のシステムと結びついた運営用の端末部分。そして少女たちがサーヴァントと渡り合う戦闘能力を担保した、その方法。
影のサーヴァントと少女たちを契約関係に置きながら、魔力のパスのバランスを崩す事で人間側の出力を増大させる……という、無茶としか言えない方法で、彼女は今回のルールを成立させていた。
「……うげ……」
「んなけったいな……」
眉を顰めるローリエと除波。それをよそに、稔はやはり違和感を拭えないでいる。
ユニちゃんの魔術は強力だった。
ヨナミちゃんと、赤い髪の子もサーヴァントを倒すだけのパワーがあって。
ローリエ……さん、も、ラビリ……さん?も、あっという間に黒いサーヴァントを倒していた。
自分だけが、戦えない。
「とはいえ、そんな無茶も私一人では流石にできませんで。居るんですよねー、きょう⭐︎りょく⭐︎しゃ⭐︎」
空気が凍る。
彼女以外に、人の願いを叶えられるだけの状況を作り出す、そんな仕組みに干渉できる存在が居る、というのは、想像はしたくない事だった。
「……オリちゃんさー……その話しなきゃダメか?」
「そうですね。タイミング最悪ですよ」
「いや、もう尺がなくって……」
「あー……赫いキミと、ラビリちゃんか。やっぱ2人だよね」
「ローリエさんにはバレますか。流石、マスターやっただけはありますね」
「そうだね。残る3騎中2騎がウチら。サーヴァント、キャスターと」
「サーヴァント、アルターエゴ。ラビリ改め、インレと申します」
「……インレ……」
稔は、本当に偶然、その名前に覚えがあった。
ある児童文学、それも人間の出てこないような動物たちの話に出てくる、死を司る動物の神。月夜を象徴する黒い兎。その名前。
……神霊級。かつて共に戦ったうちの1人のクラスカードにも神霊に連なるサーヴァントが居たという記憶はあるが、実物を見た事は流石にない。
「ローリエさん、だいぶ惚けた顔してはりますけど、大丈夫です?」
「えーっ……と……」
「……1973年出版の本の話ですから。もしかしたら……」
「なるほどね、合点がいった」
サーヴァントだった2人を抜きにしたユニ、稔、除波、ローリエのうち、ローリエだけがやや雰囲気の浮いた服を纏って、更に長剣を振っていた。
その事から稔はもしや、とは思っていたが、その予想も当たってはいた様である。彼女は、1人だけやや離れた時代からここに呼ばれている。
「私としては、皆さんの望みが無いのであれば……戦う理由はありません。このまま、全員を無事に帰すことも選択肢にはあります」
「インレちゃんはそっち側か。オリちゃんもそうだよね……ただ、ウチはそうでもないんだな」
赤い髪の彼女は、そう言って前に踏み出す。
その足取りが一歩進む度、放たれる圧は増していく。
「じゃ、自己紹介といこうか。
サーヴァント、キャスター。天空に輝く者にして、血を求める戦神。第五の太陽───ナナワトル。改め、トナティウ。
稔ちゃん、キミの願いを叶えに来たよ」
[END]
[+]五幕
「私の、願い」
「そ。まあ厳密には、『キミの願いを叶えようとした誰かのオーダー』だけど。ま、そういう事だからさ……やろっか?」
「やるって、何を」
「やだなぁ。戦神って名乗りはしたじゃない。まさしく出血大サービスってやつだね」
黒く、歪な突起が無数に並ぶ独特な得物。
中南米の地域にそんなものがあると小耳に挟んだ事はあったが、実物が目の前に現れるとは露にも思っていなかった。
それが自らに向けられようとしているなんて、言うまでもない事で。
「無茶苦茶ではありませんか」
「そもそも、ウチらの願いを叶えるって話でしたやん。それがどうして稔ちゃんだけ……」
「それはそもそも、私が後からここに来たってだけの事ですから」
「ま、やれって言われてやれるなら、そんな風には悩まないよね〜」
「……すみません」
「謝る事でもないっしょ。ただまー……そういうことだからさー。いい加減出てきたら?」
「ここは最初、稔ちゃんの願いだけを叶え続けるべく用意された場所……だったんですよ」
「……稔ちゃんの願い、だけ」
「それを見つけた私が、開いてた枠に皆さんを放り込んで、一気に願いを叶えちゃおー!っと、ビフォーアフターを施して今があるわけですが」
「余計ややこしい事になっちゃったわけだ」
「そこはまあ、私が元々ややこしいのでご愛嬌ってことで」
「……そっか。ずっと、そこに居たんだ」
暗澹を纏う人影。靄に覆われた何かが、そこに立っている。
渦巻く黒煙がベールを脱ぐかの如く払われ、その下にある素顔が顕になる。その顔は、稔の知るものであり……長く長く、記憶の底に仕舞われていたもの。
「久しぶりだね、稔」
「……バーサーカー」
彼女の持っていたクラスカード。この世界でも見た、影のサーヴァントと戦うために彼女が振るった、シャドウステッキ……その中核。
『魔法少女』としてあった頃の稔の、相方。
「ちょっと強引だったかもしれないけど。こうして……また、会えた」
稔は言葉を返さない。
この再会は、その意味するものは、稔にとっては喜ぶべきものではあるが、それ以上に危惧するべきものでもあった。
バーサーカーの声を最初に聞いた時から、ずっと、何かが自分の中で蟠っている。
「……バーサーカー、なんだよね」
「そうだよ。私の顔……忘れちゃった?」
忘れるはずはない。だからこそ。
「どうして、こんな事を」
「……それはね、稔と」
「私が……」
「あの日みたいに、また……出来たらって」
「それが、稔ちゃんの願いなん?」
「さあね。ウチはそうだって聞いただけだから。けれど……少なくともあの子は、そう思ってるって事じゃん?」
「意思が100%通じてるとは、思えませんけどね」
「あの日、みたいにって」
「稔。今……楽しい?」
閉口。
鮮烈に瞬くかのような日々が過ぎ去り、普通の学生としての日常を送る。それ自体が悪いわけではない。当たり前の時間を、当たり前に過ごせる幸福を否定するほど、稔は刺激を求めてはいない。
それでも、自分の今を見つめる度に、あの日々ほど充実はしていないと、そう感じてしまっている。
ならば、この彼女は。
「ね。もう一度、一緒に」
「……ふふ。やっぱり、それは出来ないよ。バーサーカー……いや」
「稔様が話している、あの方は……」
「7騎目の……いや、最初のサーヴァントだよ。ウチを呼び寄せた、みのりっちのためだけのね」
「最初、ここに来た時はわかりませんでしたけど。こうしてここのシステムと一体化してみて分かることもあります。ここは、ずっと……同じ事を続けるために、作られていた」
「あなたは、誰?」
「稔……?」
「まだとぼける、なんて……ゲームでも中々言わないか。けどさ、バーサーカーは、私のバーサーカーはね、そんな風に私のことを誘ったりはしなかったよ」
『バーサーカー』の言葉が止まる。
稔の覚えていた違和感の正体は、つまるところ彼女がバーサーカーであるか否かという、その一点に尽きていた。
「自分からは何も言わない。ただ、私が求めたら、それにはちゃんと応えてくれる。そんな人だった。だから、あなたは……
バーサーカーでは、ないよね」
「顔も、声も、貴女を知る事も。全部が同じで。それでもバーサーカーではないのなら……私は、誰だと言うの?」
「そこまでは分からないけど。でもね、あなたが……私から、私の心から生まれたって事くらいは、わかるよ」
「……ちょっと待て、どういうことだ?」
「そこな天女さん。探偵役とか出来そうじゃないですか。お願いします」
「インレさんすごい無茶振りするじゃないですか。そーですねぇ。
ここが稔ちゃんのための空間だった、って話はしました。彼女、どうやら魔法少女やってたみたいなんですよ」
「マホーショージョ」
「マジにおるん、そんなん……魔女が居るんやったら魔法少女もあるか。あるかぁ……?」
「だからね、貴女は私だよ。特段、昔が懐かしかった私。違うかな」
「……そうか。そこまで分かってちゃしょうがないか。けどさ……」
『バーサーカー』の外見をしていたソレの姿が変わる。背丈は縮み、髪は紫に変化して。稔にとっては最も馴染み深い、幼い日の、葡萄藤稔。
「それでも、この手を取らないの?また、あの日々に戻らない?」
「うん。私は戻らない。私だけ戻ったって、そこには誰もいないから」
「こんなに、あの頃ばかりを想っているのに?」
「私が欲しいのは、あの日と同じものじゃない。みんなと過ごした、あの時間は……どんなに時計の針を巻いても、もう戻っては来ない。それぞれに今があって、私にも今がある。だから、いいんだ。手に入らないものに焦がれてただけなんだよ」
「彼女と縁を結んだサーヴァント『バーサーカー』は、その実、狂気ではなく不定さ、不安定さを持った存在、だったそうです」
「不安定さ、ですか。しかし、そのようなものがサーヴァントに……」
「まあ、私もここに至るまで知らなかった事ですが。今彼女の目の前に居るのも、そういうクラスのサーヴァントです。そのクラスの中でも一際不定で、眼にする人によって姿は大きく変わるもの。けれど方向性は定まっていて……」
「カタチはなく、方向性だけが決まってる?ほぼ現象って事ですの?そしたら、どこにだって出て来られてしまいますやん」
「ええ。無論そう滅多に出てくるモノでは無いと思います。だからこそそういうモノとの縁がある稔ちゃんが起点になった。彼女の抱える過去への慕情が、あのサーヴァントを呼んだのでしょうね。
だから、あのサーヴァントに名前があるのなら、例えば……ノスタルジア、とか。そういうのになるんじゃないですか」
「……そう、なら。ここで、お別れだ」
「そっか。……元気でね」
「おかしな事を。君の想いを、勝手に使っただけだ」
幼い稔の姿をしたソレは、もはや稔らしい素振りすら見せない。ただ1人背を向けて、誰も居ない大通りを歩いてゆく。
「せいぜい、未来を生きるといいよ」
「あなたのことも、思い出すから」
「……そうかい」
夕陽に揺らぐ陽炎のように。
思い出の鏡像は薄らいで、遠く闇に消えていった。
[END]
[+]終幕
「それでは4名様全員、元の場所に帰還を希望ということで良かったですか?」
「お願いします」
「私も、同じように」
「やなー。流石にやり残してきた事いっぱいあるもん」
「こっちに心残りがないかって言われると、ソレはソレで嘘になるけどねえ」
少女たちの喧騒が終わりを告げる。
お互いにどこの誰とも知らない間柄、それも短い時間でこそあったが、だからこそ彼女たちは、お互いに言いたい事を言い合えていた。
「稔ちゃん、魔法少女だったんやってねえ。凄いわ。でもな、ウチも魔女目指してん」
「魔女、ですか。聞いたことはありますけど、具体的には……」
「具体的には?それはまあこう……フワッと跳んで、グワってパワーで、バン!って感じで……?」
「……私、具体的って言葉の意味間違えて覚えてたかもしれません」
「……少し、思っていたのですが」
「んー?」
「ローリエ様はどこか……私の主様に似ている気がしまして」
「へぇ〜?どんな子?」
「自分のことは二の次にしがちなところがあって、目標のためなら、どこまでも進んでいってしまいそうな……そんな人です」
「遠回しにディスられた!?」
「あ、いえ、そんなところが……誰かのためを思って、そこまでできるのが素敵な人なんです」
「そっか。私に似たその子もだいぶ危なっかしいじゃん。……しっかり、支えてあげてね」
「!……はい。ローリエ様もどうか、お元気で」
「うんうん。私も、もうちょっと長生きしてみるよ。孫の顔も、曾孫の顔も見てみたくなった」
「それは……ふふ、随分長く生きねばなりませんね」
ふと空を見上げる。
この空間に来た時は燃えるような色だった空が、今や深海のような青が広がる。
そして、そこに────
「星……」
「天の川……七夕でしたね、本日は」
「ミルキーウェイか。タナバタ、ってのは、何か素敵なお祭りなのかな?」
「素敵っちゅうにはちょっとささやかやけど。各々、願いを書いて笹に吊るす。そういうイベントがありますね。日本には」
夜空を白銀に染めるかのような、星々の大河。七月七日の日付の事を、少女たちに思い起こさせる。
「とはいえ夜更かしは美容の大敵ですから、皆さんそろそろご帰還してもらいますよー」
「なんや、せっかくいい雰囲気やん、忙しないわ」
「帰るって決めたんだから文句言わないでくださーい」
「あの、えっと……」
稔が口を開きかけて、そして止まる。
天女姿の女性が口元に指を当て、続く言の葉を遮った。
「七夕の日に一人でいる女は、棚機の姫&ruby(・・・・・・・){ではありません}よ。ましてや、誰の夢も叶ってない。なので!ええ、ちょっとだけ綺麗な星の夢を見たと思って。
皆様の願いが、どうか素敵なものでありますように。私からは───ま、そんなところですね。それじゃ!」
彼女が両手を勢いよく合わせる。
やけに響く快音と共に、少女たちの意識は暗転した。
───……様。ローリエ様。
「おや。寝てしまっていたかな。どの辺だい?」
「次の駅です。お疲れならば、今日の予定は」
「いやいや。このくらいは大丈夫だよ。
好き勝手やってくれた父親の後始末くらいは、綺麗に終わらせないと……おちおち孫の顔も見られないだろう?」
与えられるはずの無かった安寧。
「……ユニちゃん?お疲れ?」
「おや。私、お嬢様の前で居眠りを……?」
「朝5時から起きて、今まだ7時だからね。偶にはゆっくり過ごすのもいいんじゃない?」
「お嬢様は?」
「私は……んー……」
「ご予定、ありますよね?」
「……無いよ。休もう」
「それでは、ご一緒させて頂きます」
かつて、共に過ごせなかった時。
「なんや慌ただしいですやん?みんな変な紙切れ持って……食券にしては大きいですけど、大挙してお茶会でも開かれますんやろか」
ふと見た机の上には、学友たちの手元にあるものとは違う紙。
長方形に切られた色紙が、1枚だけ。何も書かれずに置いてある。
「これだけあっても、ねぇ。笹がありませんやん、ここスウェーデンですし。ま、モミの木にでも吊るしときますか」
不正解だと、分かりきった選択肢。
「……バーサーカー」
ふと、空に呼びかける。
中身のない小瓶が、窓から入り込む光を反射して煌めいていた。
───違う。この瓶には今でも、思い出が詰まってる。
「そうだね。待ってても、誰も来てくれない」
携帯と小瓶を鞄に詰めて扉を開ける。
長らく連絡も取っていないけれど、誰か1人くらいは会えるだろうかと、普段はしない期待を胸に、街を進む足取りは軽く。
ずっと、そこにあった思い出と共に。
少女たちは願わない。ただ思い出と、ささやかな希望を抱いて、それぞれの日常へ戻ってゆく。
奇妙な星の夜の出来事も、忘れられない思い出に付け足して。
[END]
[+]
「オリちゃんさぁ、アレはあんまりだぜ」
「照れですか。そんなに織姫って呼ばれるのが怖かったんですか」
「あーもーうるさいですね!七夕の夜に彦星と居ない織姫とか見たらゲンメツさせちゃうじゃないですか!」
少女たちが去った、星天の廃都。
残されたサーヴァント4騎が揃って、ビルの屋上で空を見上げている。
「居ないもんはしゃーないでしょーに。織姫様ってやつも案外気が小さいんですねえ?」
「どこの神か知らないけども神性をバックに付けてるからって教祖風情が偉そうに……私の正体聞いたらビビりますよ!?ええ!?」
「ああじゃあ言ってみやがれよ駆け落ち天女サマがよぉ!呪符付けて返してやらあ!」
「何であの2人酒も飲まないうちからあんななん」
「さぁ。両方とも神性付きなのは間違いないんですけどね」
「マジ?フォーリナーな天っピはまだしもオリちゃんも?あーいや……天帝の娘?なんだっけ?」
「それもあるとは思いますけど、そもそも」
「はぁぁぁ!?織姫じゃない!?プリテンダー!?」
「声デッッカ!もうちょっと抑えてくださいよ乙女の秘密ですよ!」
「やー黙ってられませんわ。もうこれから先出会う人全てに言いふらすレベルの衝撃ですよコレ。そこのトナティウ殿とインレ殿は聞いておられましたー!?この織姫様ってぇー!」
「聞いてたー!マジビックリだよねー!」
「クソっどいつもこいつも声抑えようともしない!……インレさんその瓶とグラスはどこから?」
「お注ぎしますよ」
「え?あ、はい……あらお上手、どこでこんな……」
「経験が違いますからね。ほらトナティウさんもどうぞどうぞ」
「サンキュー。おー、なんか分からんけどいいものっぽいのは分かる」
「私は?私にはないのか?」
「はいはい、天獄さんも待っててくださいね」
「酒が遅いぞー!どうなってんですかー!」
「シンプルにクソ客!」
中身のない喧騒が、星空を賑わせる。
神々の───願われる者たちの七夕は、もう少しばかり続くのだった。
────────────
⭐︎:人間
★:サーヴァント
⭐︎[[葡萄藤稔]]:[[魔法少女プリズマ外伝 シャドウ★プリズム -Eins! & Zwei!!-]]から。
魔法少女を終えてから数年が経ち、その頃交流があった少女たちとはパッタリと連絡が途絶えている。
現状に不満はないものの、魔法少女として過ごしたあの頃の思い出に囚われていた。
⭐︎[[ユニ・フィデル・ド・ヴァロワ=ネーベンヴェーク]]:[[特定個人視点での函館のその後の話>再三 - case.i]]から。
虚数属性使いのメイド。現在時計塔全体基礎科に所属。
橘花が家族の一件で荒れに荒れていた時期、側に居られなかった事を相当に気にしている。
⭐︎[[道添除波]]:[[綺羅星の園]]から。
入塾したてのニュービー。魔術の才能はあるものの、魔術の知識は全くない。
挫折しかけた自分の夢と、自分が持ち得た才能の意味の間で揺れ動く。
※トナティウが付けたあだ名は「ナミみん」。
⭐︎[[ローリエ・ブラットヴェーク]]:[[維納聖杯万博]]から。
秘密結社『帝国主義者』首魁の娘にして、全身魔眼化という特異体質の持ち主。
自らの生まれを快く思っておらず、それに由来する破滅願望の持ち主だった。第一ルートでは実際に、派手に暴れた末に死亡。
※トナティウが付けたあだ名は「リエぴょん」。
★[[物部天獄]]:[[監獄聖杯戦争]]から。
クラス:フォーリナー。20世紀の日本に存在したという、ある宗教教祖。
日本人殲滅は素で言っている。今回は囲んで叩かれた事であっさり止まったが、本来人間1人程度であればあっさり動きを止める手練手管がある、らしい。
※トナティウが付けたあだ名は「天っピ」。
★[[トナティウ]]:[[THE_SUMMER_HAS_BEGUN〜熱砂の激闘〜]]では、[[セイバー霊基>ナナワトル〔セイバー〕]]で登場。
クラス:キャスター。アステカ神話に語られる、最後の太陽神。
人の事を基本あだ名で呼ぶが、真面目な際はちゃんと名前で呼ぶ。が、あまり長続きはしなかった。
★[[インレ>ラビリ]]:[[Extellaっぽいまとめ]]から。
クラス:アルターエゴ。月面ではビーストクラスから弱体化した状態で現界していたため、今回はその時とはやや性質が変わっている。
見た目は幼い子どもだが、実態は死と月とうさぎの神。
★[[織姫]]:[[出雲/泥モザイク市>「出雲」]]、[[デスゲーム企画]]から。
クラス:プリテンダー。実態は神霊「天探女」が織姫の側を被ったもの。
七夕なので出てきたが、100%の織姫ではないので彦星は連れてきていない。その片手落ち感に気付いたのは計画を動かし始めてからだった。
※トナティウが付けたあだ名は「オリちゃん」。
★[[ノスタルジア>仮称:未知恐怖症]]:初出。
クラス:アンノウン/ロスト。人が抱く恐怖の形。過去に見た「恐ろしいもの」から未知の恐怖を作り上げ、同時に過去に見た安らぎへの回帰衝動を植え付けるもの。
稔の過去への憧憬と、彼女のかつてのクラスカード、バーサーカー/アンノウンとの縁を土台にして出現。彼女1人を取り込む形で隔離空間を作り上げた。が、偶然7/7が近かったために織姫に目を付けられた。
[END]