ドイツ空軍のパイロットであり、史上最多となる撃墜数を誇る世界最高の“撃墜王”。
僚機と共に東部戦線に赴き、一撃離脱戦法を以て352機撃墜という史上類を見ないスコアを叩き出したエースパイロット。
その神出鬼没な戦闘法、独特なノーズアートによりソ連空軍からは「黒い悪魔」と呼ばれ恐れられた。
前人未到の撃墜数を持ちながら、敵を撃破することよりも僚機を失わない事を第一としていた。
僚機を一機でも失った者は戦術的に敗北している、という彼の心情もあり、空中戦闘の花形とも言える“ドッグファイト”は極力避け
まず敵を観察し、此方を見つけていないと判断すれば、急降下して相手へと攻撃を浴びせ、そのままの勢いで逃げ去るという戦法を主としていた。
結果として1000回近い出撃・戦闘を経て僚機を失ったのはたった一度、それもパイロットは無事生還という別方面でも驚異的な記録を持つ。
尚ドイツが開発したジェット戦闘機Me262には搭乗しておらず、同機を主軸とした第44戦闘航空団
*1への参加も辞退していた。
これには先輩方の中に自分のような若輩者が入るなど烏滸がましい、という思いがあったとされるが、晩年には参加しなかったことを悔やむ発言も残していた。
破壊神ハンス・ウルリッヒ・ルーデルをして「私を撃墜させたくばハルトマンを連れてこい」とまで言わしめた空中戦のスペシャリスト。
そんな彼も最初から超人的な才能を発揮していたわけではなく、初陣では味方機を敵機を勘違いし、燃料が来れるまで逃げ回るという失態を見せてしまった。
このような初々しい失敗、また童顔かつ小柄であったことも相まって、黒の悪魔という異名とは裏腹に、仲間からは“坊や”の愛称で呼ばれていたという。