ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。



第一節 聖なる人

1.大火、祈りを消すこと能わず


 ──今にも崩れそうな教会があった。
 度重なる攻撃、侵略、そこにある人々を守るため。己が血で他者の罪を贖うかの如く、その教会の外壁は傷んでいく。そういうものが、町の中にあった。屋根は崩れ、窓は割れ、床はひび割れ、けれど堕ちない。そういうものとして、確かに光の差す教会の中──一人の女性が、跪いて祈りを捧げていた。
 束ねられた純なブロンドヘア。青空を映すような澄んだ瞳。血の通った色をしたきめ細やかな肌。それを隠さず包み込む、純白の衣装。
 美しさを超え神聖ささえ感じさせるその人型は、ただ祈りを捧げていた。あらゆる感覚を閉じて、心の中身を取り出す行為を行なっていた。教会とは、祈りを届かせるための場所だから。
 また「あれ」が襲ってくるだろう。
 人々は惑い、恐怖し、救いを求めるだろう。
 だけど最後まで、信じる心を捨てさせるわけにはいかない。
 希望を心に灯すため、私はここに喚ばれたのでしょう。
 彼女の祈りは、そういう祈り。他者のための優しさと、強さを併せ持つ祈り。神聖なる祈り。そう、たとえ相手が、神をも征さんとする悪魔であっても。ただ祈りを捧げて、信じ続ける。誰もが信じられるように、私がまず信じていよう。主の導きがあらんことを。
 信じていたから、祈っていた。
 ──そうしていた、逡巡のうち。
 二つのものが、彼女の脳裏に飛び込んだ。
 一つ。

「誰か! 誰か助けて!」
「抵抗は無駄だ! 大人しく死ね!」

 ……いずれ来るとわかっていた、ローマ兵の襲撃だ。この地は、この特異点は、ローマ帝国によって支配されている。本来なら死しているはずのコンスタンティヌス大帝……「我が子」の不滅に因って。分裂せず、統一を続けるシンなるローマ。そういうものが、この特異点だ。
 永続統合帝国、ローマ。そう名乗ったローマ帝国は、版図を完成させるべく侵略を開始した。この大陸を埋め、ゆくゆくは海を超え、世界全土をローマで統一する。大いなる帝国に従いきれない小さな声は──皆殺しにでもすれば良い。
 だから、闘うのだ。
 廃教会の中に町人たちを迎え入れ、ゆっくりとした歩幅で教会の外に出向く。大丈夫、ここには光が差している。主の加護があるのだから、貴方たちは大丈夫。
 そして主の命を護るのが、聖母と呼ばれた我が願いであるのだろう、と。待ち受けるローマ兵の軍勢に対して、真紅の穂先を湛える槍を構えながら。
 その女性の名は、聖ヘレナと云った。
 ローマ帝国とキリスト教の繋がりを甦らせた聖人。主の導きのままに聖遺物を手にした聖女。そして、コンスタンティヌス大帝の母であった人。
 サーヴァント、ランサー。奇蹟によって聖槍を振るう、偉大なる聖人聖ヘレナ。自らがこの特異点に召喚された理由を、彼女はもちろんこう認識している。

「我が子のおいたを嗜めるのも、母の務めと言い続けましょうか──」

 戦い続ける理由をひとり呟いて、確かに槍を振るうのだ。縦に打ち付け鎧を破り、横に薙ぎ払い剣を折り。
 今日も、祈りの十字を切る。
 立ち向かい続ける先に、答えがあると信じて。



 ──二つ。
 はっきり言って、勝ち目は薄かった。無尽蔵に現れるローマ兵を蹴散らせるとして、あちらには類い稀なるローマの守護者、「五顕帝」が存在する。その守りを乗り越えなければ、我が子の元へ声は届かない。その場で立ち向かうだけでも必死なのに、現状を打破する必要がある。

「……ここが」
「ええ。着いたわね」
 
 だから、「祈っていた」。主の導きが、救ってくれますようにと。皆を、私を、頼もしい味方が、か細い光を広げてくれますように、と。なんのことはない。祈りは願いであり、願いは迷いであり、故に掬われる事由となる。
 私も、救いを求めていた。

「えーととりあえずとりあえず、聖胎、せつぞ──」
「いいえ。それより、まず」

 ──私の背にある教会の扉が、私のために開かれた。
 剣戟交わす戦場にあって、聞き覚えのない声が三つ、福音のように胸に響く。なれば、どうしても、思わず、敵前にて背を向ける。
 教会に現れた救世主を、迎え入れたくなったから。祝福に礼を返すのが、聖なる者にできる報いだ。
 祈りが聞き遂げられたと、主に感謝と賛美を捧げるのだ。

「……あなたは」
「それが敵と見て、構わないかしら」
「イヴちゃんの出番は後回しですかね……」

 ローマ兵の前に、特異点の中に、救いの形が舞い落ちる。三者三様という形容が相応しいだろう姿は、脳裏に響いた導きのままだった。
 ユウ、モニカ、イヴ。三人の纏う空気というものは、やはり統一されていない。ほつれたローブに身を包む少年は、だからこそと決意を向ける。教会の先、町の先、砂塵に包まれた禍々しいコンスタンティノープルが聳え立つローマの大地と、

「……ようこそ」

 微かに笑う、白百合のような女性を見て。

「主の導きで、貴方たちを待っていました」

 逆境の中の救いを尊ぶ、柔らかく尊い笑顔を見たからだ。
 ──こうしてこうして、物語は廻るのです。廻り、回り、巡り、そうして、綴られる。消え去っていく特異点、誰のためにもならない駄作? いいえ、そんなことはありません。神聖を侵す悪魔の大群、討ち倒せばあらゆる人々が救われましょう。そのうちで誰かの犠牲があったとして、それは讃えて消化しましょう。
 大勢殺して、大勢死なせるといい。
 そのぶん、素敵なお話になるのだから。
 私が、この物語を救いましょう。
 ──ああ、とっても楽しみね!



第二特異点 人理停礎値B+

A.D.337
神征降魔帝国 ビュザンティオン
帝国の聖母

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