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01.山城と扶桑(ヘデラ)

 私たちにはいくつかの娯楽が許されていて、読書もそのひとつだった。

 それなりの蔵書を抱えている図書室は朝から夕方まで開放されていたけれど、利用する艦娘はごく少数といっていいほど。
その中でも扶桑姉様はよく本を読んだ。濫読の範疇に膝下まで浸かっていたと思う。

「深窓の令嬢と呼ばれたりしてね」

 園芸の指南書を広げながら軽口を飛ばしてクスクスと笑う姉様の姿はとても綺麗で、

「姉様、それは揶揄よ」

その姿を直視出来ずに悪態を吐いてしまうのが常だった。

「私、勘繰るのは山城の悪癖だと思うわ」

 姉様の微笑みはどこまでも優しい。
鎮守府の敷地内にある食堂棟の2階に、それなりの間取りを許された図書室の、
少し奥ばった場所にある窓辺に寄り添うようにして備えられた椅子が扶桑姉様の定位置だった。
それは格子に絡みついたツタのせいで日差しがあまり入って来ず、快晴の日でも少し薄暗いような場所で。

「――ヘデラというのよ」

扶桑姉様はそっと告げる。

「葉がハート型でかわいらしいでしょう?」

 そういって姉様は本を閉じて、立ち上がって窓を開けた。
吹き込んできた秋口の風は少し肌寒く、潮の香りと相まって私は人恋しくなる。

「ねえ、山城」

ぷちり、と、姉様はヘデラをツタごと取りながら言った。

「私は、今から、山城へ酷いことをするわ」
「酷いこと?」
「ええ、きっと、とても」

 姉様は微笑んで私へ手を伸ばした。左手を取り、薬指にツタをくるくると巻いていく。

「これが?」

「ええ」

 ふわり、ふわり。扶桑姉様がどこまでも柔らかく笑った。判断材料が少なすぎて、悪癖を発揮する間もない。
戸惑う私を尻目に、姉様は「じゃあ、そろそろ出撃だから」と立ち去ってしまった。

 残されたのは薬指へ痛いほどにツタを巻かれ、立ち尽くす私。



 そして姉様はそれっきり鎮守府へ帰ってこなかった。 



 ――私がヘデラの花言葉を知ったのは、それからしばらくしてからのことだ。
姉様が最後の日読んでいた園芸の指南書を開いてわかった。


「ねぇ、姉様。勘繰ってもいいの?」

 右手でつうと薬指を撫でながら、落とした呟きと共に溢れた涙を掬い取る人は、もういない。


            /ヘデラの花言葉「死んでも離れない」

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