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塾長


元HNはアカテンらしい。
最強とまでは言わないが、強い喧嘩師をリストアップせよと言われたら必ず含まれる、って感じの上層喧嘩師。
しかしながら喧嘩掲示板の運営では誰もが認める最強の人物。
平成喧嘩塾を作るたびに喧嘩界を復興できる…という常軌を逸したレベルなのだから最強と言わざるを得ない。
はずだったが、数年前に導入された会員制とやらは失敗だったであろう。
塾長も人間だからミスをする。弱い人とか招待していて反感も買いまくりであった。

これはもう次に期待するしかない。次は2016年あたりか?(←本当にそうだった)

最近、霧雨主催の喧嘩大会において運営の連絡不足による判定人不在という事態が発生したが、
その後しっかり判定がなされていて終わりかけていた大会の2回戦を始めるほどの影響力を与えた。
また、終わっていたかと思われていたたびうおとの喧嘩も反論した模様。

そしてまた年月が流れ、平成喧嘩塾を完全リニューアル(というより更地化)し、過去の独特の雰囲気は完全に消え去り(背景が白くなったため)
また、喧嘩師の少子化も相まって塾長自身、真面目に管理人をする気がさらさら無いようである。
のだが。それでもリニューアルと同時に一定の書き込み数が維持されているところを見るとやはり彼の影響力は地球に降り注ぐ日光にも劣らないと言うべきだろう。


数人の古参達と示し合わせて掲示板を盛り上げようと頑張っているのは有名な話であり、サクラなんて政治家だって使うだろうしそんなことは暗黙の了解であるから別に誰も突っ込んだりはしない。

そしてついこの間、またもや平成喧嘩塾が黒い背景を取り戻した。そしていつぞやの暗黒時代を取り戻した…とまではいかず、古参達の同窓会の場となっている。
りおしのせいでそれもぶっ壊れているが。

あろくが自殺したとして母親に追及された時は、自殺遺伝子に責任をなすりつけていた。筆舌に尽くしがたきクズ列伝を、またひとつ増やした。

また、霧雨が喧嘩界隈にのめり込むきっかけを作った戦犯の一人でもある。
林檎庭園御庭番として登場した塾長に対し、喧嘩界隈のド新参である当時15歳のヤングな喧嘩師・霧雨は「あんまり張り切ってドジを踏むなよ」と、どの面下げて言ってるのかと笑いたくなるような「アドバイス」をした。

塾長は、優しかった。霧雨に見込みがあると勘違いでもしたのだろう。セルシアという最強の喧嘩師、セルシアやら天才tinkoやら諸々の強豪共を巻き込んだ1ヶ月以上にも渡る大規模な喧嘩の一部始終、そして「最後にそこに立ってたのがこのヴォクであった!!」とかいう小学生の自慢かよと笑っちゃうようなドヤ顔、
それを見たこの俺(霧雨)は、事もあろうに「喧嘩界隈って奥深い!!!!!」などと思ってしまい、ぷるぷるマンボーに修行しに行ってしまったのだ。山田とかVELLEにフルボッコにされるとも知らずに。

もう一度言う。塾長は、霧雨を喧嘩界隈にのめり込ませた戦犯の一人である。そういう意味でもクズ列伝多すぎだろと呆れ果てるには十分だろう。

※うさちゃんねるの塾長とは赤の他人である。

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