明日もわからぬ放浪の旅。
故郷は遠い地に置いてきた。
風の吹くままに流されてゆく。
それが私の人生だ。
今日もまた、過去を捨てる日になる。
この船の中で…。

運命の日は、今から22年と171日前。
私は、皆の期待を背負って故郷を発った。
故郷の危機を救うためだった。
たくさんの人に見送られた。
心のなかは、不安でいっぱいだった。
窓からは米粒のようにしか見えない、私の妻と子どもたち。
帰ってくるはずだった1年後に、成長した子どもたちの顔を見たかった。
上の子は、毎日新しい発見をするだろう。
下の子は、言葉を少しずつ覚えていくだろう。
そんな期待も、どこかに忘れてしまった。

ドアの外から、ズルリズルリと、何かを引きずる音がする。
私の元・仲間だ。
放射能汚染、遺伝子変異、そして死。
一連のプロセスを経た彼らは、なぜか蘇った。
そして、仲間を襲った。
やがて1つになったソレは、新たな変化を遂げた。
私の手に負えない、バケモノへと変わっていったのだ。

ソレと共存して、今日で22年と156日。
よくぞここまで生き延びてきたものだ。
出発から2週間が経った頃、我々の船は重大な事故に見舞われた。
船外に放り出された者、放射能に侵された者、窒息死した者。
私は運良く生き延びたが、事態は深刻だった。
船は操作が効かず、通信装置も息絶えた。
残ったのは、僅かな仲間と食料と電力と、壊れた船。
我々は絶望した。
生きて帰る方法はなかった。
せめて、このミッションは成功させよう。
そう誓ったのだった。
食糧危機に瀕した我々の故郷。
故郷を救うためには、他の惑星から食糧を見つけ出さねばならなかった。
せめて、目的の惑星を見つけ出し、ビーコンさえ置いておけば…。

我々の宇宙船は、故郷で唯一、他の惑星と往復できる船である。
それが壊れてしまった今、我々は移住できる惑星を見つけ出さねばならない。
そして、船内を徘徊するソレを倒さねばならない。
この船唯一の生き残りである私に課された、重大なミッションだ。
しかし、惑星も、ソレを倒す手段も見つからない。
ただ、通信装置の修理と、惑星の探査に浪費する日々。
死ぬのは簡単だが、残った人々はどうなるだろうか。
もしかしたら、故郷はすでに死の星となっているかもしれない。
しかし、私にそれを確かめる手段はない。
ただ、ほんの僅かな望みにしがみつこうとしていた。

今日も家族の夢を見た。
かつては、毎日訪れていた一家だんらんの風景。
食卓で向かい合った妻は笑みを浮かべている。
そこに抱かれた下の子と、口の周りを汚しながら食べる上の子。
家族が恋しい。
故郷が恋しい。
宇宙飛行士になんて、ならなければよかった。
いっそのこと、死んでしまえば楽になるだろう。
どうせ誰も、私のことなんて覚えていない。
あの事故の時に、既に死んだと思われているだろう。
ゴオオオオ。
ソレの咆哮が聞こえる。
食べ物、すなわち私を探しているのだろう。
いっそのこと、この身を差し出してしまうのも一興だな…。

宇宙は広い。
20年間、故郷を離れ続けても未だに宇宙の果てにはたどり着かない。
窓から見えるのは、煌々と輝く無数の星たち。
じっと見つめていると、光の中に吸い込まれそうな気分になる。
ふと望遠鏡を覗くと、偶然にも私はあるものを見つけた。
光が激しく渦を描き、その中心は暗く重たく、正しく闇そのものである。
ブラックホールだった。
人生とは何があるかわからない。
きっと私は、ブラックホールを間近で捉えた初めての人間だろう。
少し誇らしい気分になった。

いま食べている食糧は、故郷の科学の粋を結集して作り出された。
スプーン1杯分で、およそ2日分のエネルギーを摂取することができる。
私が20年間、宇宙船で生活出来ている要因はここにある。
もともと50人居た船で、非常時を想定して食糧は2年分あった。
非常時であるいま、私はそれらを独り占めしている。
なんとも贅沢な話である。
残りはおよそ50年分。
食糧よりも先に、私の命が尽きてしまいそうだ。

食料庫に向かう途中、私はとんでもないものを目撃した。
ソレが死んでいたのである。
どうやら、エレベーターに乗りそこねて首を切断したらしい。
私はほっとしたと同時に、寂しさを覚えた。
バケモノになっても、もともとは私の仲間である。
尊い命が1つ、ここで失われたのだ。
私はその亡骸を食糧が入っていたケースに収め、宇宙空間に射出した。
残念ながら私は経を唱えてやることが出来ないので、手を合わせておいた。
宇宙葬、か。
一時期テレビで話題になっていたような気がするな…。

この宇宙船は、幾つかの部屋に分かれている。
事故に遭った部分はエアロックを遮断してある。
言わば隔絶された部分なのだが、そこには家族の写真が取り残されている。
我々の寝室があった部分が事故に見舞われたのだ。
そのため、休んでいたものの殆どが帰らぬ人となった。
そして、残骸は通信用のアンテナを直撃し、コントロールも利かなくなった。
姿勢制御用のエンジンが破損したのである。
実はメインブースターは生きているのだが、それだけでは意味を成さない。
言わば無用の長物である。
修理できるのかもしれないが、私は植物学者だ。
簡単な作業はできるが、そこまでの知識は持ち合わせていなかった。

船外に漂う衛星。
いや、ケーブルで繋がれた宇宙服である。
事後、サブエンジンの修理に船外へと出た私の仲間だ。
この船は、仲間の亡骸をおよそ15年も引っ張り続けている。
幸いにも、宇宙服の外からその顔を見ることは出来ない。
しかし、なんとも気の毒な話である。
船外活動中に、ヤツにケーブルを切断されたのである。
切られた後もなんとか宇宙船にしがみついたが、船内に帰ること無く息絶えた。
その後、ケーブルが船に絡まり、現在に至っている。
今もなお私のそばに残る、唯一の仲間だ…。

ある日、レーダーに反応があった。
どうやら、食糧の存在する可能性があるらしい。
私は即座に惑星の分析を行った。
ハズレだった。
こんなことにはもう慣れている。
今まで何千回とこなしてきたのだ。
気にすることはない…。
そうだ、よくあることなのだ…。
過度な期待は禁物なのだ…。
…私は悲しみの感情を抑えきれなかった。

突然、船が向きを変えた。
重力の大きな惑星に引っ張られているらしい。
メインエンジンの出番である。
墜落することのないよう、慎重に操作して惑星を離れる。
このようなことは何度もあった。
この船は、広い宇宙を蛇行し続けているのである。
もしかしたら、故郷に再び近づいているのかもしれない。
もしそうであれば、それは最悪のシナリオだ。
我々は、食糧を見つけるために出発したのである。
成果がなければ、故郷の人々の希望を奪う事になりかねない。
私には、そのようなことは到底出来ない。
帰りたい気持ちを抑え、惑星探査に精を出すのだ…。

ザ…ザ…。
通信機からノイズが聞こえる。
おかしい。
既に壊れていて使いものにならないはずだ。
しかし、画像と音声が微かに読み取れる。
やがてそれらは、徐々に鮮明になっていく。
これは、故郷の星の言葉だ!
間違いない!
私はカメラに向けて手を振った。
もしかしたら、助けが来るかもしれない。
私が言葉を発しようとしたその時である。
再び、画面は乱れてしまった。
ほんの6秒ほどのことだった。
このようなことは、もう二度とないだろう。
私は慟哭した。

その日、私は寝付けなかった。
あの奇跡が忘れられず、悔しかったのだ。
せめて、あの映像が故郷と家族に届いていることを祈るばかりである。
私はまだ生きている。
必ず食糧を見つけるから、なんとか生き延びていてほしい。
少し、希望が湧いてきた。
また、レーダーとにらめっこする日が続くのだろう。
しかし、故郷のため、ひいては家族のためである。
私に泣き言を言っている暇はないのだ。
かすかな希望を胸に、今日も放浪の旅を続けるのである。


再び私の船は、重力に引っ張られた。
ついでに惑星の分析を行うと、なんと、食糧の反応があった。
さて、ここで私に託された選択肢は2つである。
1つは、ビーコンだけ落として次なる星に向かうこと。
これは、可能性を広げる上で重要である。
もう1つは、ビーコンとともに、宇宙船ごと星に降り立つこと。
これは、救助を待つという意味も含んでいる。
普通なら、前者を選ぶところだろう。
しかし、この間の通信がどうしても忘れられない。
私は、後者を選んだ。
もう迷いはない。
私はここで待つのだ。
そう決めた私は、この星に降り立つのだった。

星に降りた私は、再び絶望した。
この星は、私の故郷の星だ。
青く美しかった故郷の水は、赤く変わり果てていた。
確かに食糧になりそうなものはある。
しかしそれは、得体のしれない異形の生物だった。
私が20年以上旅をしている間、故郷は変化を起こしたのだ。
私のミッションは失敗に終わったのだ。
あの通信は、空間を飛び続け、偶然引っ掛かったものに違いない。
私はひどい虚無感に襲われた。
もう、何もしたくない。
ここで死んでしまおう。
私は、宇宙服の生命維持装置を切って横たわった。
空は赤く、まるで夕焼けのようだった。
私の心はズタズタに引き裂かれている。
何もかも失敗だったのだ。
しかし、明日なき旅もこれで終わる。
幸いなのは、置いてきたはずの故郷に再び戻れたということだろう…。
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