【第二章 人捨てし夜】

初公開:2014/10/26


――それは、わたしがこの世に生まれて、15の年が過ぎた時。



―夜。


わたしの父は、いつものように素振りには行こうとせず、わたしとヤミの前にどかと座った。


父「…もう、15年か。
  私は…そろそろ、話さねばならないことがある。」


重々しく、そう喋った。

ヤミ「ああ、もう…
   …そんなに年が経ったのですね…」
ヤミは、どこか寂しそうな顔つきになる。




父「――それは、鈴鶴の…母さんのことだ。」
父は、そう言った。



鈴鶴「わたしの…母上???」

わたしには、死んだとだけ聞かされていた、母親――。


父は、さらにあるともう一つ。


父「そして、…お前と……闇美のことだな」


父「率直に言おう。
  母さんは、人に在らざる―闇美のような存在だった」

それは、とても唐突すぎた。


  
父「母さんは、この国…いや、この星の存在ではなく…
  あの、夜空に浮かぶ月に住まう存在であった
  【月の民】と… そう言っていた」


天の狗――羽を生やした、人に在らざる者である、ヤミがいなければ、それは冗談かと思ったかもしれない。


けれど、ヤミという存在がいて。

―そして、父のその目は、表情は、声色は、決して嘘をついているものではなかった。


鈴鶴「え…?」

わたしは、戸惑う。

それは、つまり―――。


鈴鶴「わたしの血の半分は、その【月の民】の血が流れている……ということ?」


けれど、その戸惑いが頭を混乱させるよりも、それが事実なのだ、と受け止めた。


父「…そういうことになる」
父は、わたしの確認に、頷いた。



父「……母さんとの約束だった。
  鈴鶴が15か16になる頃には、どうかこのことを教えてくれと。」


月のほうに目をやり、寂しそうな表情を見せ―。


父「…この、私が振るっていた…今は鈴鶴も振るう太刀は、母さんの形見だな…」
父は、太刀を取り出した。

その太刀は、金色の柄であり、その柄頭と鞘に白い百合の花が拵えられた太刀―。
その刃は、錆びることなく、折れることなく、欠けることもなく、重々しい刃―。


わたしは、はじめてこの太刀に触れたときから、この太刀には特別な思いがあったけれど。
今まで―7年ほど手にしてきた太刀への特別な思いは、母の愛なのかもしれない、と感じた。


鈴鶴「そういえば、もう一本は?」

わたしと父は、ともに素振りをすることもあった。
そのときは、父は飾りのない、特色もない、普通の太刀を振るっていた。


父は、そのもう一本を見つめながら。

父「…この太刀は、出会いの象徴だろうか―
  まぁ、それほどのものでもないかもしれないけれど、な」

そう、思いをはせるように答えた。


ヤミ「お父様…
   わたくしのことも、そろそろよろしいでしょうか?」
ヤミが、わたしの父に訊ねる。


―そうだ。
父は、母のこと―。

そして、もう一つ。
わたしと、ヤミのことだ。


父「ああ、頼んだ」


そして、ヤミは語った。


ヤミ「わたくしがここに逃げ込んできたとき、わたくしは、生死の境を彷徨うほどでした」
   けれど、その時…鈴鶴様のお母様は、わたくしに…
   全ての生命を、捧げて…助けてくれました…そうです」

優しい―けれど、すこし寂しそうな、切なそうな目で語る。


ヤミ「鈴鶴様を産んで、弱った身であっても、わたくしのことを助けてくれたのです
   …もっとも、そのことは、わたくしがここに逃げ込んで、気が付いたときにお父様が教えてくれました
   逃げ込んで、倒れているところを、お父様が見つけたそうですから……
   お母様の顔は、見られていません―」

その寂しそうな目の光は、よりいっそう強まる。

鈴鶴「それでは、わたしの母上が死んだ、というのは…」
つまり―――。


父「…そういうことだ。」
父は、硬い表情でうなずいた。


ヤミは、寂しそうな目で、うつむいている。


けれど、ヤミは、わたしをまっすぐ見つめて、告げる。
泣きそうな目で―。
けれど、はっきりと、告げる。


ヤミ「――わたくしは、鈴鶴様のお世話をしているのは、ひとつはこの感謝のためです
   けれど、それだけでは……」


―ゆっくりと、投げかけるように。
その左目には、涙が一筋―。

わたしを抱きしめながら、言う。


ヤミ「それだけでは、ないのです
   わたくしは、鈴鶴様をひとりの女性として
   一緒にいたいから…」


涙の一筋は、止め処なく―。


わたしは、そんなヤミの心を溶かすために―。

ヤミの腕を取り、顔を見合わせて、やさしく言う―。


鈴鶴「いろいろなことを聞いて、わたしはとても驚いている
   けれど、ヤミはヤミ―。 
   わたしは、ヤミと一緒にいたい
   ―ヤミというひとりの女の子と」


ヤミ「鈴鶴様、ありがとう―」


わたしたちの心は、混ざって、一緒に――。


しばらく、そうしていて―。
わたしたちの心が落ち着いたとき、父が言った―。


父「鈴鶴…おまえには、月の血が流れていると言ったが―」
  


父「月の血は、変若水の血――
  人より長く若く生き続け、それは千代をも越えるのだと―
  母さんは私に言った…」


父「そして、その生命を引き継いだ闇美にも…
  その月の血は、流れている
  だから……」



その時――。


ざぁ――
父がわたしたちに何か告げようとしたとき、風が強く吹いた。


空気が、どことなく淀んで感じた。


その空気に、いち早く感じたのは、ヤミ。


ヤミ「この気配…まさか――」





ざっ、ざっ―

草を、土を、踏み歩く音―。


わたしたちの目の前に、人影が現れた。




人影は、近付いてくる。

――声が聞こえる。


??「……見つけたぞ
   あの時殺し損ねた、天の狗の生き残りをな…」


それは、ヤミに向けられた言葉―。



ヤミ「この、声
   この、言葉……」
ヤミの身体は、がたがたと震えていた。




妖殺し――。


その声の存在は、ヤミのことを知っている。
殺し損ねた生き残り、そう言っているのだから――。


その声の存在は―。


そして、近付いてくる人影は、やがてその姿を見せる。


??「今までよく隠れていたと褒めてやりたいところだが…
   その隠居生活も、もう終わりだぜ」

――そう言いながら、男が現れた。


髪と肌は月のごとき白さを持ち―。
その目は闇夜のごとく黒く、瞳を青白く光らせる―。


ただの人ではない―恐らくは、人に在らざる存在であろう男が、現れた。


その後ろには、お供と思わしき男どもが見える。
見たところ、人間の男が、十人を越えるぐらいに――。


その澱んだ空気が、濃くなる。


父は、その男を、まるでそれが悪しき者ということを予め知っていたような目で見つめ―。
  
父「貴様は、誰だ?」
静かに―けれど、とてもとても重い、鈍い金属のごとき硬さを含む言葉で問う。


男「俺の名は、カショ…
  ――そこの天の狗を、殺しに―」


その男は、言葉を言いかけ、わたしのほうを見て。

鈴鶴「――っ!」



カショ「―ふ
    ――ふふふ
    ふはははははははは!
    殺し損ねた、天の狗だけじゃあなく―」
笑い声を発した。


それは、とても嬉しそうな笑い声―――。


カショ「まさか、殺し損ねたのともう一人、あのアマの子がいるとは――
    ふ、ふ、ふふふふふふ―
    この組織は、とてつもない大当たりを引いたっ!」


そして、父の方を向いて―。

カショ「今なら、お前の命だけは助けてやろう
    そこの二人の娘さえ差し出せば、俺たちはここには用はない

    さあ―寄越せ」


右手で、指差す。


父「………」



沈黙―。



けれど、それは、苦悩の沈黙ではなく―。



父「私は、貴様の言う、【そこの二人の娘】の親だ
  娘の鈴鶴を、義娘の闇美を守る使命がある―

  使命を破ってまで得る命に、価値なんて存在しない」


父は、静かな怒りを込めて、そう告げる。


カショ「…無駄な足掻きを」


カショは、面白いとばかりに、腰に携えていた太刀を構えた。



父「鈴鶴―
  母さんの太刀を、闇美を支えてくれ―」

父は、わたしに母の形見の太刀を渡し。


鈴鶴「父上…」




父「闇美―――
  鈴鶴のことを、宜しく頼む―」

父は、ヤミに深く礼をし。


ヤミ「お父様―」



そして、カショたちのほうを向いて。


父「鈴鶴、闇美――
  逃げろ
  
  逃げれば、その果てに
  生への路は、希望の路はある
  其れを信じて、逃げ続けろ」


振り向かず、わたしたちに、大きな背中を向け。
―太刀を抜き、カショの方へと歩み寄りながら、そう言った。


そして、力強い声で、カショに言葉を紡ぐ。


父「さあ、来い…!」


その言葉と同時に、父は鋭く素早く、カショに太刀を振りかぶる。

父「ふんっ!!」
カショ「おらぁッ!」


そして、ヤミはわたしを抱えて住処を飛び出し、外へと駆けた。


カショ「逃がすな!」

その大きな号令とともに、男どもが、追いかけて来た。


―遠くで、刀と刀がぶつかり合う音が聞こえる。
父とカショと―それに加勢する数人の男が、対峙する景色が遠ざかってゆく――。



父「――ヤの約束は…破らん!」

父が、そう力強く言う声が、遠ざかってゆく――。




―逃げる。
わたしは、ヤミに抱えられ逃げている―。


ヤミは地を駆けている―。


そして、十分な助走を取って、空へと駆けた―。


ヤミ「鈴鶴様、絶対に守りますから」
ヤミは、わたしに力強く意思を述べ。



鈴鶴「ヤミ、絶対に守ってね」
わたしは、母の形見の太刀を胸に抱きながら、それに頷いた。

逃げる、逃げる、逃げる―――。


わたしたちは、追っ手から逃げている。



空を駆け、何処かの山に入り、ふたり手を繋いで逃げる。


何処とも知れぬ山の中を、わたしたちは逃げている。


ヤミといっしょに、わたしたちは走っている。


追っ手はわたしたちを追いかける。


体力が尽きかけていても、ただ精神力のみで走っていた。




鈴鶴「あ…」

疲れからか、わたしの足がもつれる。
躓いて、身体があらぬ方向へ倒れようとする。



それは、地面ではなく、崖であり――。


ヤミ「鈴鶴様、危ないっ!」

ヤミがわたしを抱きかかえようとしたけれど――。


ヤミの身体も、崖に引きずられ―。



わたしたちは、崖から落ち、その底に待つ海へと落ちていく。


ばしゃぁあっ―――。
水飛沫とともに、わたしたちは海へ―。


わたしたちは、海の中に―――。




ああ、波に飲まれてしまう―。


嗚呼、せめて―ー。

わたしは、ヤミから離れないように、ヤミを抱き。
ヤミは、わたしを放さぬよう、わたしをがっちりと抱き。
母の形見の太刀が、私たちの胸と胸の隙間を埋めて。



目の前が海の色で、包まれる―――。






暗闇の中に落ちてゆく―――。



此処は、暗い暗い、闇の中――――――――。


――――――声が聞こえる。
男と二人の女性が、話している。

わたしは、その様子を見つめている―。


けれど、その姿は靄がかかったように、ぼやけていて、よく分からない―。


これも、わたしの、むかしのきおく?


それとも、だれかの夢――?


あるいは、とりとめのない、ただの夢なのか―。


ぼやけたわたしの視界が暗くなる―。

夢の世界が暗く――。


………。

その暗闇に、一筋の光――――――。

夢の水面へ―――。


気が付くと、わたしとヤミは、何処かの洞穴に居た。


ぱちぱちと、焚き火が燃えている。



ここはいったい――?

ふるふる、ふるふる、身体を震わせると、人影が見える。


そこには、ふたりの女性がいた。


けれど、それはただのふたりの女性ではなかった。


髪と肌は月のごとき白さを持ち―。
その目は闇夜のごとく黒く、瞳を青白く光らせる―。


―その容貌は、わたしたちを襲いにきた、妖殺しの、カショと同じで。


わたしは、反射的に、飛び退こうとして――。

滑って、その場にこけた。


その痛みを引き金に、わたしの目から、涙がこぼれた。


いつもなら、この程度の痛みは気にしないけれど。
恐怖と、心細さが、わたしに涙をこぼさせた。


ふたりの女性の片方――髪の長い、背の高い女性は、わたしに手を貸した。
女性「…大丈夫、かな」


女性「…わたしたちは、あなたがたを殺そうとする者ではない
   寧ろ、あなたたちを、守る者―といえば、いいかな」


―初めて出会う人なのに、その言葉にはどこか懐かしさや、安心感を感じて。

わたしは、涙ぐんだまま、その手に支えられ、体勢を立て直す。


もう一人の女性――わたしよりも背が低く、幼く―七歳ほどに見える女の子も、わたしのところに近付いて。

女の子「良かった、起きたのね」


女の子は、わたしの顔に手を当て、その黒い目と青白い瞳で見つめた。


女の子「―ん
    あとは暖まれば大丈夫みたい、ね
    服は、ぐしょ濡れだったから、あたしたちの持ってた服を着せたわ
    服も、あなたと同じく、乾かしている最中よ」

にこっと笑うと、わたしの髪を、ぐしゃぐしゃ撫でた。


そして、はっと気がつく。

鈴鶴「………
   ヤミは!?ヤミは…」

わたしは、慌ててあたりを見回して―。


女性「…傷の目立つ、天の狗のことなら………そこで眠っているよ
   先ほど、起きたけれど……
   あなたの容態が大丈夫ということが分かったら、安心したのか眠りについた
   ほら、其処に」


ヤミは、すうすうと寝息を立てて、険のない表情で眠りについていた。


鈴鶴「ああ、よかった」

その様子を見て、わたしの身体も糸が切れたように崩れ落ちて。


女性「おっと、危ない」

女性に、支えられた。

女性「疲れただろう、もう一回寝ていてもかまわない……」

女の子「あたしたちが、見張りをしておくから、安心して寝ててね」





わたしは、再び眠りに付く。

今日は、いろいろとありすぎた――――――――――。

これは、夢なのか、それとも現実なのか――――――。



そんな思考も、眠りの渦に吸い込まれ――。


再び、夢を見る―。


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