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初公開:2023/01/21


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テペロ君には強引なところがあるのが玉に瑕だ。

そもそも、私は人付き合いというものが嫌いだ。なので、大量の猫とメイドロボとともに森の中で暮らしている。それは過去にトラブルがあり人を避けるようになったわけでも、元々の生まれ育った環境に起因するわけでもない。何時如何なる状況でも私は生まれた時から他人が苦手だっただろう。他人と喋ることが、相手の気持ちを推し量ることが、他者に気を使うことの一切が不得手だった。

「ディアナとヴェスタは直ちに小隊を編成、先行して敵の状況を探ってほしいス、鈴鶴さんは副隊長として私とともに森を抜けたら待機しましょう」

英雄たちは私の指示に頷くと、数人を引き連れすぐに隊列から走り去っていく。彼女たちの生みの親である私は、彼女らの性格を熟知しているのでまだ楽な方だ。他の村民だと赤の他人を呼び出しているのだから、想像しただけでも背筋が寒くなる。

森を抜けると暗々とした木々は途端に姿を消し、目の前には雄大な草原が広がっていた。その先には、山と見間違う程巨大な丘と、その麓(ふもと)に“元”市街地が見晴らせる、まるでポストカードに出てくるような風景だ。
一度、全軍を停止させる。風の音が止めば、遠くから銃声の散発音と魔法の炸裂音が聞こえてきた。今夜は出発が少し遅れたためか、もう既に戦闘が始まっていたようだ。

「ずいぶんと大きい丘ですね、それに村民が9人しかいないと聞いていましたが、麓の中心街はずいぶんと立派みたいじゃないですか」

テペロ君の声は少し震えていた。これまで、ずっと半笑いで、胡散臭い風姿だった彼の横顔は、出発時より明らかに青ざめ余裕が無くなっている。

「バーボンの丘はこの村の象徴的存在ス、それにあの市街地は今は廃墟、いまは誰もいない」
「なるほど、ということは市街戦も遠慮なくやれるわけですね」

市街地から狼煙のように上がる砲煙を目にしつつ、なぜ彼がここまで、この戦いに執着するのか考えてみたが、理由は一向に不明のままだ。

「報告、既に西部では抹茶(まっちゃ)軍と791軍の戦いが勃発、兵力の多い791軍が優勢に進めている」
「こちらも戻ったよ、東部の方では複数の軍が偶発的に入り乱れながら市街地での戦闘に発展している、丘の上に敵の姿は見えなかった、この先を進めば問題なさそうだ」
「ご苦労ス、まだ791さんを敵に回したくはないので、今のうちに我々はバーボンの丘を制圧し、地の利を得るぜ」

斥候から戻ってきたディアナとヴェスタの話を聞き、私たちは急ぎ眼前の市街地へ移動を始めた。
この草原は遮蔽(しゃへい)物が無く、挟撃されると一貫の終わりだ。ならばさっさと走り抜けて市街地で交戦になったほうが、まだ勝率は上がる。
機動アーマーで隊の先頭を進みながら、横に付いてくるテペロ君の方をちらりと見やると、自分の身長ぐらいはあるだろう巨大なリュックを背負いながら、意外にも疲れた顔を見せず走っている。羽織っている深緑のパーカーのフードと、毛玉のようにクシャクシャ丸まった金髪を夜風で揺らしながら、心なしか先程よりも顔色が少し良くなったようにも見える。

「走るのが好きなんですよ、ぼくはッ」

こちらの視線を察したのか、彼は息を切らすことなく、そう答えた。

「走れば気分転換になるんですッ、今夜は満月に綺麗な夜空だし、絶好のランニング日和ですよッ」
「なるほど」

私は奇襲を受けないか辺りを警戒しながら走っていた。だが、奇跡的に攻撃は受けず、全軍は遅れを取り戻すかのように戦いの中心地へ近づきつつあった。

「さっきから気になっていたんですけど、丘の頂上に立っているものは看板かなにかですか?」

徐々に迫ってきたバーボンの丘は、こんもり盛り上がった円錐形状からむしろ小山といったほうが適確なほどに、ピークに至るまでの稜線はなだらかな上がり調子で、確かな存在感があった。
その山頂部によく目を凝らしてみると、明らかに自然とは異なる人工物がこちらを見下ろしているのが分かる。

「あれは墓標ス」
「墓標?頂上はお墓なんですか?」

疑問も最もだ。丘の頂上には、木を紐でくくりつけて十字架の形にした大きな墓標が刺さっていた。
何時、誰が何のために立てたのかはわからない、ある日気づいたら立っていたのだ。

「私もよくわからないス、いつ、誰が立てたのかも不明デス」
「へぇ、でも不謹慎ですけど、目印として分かりやすくていいですね」

テペロ君の言う通り、お陰で目印として探しやすくなったという点はある。

「あそこから夜空を眺めたら、きっと絶景なんでしょうねぇ、ああ、ぼくは夜空が好きでして」
「そうですか」

喋っているうちに、いつの間にか市街地近くまで差し掛かろうとしていた。

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数百人もいる隊は、草原の端にある朽ちた門をくぐり、何事もなく市街地に入場した。遠くから絶え間なく発砲音こそ聞こえはするものの、此処は偵察の報告の通り、敵の通った箇所も見当たらず、手つかずのようだった。

記憶を手繰り寄せながら、人目の付かない路地を通り、最短の経路でバーボンの丘の方へ進んだ。途中、背の高い教会の廃屋で二手に分けていた隊と予定通り合流すれば、部隊を仕切っている一人の英雄を呼び寄せた。

「鈴鶴さんの部隊は、この教会で待ち構えて援護してほしいス」

巫女装束の鈴鶴さんは、こちらの指示に、大きな瞳を細めた。

「つまり、わたしたちはこの教会を拠点に敵軍が迫ってこないか見張ればいいわけね。その間に貴方達本隊は丘を登り占拠する、そういうことね?」
「そうデス」
「頂上から合図でも送ってくれればすぐにここを撤収して合流するわ、791さんの軍とは全面衝突したくないものね」

鈴鶴さんはひらりと踵を返し隊の中へ戻っていった。
私の言葉足らずな指示にも一瞬で理解を示し行動できる頭脳明晰な英雄だ。冷静で、個性的な英雄が多い隊も取り仕切れる程のリーダーシップも持ち合わせている。良い人物を創り出したと我ながら自分を褒めたいものだ。

「そこまで丘が大事なんですか?」

横にいたテペロ君は、眼前の巨大の丘を見上げて、僅かに首を傾げた。

「やはり大事ス、特にバーボンの丘の頂上からは村一帯を一望できるので」
「敵軍の位置や行動が丸わかりということですね、それは地形的に是が非でも抑えておかないとですね。いやぁ、わかってはいたけど、本当に戦いが始まるんですね」

言葉とは裏腹に、テペロ君は小刻みに震え始めていた。今や背中に背負っている巨大なリュックよりも小さく見える程に弱々しい姿だ。

「テペロ君、君は非戦闘員、これから起こる戦いは生命を取る戦闘ではないといえ十分危険な旅路ス。無理に参加しなくてもいいんですよ?」

一瞬逡巡する素振りこそ見せたが、すぐに頭を振った。

「いえ、居させてください、この目で見届けなくちゃいけないんです」
「そうですか」

彼の鬼気迫る表情に疑問を覚えなかったわけではない。だが、丁度その時、東の方面から大きな爆発音が鳴り、次いで数秒後には振動が伝わった。
意識はすぐに戦場へ向いた、この派手な爆発はビギナーさんだろうか。東部方面の戦いの終結も近づいている可能性がある。
急がなくてはいけない。

━†━━†━━†━

丘を登るための野道は決まっている。メインの丘道から反れて生い茂る藪の中をかき分けて登っていくのはほぼほぼ不可能だ。バーボンの丘の頂上からは眼下の敵の動きを把握できるだけでなく、攻めこまれたとしても反撃の対策が練りやすい。即ち丘を抑えることは攻防の面でどちらにおいても重要なのだ。
鈴鶴さんの後衛部隊と分かれ、本隊は既に丘の中腹にまで差し掛かっていた。テペロ君の体調も気になっていたが、登り始めれば戦地から少しでも離れられたからか、またも少し元気を取り戻していた。

テペロ君は急坂を登りながらも、余裕な面持ちで顎を少し上げ満点の星空を眺めていたので、順調な行軍だったこともあり、思わず私も頭上に目を向けた。

「昔、流星群を見に夜中に外に出たことがあって、すごく綺麗だったんです、感動したなぁ」
「さっきも夜空が好きだと言っていましたね」
「そうなんですよ、流星群が次々と降り注いで、まるで、手に取れそうなほどたくさん流れてた」

ただでさえ普段から半開きの口をよりだらりと下げて、感慨に浸っているようだった。
確かに綺麗な星空だ。普段は部屋の中に籠もっているので、まじまじと見たことはもしかしたらこれまでの人生で無かったかもしれない。この光景が百年、数千年前も変わらず続いてきたかと思うと、戦いの中で殺伐としていた心に僅かの余裕が生まれた。

ちょうどその時だった。

「敵襲ッ!!」

彼の物憂げな様子に気を取られていたからかもしれない。
味方の叫び声をきいても、一歩目の行動は完全に出遅れた。

私たちの上空で炸裂音が一度響いたかと思うと、すぐに矢のような魔法の光弾が土砂降りのように降り注いだ。

「散開スッ!緊急回避行動ッ!」

叫び、迫りくる光弾の数々をアーマーの腕で払い除けながら、瞬時に状況を確認するために見回せば、魔法の弾は辺りでかんしゃく玉のように炸裂し、ともに頂上を目指していた後方の仲間たちをドミノ倒しのように、次々と坂道から突き落としていった。
敵の先制攻撃は威力こそ控えめだったものの、密集していた隊列に損害を与えるのには十分な威力だった。致命傷を負った彼女たちはボロ雑巾のように転がり、倒れ、次々と煙のように消えていった。

助けに行きたくなる気持ちをぐっとこらえ、部隊の将としてあくまで毅然に、そして冷静に立ち振る舞おうと、態勢を一度直した。そして、先程まで一緒にいたテペロ君の姿がないことに気づいた。
途端に全身から血の気が引いてくのがわかった。彼は英雄たちとは違い生身だ、まともに魔法を食らったら無事ではすまないだろう。
そう思った瞬間、全てを投げ捨て、地に這いつき苦しむ英雄たちの中に彼の姿を血眼になり探した。そして、元いた場所からゆうに数十mは下った地点に、うつ伏せに倒れている彼の姿を視界に捉えた。

「テペロ君、大丈夫ですかッ?!」

慌てて駆け寄り抱き起こすと、眠そうに瞼を開けたものの、顔は土埃で汚れ、低いうめき声を出した。

「やっぱりここは危険デス、はやく家に戻りましょうッ」
「報告ッ!敵の『斉射<マルチブルランチャー>』は山頂からの奇襲ですッ!」
「なそにん」

生き残った英雄の報告に、目元のつまみを調整しグラスの倍率を拡大すれば、先程までもぬけの殻だったはずの山頂には、いつの間にか大量の英雄たちが姿を見せ、こちらを見下ろしていた。中央には黒茶のローブを身に纏い、水晶の魂<インクリメント>を携える指揮官の姿も見えた。

「図られたスッ!¢(せんと)さんッ!」
「二射目もきますッ!」
「頂上への行軍は中止ッ!各自、急いで駆け下りて鈴鶴さんと合流ッ!『防壁<スーパーカップバリア>』!」

テペロ君を片手で抱え、もう片手で防壁の魔法を張り敵の爆撃を食い止めようと粘る。
地の利を得た敵軍の攻勢はすさまじく、丘の麓まで戻ってきたときには、隊の人数は半数まで減少していた。

━†━━†━━†━

暫く小康状態にいた教会の周りは、まるで丘の上の¢さんの奇襲に呼応するように、一転して東西の戦いの余波を受け、激しい戦場へ変貌していた。

「状況は最悪ね、此処も791軍とビギナー軍に囲まれつつある。その上、丘の上も¢軍が制圧しているとなると、いよいよ飛んで火に入る夏の虫ね」

後衛指揮官の鈴鶴さんは涼しい顔を崩さず、淡々とありのままを報告した。
間の悪いことに、別々で戦闘の終わった二つの軍から挟み撃ちを受けている格好だ。陣地にしているこの教会も、敵に一度狙い撃ちにされればひとたまりもないだろう。

「大丈夫?」

鈴鶴さんは、機動アーマーの腕に抱えられたままのテペロ君に言葉をかけたが、彼は言葉を返せず、寧ろ全身の震えはいよいよ酷くなるばかりだった。

「無理もないデス。いきなり“大戦”を経験するのは荷が重い」
「敵に非戦闘員の彼の話をして一時停戦を申し入れるべきね、此処にいては無事を保証できない」

彼女の言葉に自身の責任を痛感した。やはり連れてくるべきではなかった。

一人の長身の兵士が息も絶え絶えに走り寄ってきた。全身は煤にまみれ、普段は美しい金色の髪は一部、墨をかけられたかのような鈍色(にびいろ)に染まっている。いかに外で激戦が起きているかを物語っている。

「報告ッ!ビギナー軍が防衛線を破りこちらへ急速に進軍しつつあるッ!一方で791軍はまだ静観しているが、いつ攻め込むか分からないッ!」
「ご苦労さま、ディアナ。社長、そういうことだから、わたしは前線に出るわ。ビギナー軍に停戦の申し入れはするつもりだけど、あそこの部隊、かなり猪武者が多いから話が通じないかも、その時はどうするか考えておくことね」

腰に挿す柄から細身の刀を抜くと、鈴鶴さんは報告にきたディアナ含め数名とともに戦場へ出ていった。

━†━━†━━†━

いつの間にかテペロ君の震えはぴたりと収まっていたが、彼の額に手を当てれば、酷く熱がある。

「こんなことをしている場合ではない、すぐに降伏しなければ、彼の安全が第一だッ」

決断した途端に、これまでの自身の情けない行動の数々に嫌気が差した。口では心配する素振りを見せながら、“大戦”を優先させようと継戦を選択してきた自分の優柔不断さに今更ながら腹が立ったのだ。
テペロ君を木の長椅子にそっと寝かしつけると、聖像のある壇上まで足を進め、ホコリまみれの講壇に敷かれていたシーツを引き千切った。壁に括り付けられている十字架が目に入り、居心地の悪さこそ一瞬覚えたが、すぐに近くの椅子を壊し脚だけ引き抜くと、シーツとあわせて即席の白旗を作成した。

私の英雄たちは、作品の中ではどの子も極めて優秀な戦士だ。ただ、創作上ではいかに圧倒的な強さを誇る彼女たちも、英雄結集<コールバック>で呼び出した以上は術者の魔力に応じて強さが決まるため最強とは言えない。英雄たちはある一定以上のダメージを自身が受けるか、術者本人が気を乱すと、文字通り消えてしまう。同じ大戦の中では再度英雄結集を唱えることはできないので、大戦では戦いに至るまでの戦略が重要になるのだ。

外では次第に銃声音が大きくなってきている。ビギナー軍はこちらの軍に比べ屈強な兵士たちが多く、近接戦闘では向こうに分がある。数的優位性も失われ圧倒的不利な状況に間違いない。
とはいえ、市街戦になれば、戦い方次第では敵を泥沼に沈めることもできるので、単純な数的な勝負での決着は予想しにくい。さらにこちらの司令官は聡明で不屈の精神を持つ鈴鶴さんだ。791さんや¢さんもそれを理解し、敢えてこちらの戦場に兵を突入させず、遠距離射撃で両者の消耗を待っているのだろう。

旗を持ち、機動アーマーで階段を駆け上がる。たとえ、大金星でビギナー軍を壊滅させたとしても、ゲリラ戦も交えれば相応に時間がかかる。その間、テペロ君は戦場でずっと悶え苦しんだままだ。それは許されない、今は一刻も早く戦場から彼を離脱させ、家まで戻ることが重要だ。

邪魔な扉を引き剥がし、屋根に通じる天井を拳で壊せば、視界に満天の星空が飛び込んできた。
屋根の上へ機動アーマーの足で立つと、ある程度、辺りを見渡すことができた。このような目立つ位置にいればすぐスナイパーに見つかり水晶は破壊されるだろうが今は構わない。何より優先すべきなのはテペロ君に危害が及ばないことだ。
ここで白旗を掲げればどこかの軍の目には留まるだろう。今ほどこの兵器の図体の大きさに感謝したことはない。
そうして、手にした白旗を掲げようとした。

まさにその時。

「へぇ、ここからでも丘の上を一望できるんだねぇ」

背後から投げかけられた、聞き慣れた、間延びする声。
そしてそんな力の抜ける声とは反対に、コックピット席での私の握るレバーは、機動アーマーの鋼鉄の腕を怪力で押さえつけられているために一切動かせず、白旗は掌の中でひらひらと頼りなく揺れていた。

押さえつけていたのは、寝込んでいたはずの、テペロ君だった。

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