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4-6.腐臭編

初公開:2020/11/18



【カキシード公国 宮廷 講演ホール】

宮廷内には、幾つものイベントホールが建っている。
先日、貴族たちと話をした会議場だけでなく、宮廷内を歩いていると数多のミュージックホールに公演会場が次々と顔を覗かせる。
それぞれ出来上がった年代はさまざまで、一説には時のライス家の当主が自分の権力を誇示したいがために造らせたとか、音楽好きな貴族がいたから自室に近い場所に次々造らせた等、
色々なことが囁かれているがその理由はどれも確かではない。


いま、その群の中でも収容人数の多い大ホールの中央で、791は壇上にいた。
講演は既に終盤に差し掛かっていたが、彼女の語るその言葉に、目の前に座る数千人の聴衆は熱心に耳を傾けていた。

791「…さて、みなさんが一番気になっている【魔術師】という生き物について、最後に少しお話ししましょう。

まず、私たちが生み出す魔術には様々な術式が存在しますが。
代表的なものは、“無”から“有”を生み出す呪術式と、この世の森羅万象を使い“生物”を創り出す召喚術式ですね」

疲れる素振りも見せず、791の語り口調は軽快に続いていた。

791「前者の呪術式の場合は、皆さんが最も日常でよく見かける魔法も含んでいますので、こちらが一般的ですね。

魔法陣や詠唱を媒介として人智を超えた不思議な魔法を呼び出すのです。

この詠唱呪文や陣術を生み出すのが【魔術師】の仕事です」

魔法の拡声マイクで、彼女の言葉はホールの端っこに座る聴衆たちの耳にもよく届いた。
聴衆の中に眠気に誘われている者は一人もいない。
全員が、壇上にいる一人の【魔術師】の一挙一動に注目している。

791もその期待はひしひしと感じていたから、今日の公演中は座らずに立ちながら身振り手振りを交えて話を続けている。
彼らの求めている、強くて頼りになる【魔術師】を演じなければいけないのだ。

791「さらに、魔力を持った一部の【魔術師】は、対象者に固有魔術をかけることで永久に束縛するなんて恐ろしいこともできてしまいます。
文字通り“呪い”ですね。
私が生徒を叱る時によく使う手です」

彼女の小粋な冗談に、聴衆からは思わず笑いが漏れた。


791は今や公国内で知らない人間などいない程の大変著名な【魔術師】だ。
【魔術師】としては最年少ながら、当代随一の魔法力で最強の称号を手に入れながら、表に出る彼女の性格は温厚であっけらかんとしている。
さらに茶目っ気もあり、誰からも愛される人気者だった。

今日の講演も『宮廷魔術師が語る、今後の魔法界の動向について』という題で、数千の観覧席に対し全国から何十倍もの応募があった。

791には宮廷魔術師としての魔法関連の業務運用の取り仕切りや、魔法学校での運営以外に、こうした外部からの仕事が非常に多い。
特に講演の仕事は一度も断ったことがない。一人でも多くの人に自分の語る言葉を聞いてほしくて、多忙の身ながら何度も会場に赴くひたむきさは、まさに国民的英雄に相応しい振る舞いだった。


791「後者の召喚術式は【使い魔】を呼び出す形式が代表例ですね。
たとえばこんなものです」

791は目を閉じ手に持った杖を軽く振ると、壇上の中央でポンッという綿あめが弾けたような音とともに、絵本に出てくるような小さな天使が現れた。
途端に固唾を呑んで話を聞いていた聴衆から感嘆の声が上がった。

791「思いの外かわいいでしょう?
これが召喚です。

召喚自体には非常に高度な技術を要しますが、原理は先程の呪術式と同じです。
魔法陣や詠唱で魔法を呼び寄せるように、基本的に術者は魔法で【使い魔】を呼び出し、創り出します」

パタパタと羽ばたきをしながら、【使い魔】の天使は会場内を飛び回っている。
小さい彼女が飛び回る周辺では次々と黄色い歓声があがっている。

791「ただ、この状態の【使い魔】は魔力を供給する術がないので、暫くすると消えてしまうのです。
ほら、こんな風にね」

飛び回っていた天使は再び綿あめが弾けたような音を出すと、跡形もなく消えてしまった。
会場内から上がった軽い悲鳴に、壇上の791はくすくすと笑った。

791「驚かせてごめんなさい。
でも実は、【使い魔】を呼ぶまでは皆さんも頑張ればできるのです。

先程の天使ちゃんは、いうなればただの魔法を結集させた集合体なのです。
皆さんが思い浮かべているような【使い魔】は、自分で喋り動く個別の生き物だと思います。

そうした強力な【使い魔】は召喚時に、頼むから現世に留まってくれ、と術者からお願いをするのです。
これが契約です」

契約まで見せてしまうと膨大な魔力を消費してしまうので見せられない、とはあまり大声では言えなかった。
見せてもいいが数日はたっぷり眠りこけてしまうことだろう。この大事な時期にその選択は取れない。

791「契約が終わればもうひとりの自分の完成です。

つまり、自分の分身を創り出すものと思ってください。

そのため基本的に術者と【使い魔】の記憶は共有されます。

さて、【使い魔】とは召喚時に追加で契約を交わすこともできます。我々はそれを制約と呼びますが――」

そこで一度言葉を切り、聴衆を見渡した。皆が聞き入っている様子だ。
安心して話を続けられる。

791「簡単にいえば【使い魔】に自身の分身としての機能だけでなく、追加で空を飛んでもらいたいやら、力持ちになってもらいたいとか。
そういったことを願うとしましょう。

その希望が術者の魔力に見合うものであれば契約は成立します。

ですが、代わりに【使い魔】の基本的な能力の一部が代償として失われます。

たとえば少し視力が悪くなったり、言葉を発せなくなったりといったものです。

いずれもこれらを召喚できるのは強大な魔力を有する【魔術師】でないといけないのです」

現実で【使い魔】を見たことがある人間など数えるほどしかいないだろう。
791自身も自分で呼び出せるようになるまでは見たこともなかった。

791「さて。こんな話をしていると、【魔術師】にお詳しい何人かのマニアの方はこう思うかもしれません。


“魔術を創るだけが【魔術師】ではないだろう”、とね?」

一部の聴衆の息を呑む声が聞こえてきた。
その様子に、子どもたちのイタズラを容認するような教師の微笑みを見せ、仕方ないとばかりに791は言葉を続けた。

791「今日は随分と【魔術師】事情にお詳しい方がいらっしゃいますねッ。

では、時間も少し余りましたので最後に少しだけ語りましょうか。



【魔術師】が持つ、【儀術】について」



そこで言葉を一度切り、演台の上のメロンソーダをストローで一度啜った。
甘さは全ての源だ。魔力も疲れも全て取り去ってくれる。

791「さて、【儀術】とは。

広義では魔道士が固有に持つ術のことですが、最近では専ら、魔術師が自分で創り出す必殺魔法を指す場合がほとんどのようですね。

魔術師は通常、多くの人々に使ってもらえるような魔法を創り出す研究をしていますが。

極一部の人間は、その創り出した魔法を自分だけの必殺技にしてしまうこともあるのです。

それが、【儀術】です」

791の脳裏に、かつての無口な師がちらついた。

彼は自分と出会う前、“キュンキュア”という魔法を創っている途中だった。
仮に完成したら世界に公表していたかもしれないので、彼自身は【儀術】にするつもりはなかったかもしれない。

だが、彼の魔法をほぼ全て受け継いだ彼女も、キュンキュアの原理だけは遂に分からず終いだった。
結果的に、“再生のキュンキュア”は無口な師の最後の【儀術】となったわけだ。

791「【儀術】は最終秘技なので、出し惜しみする魔術師も多いと聞きます。

大技にして段違いの威力の魔法とも聞きますが、本当のところはわかりません。
そもそも私も他の人の技は見たことありません。
生で見たことがある人は相当ラッキーでしょうね」

791「私の【儀術】ですか?ふふふ、秘密です。
でも、過去に私も創ろうとして失敗したことはあります。
メロンソーダを手から常時出すという魔法にしようとしたけど。うまくいきませんでした」

楽しげに笑う彼女に釣られ、聴衆たちも朗らかに笑った。
これで話ももう終わりだ。

791「さて。最近は“チョコ革命”で、術式の発明を生業にする魔術師も大きく数を減らしました。
ですが、公国に生まれた皆さんには素晴らしい魔法使いの血が流れています。
私が保証します。
その素質を開花させるかどうかは、皆さんの努力次第なのです」

話を終えた791がペコリと頭を下げると、数千の聴衆は万雷の拍手で公国の英雄を讃えたのだった。





「お疲れさまでした、791先生」

「今日も見事な講演でしたね」

講演を終え舞台裏に下がった彼女を、途端に多くの新聞記者たちが取り囲んだ。
講演の内容など一切聴かずに、恐らく最初から舞台裏で陣取っていたのだろう。

ブン屋はその見た目ですぐに一般人との区別ができる。

まず彼らは一様に髭も剃らずボサボサに伸びた髪で清潔感の欠片もない。
その癖、知り合ってもいないのに、取材相手とまるで友だちにでもなったかのように距離を詰めてくる。
極めつけは人を射抜かんとする眼光だ。おかげで友好的な行動に反し近寄りがたい圧を感じる。

自らが腐臭を漂わせているハイエナに対し、好んで近づく者はいない。
しかし、魔術師の修行過程で腐敗した魔物を何体も召喚してきた791からすれば、目の前のブン屋たちなどかわいいものである。
骨も全て溶けてどれが顔だか分からない魔物を召喚したときは隣家で異臭騒ぎとなった。その時に比べれば、騒ぎにならないだけマシである。

ブン屋たちも自分たちを邪険に扱わない791に好んで取材を行った。
何より、国のご意見番と化した宮廷魔術師の発す言葉は人々を惹きつけるのだ。

すべての新聞は彼女の行動を逐一記事にし、事あるごとにインタビュー記事を掲載している。
特に、とある新聞が掲載している『今日の791様』というミニコラムは巷で大変人気らしい。
791自身も一度読んだことがあるが、全く身に覚えのない発言や行動が書かれていたので思わず笑ってしまった。

特に、宮廷内のやり取りの多くは物語仕立てでやけに詳細な人物描写がされており連載物も多い。
大抵は、お高くとまる貴族に宮廷魔術師791があらゆる手でギャフンと言わせる勧善懲悪仕立てになっている。
安い三文芝居だが、長期連載なところを見ていると一定の読者は獲得しているのだろう。

だが、彼女はこうした記事に民衆の真意が隠れているのだと気づいていた。
貴族ばかりの国内権力内で次々と出世していった平民上がりの宮廷魔術師は、民衆からすると憧れと成功の象徴であり正義の味方なのだ。
一見すると抑圧されていないように見える国家だが、一貴族のライス家が代々広大な領土を支配している歪さに、徐々に民衆も気づき始めている。
人々はそうした矛盾を、急遽現れた791に知らずの内に任せようとしているのだ。

「こちらは公国大新聞です。最近のオレオ王国との関係悪化について一言いただけませんかッ!」

「カキシード新報ですッ!こちらにもコメントをお願いしますッ!」

挨拶もそこそこに興奮気味にブン屋から投げかけられた質問に、彼女は珍しく顔つきを険しくし、暫し押し黙った。

場数を踏んでいるブン屋たちは彼女の反応に、一瞬息を呑んだ。

意地汚い彼らを前に、かつて彼女が顔を曇らせたことなど決してなかったからである。

791「本当に信じられませんッ。強い憤りを覚えています。誰にって?それは勿論――」




―― 我が国上層部の下した判断に、です。




語気を強めた791の物言いに一瞬、ブン屋たちは互いに顔を見合わせ、すぐに眼下の手帳に一言一句を書き留め始めた。

「それはライス家への批判ということでしょうかッ!?」

791「もちろん。先日のオレオ王国との協議だって、話を一方的に打ち切ったのは我が国の方です。
非礼な行いにオレオ王国の民の皆さんには、寧ろ私から謝罪をしないといけないと思っています」

強気な彼女の発言に、思わず色めき立ったブン屋たちは獲物を見つけた獣のようにうなり声を出した。
世紀のスクープになるぞと言わんばかりに、手に持つペンを紙に擦り付けるように書き付け、耳では彼女の言葉を一言一句逃さぬようにと気を張っているのがわかる。

「それでは先日の決定に、791先生は関与していないと?」

791「ノーコメントで。ただ、以前のオレオ王国への我が国からの挑発的発言といい、なにかおかしな方向に物事が進んでいると言わざるをえません」

「質問を変えましょう。これまで国の閣議に791先生は参加していたと言われていますが、今回の件について先生に話は言っていなかったと?」

791「国家の内部情報について私から明かせることはありません。
ですが、皆さんも驚かれたように。
私も一国民として非常に驚き、そして哀しみました」

わずかな腐臭が791の鼻をついた。
これは周りの記者から出たものか。





それとも、息を吐くように嘘を吐き続ける自分から出たものか。



「しかし、実際のところ。これで両国間は一触即発の事態になりました。国境付近に我が国の魔戦部隊が集結しつつあるという情報もあります。
ライス家含め、我が国は今後どうすればいいとお考えでしょうか?」

791「オレオ王国との間に生まれた齟齬を、冷静にもう一度両者が見直すことです。

我が国のトップは冷静さを欠いている。
このまま戦争に進んで良いことなんて一つもありません。

私も宮廷魔術師として、今から公爵にその旨を訴えてきますッ!」

取材は終わりとばかりに、791は手を振り上げハイエナたちの群れを散らせた。

今度は歩く度に、横からカメラのフラッシュを焚かれる。
明日の各紙の記事の見出しは、穏健派の宮廷魔術師791がライス家に反旗を翻した、との記事で持ち切りになるだろう。

791「全ては想定通りだね」

小さく呟いた言葉は、カメラのフラッシュ音の中で誰も聞こえずに消えていった。


今日の講演後に、記者がこちらの下に詰めかける様は容易に想像できた。
そこで791はマスメディアを利用した戦術を思いついた。

彼女の強気なコメントを、マスメディアを使いこぞって報道させる。

今日彼女がブン屋たちに語った内容は、自ら政権内の要職にいながら、明らかに政権トップにいるライス家に反目した言動だ。

今夜の記事を眺め、夕飯の準備を整えながら民衆はこう思うだろう。

はて、はたして元首のカメ=ライス公爵を信じるべきか。
もしくは、“陰の元首”と噂される791を応援すればいいか、と。

カメ=ライス公爵は弱気を挫き、自らに富を集中させる典型的な豪族であり、その明け透けな思想は陰で民衆から多くの不評を買っている。

それに比べ、宮廷魔術師791は市民層から出世をした人々の希望の星であり、公爵に唯一反目できると見なされるほどの存在感と人気を放っている。

民衆がどちらを選ぶかは明白だ。

そして民衆の思想誘導を確固たるものにすべく、今夜の記事を前に791はこれからの公務を全て取りやめる。

今日も公爵に会いに行くとは語ったがそんな予定は毛頭なく、魔術師の間か自室に閉じこもり、公に自らの姿を一切見せなくするつもりだ。

すぐに彼女の動向を目にすることのできる民衆は、そしてまことしやかにこう囁くようになるのだ。


『悲劇の宮廷魔術師791は、カメ=ライス公爵に楯突いたせいで半監禁状態にある』と。


民衆は腐臭を垂れ流す国の指導者よりも、民の位置に近い宮廷魔術師を必ず支持するだろう。
世論の誘導さえ済ませれば“お掃除作戦”の準備もほぼ整ったに等しい。


791は心の中で嗤いが止まらなかった。


その感情が顔に出ないことだけを気にかけながら、急ぎ足で彼女は自室へと戻った。


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