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5-11:狂宴編

初公開:2021/01/30



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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『この身体は不治の病に侵されています。もう三月も持たないと医者からも匙を投げられていましてね』

彼はそう告げ、青ざめた顔の二人に、そっと微笑んだ。
幼少期からの壮絶な経験と、【会議所】を興してからの激務が原因で、彼の身体はすっかりと弱りきり、病魔に侵食されていた。
各種の臓器が悲鳴を上げるように痛みだし、身体は外敵を拒むように繰り返し痙攣を起こし、酷い時には歩く度に頭痛を起こし、吐き気を催すようになっていた。

それでも集計班は表向き顔色一つを変えることなくケロリとしながら、日常を過ごしていた。
精神をすり減らしていた彼は、遂に数年前から痛覚すら麻痺してしまっていたのだ。

集計班『判明したのは一年前ほどですか。ちょうどお二人に“計画”を打ち明けた時あたりですね』

唖然としていた二人は、そこでようやく彼の言葉を理解できたように震え、叫んだ。

参謀『なんでやッ!なんで言ってくれんかったんやッ!』

¢『そうなんよッ!突然そんなことを言われてもどうすればいいかわからないですよッ!』

集計班『落ち着いてください』

当の本人が一番落ち着き払いながら、なだめるようにニコリと笑った。

集計班『人はいつか必ず死んでしまいます。
その順番がたまたま早かった。ただ、それだけですよ』

教会の神父が語る死生観のような、穏やかな口ぶりで話す彼の言葉に、だが¢は納得できない様子だ。

¢『折角、英雄たちの魂が揃って、いざ計画を前進させようと思った矢先に…集計さんがいなくなったらぼくたちだけではどうにもならないんよ…』

端正な顔がクシャクシャに歪む。
他の英雄と同じく、彼も当代一の戦闘力を誇る英雄だが、多少引っ込み思案であることと、涙腺が他人より緩いのが玉にキズだ。

集計班『安心してください。私に一つ名案があります――』

すべてを見越しているかのように、集計班はゆったりとした口調で話を続けた。


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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

ナビス国王の書簡が【会議所】に届いてから早いもので、今日で一ヶ月と幾ばくあまり。

その間、【会議所】は両国に使者を送り、必死にこぎ着けた二国間協議も決裂し。
一方的にカキシード公国に決められた五日間の最後通牒を経て、公国がカカオ産地に突如侵攻。
全て、予定通り。

そして開戦から一週間。
今日、公国軍がオレオ王国の王都に総攻撃をかける。

最後の総仕上げを始めなくてはいけない。

表向きは【会議所】の議長として世界に停戦を呼びかけ続け、会議では敵の脅威に備えるため公国の国境線上に予備隊を配備する案など緊急事態策を矢継ぎ早に可決し、準備は着々と進んでいる。

公国使者のsomeone(のだれか)は音信不通、対して王国使者の斑虎(ぶちとら)は、交渉決裂の負い目から自ら王都に残り、カカオ産地侵攻後にも王国の軍部顧問として急遽編成された王国軍を率いている。
彼の士気と知名度の高さで義勇兵や援助物資が各地から集まり、公国圧勝に終わると見られていた王都決戦は、思いの外苦戦するのではないかとの見立てだ。
それでも終戦が数時間ほど先延ばしになる程度のものだろう。

王都に主たる人員を集めるその力は彼の実力にほかならず、それだけにここで失うのには惜しい人材だと感じる。
同時に、実に“素晴らしい”動きだとも思う。戦力を王都に集中してくれることで、いちいち各個撃破する手間が省けた。
今から【会議所】が王都を壊滅させれば、オレオ王国の戦力は一切喪失し、戦力を集中させている公国軍も大打撃を受ける。全て目論見通りなのだ。

滝本は、辛辣に王国戦争を批判する新聞記事を読み終えると、時計を眺め少し慌てたように新聞紙をゴミ箱に放り投げた。
時刻は闇も深まった寅の刻頃。これから日が上れば、公国軍は王都に一斉攻撃をかけるだろう。
戦場で両軍の入り乱れている瞬間こそが、【会議所】にとって最大の好機だ。





滝本は机の上に置いてある本を手に取ると立ち上がった。
そのままハンガーラックにかかるコートに手をかける寸前で、季節柄今はそこまで寒くないことに気づき、アオザイの格好のまま慌ただし気に議長室を飛び出した。

昼間は王国戦争への対応に追われ、いつも以上の慌ただしさを見せている本部棟だが、さすがに深夜過ぎともなると深夜の病棟のようにシンと静まり返っている。
本部棟の廊下にカツカツ、と靴音が反響して伝わってくる。

いつもより早めに聞こえてくるその足音に、滝本は一度はたと足を止めた。
自分でも気づかないうちに、気持ちが逸っているらしい。
無理もない。六年前から待ち焦がれた瞬間が今日訪れるのだ。興奮するなと言うのが難しい。

だが、急いては事を仕損じる。大事で足を掬われる瞬間は、自らの油断と慢心が極地を迎えた時だと相場が決まっている。
滝本は深く息を吸い込むと、ゆっくりと時間をかけて吐き出した。これまで経験したことのない速さで心臓の鼓動が烈(はげ)しくなり響いているのが嫌というほどに伝わってきた。
こんな自分にも血は流れているんだな、と滝本はいまさらながら不思議な感想を持った。

そして時間をかけ呼吸も整え、いざ歩き出そうとした矢先。

「行くん?」

目の前の暗闇から声をかけられ、落ち着いていた心臓は再び鼓動を早めた。
近づいてくる靴音とともに、通路にかけられた燭台の光にヌッと顔を出したのは袴姿のよく見知った人物だった。

滝本「参謀か。驚かせないでくださいよ」

通路で待ち構えていたのだろう。今の一連のやり取りを全て見られていた事の気恥ずかしさから、滝本は困ったようにボサボサの青髪を掻いた。
参謀がここに来た目的は凡その推測ができる。

滝本「参謀。先日も言ったように、私の考えは変わりません。
いくら陸戦兵器<サッカロイド>が最強だといっても、戦場では何が起きるかもわかりません。不足の事態に対処できる判断力を英霊たちに求めるのは些か酷だと思いませんか?
誰か戦場でお目付け役が必要でしょう。だから、私が王都に陸戦兵器<サッカロイド>とともに趣き、指揮を執ります。¢さんには大反対されましたが、いまさら気持ちは変わりませんよ」

滝本の言葉に、意外にも参謀はあっさりと頷いてみせた。

参謀「いや、俺はもう止める気はないんや。
ただ、この機会にお前に少しだけ正直な話をしようと思ってな」

はあ、と滝本は間抜けな声を出した。
この忙しい時にいったい何の話だろうか。他の人間ならば無神経な行動に苛立つところだが、彼の頭脳明晰さには全幅の信頼を置いている。
この話にもなにか意味があるのだろうと思い直し、滝本は逸る気持ちを抑えるように腕組みし続きを促した。

参謀「滝本、俺はな。今だからこそ言わなくてはあかへんことがある。

俺はお前の…いや、シューさんのやり方に、全て賛同していたわけやない」

気付いてはいた。
¢や自分と違い、彼はこの計画の根本にある“狂気”に染められていないように見えたからだ。

瀕死の人間から魂を抽出し、あまつさえその魂を兵器に仕立て上げ。
他方では他国を扇動し最終的に戦争を引き起こしその領土ごと奪い取る。
倫理観の欠片もない行為に、善良な彼は心の何処かで違和感を持ちながらこれまで行動していたのだろう。

だが、それでもいいと思っていた。
三人とも配管下を這いずり回るネズミになる必要はない。一人ぐらいは地上から空を眺め、たまに地下に情報を届けてくれるだけでもいい。
全員が地下に染まりすぎては、平衡感覚を失ったネズミたちは、地上に上がってもたちまち外敵に駆逐されてしまう。
だから、二人とって参謀は光のような存在であったし、闇に染まりきらないことが彼の強みなのだと感じていた。

彼は途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。

参謀「でもな。俺のその考え自体が逃げやった。
自分だけどこか安全な場所から見下ろすように、お前たちを見ていただけやッ」

滝本「冷静に周りを見渡す力があるということです。それこそが参謀の持ち味です」

彼は真剣な表情で頭を振った。燭台の光に浮かび上がった彼の顔は心なしか白い。

参謀「それだけじゃいけなかったんやッ。お前たちの気持ちをわかっているつもりになっていた。

俺の心はなッ、汚いもんやッ。お前が暗躍するとき、心の中で別の自分が嘲笑うんやッ!

“どうせ成功するはずない、こんな行動はおかしい”とッ!」

彼がここまで気持ちを吐露するのは珍しい。
どういう言葉をおくればいいか分からない。こういった場面は、決して得意ではない。

参謀「ある時な、気付いた。
素直にお前を応援できず、一歩ひいていたのはきっと“悔しかった”んやと。
熱中できるお前たちが羨ましくて、同時に悔しかったんや。

二十年前に【会議所】を興した時の情熱を思い出してな。
あの時から変わらない¢やお前の心と比べて、冷めてしまった自分に絶望してたんや」

滝本「参謀…」

参謀「大人になりすぎたってことなのかもしれんわ。

それでもな。時代が過ぎようと、俺自身が変わろうと。

俺には【会議所】設立時から、唯一変わっていない信念がある。


“お前たち”を支えるっちゅうことや」


「ぼくもそう思ってるんよ」


滝本「¢さん…」

聞き慣れた舌足らずな喋り口が耳に届いた。
参謀の背後から明かりの中に現れた¢は、在りし日のような精悍な顔つきをしていた。

なにが起きているのか、理解できていない。
なぜ二人がこの場にいるのか。
困惑気な滝本に二人は真面目な顔でじっと見つめ返している。

滝本「お二人とも、どうしてここに?【会議所】内の流れについては先日の打ち合わせでお話したはず…」

参謀「俺たちはそんな些細なことを確認しにきたんやない。これは、せやな。なんちゅうか、友人の見送りや」

友人。

聞き慣れない言葉に、滝本は思わず頭の中で反芻するように数度呟いた。
その様子を見かねてか、二人は悲しげな視線を送る。

参謀「滝本、お前は本当に可哀想なやつや。
いきなり議長を、そしてシューさんの後釜に指名された。その結果、お前の意思とは関係なく、【会議所】に縛り付けられ、降りかかる激務の全てをお前一人に任せた。

俺たちもお前の激務を見ていながら、知らずのうちに見て見ぬ振りをしてきた。

それは偏に、お前にかつてのシューさんの面影を重ねていたからや。俺も¢も本当にすまないと思っている」

滝本「いや、それは――」

参謀「――でもな、俺たちはようやく気付いた。

滝本、お前はお前や。お前は決してシューさんではない。

滝本スヅンショタンという一人の兵士なんやとな」

滝本は口を開いたまま、ピタリと静止した。

―― 何だろう、この気持ちは。
―― 胸にずしりと響いてくるこの感覚は。

¢「滝本さんのおかげで今日も【会議所】はこうして平和でいられる。
僕たち二人だけじゃこれまでこの平穏をとてもじゃないけど保てなかった。本当に感謝しているんよ」

―― 冷めきった心の中に広がっていくこの温かな気持ちは。

参謀「本来、議長であるお前が【会議所】を空けるのはまずい。俺も¢も大反対や」

彼の言葉に、横で¢も強く頷いている。

参謀「でもな。念入りに準備を重ね六年かけた【国家推進計画】の集大成が今これからだとすれば、戦場に赴かんとするお前の“心”を、俺たちは決して止めることはできひん」

¢「留守にしている間、【会議所】は二人で何とかしようと参謀と話し合ったんよ」

―― ドス黒い何かで浸っていた心に。一筋の光が差し込むように。

参謀「死地に赴こうとしている“友人”を支えてやるのが、俺たち二人の役目や。

俺たちは今までも何度も危ない橋を渡ってきた。
それは、お前が議長である以前に、俺たちがお前を支えようと思ってきたからや。

責任はお前一人には背負わせない。そうさせたくない。


滝本。何かあれば、俺達は三人一緒や」


滝本の心のなかで何かが弾け、静止していた身体はピクリと大きく揺れた。

頭の中で急速に情報が集約され、一つの結論が導かれる。
修行の末に悟りに到達した僧のように、彼の頭の中はいま澄んだ空のように晴れ渡り冴え渡っていた。

熱い思いの丈が喉元から目元にまで達することを恐れ、滝本は思わず目を伏せ細めた。





滝本「借りた本をね。読み終わったんですよ」

震えた声を誤魔化すように滝本はポツリと呟き、腕の中に収まっている七彩の本を見つめた。

参謀「…どうやった?」

滝本は微笑を浮かべた。

滝本「正直…展開はありきたりでした。
実は、記憶を失う前の主人公は犯罪グループのボスで。
とある重大事件で記憶を失い、その監視のために“父”と仰ぐ警官が付き彼は仮初めの更生をする。残酷な事実です。

その事実に全て気付いた時、主人公は絶望し、心の中に潜んでいた別人格である本来の自分と入れ替わり、再び狂気の破壊者へと回る。
あらすじを見たときからある程度予想はしてましたよ」

でも、と続けながら、滝本は牢獄にとらわれている少年の表紙絵を見つめていた。

滝本「気になるシーンがありましてね。
最後に、結局主人公は警官である人格を捨てて、元の犯罪者の自分に身体を明け渡すんですが。その時に彼がこう言うんです。

『空っぽだった自分にも唯一、捨てきれないものがある。仲間と過ごした日々、会話、生活。その全てが詰まった“記憶”だ』と。
『叶うならば自分が死んでも、その“記憶”だけは心のなかに残しておいてほしい』、そう懇願するんです。

記憶とは、ただ会話を交わした履歴だけではない。その時に自分がどう思い感じ、どのように行動するに至ったか。
生者の痕跡こそが“記憶”だ、とこの本では語っている。
私はこの言葉を理解できなかった。馬鹿げているとすら思った」

そこで滝本は顔を上げ、不安がる二人に精一杯の笑みを返した。


滝本「いま、ようやく意味がわかりました。

私は今のこの三人でのやり取りを決して忘れたくない。

かけがえのない思い出として遺しておきたい。


これが本当の“記憶”、なんですね」

心の中になにか熱いものが宿るのを確かに感じた。
今まで酷く冷めていたからだろうか。人肌程度の暖かさのはずなのに、不思議と身体には燃え盛る熱のように深く沁み渡った。

いま、滝本の心の奥深くに “記憶”が刻み込まれた。
今まで追体験していた回想ではない、彼自身の感じた生の経験だ。

もし死に行く際にも、最期はこの光景を思い出しながら息絶えたい。
そう感じるほどに温もりはあった。


滝本「ありがとう。参謀、¢さん。
先程の言葉はとんでもない。お二人がいたから、私はここまでやってこれたんです。本当にありがとう」

暫く頭を下げたままの滝本を、二人は穏やかな顔で見つめていた。
“でも――”と言葉を続け、再び頭を上げた彼の顔は茶目っ気に溢れていた。

滝本「――かわいそう、というのは随分と心外ですね。

これでも私はこの職を気に入っているんですよ?激務、大いに結構。その分、寝ますけど。
【会議所】の役に立てるなら、この身体を喜んで差し出します。本当ですよ?」

参謀「とんだマゾ野郎やん」

敢えて捻り出した彼の強めのツッコミに、思わず三人は笑いあった。
この五年過ごしてきた中で、一番穏やかな時間がこの暗く無機質な通路内で流れていた。


滝本「では、行ってきます。後を頼みますよ。
ああ、そうだ参謀。お返しします、いい本でした」

手にしたハードカバー本を参謀に渡そうとすると、彼は微笑を浮かべたまま静かに頭を振った。

参謀「返却は、お前が無事に戻ってから図書館で受け付けるわ」

滝本「無事に帰ってこられるか不安なんですか?大丈夫ですって」

参謀はその言葉には何も返さず、なおも無言で再度頭を振った。
滝本は渋々、本を脇に抱えた。

滝本「…わかりました。全て終わり、戻ってきたらちゃんと返却しますよ」

二人が通路脇にそっと身を避ける。滝本の前には道が開かれた。
この道を進んでいけば、この後振り返ることは許されず突き進むしかない。

滝本は二人の顔を自らの“記憶”に焼き付けるように、それぞれ長い間見つめた。
なぜだか、そうしたくなったのだ。




滝本「それでは。行ってきます」

名残惜しそうに別れの挨拶を終えると、滝本はツカツカと歩き去って行った。
二人はその背中が闇に溶けるまで見送っていたが、参謀は静かに嘆息した。

参謀「なあ、¢。歴史の評価っちゅうもんは後世の人間がするもんだが…
いま俺たちがやっていることは実際どうなんやろな?」

¢「ぼくたちがやっていることは悪そのもの。悲しいけどそれは事実だ」

躊躇いもなく言い切る彼の姿勢には、既に覚悟を決めている者の決意をひしひしと感じ取れた。
その言葉に、参謀もかえって自信を貰えた気がした。

参謀「せやな。きっと俺たちの行動を後の時代の奴らは、突拍子もないことを計画し実行した“信じられない阿呆”とでも言うんやろうな」

¢はキョトンとした目で参謀を見返した。参謀は大丈夫だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。

参謀「でも、そんな阿呆こそ世界を変えるってのが、時往々にしてあるやろ?」

¢「…そうだな。そう信じているんよ」


いつだって世界を変えるのは、突拍子もない事を考える阿呆だ。

さて。

もし、自分たちよりもさらに頭のネジの外れた“ド阿呆”がいたとしたらどうだろう。






世界はさぞおもしろくなるだろう、と参謀は思った。





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【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 5年前】

集計班『不治の病に侵されたこの身体では、私は最期まで見届けられません。
まああくまで、“私のこの眼では”、ですが…』

含みのある言葉に¢はすぐに彼の企みに気付き、再び驚愕した。

¢『まさか、集計さんッ!貴方は、もしかして“うまかリボーン”を――』

その言葉を遮るように、集計班は机の上に一枚の写真を投げた。
町中で撮ったのだろう。雑踏の中に、ボサボサの青髪姿の一人の若者が写っていた。

集計班『私に“合いそう”な兵士を選びました。すぐに後継者として起て、彼を連れてきてください。私は【儀術】の準備をします』

¢『本気なのか、集計さん…?』

集計班『冗談など言いませんよ。いいですか?これから行われるであろう、魂を違う“器”に込める作業は、これまで集めた12人の英霊を差し置いて、私が初めてとなります。

魂を押し込める手段はあなた方にお任せします。化学班さんに相談されるのがいいだろう。

たとえ失敗してもいい。それで最適な方法を考え直せるなら、私は喜んでこの身を差し出しましょう。

まあ元々、本来死ぬ人間ですから未練などありませんよ。
でも、もしうまく行けば、姿形は違えどまたこうして皆で会うこともできましょう』

彼の言葉は何時だって苛烈で果断だ。
本来は批判し止めないといけないのだろう。だが、参謀は思わず聞いた。

参謀『彼は、シューさんの血縁者かなにかなん?』

集計班『いいえ、全く違います。縁もゆかりもない、所属軍が同じだけのきのこ軍兵士です。
ただ、彼は私ほど魔力がなくかえって適合しやすそうだということ。それと――』

参謀『それと?』

集計班は笑いながら答えた。

集計班『目元を見てください。どことなく私に似ていませんか?』

一人の兵士の運命を完全に狂わせようとしているのに、悪意を一切に感じずに見せる笑顔に二人はクラクラした。

純粋な狂気だった。


集計班『それでは皆さん。お元気でしたら“また”お会いしましょう』

今生の別れとは程遠い声のトーンで、“魔術師”集計班は二人に最期の別れを告げたのだった。


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【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団地下 メイジ武器庫】

滝本がメイジ武器庫に到着すると、武器庫内は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
それまで横に寝かせられていた陸戦兵器<サッカロイド>たちは全て立ち上がり、その全長は広大な天井に届かんとする高さだ。
胸の部分に埋め込まれた英雄の魂たちは、戦を前にしてやる気十分といった具合にメラメラと揺らいでいる。

その巨人たちの足元を、白衣を纏った数人の研究者たちが慌ただしそうに走り回っている。
元々、陸戦兵器<サッカロイド>計画は秘密裏に行われていたため、化学班を始め限られた人間でのみ武器庫を運用していたのだ。
いよいよ決戦が始まるのだと思うと、【大戦】前に感じる高揚感のように、滝本の胸も高まってくる。

陣頭指揮を執っていた化学班と猫の姿の95黒(くごくろ)がこちらを見つけると、急ぎ近寄ってきた。

化学班「やあやあ、お待ちしていましたよ。思いの外、早く戦いが始まっているようで準備に慌てておりましたわ」

滝本「いえいえ。こちらも遅れてしまい申し訳ありません」

95黒「12体の陸戦兵器<サッカロイド>、全て出撃完了していますッ!…と言いたいところですが、すみません。
“Ω(おめが)さん”が戦争ということで興奮したのか、我々の制止を振り切り先程既に出撃してしまいまして…」

95黒の言葉に改めて格納庫を眺めると、確かにΩの保管されていたスペースだけスッポリと空いてしまっている。

滝本「ふふっ。それは実にΩさんらしい行動ですね。
大丈夫ですよ、事前にこの王都決戦の話は彼にも伝えてあります。予定通り向かってくれることでしょう。我々はその後に続けばいい」

化学班「本当に一緒に行くのですか?なにも貴方が行く必要はないのでは?」

滝本「名目上、私は新型兵器で公国軍を蹴散らし、オレオ王国を救いに行くのです。
わたし自ら行かなくてどうしますか。¢さんには強く反対されましたがね」

その言葉に、化学班は“まあ私は面白ければなんでもいいのだがね”と言い肩をすくめた。
老いても変わらずの狂科学者然とした振る舞いに、もはや感動すら覚える。

95黒「魂との定着率は完全に100%には到達できていませんが、極力コンディションは整えました。そもそも陸戦兵器<サッカロイド>は通常の攻撃を受け付けないので、何か起きても大丈夫だとは思いますが」

95黒は、読み終えた報告書を器用に背中に載せた。

滝本「分かりました。それでは手筈通りいきましょう。念の為、私達の身に何かあればこの武器庫は即刻破棄してください」

化学班「あい仕った。安心して地上で暴れてきてくださいな」

そこに、一体の陸戦兵器<サッカロイド>が滝本たちの前に身を屈め、右の掌の甲を地面に付け握りこぶしを開いた。
この掌に乗れ、という意思表示だ。

滝本「失礼しますよ。“まいう”さん」

たけのこ軍 まいうの魂にそっと優しく声をかけ、滝本は掌の上に収まった。ひんやりとした冷気が、今は興奮した気を少しでも冷静にするのに丁度いい。
巨人は呼応するように掌の滝本をそっと上げ、自らの肩に彼を載せた。

滝本「よろしい。ではそろそろ、戦争を終結させに行きましょうかッ!
ハッチを開けなさいッ!」

滝本の命令とともに、機械音とともに武器庫の天井が開いていった。
頭上が、徐々に仄かな陽の差し込む湖面の光で覆われていく。
魔法の膜で覆われた武器庫は、陸戦兵器<サッカロイド>たちが通過すればすぐに湖上に向かえる仕組みとなっているのだ。

滝本「陸戦兵器<サッカロイド>部隊、出撃なさいッ!!」


ガチャリ。


手にした専用武器を抱え、一斉に外へ向かう彼らの一糸乱れぬ姿は、統率の取れた歴戦の精鋭部隊を彷彿とさせた。

滝本の心が俄に騒ぎ始めた。
否、これは滝本“だけ”の気持ちではない。きっと“彼”も興奮しているのだ。

滝本「“私たち”でケリをつけにいきましょうッ」

滝本は心のなかに向かい、独り呟いた。
答えるように、心臓の鼓動がドクンと一度跳ねた気がした。


地下を這いずり回ったネズミは、一縷の光を目がけ、遂に地上へ上がる。
親の遺した極めて残酷な意志を胸に宿し、子ネズミは親の遺言通り、仕組まれた舞台の上で狂宴を始める。


夢見た、最後の“ラストダンス”を踊るために。








                            To be continued...


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