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5-7:蜃気楼編

初公開:2021/01/11



―― 「僕の夢は、誰かの英雄<ヒーロー>になることだった」

            ―― 「なら、もう十分なれたじゃないか?」心の中の“彼”がそう囁く。

            ―― 「そろそろ夢から“醒める”時さ」

―― 「ふざけるなッ!いまの僕には父から教わった正義の心があるッ。もう昔の僕には戻らないッ!」僕自身が、心の中のもうひとりの“彼”に反論すると。

            ―― 「くくッくくくッ、ハハハッ」“彼”は徐に声を上げ笑い始めた。
           
            ―― 「正義?ハハッ。俺が悪なら、お前らも“悪”だ」吐き捨てるように言った。
           
            ―― 「俺たちはその日を生きるために必死だった。生きるためなら、仲間を生かすためならそれこそ何でもやったさ。
                一方で、お前らがやったことはなんだ?
                俺たち弱者の思いを踏みにじり、一方的に糾弾し、仲間の生命を散らすことだ。それがお前たちの仕事。
                さて、俺たちとお前たち。いったいなにが違う?」


                                                     七彩・著『牢獄の中の正義』より





【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室】

コンコン、と扉を叩く音で滝本は意識を戻した。
ガチャリと扉が開くと、たけのこ軍の軍服を身につけた抹茶(まっちゃ)が姿を現した。

抹茶「また寝てました?」

滝本「失敬な。目を開けて休憩していましたよ。人を眠り魔と勘違いしてやいませんか?」

抹茶「これは失礼。働いている姿より寝てる姿のほうが似合っているものですから」

からかうように微笑を浮かべながら、抹茶は脇に抱えていた大量の書類をドサリと机の上に置いた。
途端にゲンナリとした滝本の顔を気にすることもなく、彼の手元で開かれていた書籍に気づくと、抹茶は目を丸くした。

抹茶「読書ですか…珍しいですね」

滝本「ああ。wiki図書館で借りたんですよ。七彩さんが昔に書いた本らしくて」

抹茶「へぇ…七彩さんですか。懐かしいですね。まだ【会議所】で事務方だった時、あの人に色々と教えてもらいました」

滝本が捺印し終えた書類の束をチェックしながら、抹茶は昔を懐かしむように目を細めた。

滝本「あの頃はまだ多くの豪傑がいましたね。きのこ軍だとアルカリさんに、アンバサさんに、ゴダンさん。たけのこ軍だとシャンパンさんにまいうさんにチャンプルーさん」

抹茶「竹内さんに、とあるさんもいましたね。リコーズさんなんて、二度目に復帰した時はショボクレて見た目がすっかり変わっててびっくりしたなあ」

滝本「Ω(おめが)さんなんて、生涯現役だなんて言ってて、亡くなる少し前まで兵士に稽古を付けてた熱血漢。あれには驚かされた」

抹茶「本当ですねえ…みんな強くて優しくて尊敬できる人だったなあ。
そういえば大事な人を忘れていた。
集計班さんですよ、あの人なくして【会議所】は語れない」

滝本「なんといっても、【会議所】を興した偉人ですからね」

最初の束は確認し終えたのか、抹茶はすぐに次の稟議書群の確認に入った。滝本は議長だが、実質抹茶がこうして秘書役として最終チェックに入る。
こうして待っている時は少しだけ緊張する。滝本は、答案用紙の採点を待つ生徒の気持ちが少しだけ分かった。

抹茶「優しくて人格者で本当に凄い人でしたよ。いつも飄々として憧れてたなあ」

滝本「集計班さんを悪く言う人を見たことないですね」

抹茶「僕が最初に【会議所】に来たのはかなり幼い時ですが、その時から例外的に色々な役職で学ばせてもらって、育ててもらった恩があります。
話も論理的で筋が通ってるし、少し茶目っ気もあっておもしろい人でした。今とはちがっておもしろかったなあ」

滝本「…まるで後任の私には一切備わってないように聞こえるんですが?」

抹茶「あれ、そう聞こえちゃいました?」

滝本の憮然とした表情をおかしく思ったのか、抹茶は“冗談ですよ”と笑い、濃い緑髪のマッシュヘアとあわせて愉快そうに揺れた。

不思議と彼とは波長が合った。年齢は恐らく滝本より年下だが、立場を越えて二人は対等な関係で話し合うことが出来た。
¢や参謀とはまた違う安心感だ。彼らと違い“計画”の話など一切無く、肩肘張らずに気軽に話せる間柄だからかもしれない。

抹茶「その七彩さんの本。どんな内容なんです?」

抹茶は書類の確認の手を一旦緩め、滝本の机の上に置かれている本に興味を示した。
“ああ、ネタバレとか気にせずいいですよ”と語る抹茶を思わず見返すと、もう次の確認作業に取り掛かっている。
器用な人間だ。次の【会議所】を担う期待のホープと呼ばれるだけのことはある。

滝本「主人公は駆け出しの青年警官なんですが記憶喪失なんです。
真面目に仕事していたんですが、ある凶悪犯罪グループを追いかける過程で悪夢にうなされるようになってね。

その夢の内容が、まあ簡単に言うと記憶喪失前の元の人格の時のもので。
なんと過去の自分自身が、追いかけていた凶悪犯罪グループの元親玉だったという、驚愕の事実に気付くんです」

抹茶「なるほど。それは随分とどんでん返しな展開ですね。タイトルについている“牢獄”は、自分自身がかつて牢獄の中にいたという暗示なんですね」

抹茶は、大量の書類を仕分けし終えまとめているところだった。相変わらず仕事が速い。
意外と抹茶が話しに乗ってくるので、滝本も興が乗ってきた。

滝本「まだ読み終えてないんですが、なかなかおもしろいですよ。
後半の章からは過去の自分との対峙がメインになるんですが、このときの葛藤がなかなか真に迫っててね」


―― 「“夢”から醒めたら、僕はどうなるんだ」僕が問いかけると、“彼”は笑った。

            ―― 「なにも起こらないさ。幸せな夢からこの身体が醒めるだけ。俺は俺、お前はお前のままさ」

―― 「僕は怖いんだ。僕という夢が終わることで、これまでの全て消えてしまうことがたまらなく怖いんだ」まだ“彼”を受け入れるわけでもないにのに、身体は恐怖でガタガタと震えている。

            ―― 「元に戻るだけなのさ。お前も目が醒めて、少しだけ泣いたらそれでお終い」

            ―― 「元々、瀕死の俺を助けるためにお前という人格が生まれた。忘れたのか?
                そして、無事今日まで生きてくれた。これでも俺はお前に感謝してるんだぜ?
                さあ、俺を救ってくれよ。そのために生まれたんだろう?」

―― 「黙れッ!黙れ黙れッ!あのとき死ねば良かったんだッ、僕もお前も…救いなんて、いらなかったッ!」





抹茶「すごい刺激的なシーンですね」

滝本の語る内容に、思わず抹茶も手を止め聞き入っている。

滝本「主人公の僕、つまり“夢”の存在ですね。彼は必死に元の人格に抗おうとする。そうして抗って、抗って最終章へと進んでいくんです。

でも、私にはどうしても彼の気持ちがわからないんですよ。
元の自分がいるとすれば、身体を返して戻してあげるのが筋でしょう。後発的に彼という人格が生まれたのならば尚更だ。
そこまで仮初めの生活に拘り続けることは、本当に正しいことなんでしょうか?」

抹茶は眉を寄せ複雑な表情をつくった。

抹茶「うーん。まあこの場合、人格を戻す先が、自分の追っていた犯罪グループの親玉というところで、彼の抵抗感を強めているのかもですが。
普通は誰しも、手に入れた幸せを噛み締めたいものじゃないですか?」

抹茶の話を聞いてもなお、滝本は腑に落ちなかった。
彼の幸せは手に入れたものではなく、“与えられた”もののはずだ。
ある種、危機回避のために代理で発現した自分が、本来の自分に反逆しようとするなどおこがましいにも程がある。
滝本は質問を変えてみることにした。

滝本「抹茶さんが彼と同じ立場だったら、どう思います?」

抹茶は顎に手を添え、少し考え込むような仕草をした。

抹茶「そうですねえ。僕も同じことを突然言われたら、たぶん必死に抵抗しちゃうと思います。
でも、もしこのストーリーのような背景を薄々でも気付いていたとしたら。
もしかしたら最終的には受け入れちゃうかもしれませんね」

滝本「ほう?」

抹茶「自分自身がこの世からいなくなるということは、本来凄く“悔しい”ことだと思うんですよ。それはたとえ、自分が仮の人格だと自覚していても同じことです。

自分が夢に戻るっていうと聞こえがいいですけど、要は自分という個の存在が無に帰す。
これ程悲しいことはないです。

よく、生きた痕跡が残っていればその人生は無駄にならないと哲学的に語られますが、僕はこの考えには反対です。
その評価を最終的に行うのは他人でなくあくまで自分自身な筈です。

他人と話し笑い合い誰かを支え支えられながら生きる。
意志を持ち行動することが人生の本懐だと思うんですよ」


―― 自分という個の存在が無に帰す。これ程悲しいことはない。

夢と現の境界線は曖昧なものだと思う。
夢も非常に精巧な出来になれば、見ている風景は現実と全く変わらない。
唯一の違いがあるとすれば、夢では最終的に自分自身が筋書きを決められるが、現実で想定通りに動く筋書きなど存在し得ないということだ。
ただ、それも驚くほど精巧な夢の中であれば知覚することもできず、夢の中での配役の一人と化している当人でも分かる術はない。

いま、滝本は現実の中に居る。

しかし、本当にそう断言できるのだろうか。

滝本という人格には五年前以前の記憶が一切ない。
五年前のあの日、知らない部屋の固い手術台で起き上がったその時からの記憶しか残っていない。


果たしてそんなことが、本当に現実で起こりうるのだろうか。


今の自分には、この本の主人公や抹茶が語るような現世への執着など一切ない。
同じ“遺志”を持ち、【会議所】の発展という目的に向かい、手足を動かしているだけ。そこに自身の意志など一切介在しない。


それは、生きていると言えるのだろうか。


抹茶「ただ、まあそう駄々をこねたってどうしようもない時はあるので。
僕は霊魂説なんて信じてませんけど、魂だけになってもみんなを見守ることはできるし、“記憶”がその身体に残り続けるなら。生きてきたことは無駄にはなりませんからね。

…滝本さん。顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」

滝本「…ああ。大丈夫で――いやいや、どうやら働きすぎたようで。これは休憩の時間をたっぷり貰わないといけないようです」

抹茶「いや、今まで散々休憩したって言ってたやろッ!
どうですか、これ参謀の真似です」

滝本「ふふッ。全然似てないです」

滝本の表情を見て安心したのか、“新しい書類の処理が終わったら、たっぷり寝ていいですよ”と声をかけると、抹茶は大量の書類を抱え部屋を出ていった。





滝本はもう一度手元の本を開いた。
目に飛び込むのは、主人公の激烈な独白だ。


―― 「消えろッ!恨んで、恨んで、死んでからも恨み続けてやるッ」


この本の主人公と違い、滝本は一度も心の中の“彼”を恨んだことなどない。
これからもきっとそうだろう。

寧ろ感謝の念しか浮かばないのだ。無味乾燥とした自身の人生に意味を持たせることができた。
【国家推進計画】に携われ、【会議所】で議長として働くことができた。
与えられた幸せを噛み締めることこそすれ、抗うことなどしない。
今日、突然自分の人生が“彼”に奪われるとしても、笑顔で消えていくことだろう。

ただ、本来の滝本の人格が五年前に一度無に帰しているのは間違いないだろう。
夢で見る風景は、【会議所】に来てからの回想に“彼”の追憶ばかりだ。

もし、無に帰したはずの元の滝本の人格が戻り、この本のような状況に陥ったらどうなるだろう。

滝本自身はもしかしたら了承するかもしれない。仕方ないと同情するかもしれない。
だがもうひとりの“自分”が了承するだろうか。


分からない。
            ―― 嘘つき。

想像したくない。
            ―― 容易に思い浮かぶだろう?

理解したくない。
            ―― 本当は分かっているくせに。

“死”とは一体なんなのだろう。
            ―― それはね。留まり続けることをやめた時さ。


これまで滝本は、生と死の概念について一切の疑問を感じたことはなかった。
だが、【国家推進計画】の最終盤を迎えようとしている時に、彼はこの本を通じて大きな疑問に直面していた。
無意識に抑え込もうとしても、疑問は泉の水のように心の中で溢れた。蓋をしても暫くすれば再び溢れてしまう。

困惑していた彼はその正体を知らなかったが、これこそが滝本スヅンショタンにとっての自我の芽生えだった。


そもそも、なぜ成人をとうに越えた彼が、誰しもが乗り越えてきた悩みを、あるいは幼少期の内には素通りしてきた悩みに今、苛まれないといけないのか。

その根本を探るには、一旦時計の針を六年前にまで戻さないといけない。










それは、ある“魔術師”の、酷く冷酷な思いつきから始まった。


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