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6-5:心に取り巻く呪縛編

初公開:2021/04/01



【きのこたけのこ会議所自治区域 会議所本部 791の部屋 4ヶ月前】

会議所本部の一角に建つ、上級兵士宿舎内のとある部屋の前に立つと、someoneは深く息を吐いた。
目の前の漆黒に塗られた扉を見るといつも気が重くなる。
人生で最も気の乗らない時間だとこの扉の前に立つ度に思っているが、つまり毎回同じことを感じているということは毎度更新され上書きされているということなのだ。

これ以上無駄な時間を過ごしても仕方がないので意を決し扉をキッチリと四度叩くと、中から“はーい”という純真無垢な声とともに、ガチャリと扉が開いた。

791『someoneさん、いらっしゃいッ!どうぞ入ってよッ』

群青のローブにすっぽりと包まったsomeoneを見るや否や、紫紺(しこん)のローブを着た791は満面の笑みで自室に招き入れた。
ワンカールした彼女の黒髪が、持ち主の心の内を表すように楽しげにたなびいていた。

791『上がってよ。そういえば久々だね?someoneさんと会うのはいつ以来だろうね?』

someone『五ヶ月と四日ぶりです』

791『すごいッ、よくそんな日にち単位で覚えてるねッ!もしかして待ち遠しかったかな?』

その逆だ。

苦痛とは、日が経ち当時の記憶が薄れようとも、決して心の中から消えることはない。再び同じ場面に遭遇すれば、嫌でも身体は当時のことを覚えているのだ。
それどころか思いがけずトラウマを想起すると、当時の精神的苦痛は打ち寄せた波のように、以前よりも勢いを増して襲いかかる。

それならば、忘れずにずっと覚えていれば良いのだ。
someoneは一番忌みすべき師との邂逅を全て記憶するようにした。
苦痛という螺旋の渦の中に自分自身が飲まれているということを自覚さえしていれば、少なくとも増幅する精神的苦痛を軽減することはできる。
他方で、普段から苦痛を自覚し続けることは大きな代償となるが、その感覚もとうの昔に麻痺してしまっていた。

彼女の案内で、someoneは大広間に通された。
一息つきフードを脱ぐと、赤毛の前髪を払いながら、改めて室内をぐるりと一瞥した。
壁紙やカーペット、それに窓際のかわいらしい柄のカーテンはどれも淡いクリーム色で統一され温かさと清潔感を演出している。
壁に立てかけられた本棚には多様な書物が揃えられ中心には応接用のソファがちょこんと備え付けられている。通路を挟んだ奥には寝室と執務室があるのだろう。

上級宿舎となれば、今のsomeoneが住んでいる部屋の間取りとは大きく違う。広々としたリビングにキッチンルーム、寝室に客室。
ほぼ全てが一部屋に詰まっている自分の家とは天と地の差だ。【会議所】にとって彼女がいかに重要な人物であることかを示す表れでもある。

791『さてと――』

791は黒光りを放つソファに深々と腰掛けると、次の瞬間、パチンと指を鳴らし瞬時に防音の魔法を部屋中に張り巡らせた。

791『――someone。最近の状況はどうなっている?』

途端に、目の前の師は“魔術師”の顔つきになっていた。
冷酷で誰も信用していない、あの醜い目つきだ。

someone『…特に報告はありません。ケーキ教団は変わらず警備が固く、潜入できていない状況です』

791『そうなんだ。なら、いいよ』

直立不動で報告する弟子を気にもせず、あっさりと791は言葉を返した。
元より【会議所】の動向などあまり気にしていないとさえ思うほどの興味の無さだ。

791『ここ最近、私が公国の方に付きっきりで、こっちに来てなかったのは知ってるよね?
向こうは変わらずだよ。内務はNo.11が頑張っているかな。一方で、着々と“準備”も進んでいる』

“準備”とは、即ちオレオ王国への侵攻と公国を仕切るライス家を一掃する行動のことだ。

someone『つい数日前、公国通関の査察で王国から輸入したチョコの成分量に問題があるとして、輸入手続きに支障が出ているという報道を見ました』

791『めざといね。あれはNo.11の発案でね、オレオ王国お抱えの業者に難癖をつけたのさ。成分に混じり気のあるチョコを出されると国家間での関係悪化になりかねない、とね。
こうした小さな問題をここ数ヶ月以内に積み重ねていく。

そうすれば、外交関係の悪化を引き起こし、いざ公国が王国を糾弾する立場となったときに、世界は間違いなくこちら側に付くよ。

世界は“理由”を求めているのさ、他人を叩き自分に火の粉がかからないための建前をね』

外交を熟知している彼女は、引き際と攻め際をよく心得ている。

オレオ王国がチョコ革命の覇権を握り非武装国家ながら世界最大級の経済発展を続けている現実を、快く思っていない組織は少なからず存在する。
しかし、三大国の一角である王国に楯突くこともできず、彼らは心の中で苦虫を噛み潰しながら彼の国の台頭を許している。

彼女は、そうした文句一つも言えない中小国家に寄り添うように、そっと“理由”を創っているのだ。
オレオ王国の横暴でチョコの輸出は締め付けられ価格は高騰し、世界の発展は著しく遅れる。
その悪しき事態に、国家群を代表してカキシード公国が王国に立ち向かう。
彼らがどちらに付くかは、火を見るよりも明らかだ。


その後、someoneはここ最近の【会議所】の動向を報告した。大戦の結果や定期会議についてなどで当たり障りないものばかりだ。
毛先を弄りながら興味無さそうに話を聞いていた791だが、ある話題になるとその手を止めた。

791『そういえば、someoneがつくった新ルール。えーと、【制圧制】だっけ?その評判がすごく良いみたいだね?』

その言葉に、someoneは曖昧に頷いた。

someone『先日の定例会議に上げたところ、試験的に【大戦】のルールで使ってみようという話になりまして。気づけばいつの間にかメインルールとして組み込まれることになりました』

控えめな彼の物言いに、791はそっと微笑んだ。

791『それはすごい。その噂は公国まで届いていたよ。
魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』

―― さすがはsomeoneだねッ

彼女の最後の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

思いがけない賛辞に、someoneは戸惑った。
何より、他愛もない称賛の言葉にここまで心を動かされる自分自身に驚いていた。
すでに目の前の師とは決別を決めたはずなのに、心の奥底では彼女を求めている。
その事実に愕然とした。

791『斑虎さんともすごく仲がいいんだってね?彼は芯の通った勇敢な戦士だよ。
打ち解けられる友達ができるなんて。私としても本当に喜ばしいことだよ――』

しかし、そうして心の中に仄かに灯った暖かな火は。





791『――本当に、いい人を“選んだ”ね』




彼女自身の言葉で、いとも簡単に崩れ去った。



選んだ。

選んだとは、なにか。

791『someone、君の選択は間違ってないよ。私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。
彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』

ひとつひとつの言葉が癪に障る。
決して、下心で斑虎と親しくなったわけではない。そもそも、友人とは打算を以て作るものではない筈だ。目の前の魔術師には決して分からない価値観だろう。

791『私はね、嬉しいんだよ。君がこの【会議所】の生活を通じて着実に成長している。その実感を得ているだけでも、君をここに送り込んだ価値があった』

彼女に分からないように、someoneは独り下唇を噛んだ。

悔しかった。
斑虎を貶められているようで。

なにより、先程までこんな人物に心を動かされていたという事実を受け入れたくなかった。

791『引き続き【会議所】を謳歌しなさい、someone。
だけど、いつの日か君には当初の目的通り此処の動向を本格的に探ってもらわなくちゃいけない。
それまで、未来の“魔術師”として使える人間、使える道具を見極めておきなさい』

ただ、暗い影だけが残った。





それから暗澹たる思いで日々を過ごしながら、三月程前。最大の転機が訪れた。

その後のsomeoneの人生を大きく変えたのは、一枚のよれた紙ひこうきだった。





【きのこたけのこ会議所自治区域 3ヶ月前】

その日【大戦】が終わり、いつものように斑虎と反省会と称した飲み会を終え、夜更け頃にsomeoneは彼の家を出た。
いつもであれば彼の家でたっぷりと睡眠を取り翌朝になってから帰路につくのだが、この日は少しでも早く戻りたい事情があった。
自身の魔術研究が大詰めを迎え、少しでも早く頭の中の論理を実践したかったのだ。

日夜独りで書物を読み漁り研究を重ねる中で、遂に長年の夢である目標に大きく前進するための一歩を踏み出せるところまできていた。
その興奮から眠気もほとんど無かった。妙な気の逸りに、思わず斑虎からも心配されたほどだ。それでも彼は大酒をくらい寝てしまったが。

斑虎の家は【会議所】本部から少し離れた郊外に存在する。
一方でsomeoneの家は本部内にある一般兵士宿舎のため、この町を抜け草原を越え【会議所】本部内に戻る。
普段は賑わいを見せる目の前の中心街も、当然のように夜更け頃には全くといいほど人通りがない。特に、【大戦】直後では皆も疲れ切っているためなおさらだ。

だから、それが良かったのかもしれない。

someone『あれは…?』

早足で歩いていると、戸障子の閉まったとある商家に自然と目が向き、someoneは歩みを止めた。

何か得体の知れない“気”を感じたのだ。
頬をそっと撫でられるような、こそばゆい感覚。この感触には覚えがある。
近くに魔力の痕跡がある時のそれだ。
果たして商家の屋根に止まっている一通の紙ひこうきを見つけることができたのは、その紙から微小な魔力が漏れているためだった。

魔法学校時代より791の訓えで、魔法力を鍛えるために普段の生活から魔力の行使を要求された。普段から微小な魔力を使いながら身の回りの魔力を感じる訓練を続けていたのだ。
最初は辛く一時間も持続しなかったが、長く続けるうちにいつの間にか日常化し、自身で微小な魔力をコントロールできるようになっていた。
その結果、someoneは日常的に微量な魔力でも検知できる特異な能力を持つようになっていたのである。

紙ひこうきを見つけても、当初彼の気持ちはなびかなかった。
遊びの中で子供が魔法で飛ばし、そのまま放っておいたのかもしれない。よくある出来事だ、不思議でもない。

そう普通なら気にも留めない何気ない日常の出来事だが、その日は違った。
普段とは一切違う夜のしじまに変を感じたのか、はたまた自宅までの帰り道の途中の退屈しのぎに使おうとしたのか。

理由はわからないが、遂にsomeoneは念動魔法で屋根に引っかかった紙ひこうきをふと自分のもとに引き寄せた。

くしゃくしゃになり、手のひらサイズに収まる程の紙ひこうきは折り目の中から僅かな赤光を発していた。
妙な魔力の按分に中身を開こうとすると、指先に僅かな電撃が走るとともに紙上に文字が浮かび上がった。
これは軽い封魔文書だ。

『この文書が、何処かの見知らぬ探求家に届いていることを祈る。人の十分いない場所で読まれたし』

浮かび上がった意味深で仰々しい文に一瞬眉を潜めたが、すぐに子供の遊びだと思い直した。
そして、冗談半分で家まで持って帰ると、正直に警告に従い自室で開封した。

封魔文書はあくまで警告文だけで、特に鍵もなく中身をあっさりと開封することができた。



それは苛烈を極めた、【会議所】の内情を暴露した告発文書だった。


someone『これは…ッ!』

頭の中から魔術研究のことなど抜け落ちすぐにわら半紙を両手に握ると、地べたに落ちる屑紙の山を押しのけ、その場にどかりと座った。
急ぎ目を通し始める。文書は筆者自身の軽い自己紹介から始まると、丁寧に事の次第が記されていた。

―― 【会議所】は裏でケーキ教団を隠れ蓑とし、【大戦】に使用しない密造武器の製造を行っている。

―― その武器を秘密裏に他国に横流しし、彼らは見返りとして大量の角砂糖を受け取っている。
角砂糖はケーキ教団の各支部に支給され、一部の幹部は夜な夜な“儀式”と称し角砂糖を溶かし、魔法錬成で強化された“飴”を生成している。

―― 各支部で生成した飴は再び教団本部に集められ、チョ湖付近でまことしやかに囁かれる“きのたけのダイダラボッチ”生成の材料となっている。
あの巨人は伝承上の存在ではなく実在する。飴細工の巨人だ。
巨人の正式名称は不明だが、ケーキ教団を介し【会議所】が秘密裏に準備している新型陸戦兵器であることは間違いない。

―― 確証を持てないが、【会議所】重鎮のきのこ軍 ¢(せんと)は本計画の推進者ではないかと考えられる。
参加名簿から他の数名とともに計画的に【大戦】を欠席しており、恐らくチョ湖での密輸に立ち会っているものと考えられる。

―― 巨人はチョ湖近くか教団本部内に貯蔵されており、その数は不明。湖内に格納庫へと通じる通路があると予想され、彼らはチョ湖を通じて地上に姿を現している。
巨人の使用用途、実力は一切不明だが自力で湖畔を闊歩している。その技術力の高さは計り知れない。

さらに、後半には筆者の今後の予想も語られていた。

『ここからは全て小職の考察になる。

【会議所】が“きのたけのダイダラボッチ”を製造する目的は大凡(おおよそ)自衛のためとも考えられる。
【大戦】の継続開催で、大国と争うだけの戦力を整えつつあるものの、未だ軍防令は整備されておらず、今後自治区域として他国に立ち向かうには不安が残る。
ここ最近はカキシード公国とオレオ王国間で緊張が高まり、先の大戦乱を想起させる時局に近づいてもいる。
両国に接する自治区域は真っ先に巻き込まれることとなり、防衛のためと見れば新兵器開発には正当性があるように見える。

他方で、果たして本当に自衛のためなのかと勘ぐってもしまう。
他国を刺激しないために秘密裏に軍備を進める意図は分かるが、わざわざケーキ教団を介してまで回りくどい方法を取る理由がいまいち判然としない。
加えて、ケーキ教団内部から感じるただならぬ緊張感、さらに計画的なまでの彼らの暗躍めいた行動からは、なぜだか背後にとてつもなく大きな“闇”を感じてしまう。

恐らく【会議所】は、否、敢えて踏み込んで書けば。

議長の滝本を始めとする一部の上層部は、“きのたけのダイダラボッチ”という強大な軍事力を使い、何か恐ろしいことを考えようとしているのではないか?

これらは全て長年の勘による推測でしかないが、このおとぎ話のような仮説が外れていることを切に願う。

いずれにせよ、非合法の武器を他国に密輸している【会議所】の行動は間違っている。
努力したが、私一人では彼らの誤った“正義”を止めることは出来なかった。

この文書を読んでいる探求家へ。

頼む、【会議所】を止めてくれ。
世界を救ってくれ。


たけのこ軍 加古川かつめし』

ねずみ色の半紙には綺麗な筆跡で、想像を超える規模の話がつらつらと書かれていた。普通の人間ならば何の冗談かと鼻で笑うだろう。
中にはよくできた作り話だと感心する人間もいるかもしれないが、所詮は三流小説の域を出ず精々は飲み屋の中での話のネタにする程度だ。まともに取り合う人間はいない。

someone『馬鹿なッ…』

だが、someoneは違った。

文書を読み終わり愕然とした。

不思議なまでに連動しているのだ。
この文書にかかれている【会議所】の思惑と、791の語った内容の一部が不可思議なほどに一致しているのだ。


四年前、武器商人¢(せんと)が公国を訪れた時、彼はNo.11に、ケーキ教団を立ち上げその内部に巨大な武器製造拠点を造るという話をした。
秘密裏に交わされたこの内容の一致だけでもかなり信憑性は高いが、極めつけは“角砂糖”だ。

彼が、武器提供の見返りとして魔法書と梱包材のための角砂糖を求めたと聞いた。公国側はてっきり魔法書の方を目当てにし、同封する角砂糖は梱包材代わりのカモフラージュなのだとばかり考えていた。
しかし、【会議所】の本当の狙いは公国産の角砂糖を手に入れ、新型の陸戦兵器を造るための飴材にすることにあったのだ。
“きのたけのダイダラボッチ”の話は、かつて一度だけ耳にしたことがある。よもやその巨人が【会議所】の新型兵器だとは夢にも思わなかった。

筆者の兵士の名にも覚えがある。最近、チョ湖支店に異動したが、温和で頼りになる性格で、本部時代には何度か世話になった年配のたけのこ軍兵士だ。
もし本当に彼がこの文書を書いているのだとしたら、あの人となりからここまで突拍子もない嘘をつくとは考えにくい。

someone『加古川さんに真意を確かめてみないといけないな』





はたして次の日。

その加古川が過労のために意識不明で倒れ入院。彼の邸宅は火の不始末で全焼。

someoneの耳にその顛末が届いた時、昨夜の告発文書は真実であることを確信した。
彼は真実を究明しようとし、ほぼ解明してしまった。そして、恐らく外部に公表しようとして【会議所】の重鎮に口封じされたのだろう。
ここにきて【会議所】を取り巻く謎は急激に明かされ始めた。


一方でsomeoneは独り考えあぐねていた。
これで、【会議所】がなぜ突如としてカキシード公国に密造武器の提供を始めたかは明らかになった。
“きのたけのダイダラボッチ”を造り出すためだ。
だが、巨人を何の目的に使うのかまでが判然としない。大戦乱に備えるためか、あるいは【大戦】の新ルールに用いるためか、はたまた自治区域の最終兵器とするためか。
どれも全て可能性があり現時点で絞り切ることは難しい。唯一、加古川が身内に口封じされたのだとしたら、その物騒さから【大戦】の新ルールのためではないだろうと考える程度だ。


だが、そのような判然としない真実の探求以外に、彼は酷く重大な問題と直面していた。


それは自らの師である魔術師791への報告を行うかどうか、である。


パイプを蒸かしながら考える。答えは出ない。

元々、【会議所】に呼ばれた彼の目的は、一連の真相を探ることにある。
彼女からの任を全うするためには、ここで報告しないという選択肢はあり得ない。

先の一件から、someoneの心はすっかり彼女から離れてしまっていた。
だが同時に、明確に裏切りという形で、彼女と縁を切るための踏ん切りを付けられていないことも、また事実だった。


楽しみ終わったパイプを再度蒸かす。まだ答えは出ない。

何も考えずにこの文書を彼女に手渡せば、この胸を締め付けられる苦しみから解放され、楽になれるのだろうか。

―― 『よくできたね、すごいよsomeone』

―― 『魔法意外にも才能があるなんて、さすがはsomeoneだねッ』



675 :Episode:“トロイの木馬” someone 心に取り巻く呪縛編その14 [sage] :2021/04/01(木) 23:29:41 ID:mUruyWkso (14/18) [.479]
脳裏に幼少期からずっと見てきた彼女の喜んだ顔が浮かんでは消える。
屈託のないあの笑みが好きだった。

パイプから口を離し、深く長い紫煙を吐き出す。
すると、まるでこれまでの恨み憎しみが紫煙とともに自分から離れていくように、彼の気持ちは不思議と穏やかになった。
なぜ自分が彼女に怒りの気持ちを抱いているのかも少し分からなくなってしまった。

裏切られたとはいっても、結局彼女は自分のことを他の誰よりも一番に評価してくれている。後継者として彼女の愛を一身に浴びているのは自分だ。
それに、【会議所】で穏やかに暮らせているのも、彼女の計らいによるものではないか。


もう一度だけあの笑顔を見られるのであれば。

彼女への協力も悪くないのかもしれない。



そう思ったのもつかの間。








―― 『君が“使える”ようになれば、私にとってはすごく大きな前進となるよッ』




安穏とした心持ちは、途端に“あの日”に彼女から投げかけられた言葉を思い出すとともに、儚く無残にも砕け散った。


“あの日”に彼女から受けた仕打ちを、悲しみと憎しみの入り混じった怨嗟がフラッシュバックした。

思わずはっとしたsomeoneは口からパイプを落とし、慌て周りに漂う紫煙を勢いよく吸い込んでしまい、果てには咽(むせ)て咳き込んだ。
だが彼の脳内には、瞬時にかつての悲しみと憎しみの怨嗟の数々が駆け巡った。
それはまるで、先程パイプで吐き出した紫煙に憎悪の数々の感情が含まれ、再びそれを取り込むことで先程までの自身の情緒を取り戻したかのような、そんな移り身の早さだった。


―― 『私はね、ずーッと探していたんだ。手足になってくれるような人間と、後継者をね』

―― 『君が私の“手駒”として使えるようになれば百人力だ』

―― 『私も同じ立場だったら斑虎さんを“選ぶ”。彼は誠実だし裏切らない。傍に置いておくに最適な人物だ』

心の通っていない言葉、口調、態度。
まるで泉から溜まった水が溢れ落ちていくように、脳内に次々と彼女とのやり取りが映し出されていく。

そうだ。
肉親から捨てられ、養父母からも厄介払いされ、最後に自分が信じ縋り付いた唯一の存在は。


自分をただの道具としてしか見ていない、最悪の人物だった。


裏切られた。

    踏みにじられた。

       蔑まれた。

           信じられなくなった。


自分という存在を真に認めていないのだと分かり、哀しかった。


落としたパイプを拾い、じっと見つめる。
心の底まで魔王に染まり切っている師への師事が、本当に自分の本意かと言われれば。

それは確実に違う。
彼女の思想、行動は間違っている。
全てが独善的で、排他的で、その行動の殆どは他者を顧みないものに過ぎない。

―― 791『“魔術師”は全ての物事に優劣を付ける。全ての行動に意味を見出す。それこそが魔術の本懐。君は選ばれたんだよ、someone』

パイプをまた蒸かそうとし、その手を止めた。
あれ程心のなかでは嫌っていても、彼女の言葉が自分自身の心を鎖のように縛り付ける。
どれだけ否定しても、自分もあの“魔術師”の思想を少なからず汲んでいるのではないか。
そう思うと途端に怒りの感情は不安へと変わっていた。


自分の取るべき行動に本当に価値があるのだろうか。

一体、自分はどうしたいのか。



完成間近の研究を放り出し、来る日も来る日もsomeoneは悩み続けたが、答えは出なかった。
彼は、791の呪縛から逃れられなかったのだ。



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