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6-7:悪しき潮流編

初公開:2021/04/25


【きのこたけのこ会議所自治区域 議長室 2ヶ月前】

議長室に入るのは三年前に【会議所】に初めて訪れた時以来だ。ダークブラウン色に綺麗に塗装された板張りの床と執務机が、厳かな雰囲気を創り出している。
この部屋の粛然とした様子と無機質さは息苦しくいつ来ても落ち着かない。
壮大な風景ながら同じように無機質だった魔術師の間を彷彿とさせるものがあり、そう思う度に比べること自体が滝本に失礼だと思っていたが、なんということはない。権謀術策の面で言えば彼らは同類だったのだ。

someoneは自らの生い立ちから今日に至る葛藤まで、ほとんど全てを正直に話した。
自らが里子に出され、魔法学校に入学したこと。791に師事する中で魔法に目覚めたこと。そして、卒業後、彼女に心無い言葉をかけられ裏切られ、本性を知ったこと。彼女の指示で【会議所】に向かったこと。

目の前の議長の提案で議長室に移った後に、言葉は少ないながら事細かに詳細を話し終えると、彼はただ無表情のまま、ボサボサ頭を何度か掻いた。

滝本『つまり。貴方は、当初の経歴にある生まれは公国、育ちはシロクマ皇国という出自はデタラメで、本当はカキシード公国の魔法学校出身で、かつ魔術師791の一番弟子でもあり。
三年前に彼女の命で【会議所】の動向を探るために此処に来た、と。そういうことですね?』

someone『はい』

対面で間髪をいれず頷くsomeoneを見て、滝本は両のツリ目をさらに鋭くした。

滝本『そして加古川さんの封魔文書を偶然手に入れ、我々の計画に気がついたというわけですか。
なるほど。つくづく、あの人の行動は我々にとって大痛手だったな…まあ、でも殺そうが生かそうが、結果は同じ。生かした分だけまだ価値があるな』

ふっと息を吐き自嘲気味に青髪を掻く彼の行動からは、あまり真剣味が感じられない。
まるで【大戦】でたけのこ軍に負けたきのこ軍兵士のような真剣味のなさだ。
口調もどこか他人事のように感じられるのは、彼の話し方によるものからかどうか、someoneには未だその判断がついていない。

someone『そうでしょうか?寧ろ僕の提案は滝本さんたちにとって悪い話ではないはずです』

滝本『ほう?どんな内容です?』

すると、滝本は途端に翡翠(ひすい)の目をギラつからせsomeoneを射抜いた。
someoneはこれまで会議等の様子から、彼のことを無表情で感情表現が乏しい人間だと思っていた。だが、いざ接してみると意外と機微な変化が多い人間だと感じた。
参謀が彼に小言を多く言っていた理由の一端を少し理解できた気がする。

someone『それを語る前に、僕の覚悟を示します。
まず僕に、“制約の呪文”をかけてください』

滝本は思わず口を開け、信じられないという表情をして見せた。

滝本『本気で言っているんですか?貴方は791さんのスパイだ。私が制約の呪文をかければ。
今後彼女に我々のことを話そうとしたら、制約の呪文は貴方の身体を途端に蝕み――』

―― 生命を落とすことになりますよ。

someoneはその言葉には答えず、ポケットに仕舞っていたパイプを静かに取り出し、指先に灯した火種で皿に火を付けてみせた。滝本は達観した彼の様子にさらに衝撃を覚えた様子だった。

余裕の表情を見せなければいけない。心の中で何度も平静になれと命じた。
交渉とは焦りを見せた方の負けだ。

someone『僕を信用される立場でないことは分かっています。
この場を離れ、僕がすぐに791先生の下に行けば、滝本さんたちの計画は全ておじゃんです。そして、その可能性が残る限り、僕は加古川さんのようにいつ斃れるかも分からない。
それでは困るんです。

だから、信用を得るために“先生に会議所の情報を明かせば生命を落とす”という制約を課してください。話はそれからです』

パイプを静かに蒸かせる。口から出た紫煙が優雅な室内に静かに浸透していく。
この煙は、彼の最後の迷いを断ち切った。

逃げるためではない、先に進む。
早鐘を打つ心臓の鼓動が、少し和らいだ気がした。

滝本『これはこれは。とんでもない新人が入ってきたものだ』

椅子を軋ませながら、滝本は喜んだように手を叩いた。

毒を食らわば皿まで。覚悟を決める。
先人たちの残した情報をもとにうまく立ち回り、カキシード公国の、791の野望を打ち砕くのだ。
someoneは心の中で何度も自分をそう鼓舞し続けた。

滝本『分かりました。貴方の覚悟に乗じ、制約の呪文をかけましょう。
それで貴方の狙いはなんです?公国のスパイであるその身をこちらに投じる目的を教えて下さい』

someone『その答えの前に、こちらからの質問にも一つ答えてください。
承知の通り、公国は王国を攻めようとしている。
では、【会議所】は何の目的で陸戦兵器を用意しているのですか?』

哀しそうに滝本は視線を机に落とした。

滝本『…公国に武器を供与するのが我々の目的ではなく、未来への試金石のために“自衛用”に陸戦兵器を作ることが本当の目的でした。

表立って新兵器を作れば、世界は混乱し公国のような大国に目をつけられる可能性がある。世界会議の査問にかけられれば、これまで築いてきた我々の努力は全て泡になる。
だから、加古川さんに対し非情ともいえる手段をとらざるをえなかったのです。

新兵器開発には魔力要りの角砂糖が我々にはどうしても必要だったが、表のルートからではどうしても手に入らずこのような手を取りました。
それに乗じ、カキシード公国はオレオ王国を侵略しようとしている。
我々も責任の一端を感じています。

完成した陸戦兵器<サッカロイド>は、公国が王国領に侵入した際に投入する予定です。魔法も効かない硬さで公国軍を蹴散らし、たちまち王国を救うことでしょう』

淀みなく彼はそう答えた。

当時、彼の真摯な訴えを信じたが、今にして思い返せば分かる。
彼はとんでもない詭弁家だった。そして、この重要な場面ですんなりと嘘をつくだけの胆力と策謀力が備わっていた。
当時のsomeoneはまんまとのせられたのである。

someone『あくまで王国を救うために、有事の際に陸戦兵器を投入すると?
公国と戦う覚悟をお持ちということですか』

滝本『勿論、最悪の場合です。ですが、我々は自治区域として他の国家よりも柔軟に動けます。
それこそ、突発的な戦乱に介入することぐらいはわけもない。国家でもないので自主的な呼びかけで軍を編成することだってできる。
最近、他国の重鎮を招待し【大戦】に参加してもらっているのも、そうした時に備えた根回しも兼ねている。外交策のひとつなのですよ』

まるで会議の答弁の時のように、滝本は抑揚無く流暢に答えた。
someoneは暫し思案するようにモクモクとパイプを蒸かせていたが、一度だけうなずき彼の考えに理解を示した。

someone『僕の目的は…791先生の、いえ“魔術師”791の横暴を止めることです。
あの人は罪なき数多の王国民や公国民を、自分の権限を拡大させたいがために危険に晒している。人の命をおもちゃの積み木よりも大事に感じずぞんざいに扱っている。
僕はそうした考えを受け入れることは断じてできない。狂人の思想を止めないといけない。だから僕は、貴方がたに協力します』

そこでsomeoneは一度言葉を切り、滝本の背後に広がる外の様子を窓越しに見た。今日も晴れ晴れとした天気だ。
【会議所】一帯は地域的にあまり雨が降らないのか、カラリとした晴れ模様が多い。この時間では、芝生の上でお弁当を広げ食べている人間も多いことだろう。

someone『さらに言えば、僕はこの平和で中立な“公明正大”な【会議所】を守りたい。
もし、公国が王国侵攻を敢行した際には、【会議所】側の人間として王国解放のために動きます。
これが滝本さんたちに協力する第二の理由です』

その言葉に滝本は意外そうに目を丸くしたが、すぐにその目を細め口の端をつりあげるように笑った。

滝本『結構。貴方は勇敢な魔法使いです。
戦争を止めることができた暁には、世界を救った英雄として讃えられることでしょう』

滝本は右手を振り上げた。someoneの足元に薄白い光とともに魔法陣が描かれた。
“制約の呪文”が施行される。

滝本『汝、someoneに問う。偽の情報を言えば然るべき罰を覚悟せよ。
次に問う内容に汝が誓いその後相反する行動を取った際には、内臓にたぎる火が汝の罪を裁くだろう。

汝は、魔術師791に【会議所】の一切の秘密を喋らんと誓うか?』

someone『誓います』

途端に眩い光がsomeoneの全身を覆った。

痛みはない。ただ身体の内部に見えない鎖が巻き付いたような、そんな感触がある。
光は数秒ほどで消え失せると、満面の笑みで滝本は立ち上がり拍手で讃えた。

滝本『おめでとう。無事、制約の呪文は施行されました』

誰にとって“おめでとう”なのか、当然のことながらsomeoneはこの時知る由もなかった。





【きのこたけのこ会議所自治区域 ケーキ教団本部 メイジ武器庫 2ヶ月前】

先日の大戦後に滝本から呼び出しをうけ、初めてメイジ武器庫に足を踏み入れたsomeoneは、その規模の大きさにただただ驚愕した。

教団本部の地下に広がる見上げるほどに巨大な格納庫。
地上にある朽ちた古城とは打って変わり、近代設備で固められた計器類や機械類の数々。そして眼前に広がる巨人たちの横たわった姿。

加古川の手紙の通りの無機質な巨人たちの姿に驚愕したのも勿論だが、何より思った以上に【会議所】が大掛かりな準備をしているその事実に、someoneは驚いていた。

同時に、心の中にふとした疑問が湧く。


これではまるで、【会議所】が戦争の準備をしているみたいではないか、と。


滝本『武器庫内の案内は¢さんにお任せします』

¢『こっちだ。丁度“9号機”の歩行テストが終わったところだな』

滝本を始めとした三人の【会議所】重鎮と話を交わし、再び会議室から出たsomeoneは¢に連れられ会議室から出た。そして、丁度、眼前で動く透明体の巨人を目にした。

ただ、見上げるのが精一杯だった。
格納庫のあちこちから放たれた照明光を反射することなく全てを透過するその巨体は、近くで見ても果たしてそこに実体があるのか疑問を持ってしまうほどに完璧なまでに透き通っていた。
巨躯の先にちょこんと付いている顔には目も鼻も口もなく、彫刻のようにのっぺりとしている。唯一、心臓部に微かに色のついた靄(もや)のようなものが揺らめいているのが肉眼で確認できる程度だ。
目が慣れてくれば、その靄を起点として、各部の顔、胴体、手足といった全体像を視認できるようになってきた。

someone『これが、陸戦兵器<サッカロイド>…ッ』

¢『先程話したが、この兵器には12人の英霊の魂がそれぞれ埋め込まれている。
さらに身体は超コーティングされた飴でかつ流線型の完成されたこのフォルムでは、通常の銃火器や魔法の攻撃は反射し受け付けない』

足を止めて眺めていたsomeoneに、横から¢が誇らしげに語った。
開発者としての矜持だろうか、その口はいつもよりも饒舌に回っている。この巨人たちにどれ程の思いを込められているのか、それまではsomeoneには分からない。

『ハッハッハ。これが研究の成果だよ』

すると、先程まで巨人の足元で計器をイジっていた一人の研究者が、大きな笑い声を上げながら近づいてきた。
someoneの前に立ったその人間は近くで見ると、白髪にぼうぼうの白ひげ、そしてシワ混じりの汚れた白衣を着こなす、いかにも非正規な老化学者といった風貌をしていた。

話には聞いている。彼がきのこ軍 化学班(かがくはん)だろう。
本計画における“頭脳”と呼ぶべき中心的人物だ。

someone『正直言って驚きました。僕には科学が分かりませんが…一目で凄いとわかります』

化学班『ハッハッハ。そこまで褒められるとこそばゆいなッ。
なに、老い先短いこの身に残された楽しみだ。生命を削ってでも取り組むさ』

老人は愉快そうに笑った。朗らかに笑うその姿からは、とても目の前の兵器群を作り出した科学者とは思えない。
近所に住む老人のような親しみやすさを覚えた。

『ただ、魂との融合はまだ完全ではありません。現在、9体までの動作確認を終えていますが、行動時25%の割合で、期待した動作をせずに静止する傾向が見られています。
恐らく魂と器が馴染んでいないことが原因と考えられます』

突然、聞き慣れない声で話しかけられ、someoneはすぐに眉をひそめた。
辺りを見回しても¢と化学班しか立っておらず、はるか離れた前方には数人の研究者が慌ただしく走り回っているだけだ。

『ああ、ここですよ。下です』

彼の様子を見て、慣れた様子で声の主は再度声を発した。
言われたとおり地面に目を向けると、化学班の足元に、いつの間にか白猫がお行儀よく背筋を伸ばし座っていた。より正確に言えば、白衣を着た猫だ。
someoneと目が合うと、白猫は半目ながら片足を上げ“やあ”と、確かにその口から先程の声色で声を発した。思わず目を丸くした。

someone『…すみません。彼は【使い魔】かなにかでしょうか?』

791の授業でも、何度か動物の形で【使い魔】を使役している様子は見たことがある。
ただ、ここまでハッキリとした意思表示をする個体に出会ったのは初めてだ。使役するとなれば彼女ほどの魔力を有していないと難しいだろう。
近くに強力な魔法使いがいるのかもしれないと思うと途端に薄らいでいた警戒感が強まったのだが。

彼の言葉に一瞬周りはキョトンとしたように黙りこみ、すぐに化学班を筆頭に腹を抱え笑い始めた。

化学班『ワハハハッ。何を言い出すと思えば、95黒(くごくろ)君。君は魔法のプロに言わせると、【使い魔】なのだそうだよ』

周りの反応を見てすぐに自らの過ちに気づき、思わずsomeoneは耳まで赤くした。

someone『すみません…とても失礼なことを言いました』

化学班と¢が肩を震わせる中、ただ目の前の95黒だけが、猫特有のなで肩を精一杯動かしすくめる素振りを見せた。

95黒『いえ、良いんです。勘違いされるのも無理はありません。まあ、使い魔と言われたのは初めてですが。
申し遅れました、私はきのこ軍 95黒(くごくろ)。元はれっきとした人間ですよ。
ちょっと過去の研究の影響で身体は猫になっていますが…』

someone『それは集計班さんの儀術(ぎじゅつ)の結果ということですか?』

彼の冷静な自己紹介が、恥ずかしさを和らげるいい機会にもなった。思わずsomeoneは気恥ずかしさを打ち消すように、いつもは聞かない他人の事情にまで片首を突っ込む羽目になった。
彼は冷静な表情で前足を突き出し、“違います”と告げた。人間であればキッチリとした科学者であることを想起させる動きだ。

95黒『個人的に、この件より前に化学班さんと一緒に生体実験をやっていたことがありましてね。
色々な有機物を融合させ新たな生命体を造ろうとしていたのですがうまくいかなくて』

化学班『その時に、集計班さんの【うまかリボーン】があれば実験は完璧にうまくいっていたんだろうがね』

老化学者のしみじみとした語りに、彼の足元で白猫もしたり顔で深く頷いた。

95黒『それで、ある時実験が暴走してしまい、たまたま検体にしていた猫と近くにいた私が合体してしまったのですよ。奇跡的に意識は保ったままでね。
まあかなり、猫の成分が多めですがね…』

“こうして二足歩行もできますよ”との言葉とともに、すらりと両足で立ち上がった姿勢の良さは人間のときの名残を感じさせた。

化学班『いわばその筋の研究を進めていた我々にとって、集計さんの生み出した儀術は、理想的に魂を抜き出す最適なツールだったわけだよ。
正に渡りに船。この研究に携われて、彼には感謝の思いしかない』

この二人は、正確に言えば一人と一匹は、集計班の誘いで五年前から陸戦兵器の製造計画に関与しているという。
五年。たった五年で、十二体の“魂”を持つ巨人を創り上げた。驚くべき技術力と実行力だ。
公国内で791が進めようとしている内部改革とは違う方向で目をみはる物がある。

¢『ただ、その“うまかリボーン”で抜き出した魂の定着化は現状、完璧ではない。
こうしてsomeoneさんを呼んだのは、魔法使いとしてあの人の儀術により抜き出した魂を器に上手に詰める方法について、意見を貰いたいからなんよ』

someoneは滝本から粗方の事情を聞いていた。
まさか、あの名高い集計班が791と同じ“魔術師”で、“うまかリボーン”という儀術で人の魂を抽出する術を編み出していたとは驚かされた。

改めて、透き通った胴体の中心にゆらゆらと揺らめく英霊の魂に目をやる。
魔法と科学とは本来、文明の歴史を紐解けば必ずしも互いに相容れるものではない。なぜなら、魔法文明はカキシード公国で栄え、当の公国自身が科学を半ば放棄してきたからである。
だが、目の前にそびえ立つ、飴でできた結晶体は紛れもなく魔法と科学の融合に因る産物だ。霊魂の存在そのものは魔法界では容認されてきたが、それを実体化する術など高度で狂気に過ぎる。
今のsomeoneには未だに術の触りすら思いつかない。

先刻の話の中で、someoneはこの話に協力することを承諾した。

滝本、¢、参謀といった三重鎮での話し合いの中に飛び込むことは内心で緊張こそしたが、自分なりに考え結論を出したつもりだ。
791の野望を食い止め【会議所】を守るためには、現状彼らに手を貸すことが最善だと感じたのだ。
即ち、陸戦兵器<サッカロイド>の完成度を高め、公国軍の進撃を止め王国を解放するシナリオまで視野に見据えてのことである。

そのために、魂という実体無き概念を生命体に繋ぎ止めるためにはどうすればいいか。
当然のことながら今まで考えたこともなかった議題に直面したsomeoneは、状況把握も兼ねて考えを整理することにした。

someone『今はどのように収めているんですか?』

目の前の化学班は、待っていましたといわんばかりに歯をむき出しに笑った。

化学班『色々な方法を試したが、中々うまくいかん。
幾つか試してみたが、最終的には密閉性の高い巨大なチューブを用意して器と魂の入っている瓶とをつなぐ方法が、最も魂のロスを少なく安定させられる方法だという結論に至った』

95黒『この方法も完全ではありません。
とはいえ、魂の数は限られているので無闇に実験をするにも慎重にならざるを得ない。

残念ながら試験的な方法を繰り返す中で、少なからず魂のロスは起こっているのです。
その分、兵器の性能は下がり我々としてもこれ以上の失敗は避けたい。
“うまかリボーン”で抽出した魔法のメカニズムと定着率に、何か相関関係があるのではないかと個人的には睨んでいます』

人の生命を扱っているという大前提を忘れているのではないかと疑うほどに、彼らはただ与えられた課題を解決するためにあらゆる試行錯誤を繰り返す研究者としての側面をのぞかせていた。

someoneも敢えて倫理観を一度取り払い、顎に手を添え、魂の定着化について考えてみた。

儀術“うまかリボーン”は、恐らく二つの術式から成り立っている。
対象者自身を封印するための呪術と、魂という概念を実体化させる召喚術だ。召喚術で創り出された魂は形を持つ有機物となる。

だが、先程までの話を聞くと魂の実体はとても儚く脆い。恐らく外気に触れる中で、実体を保つことができず瓦解していくのだろう。ドライアイスのように外気に触れれば気体に昇華するメカニズムと似ている。
さすがの集計班も、魂を強固な殻で覆うことまではできなかったということだろう。

someone『魂とはいわば情報の集合体です。

95黒さんの言うように、なるべくロスが少ないほうがいいでしょう。
物理的な移動は衝撃や、知らずのうちに魂の瓦解を招いている恐れがある。避けたいところです』

¢『集計さんも、当時は特殊な環境下に細工した魔法瓶の中に魂を閉じ込めていた。
つまりは魂を実体化させている環境が外気に合わず融解、もしくは昇華していくということか』

こちらの考えなど見え透いているかのように、¢はすぐに理解を示してみせた。
事前に想定していたのかも知れないが、改めて彼を含めた科学者たちの思考力と理解力の早さには驚かされる。

someone『魂を魔法の成果物とすれば、対象物までの移動も魔法に任せるのが最適です。

古来より、ある魔法での成果物は同系統の魔法との親和性が非常に高いことが知られています。
恐らく“うまかリボーン”は呪術式、召喚術式のどちらをも組み合わせた高位魔術。
ですので、どちらの術式でも拒絶反応は起こらないはずです。

何らかの移動魔法を用い、魂の中の情報だけでも器に送り込める手段があれば一番いいんですけど…』

頭の中で理論を組み立てながらゆっくりと喋る。
考えの基礎は全て、791の授業で教わったものばかりだ。
こうした時、嫌でも彼女の顔を思い出してしまうのは少し心苦しい。未だトラウマを乗り越えられていない証でもある。

彼の考察に、化学班たちは互いに顔を見合わせ、口元を緩めた。

¢『貴方を呼んだ滝本さんの判断は間違っていなかった。
someoneさん、貴方は優秀な魔法使いなんよ。おかげで僕らの仮説の正しさが証明された』

someone『…どういうことですか?』

¢『いま、someoneさんの話した内容は、僕らもプランの一つとして考えていた。
いま、識者である貴方からの情報で半ば確信に変わった。
そして、ぼくたちには移動魔法の“目処”がついている。それも特別、強力なものだ』

先程までそのような話は上がっていなかった。敢えてsomeoneの考えを聞くために伏せていたのだろう。
隠されていたことに特段怒りは覚えないが、何か得体の知れない気味悪さが身体中を駆け巡る。いったいこの悪い予感はなんだろうか。

¢『詳しい話は一度戻って、参謀から聞くといいんよ』

彼は舌足らずな口調で喋り終えると、静かに嗤った。
焦げ茶のフードの中から肩を震わせるその姿は、いつかNo.11(いれぶん)が彼を喩える際に使った“死の商人”をそのまま思わせる不気味さだった。





参謀『魂の定着化を解決するのは、Tejas(てはす)や。奴の協力がいる』

¢の話で先程の会議室に戻ると、それを見越していたのか開口一番に参謀B’Z(ぼーず)からそう告げられ、話の突拍子の無さにsomeoneの心はひどく騒いだ。

someone『Tejasさん?どうして…』

Tejasといえば、つい最近【会議所】に加入したきのこ軍兵士だ。
自分よりさらに若く、時間ごとに行動を区切る程のやや神経質な人間だと聞いている。さらに自室でひたすら機械弄りに没頭する姿は、彼の独特の雰囲気とあわせ半ば近寄りがたい気を発している。
在りし日の一匹狼の自分のようで、少し親近感を覚えていたところだ。

困惑気のsomeoneを横目に、参謀は静かに湯呑の茶を啜り終えると片手で席に座るよう指示した。
手前の椅子を引き寄せ座ったsomeoneを見て、彼はようやく話し始めた。

参謀『Tejasはここ一年で【会議所】に加入した新入りだが、まあ変人やん?
他人と混ざらず部屋で趣味の機械弄り、部屋の前には機械か何かのガラクタの山、会議には出席するが会議時間の延長には応えず、必ず決まった時間で退室していく。
奴は大胆でいてまた繊細や』

滝本『それだけ聞くと、たけのこ軍の社長(しゃちょう)を思い出しますね』

参謀『よせやい。奴はベクトルの違う変人やん』

手にしたおにぎりを頬張りながら茶々を入れる滝本に、参謀はしかめっ面で返した。
たけのこ軍 社長は彼らと同時期に【会議所】に加入した古参兵士だが、その言動や行動の偏屈さは群を抜いたものだと、斑虎から聞いたことがある。

参謀『社長の話は、今はどうでもええやに。

それで、Tejasの話に戻るが、奴は真夏でもずっと長袖を羽織っているやろ?少し不思議に思っとったが、大して気にもしてなかった。

ところが、最近旅行でたまたまあいつの地元近くに立ち寄ったことがあってな。
その時に、地元の住民から奴にまつわる不思議な話を聞いたんや。

曰く、“奴の右腕が青く光る瞬間を見たことがある”とな』

someone『…どういうことですか?』

滝本『ここからは私が話しましょう』

おにぎりを頬張り終えた滝本が参謀の話を引き継いだ。

滝本『彼は小さい頃から筋金入りのワルでね。

幼い頃は生意気で度胸のある小さなガキ大将だったんですが、ある時を境に決定的に非行へと走るようになったそうなんです。
思春期の真っ只中だったのかもしれません。

ただ、不思議なのは仲間との交流も一切絶ち、まるで何かに取り憑かれたように独りで物盗りにはしるようになったとのことなのです。
それで仲間も一気に彼から離れていってしまった』

話の着地点が一切見えない。
彼らはなぜ、Tejasの身の上話を話し始めたのだろうか。

滝本『そこで、彼の当時のお仲間に話を聞いてみたんです。彼が変わったのは一体いつからだ、とね。

すると、とても興味深い話をしてくれました。

今から15年前。
彼らはとある老人の家に忍び込んだ。その時に最後まで残ったTejasさんがその老人から魔法の呪いをかけられたのを見たときから、彼の様子がおかしくなったと言うんです。
正確には、彼の残った小屋から青白い閃光が発せられるのを見ただけだそうですが』

Tejasは老人から呪いをかけられた。恐らく呪術形式の呪いだろう。そのような事実は一切知らなかった。
誰からも語られたことがないところを見ると、彼自身が秘密にしていたのだろう。過去の後ろめたさからか、はたまた魔法の制約に因るものかは伺いしれない。

考えを整理するためにポケットからパイプを取り出し二人の前に掲げると、滝本は“どうぞ”と手のひらを見せ応じた。

滝本『私にはピンとくるものがありました。
詳細は割愛しますが、私は老人の正体を知っている。

彼はとある“魔術師”だった。
丁度その頃、思想の違いから一番弟子と共に起ち上げた楽園を一人去り、ほうぼうを旅していた。そんな最中に彼はTejasさんのいる地へ流れ着いた。

元々、その“魔術師”は再生の儀術を研究していた。
彼の願いは、あらゆる生き物と繋がることだった。
枯れかけている植物に話しかけ、“甦れ”という声を送れば、自生の残っている植物であれば再活ができるといった具合に、万物と会話をして操ろうとしたのです。

何の因果か私は彼のことを“よく”知っていましてね。
彼の性格は手にとるようによく分かるし、そういった研究をしていたことも知っています』

やけに具体的な彼の話に少し気に掛かったが、最後まで聞くことにした。
だが、先程から感じている悪い予感は、ここにきて胸騒へと変わり心臓が早鐘を打つように、someone自身に警告を発し始めた。

なぜだろう。自分は前にも似たような場面に居合わせたことがある。

そして、いざ本題とばかりに滝本は下卑た笑みを浮かべた。

滝本『つまり、情報を合わせれば。
Tejasさんは15年前にその“魔術師”から呪いをかけられ、それ以降、森羅万象の有機物と “繋がる”術を得たのです。
そう考えられる証左は彼の周りに幾つも見受けられます。

この仮説が正しければ、彼の呪われた腕を介し本来言葉を発さない動植物と会話ができるし。
左右の手でそれぞれ有機物をつかめば、彼自身が媒体となり、左の手で掴んでいるものから右の生物に情報を流し込み、刷り込ませる。
なんていう離れ業も、きっとできることでしょう』

someone『そんな都合の良いことが…まさか…』

パズルのピースが嵌るように。一つの考えが、先程の化学班たちの悩みにすっぽりと埋まった。思わずパイプから口を離し、目を見開いた。
その様子を見たのか、種明かしをする奇術師のように、滝本はその場で両手を開いた。

滝本『さすがはsomeoneさん。
そうです。

彼の右腕の呪いは、貴方が先程¢さんたちに話した魔法移動の解決方法にピタリと嵌る。そうは思いませんか?』

まるで拍手を要求するかのようにニタリと嗤う彼を見ながら、someoneは溜まった紫煙をゆっくりと吐き出した。
心の中で、あるどす黒い感情が浮かび上がってくる。

someone『…彼を“利用する”んですか?』

その質問には滝本は答えず、笑みを浮かべながらただ首を横に振った。

滝本『彼は近々長期休暇で此処を離れる予定になっています。
自由人ですから事あるごとに長期休暇を取っているんですよ。その前にケリを付けておきたいですね』

someone『戻ってからではダメなんですか?』

浮遊する紫煙の中をかき分けるようにヌッと出てきた滝本ののっぺりとした顔に、someoneは思わず仰け反りたい気持ちを、ぐっと堪えた。
彼は両手を机の上に付け、その反動で興奮気に立ち上がっていた。

滝本『それでは“手遅れ”になる』

なぜここまで急ぐ必要がある。

確かに、791がカカオ産地への侵攻を検討している話をした。だが、時期までは明言していないし、someone自身決行日が何時かまでは分からない。
滝本がここ一月、二月以内に動きがあるのではないかと読んでいる可能性は十分にある。自治区域の議長として世界情勢に気を配るのはある種当然のことだ。

だが、さらりと“手遅れになる”と発言した彼の真意を、遂にsomeoneは感じ取ることができた。


それは高揚、支配欲、焦燥感、そして圧倒的なまでの優越感。

―― 君だったら私の後を“継げる”。そう確信しているよ

これらは全て、someoneの師が持つ“本質”にそっくりなのだ。


彼の発言は事あるごとに“魔術師らしさ”を発している。
言い換えれば下衆で他者を貶めようとする策を振りまく、そのような悪辣(あくらつ)さだ。

喉のつっかえが取れたような爽快感と、迫りくる不快感を同時に覚えた。先程から感じた既視感はこれだったのだ。

someone『…これから何回かこちらに来てもいいですか?
陸戦兵器<サッカロイド>について、魔法的見地からまだ何かアドバイスできるかもしれません』

滝本は能面のように、薄ら笑いを浮かべた。

滝本『喜んで。もう私たちと同じ志を持つ仲間じゃないですか。
何を遠慮することがありますかッ』

パイプを蒸し終えると、someoneは別れの挨拶を告げすぐに踵を返した。



飲み込まれる。

何か底の見えない闇に飲み込まれていく。


元々、最悪の事態を想定はしていた。
まだ彼らが791と同じ“人種”だと決まったわけではない。

だが、仮に滝本たちが私利私欲のために動く人間だとしたら。
陸戦兵器<サッカロイド>を王国解放とは全く別の目的のために運用するのだとしたら。
事前に、思い描いていた対791への策は、全て水の泡に帰す。

だが、悪しき潮流の渦を前に舵を切れない船頭のように、既にsomeoneから退路という選択肢は消えていた。
進み続ければ生命を落とすリスクは格段に増える。だが同時に進み続けなければ生き残ることもできないのだ。





いつの間にかメイジ武器庫を上がり、someoneは地上の教団本部の庭に戻ってきていた。考え込むと周りが見えなくなる癖は昔から変わらない。

夜の静寂の中、someoneは深く息を吐き出すと、静かに心臓付近に手を当てた。
本人の葛藤とは裏腹に、心臓は強く一定の鼓動を続けている。

someone『大丈夫だ、someone。“正義の火”はまだ消えていない』

こんな時、親友だったら自らをこうして鼓舞するだろう。そう思い、柄にもなく呟くと思いのほか前向きな気持ちになれた。

someoneは再び歩き始めた。
悪しき潮流から抜け出すためではなく、むしろ潮流そのものに向かっていくために。



6-8. 悪魔の集う場所編へ。
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