きのこたけのこ大戦@wiki - c3-10
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3-10:真の探求編

初公開:2020/10/04


¢「真実を知ってどうするつもりなんですか?」

加古川を睨みながら、¢は慎重に間合いを取るようにじりじりと下がった。
もはやボロボロになったチェスターコートを脱ぐこともなく、加古川も腰を少し落としいつでも動けるように構えた。
互いに不用意に動いたほうが負けることを直感で悟っていたのだ。

加古川「知れたことをッ。

悪事を働く輩には痛い目を見てもらわないと困る。

全て、真実を公表する。

【会議所】の会議でも話すし、同時に全世界のマスメディアにもこの内容をリークしよう。

ケーキ教団で密造武器を製造し、秘密裏に他国へ密輸していること。
その見返りとして他国から角砂糖を受け取っていること。そして――」

チラリと、今は巨人の居ないチョ湖の方を一瞥した。

加古川「『最終兵器』のことを。全てね」

ローブの中で、¢は口元を歪ませた。

¢「本当に困ったお人だッ――」

言い終わるや否や高速で銃のスライドを引くと、¢は間髪入れずに加古川に向けて発砲した。

予め奇襲に備えていれば歴戦の兵士である加古川にとって、放たれた弾丸に対する防御は難しいことでもない。
加古川は左手に持っていた硬化したミニバットで、先程の鉛玉と同じように手首のスナップでを効かせ叩こうとした。

しかし ――

加古川「ッ!!」

先程の鉛玉と違い、彼の銃弾はいともたやすく硬化バットを打ち砕いた。
そのままバットを通り抜けた弾は、勢いよく加古川の腕を貫通した。

加古川「ぐあああッ!!」

左腕に走る激痛を堪え、冷静に加古川は折れたバットをすぐに投げ捨てた。
この状態で持っていては寧ろ邪魔なだけだ。

焦る気持ちを抑え、前を向く。
すると深緋の瞳の暗殺者は銃口を加古川の右腕に狙い、間髪入れずにすぐに発射したところだった。



 バアン。


加古川「させるかッ!【すいこミット】ッ!」

右手で持っていたバットを宙に放り投げる。

すると、バチバチという音とともにミニバットの周りに電撃が漂い始め、小さな玩具は空中で巨大な茶色の野球ミットへ姿を変えた。

途端にミットから強力な吸引力が働き始め、発射された銃弾はたちまち軌道をよろめかせ、空中のミットに吸い寄せられてしまった。



ひとまず窮地の去った後で、加古川は狙撃された箇所を確認した。

銃弾は左腕の上腕部をコートごと貫いていた。
コート越しに血が滴り始めていることからかなりの出血量であることは間違いない。
アドレナリンが分泌されているから未だ他人事で分析できるのは不幸中の幸いと言えるだろう。

ただ、撃たれたのは左手だ。
まだ利き腕は使える。

¢「ぼくの強化魔法の方が勝りましたね。歴戦の兵<つわもの>もデスクワーク続きだと衰えるんですね」

一連の攻撃を終え敵の動きを待っていた¢は、ポツリと呟いた。
嘲るわけではなく、本気で驚いているような声色だ。

加古川「そこまで私を買ってくれていたとは。ありがたいかぎりだ」

彼の言葉に過度に乗せられてはいけない。
悪気はないだろうが少しでも意識を向ければ雑念で動きが鈍ってしまう。

静かに神経を研ぎ澄ませるために、下唇を一度噛んだ。

加古川「なら、期待に応えないとなッ!!」

加古川は右手の指同士をパチンと鳴らすと、背後で燃え盛る木々が見えない糸で操られたかのように宙に浮いた。

¢は目の前の光景に思わず目を見張った。
彼の背後に視界を覆うほどの“赤い”火炎が空中で漂っていた。並大抵の魔力ではここまでの木々を扱うことは出来ないだろう。

¢「ッ!」

加古川「【コエダバースト】!!」

彼の掛け声とともに、燃えた小枝や木の葉が小さい竜巻のように錐揉み状に回転しながら、イワシの群れのように勢いよく¢に襲いかかってきた。

¢「これはまずいんよッ!」

突然の攻撃に内心驚いた¢だったがその後の動きは見事だった。

まず、咄嗟にその場で勢いよく跳び、足元に迫りくる燃え盛る竜巻を避けた。
間髪入れずに彼の横腹を?き喰らんと襲いかかってきた第二陣の竜巻は、宙に浮きながらも拳銃の側面を盾のように振り、火炎を払い除けた。

払い除けた反動で、敢えて運動エネルギーに逆らわずそれらを自らで全て受け止めた¢は、まともに吹き飛ばされた。

しかし、それすらも計算通りといった具合に、空中で回転しながらも見事に体を捌きながら受け身で地面に転がり、第三陣の攻撃も見事避けきった。

彼の一連の行動は全て数秒以内の出来事だったが、それはまるで舞台の上でワルツを披露する踊り子のようにしなやかで優雅なものだった。

あれ程小さく見えていた¢の老体は、この窮地で寧ろ全盛期の時の姿よりも大きく加古川の目に映った。

加古川「これはすごいな…」

思わず加古川は困り果て、しかたなく笑ってしまった。

¢がなぜ数多もいるきのこ軍のエースとして長年君臨していたかを思い出したのだ。
彼は身体能力が高いだけでなく瞬発力や咄嗟の勘も冴える。
さらには、戦いの中で自らアイデアを出しそれを実行に移すだけの器用さもある。

目の前の大敵は全て自らの力を上回っているように加古川には思えた。

¢「ありがとうなんよ。でもローブが焦げた。加古川さんを見くびっていたんよ」

起き上がった¢の指差した先はローブの裾の端で、ほんの少し焦げた程度のものだった。
一瞬、煽られているのかと思ったが¢の表情の変わらない様子を見ると、真面目に語っているらしい。
再度、加古川は苦笑するしかなかった。

¢「もう終わりですか?」

ローブの瞳が怪しく光る。獲物を狩る前の熊のように小動物を見定めているような目だ。

その目には覚えがある。
かつて加古川も¢と同じ立場だった。
大戦場で怯えるきのこ軍兵士を前に、彼と同じ目で彼らを心の中で哀れんでいた。

自らの全盛期に、¢と何度も刃を交えなかったことは奇跡だったに違いない。
きっと自身のプライドが粉々に砕かれ再起不能になっていたかもしれない。
それ程に昔も今も、¢は脅威で、かつ惚れ惚れする程に強かった。

確かに自身の戦闘能力は¢には遠く劣る。
だが、加古川でも一つだけ¢に決して負けないものがある。

加古川「いや。まだ、とっておきの秘策がある」

顔についた返り血を拭おうともせず、加古川はニヤリと笑い未だ無事な右腕を振り上げた。

彼に負けないもの。



それは――


    老猾(ろうかつ)さ、である。




振り上げた右手には、自身の手帳から切り抜いた紙で折られた小さな紙ひこうきを携えていた。
密かにコートの胸ポケットに忍ばせておいたものだ。

不思議そうな顔で¢は、紙ひこうきを見つめ次いで加古川の顔へ視線を移し“どういうことですか?”と目で訴えた。
加古川は頭上で紙ひこうきを掴んだ右手をヒラヒラとさせ笑った。

加古川「これは事の真相を全て書き記した告発文書だ。
先程、貴方たちが教団内で井戸端会議をしている最中に書き終えたものだ。

これを私の魔法力で大戦場の方に飛ばす。
丁度、【大戦】は佳境を迎えているか、もう終わっている頃だろう。

大戦場から帰還中の誰かがこの紙ひこうきに気づき、中身を読むことになるだろう。


そして、誰かが私の意志を継いでくれることを願う。


老輩は去り、後進に道を譲るだけさ」

¢からの言葉を待たずに、加古川は右手のスナップで紙ひこうきを綺麗な夜空の中に放った。

折り目が丁寧に着いた小さな紙ひこうきは、数秒間は空中をふらふらしていたが、よくありがちな地面へ垂直落下すること無く。
まるでジェットエンジンでも点いたのか、途端に推進力を増してさらに上空を目指し浮上し始めた。


見る見るうちに、遥か上空に紙ひこうきは小さくなり――

¢「こしゃくなッ!」


――飛んで行くことはなかった。

¢はすぐさま視線を空に向け、利き腕に持った愛銃で紙飛行機の中心を綺麗に撃ち抜いた。


僅か数秒。


¢の視界は、夜空の中にある小さな紙ひこうきに囚われており、加古川に対しての意識は一瞬途絶えていた。





この瞬間を待っていた。



加古川「しめたッ!」

¢が紙ひこうきを撃ち抜いたその瞬間、加古川は瞬時に身を低くしその場を跳んだ。

彼との距離はせいぜいが十m程度なので、二秒も経たずに彼の懐に到達する。
上空を見上げがら空きとなっている彼の腹部への一撃が通れば、戦いは決着する。

耳に風切り音を感じながら、コートのポケットからメガホンを取り出し同時に硬化の術をかける。
彼の鳩尾を硬化メガホンで吹き飛ばせば、幾らか弱い小動物でも獰猛な肉食獣を撃退することができる。


¢との距離がどんどん詰まっていく。


  あと1秒。




       0.5秒。



一瞬がまるで数百倍にも引き伸ばされたように静止したように目に映る中、遂に目の前に¢が見えた。
彼はまだ目線を上空に向けており、こちらに気づいた様子がなく彼の胴体はがら空きだ。

心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。


焦るな。


  逸るな。

    
    仕損なうな。


メガホンを振りかぶる手が僅かに震える。
だが、対象から空振って外すほどの狂いではない。

勝利に向かい、加古川は何も考えずにメガホンを彼の鳩尾に向け、振り抜こうとした。


そして、次の瞬間――



















 バァン。
 



加古川「…はッ?」



乾いた炸裂音とともに、加古川は文字通りピタリとその場で身体を静止させた。

先程まで¢に近づくまでの時間でも長く感じたのに、それを上回る程の、永遠に感じられる長い一瞬が始まった。



加古川の眼前からは、色という色が全て消えていた。

暗い森も。目の前の暗殺者も。背後の火災も。

全て遠くに置き去りにしたように、まるで加古川の意識だけ急速に遠く飛ばされたように。

網膜には、今やフラッシュで視界が霞む時よりも眩く、全面を覆い尽くす白い光しか映していなかった。


同時に、状況把握のために必死に動かしていた頭の中は、眠りに落ちる直前のように空っぽになっていることを実感していった。

なぜ、自分が今ここにいるのか。
直前まで何故こんなにも焦っていたのか、手が震えていたのか。
血まみれになり垂れ下がった左手を見ても、まるで思い出せない。

そして自らの身体が、足が、手の先までも。
まるで身体の中にセメントでも流し込まれたかのように急速に感覚を失っていった。

自身の身体はなぜかガラスのように透き通っており、手先や足先から白いセメントのようなものが流れ込んでくるのが見えた。


しかしそれもほんの瞬間の出来事で。

瞬きをした次の瞬間、身体に流れているセメントはいつの間にかどす黒い墨汁へと豹変していた。

身体の血管という血管に流れていたセメントはどす黒く染まり、一瞬で自身の身体は黒く染められた。
墨汁は身体のあちこちで逆流し、手先や毛穴までも全て漆黒に染められてしまった。

自らの身体に次々と降りかかる異変に理解は追いつけず、咄嗟の防衛本能として加古川は口を開き叫ぼうとした。


しかし、その魂の叫びさえも、神経系のさらなる“上位指令”により阻害された。














それは嗚咽。





込み上げる吐き気。



悪寒、そして慟哭。




それらは全て加古川の口から、どす黒い吐血という形で現れた。









それは、紛れもない“死”の予兆だった。








ようやく意識を現実に戻した加古川は残った僅かな理性で状況を確認した。

自らの腹を、¢の利き腕ではない“左手”に構えられた二丁目の銃口が正確に貫いていた。

恐らくポケットに忍ばせていたのだろう。敢えて目線を戻さず加古川を自身の側に引きつけてもう一方の銃で仕留めたのだ。
加古川は狩られる側になりようやく自覚した。
やはり、彼にとってこれは全て“狩り”の一環だった。

加古川はメガホンを構えたまま¢の数cm前という距離で、二度目の吐血とともに前のめりに倒れ伏した。

加古川「二丁…拳銃…そうか…すっかり…忘れていた…あんたが二丁使いの、名手だということを…」

完敗だった。
意識を反らし相手の隙をついたとばかり思っていたが、歴戦のエースは全てを見越し二丁目の銃を隠し持っていたのだ。

¢「良いアイデアだったけど、ぼくには効かないんよ」

頭上から¢の言葉が投げかけられる。
もはや、悔しいという感情すら湧く余裕はなかった。
地面と接した横顔に伝ってくる暖かい水が、実は自らの血だということを加古川は倒れて暫くしてからようやく気がついた。


血とはここまで温かいものなのか。


後悔はしないつもりだった。
だが、この惨めな自分の姿を少しでも俯瞰して考えようものなら、愛する家族に申し訳がたたない。
思わず懺悔の言葉を口にしようと思ったが、まるで目の前の¢に対し媚びているようにも受け取られかねないので、幾ら瀕死でも加古川の内に秘めたプライドがそれを拒んだ。


しかし。
薄れゆく意識の中で、加古川はふとまだ突破されていないであろう“仕掛け”を思い出した。
思わず痛みを忘れ、瀕死の中で加古川はクツクツと笑った。

¢「…なにがおかしいんよ?」

息も絶え絶えの加古川に近づき、¢は不思議そうに首をかしげた。

加古川「いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”。そう思ってなッ…」

最後の言葉は、小声で¢にも届いていなかったかもしれない。

もう声を出すだけでも精一杯だ。
だが、加古川は笑って、笑って、笑い続けた。

まるで残りの生命の輝きを全てそこに充てるように、彼は最後まで自分の生き方を貫こうとした。
¢はそんな彼をじっと傍で見つめていた。

そして、一通り笑った後に、ふと意識のゆらぎを感じた。


“死”とはどのような実感なのだろう。

現世に置いていく妻子が気がかりではある。
しかし、目の前の謎を見つけてしまったからには解き明かさない限り夜も満足に眠れない。



いま、探究家・加古川にとっては自らの死さえも解明の対象になった。



意識を手放す間際、重くなった瞼の外側で一筋の光が発せられたのを加古川は薄っすらと感じた。

加古川「これが…死か?…存外…明るい…もの…だな…」


そこで、加古川は意識を失った。



彼が最後に見た光は何も常世の世界からのものではなく、¢が加古川に施した治癒魔法の光だった。

¢「加古川さん、貴方を死なせはしない。“あの人”の命令だからなッ。
ただ、貴方には体調不良の“病欠”という形で一線を退いてもらうッ」

気を失った加古川の空いた腹部に、懸命に治癒魔法をかけ続ける。
止血をしなければ本当に生命を落としてしまう大傷だ。
致命傷を避けようとわざと急所は外して撃ったはずだったが、加古川がかえって熟練の兵士で避けようとしたことで意図せず致命傷になってしまったのだ。

鉛の新兵「ぐッ、すみません¢様。お手数をおかけして…」

グリコーゲン「こんな筈では…」

¢の下に、起き上がった二人が慌ただしく現れた。
治癒魔法をかけたまま、¢はキッとした目で二人を睨んだ。

¢「鉛の新兵さん。貴方はすぐに教団指定の病院の手配ッ!

それと他の者に連絡し、すぐにチョ湖の加古川さん宅を燃やしておくよう指示するんよッ!

そして、グリコーゲンさんはすぐにこの山火事を消すんだッ!はやくするんよッ!」

¢の強い口調にまだ傷も癒えない二人は震え、何度も頷きながらすぐに走り去っていった。



¢「終わったんよ…これでとりあえず死ぬことはないだろう」

治癒魔法をかけ終え、疲れからか¢はその場に座り込んだ。
加古川の顔を覗き見てみると、心なしか笑みを浮かべているように見えた。
何か満足したような、やりきったような笑みだ。

次いで顔のローブを脱ぎ、¢は上空を眺めた。
山火事でポッカリと空いた夜空は、上空に浮かぶ星々が一望できた。

¢「“あの人”に終わったことを報告しないとな。
これ以上、この計画を遅延させるわけにはいかない」


―― 加古川『いやね…戦いは確かに…負けたが、…“出し抜いた”』


最後の加古川の言葉が少し引っかかったものの、¢は事後処理に当たるためにすぐにその場を立ち去ったのだった。


その後、チョ湖付近の加古川邸は証拠隠滅のため、火の不始末という理由で焼き払われた。

同時に、加古川本人は過労と火事による心労が祟り突然倒れたということになり、¢の息のかかった専用の病棟で長期入院という手立てが取られた。



こうして、全てが闇に葬り去られた。







さて、加古川邸が教団員によって焼き払われる丁度数刻前。

彼の書斎机にて描かれた魔法陣から、とある魔法が起動した。

それは術者の身に危険が迫ると自動で発動するもので、加古川程の術者だからこそ起動できる高位魔法術だった。

魔法陣の中心に置かれていた“もう一枚”の告発文書は、生を受けたかのように独りでに起き上がると、自ら勝手に折り目をつけ紙ひこうきへと姿形を変えた。
そして、わざと開け放たれていた窓の隙間から飛び出すと、先程と同じ様に推進力を経てふわふわと闇夜に消えていった。

加古川は自らの危険を予見し、二重の策を取っていた。
この“告発書”が果たして誰の手に届いたのか、そもそも無事、誰かの手に委ねられたのか確認する術は今となってはない。



しかし歴史は紡がれていく。

一見、第三者から見ると“トンデモナイ事実”が書かれたインチキ告発文も、見る者によっては強力な武器へと変わる。






その結果を、誰もまだ知らない。








                            To be continued...




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