きのこたけのこ大戦@wiki - c3-4
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3-4:探偵はBARにいる編

初公開:2020/08/30


暫くして加古川は【きのこたけのこ大戦】と会議所で開かれる【定例会議】に参加するため、会議所本部に戻ってきた。

離れてからまだ一月も経っていないというのに、少し前に自分が居た目の前の都市はひどく大きく見えた。
会議所自治区域は国家承認を受けていないため首都は存在しないが、実質的に政府機構を持つ会議所本部一帯が自治区域内の中心都市である。
その発展度は他の地方よりも群を抜いているため、チョ湖町の実態を見てから本部一帯に戻ってくるとあまりのネオンの明るさや交通網の発達ぶりに、まるで田舎者が都会に出てきたかのように目がチカチカしてしまう。

先日一参加者として【大戦】できのこ軍を大いにいたぶった老兵は、明後日会議所本部で開かれる【定例会議】の前にとある友人と会う約束を交わしていた。
その人物とは“馴染みの”BARで待ち合わせていた。



【きのこたけのこ会議所自治区域 BAR “TABOO<タブー>”】

出張の日の夜は、普段の仕事も持ち込むことはないから録に残業をすることもない。
宵の口から指定席のカウンターを離れ、窓際のテーブル席で一人飲んでいた加古川は、この時間帯からでも店を賑わしている客が多いことに、今になり初めて気がついた。

加古川「この時間から飲めるなんて、幸せなことだ…」

「その幸せは、貴方たちみたいな善良で勤勉な社会人のお陰で甘受できているということを、ここにいる皆はきっと知っているに違いないさ」

グラスを傾けながら独りボヤいていると、頭上から聞き慣れた声がかかった。
加古川が顔を上げると、頭上の銀髪を短く刈り込んだ男はニヤリと笑い、向かいの椅子にスルリと座った。

加古川「やあ、魂さん。こんな時間から飲み始めなんて、さてはサボりかな?」

たけのこ軍兵士 筍魂は目の前の友人の言葉を意にも介さず、手を上げ優雅に挨拶をした。

筍魂「よお、加古川さん。チョ湖の方にご栄転になったと聞いて寂しかったが、またこんなに早く会えるとはな」

加古川「別に向こうに永住するわけじゃあないしな。今回のように【大戦】や【会議】がある時はこちらに寄るさ。
それに栄転じゃあない。言うなれば、前線への兵士の補充さ」

筍魂は笑いながら、肩をすくめた。
スーツ姿だとオーバー気味のアクションも様になる。

筍魂「チョ湖周辺の人気が上がっているとは聴いていたが、そこまでとは。俺も移住しようかな」

加古川「それはいいッ。友人のよしみだ、移住の手続きは早めに終わらせよう。なんなら今からやってもいいぞ?」

筍魂「ありがたい申し出だけどやっぱりやめておく。この店のミルクチョコレートを食べられなくなるのは辛い」

ワイシャツのネクタイを緩めながら、ウエイターが運んできたカクテルグラスを手に取り、筍魂は加古川と再会の祝杯を上げた。

筍魂は加古川よりも半周り程年下の中堅兵士だ。
自治区域への移住は加古川よりも遅かったが、【会議】での発言の積極性や持ち前の掴みどころのない性格で信頼を集め、【会議所】内では一定の地位を得ていた。

彼とは【会議】でも積極的に顔を合わせていたが、互いにBAR“TABOO”の常連だと分かってからは頻繁に顔を合わせ飲んでいた仲だ。
加古川は気を使わず彼に話しかけ、誰ともフランクな口調で話す彼もまた加古川とは特に馬があった。

筍魂「貴方から“仕事”の依頼が来た時は驚いた。俺が探偵だということをちゃんと覚えてくれていたんだな」

額にかかった銀髪を掻き上げる仕草は、いま脂のノッている時期の彼に色気を出させる所作だ。

加古川「私も少し前までは君のことを只の飲んだくれと思っていたが。この間、家の掃除をしていたら“たまたま”君の名刺が出てきてね。
飲み仲間として、普段払っている酒代の一部くらいは君の仕事に還元してもいいんじゃないかと思ったのさ」

二人は再び笑いあった。



筍魂「貴方から調査を受けた【ケーキ教団】と【ダイダラボッチの伝説】について調べてみた。これが報告書だ」

飲みきったグラスをテーブルに置き早々に、革のポーチから封筒を取り出した筍魂は加古川の前にそっと置いた。
加古川は手に取り封筒をすぐに裏返した。封筒の口に飾り気のない朱の封印が見えただけだ。

筍魂「おいおい。ただの封筒だから、特になにも無いぜ」

加古川「そうだったな。いや、つい癖でね。
“魔法使い”の性で、封書になにか魔法の術が施されていないか警戒してしまうんだ」

筍魂「これはいい話を聞いた。今度から何かイタズラをしてみようかな」

“やめてくれ”と苦笑しながら、加古川は封筒の口を開けた。

封筒の表面の隅には『魂探偵事務所』と整った印字で自己主張されている。

筍魂はこのポン酢町の近くに仕事場を構えているらしい。
“依頼とくれば浮気調査に借金滞納したパブの店員の身辺調査などシミッタレた仕事が多い”とよく愚痴をこぼしていたからか、教団見学後に今回の仕事を依頼した時にはやけに乗り気だったのが印象的だ。

封筒の中には数枚の報告書が入っており、一枚目には目次と要旨を規定の様式にまとめられた表紙が差し込まれ、後の詳細報告書に続いていた。
要約書がある辺り、彼の生真面目さが伺える。

筍魂「結果から言う。まあ報告書にも書いているが。

まず教団についてはあまり深くまで調べられなかった。
精々、自治区域内に点在する支部の数や信者の想定人数ぐらいの情報だ。

本部についての情報もそれ程多くはない。
古城だけじゃなくその周りの広大な森林やスイーツ工場を教団本部と自称していることぐらいだな」

筍魂の言葉を耳にしながら、加古川は彼がまとめた報告書の文字を目で追った。

加古川「本当に、教団は急速な拡大を見せているな。半年前に比べて信者の数が爆発的に増えている」

データが記載してある頁を見る。
棒グラフで見れば、ある期間に比べ直近では見事に倍以上の信者数に増大している。
このデータを先日の希望者たちに見せればコロリと入信しそうだ。

筍魂「俺も知らなかったよ。会議でも議題に上がってなかっただろう?でも若者の間ではもう相当有名なんだそうだ」

加古川「先日、見学会できいたよ。有名菓子を作っているんだってな。
若者は何よりも勢いと流行り品を好む。

それで、最高指導者が誰かは分かったかい?」

書類に目を通しながら加古川は尋ねた。
困ったように筍魂は諸手を挙げた。

筍魂「残念ながらNoだ。この教団、規模がデカイ割に実態がほとんどわからない。
誰が立ち上げたのか、幹部が何人居るかもはっきりしない。
信者に接触しても、ただケーキを食うイッちゃった奴らか不摂生な奴らばかりだ」

“ただ――”と、小皿に出されたミルクチョコレートの一片をかじりながら、筍魂は特ダネを見つけた記者のようにニヤリとして話を続けた。

筍魂「何人かの信者に接触する中で、奴らには二種類の傾向があった。

極端に教団と関わりがないやつらと、そうではないやつらだ。

前者はただ週末に開かれるイベントの時だけ教会に行きケーキを食らう。
後者は、それ以外にも度々教会に行く。
それこそ夜通しな」

加古川は報告書から目を離し、顔を上げた。

加古川「理由はあるのかい?」

筍魂「奴らは公には教会通いを否定する。
だが、一部の拠点となっている支部や本部の灯りは夜半でも消えることはない。
夜通し、お祈りでもしているんじゃあないか?」

運ばれてきたチョリソーをかじりながら、筍魂は『奴らの考えていることはわからんね』と呟いた。
加古川は額に人差し指を当て、暫し考え込んだ。

筍魂「それと、奴らがひたすらケーキを作っているからか。自治区域内だけでなくどうやら世界中の角砂糖が不足気味になりつつあるらしい。
おかげで角砂糖の価格は目に見えて上昇している」

加古川は目を丸くし驚いた。その事実は初耳だった。

加古川「それは本当か?そんなに消費するものか?」

筍魂「さあな。でも、見学会だと古城の奥にスイーツ製造工場があるのを見ただろう?ならば本部の奴らは夜通しケーキを作りまくっているんじゃあないか?」

そこで何かを思い出したように筍魂は言葉を切ると、周りに目線を配りことさら声を落として話を続けた。

筍魂「ただ、これはここだけの秘密にしておいてほしいんだが。

その製造工場だが、なぜかガードが非常に硬い。

同じ教団員でも迂闊に近寄れないらしい」

加古川「…ただの製造工場じゃないのか?」

釣られて、加古川も声を落とした。

筍魂「工場であることは間違いない。事実、教団の手掛けるスイーツは人気だし、品切れも続出しているから稼働率を上げるために工場がフル稼働していることはおかしくない」

ウエイターが新たなカクテルグラスを運んできたところで彼は一度言葉を切った。
仕事を終えたウエイターの背中を目で追いながら、筍魂は再び加古川に目線を戻した。

筍魂「だが、俺が聴いた奴らの中に、その工場から出荷された品物を見た者は誰もいない。
誰一人もだ。
いったい何時、工場から出荷しているんだろうな?」

“俺が知っている情報はここまでだ”と話を結ぶと、筍魂は静かにグラスを傾けた。

加古川「…」

情報は断片的に集まっている。
この間のスティーブやクルトンの反応も含め、ケーキ教団本部は間違いなく“何か”を隠している。
だが、何を起こそうとしているのか教団の目的が今ひとつハッキリとしない。

純粋な若者は興味本位から入信し、一部の敬虔な人間はチョ湖へ移住し自ら畑を耕し角砂糖の元になるサトウキビを収穫する。

また、さらに教団と繋がっている一部の信者は夜通しで教会に通い詰めている。
果たして純粋な祈りを捧げているのか、何か表には出せない作業をしているのか。

スイーツ製造工場の存在も怪しいものだ。
筍魂曰く異常なまでに高い機密保持性は、スイーツの製造過程を知られたくないのか、それとも工場で“何か”別のモノを生産しているのか。

加古川「どうにも、まとまらないな…」

加古川は胸ポケットからココアシガレットを一本取り出すと、徐に口に加えた。
考え込む時の癖だ。口に咥えているだけで甘さが口中に広がり、パンク寸前の脳内に程よい糖分を与えスッキリできるのだ。

筍魂「おや、火が必要かい?」

タバコだと勘違いしたのか、筍魂は胸ポケットからライターを取り出すと加古川の口にそっと近づけた。

加古川「いや、これはココアシガレット。ただの砂糖の棒さ。魂さんもいるかい?」

筍魂「こいつは失礼。よく似ていたものでな。じゃあ一本貰おうか」

彼との会話で一度思考の糸が切れてしまったので、加古川は筍魂にシガレットを渡しながら感謝の意を示し、続いて“きのたけのダイダラボッチ伝説”の報告書に目を移すことにした。

加古川「これはすごいなッ。詳細な聞き取り結果、それにダイダラボッチの出没日時まで事細かに調べられている。よくまとめたな」

報告書には地域毎で住民にインタビューしたヒアリング内容、それに基づいたダイダラボッチの直近の出没日時が表でまとめられていた。
加古川が遭遇した日もまとめられていることから、データの信ぴょう性は高いと見て間違いないだろう。
表にまとめられているだけで5回以上の出現が確認されていることから、“きのたけのダイダラボッチ”は結構な頻度でチョ湖に出現しているようだ。

筍魂「会議所本部にまで話が来てないだけで、チョ湖周辺でダイダラボッチを見ている人はわりかしいたよ。ただの噂では無かったということだな。
そいつらの情報を統合しただけさ」

加古川からの賛辞の言葉への照れ隠しか、筍魂は目の前のチョコカクテルを傾け一気に飲み干した。
そうとは気づかず報告書を読み進めていた加古川は、ある事実に気がついた。

加古川「全て、【大戦】の一週間後なのか…」

ポツリと呟いた加古川の言葉に筍魂は眉をひそめた。

筍魂「【大戦】…ああ、昨日の話か?
たけのこ軍の圧勝だったなあ。きのこ軍の奴ら、まるで覇気が無いように総崩れだった。
それに終わった後もすごい騒ぎだった。
何処かの国のお偉いさんが来られてるもんだから帰るのにやけに時間がかかった」

加古川「いや、そうではないんだが――なんでも無い」

喉まで出かかった言葉を既(すんで)の所で噤んだ。



目の前の友人を、言いようの知れない闇に巻き込んでしまうことを恐れたのだ。




筍魂は周辺住民からの情報をもとに、ここ最近のダイダラボッチが出没したと思われる日付を調べ上げた。

加古川は再び額に人差し指を当て考え始めた。
仕事柄、加古川は会議所区域内のイベントの日程を大まかに把握している。
会議所本部で行われる会議の日付、会議所区域内の大戦場で行われる【大戦】開催日などは空で言えるほどだ。

その職業柄のせいか、加古川は筍魂の気づかなかった違和感にすぐに気がついた。



“きのたけのダイダラボッチ”の出没日は、どの日付も【大戦】開催日と連動していた。

【大戦】開催日の一週間後の日付に必ずダイダラボッチが出没しているのだ。


思い起こせば、“きのたけのダイダラボッチ”と出会った日も【大戦】の一週間後だった。

一度や二度だけではなく加古川が覚えているだけで直近の五回の【大戦】と出没日は全て連動している。
これをただの偶然と片付けてしまっていいのだろうか。加古川は、自身が徐々に背筋の凍る思いを持ち始めていることに気がついた。

筍魂に“きのたけのダイダラボッチ”と出会った話はしていない。
今回の調査の依頼は、自らの興味本位とほんの少しの友人への気遣いによるものだ。

与太話として、筍魂に当時の話をしていれば違った結果を生んだのかもしれない。

ただ、直感で加古川は遭遇談を筍魂に話すべきではないと感じていた。
今日の報告次第で、“きのたけのダイダラボッチ”はただの【大戦】の新ルール用の兵器で伝説でも何でも無かった、とでもなれば加古川も安堵して自らの体験を笑い話にしただろう。

埼玉から“きのたけのダイダラボッチ”伝説の話を聞いてから、滝本にチョ湖への異動を命じられ、その直後にダイダラボッチと出会った。
話が出来過ぎだ。

加えて、ダイダラボッチの出没日は【大戦】と連動していることがわかった。
埼玉や周りの部下は“きのたけのダイダラボッチ”を大戦の神と崇める者も少なくないと語っていた。
理由は不明だが、【大戦】後に決まって現れるからそう結びつける者もいるのだろう。もし噂通り、彼が大戦の神ならかわいいものだ。


だが、加古川はこの寸分狂わず一週間後に現れる日程の羅列から、微かに“事務的な無機質さ”を感じ取っていた。

もし。

限りなく可能性は低いが。

もし、このダイダラボッチが“何か”目的を持ってチョ湖に現れているのだとしたら。

“どこかの誰か”の管理下でダイダラボッチが現れているとだとしたら。



得体の知れない不気味さを前に加古川は、自分のワイシャツが冷や汗でべったりと濡れていることに気がついた。


筍魂「どうした、加古川さん?」

神妙な顔をした加古川に疑問を持ったのか、筍魂は呑気に声を掛けた。

思考の沼に囚われていた加古川はすぐに意識を戻した。
咄嗟に作り慣れた仮初の笑顔を浮かべたのは、彼の年の功に因るものもあるし、口元に細くなったカカオの味が一斉に広がったことも大きかった。

加古川「いや、なに。部下と比べてあまりに資料のまとめ方がキレイだから、職場のことを考えたら却って頭が痛くなってね。
魂さん、よければうちで働いてくれないか?」

筍魂「嬉しい話だが、残業の虫にはなりたくないんでね」

追加で運ばれてきたカクテルグラスに目を写しながら、二人は再び杯を重ねた。

加古川「報酬は弾もう。まずは成功報酬の代わりとして、今夜の代金は私持ちだ」

筍魂「随分と気前がいいことだ。別に奢りでなくてもいいんだが、お言葉に甘えよう。
ついでに一つ教えてくれないか?」

加古川はグラスを傾けながら、目で続きを促した。

筍魂「こんなに調べて、いったい何をするつもりで?」

真意を探る質問を前に、加古川は飲み干したグラスを置き暫し凝り固まった首を回し時間を置いた。

加古川「さあ、私にも分からないんだ。
ただ、気になったことはとことん調べたい性格でね。それに…」

筍魂「それに?」

筍魂も手に持ったグラスを置き、神妙な顔で加古川の次の言葉を待った。

加古川「何かとてつもない発見をしそうなんだ。
それを見つけて、今のところどうこうするつもりはないがね」

筍魂「あんたの口癖の“真理は想像を超える”、だっけか?
そんな展開になるってことかい?」

加古川は肩をすくめ困ったように笑った。

加古川「そこまで掴んでないがね。目の前の花と謎は摘んでおきたい性質でね」

冗談を言ったつもりだったが、筍魂は途端に押し黙り眉間に皺を寄せた。

筍魂「それがたとえ茨の道になろうともか?」

加古川は筍魂からの視線と質問には向かい合わず、目の前のグラスを手に取ると静かに飲み干した。




いつも飲んでいるはずのカフェオレは、こころなしか苦かった。



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