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3-7:探求編

初公開:2020/09/19


【きのこたけのこ会議所自治区域 チョ湖支店】

次の日から、加古川は本業の仕事に精を出し今まで以上に働き始めた。
会議所本部で働いていた時と違い行きつけのBARもないので、必然的に家に帰るのは毎日深夜を過ぎてからとなっていった。
家に帰れば死んだように眠り、そしてすぐ次の朝がくる。繰り返しの激務にも、加古川は眉一つしかめず日々目の前の仕事に没頭した。

加古川「三頁目の表だが、引用元のデータが誤っているな。すぐに作り直してくれ」

別の書類に目を向けながら静かに報告書を突き返す新上司の冷静な仕事捌きに、若き部下たちはまるで死神のようだと怯える者か、クールな姿勢に憧れる者とに二分された。

ケーキ本部での一件があってから数週間が経ったある日。
久々に深夜になる前に自宅へ戻ってきた加古川は、家の外にあるポストに一通の封筒が投函されていることを確認した。
裏蓋から封筒を取り出し、手元で回しながら差出人を確認する。

くすんだ茶色の封筒には署名や宛先もなく消印も付いていなかった。
差出人が自ら投函したと思われる怪しい封筒を普通の人間は気味悪がるものだが、加古川は一度だけニヤリとし、封筒を手にしながらすぐに自宅の扉を開けた。

逸る気持ちを抑えながら、リビングでブラウンのチェスターコートをハンガーラックに掛け、ネクタイをソファに脱ぎ捨てると、足早に自室に入り鍵をかけた。

身の安全を確保できた安心からか、加古川は身体に溜まった空気を吐き出すように深く息をついた。
そして、手に持った封筒を目線の高さまで上げ改めてしげしげと眺めると、徐にもう片方の手でコンコンと封筒を叩いた。

すると間髪入れず叩いた腕に“封筒から”一定のリズムで振動が返ってきた。

加古川は書斎の机の上にそっと封筒を置くと、再度ニヤリと笑った。

加古川「“封魔信書”だな、これは」

封魔信書とは、魔法で防御された手紙のことである。
古代、人々が重要な手紙を秘密裏に贈らなければいけない際に確立された手法で、信書自体に“反射”の魔法をかけ第三者からの閲読を防ぐ術である。

通常は信書を覆う封筒側に施されていることが多く、封筒に対する行動や与えられた負荷がそっくりそのまま対象者に返ってくる。
封筒を落とせば落とした者も全身を痛めつけられ、封筒を無理に破こうと力を入れれば対象者の腕が切れるといった仕組みだ。
昔から存在する古典的魔法ではあるが、お手本の術ゆえに今では主流の方法ではなくうっかり見過ごし罠にハマる魔法使いも多い。

用心深い加古川は普段の手紙から術のチェックを怠らなかったため、今回も簡単に見破ることが出来た。
長椅子に腰掛け、加古川は机の上に置かれた封魔新書と向かい合った。

加古川「イタズラを仕掛けてきたか、魂さん…」

指先に魔力を込めながら、加古川は封筒の表紙に人差し指を近づけた。

封魔新書を解除する術は、共通の“キーワード”を決めておくことである。
通常、手紙の出し主と受け取り主にしか分からない鍵となる言葉を決めておき、魔力でそのキーワードを入力し解除する。

今回の場合、差出人の筍魂からのほんの少しの意趣返しのため、キーワードを加古川は知らない。
だが、筍魂が本気で封魔新書を仕掛けるわけがなく、魔法を解くために互いに連想できる言葉を鍵としているのは間違いなかった。
加古川は流れるような手付きで表紙に“キーワード”をなぞった。

“TABOO”

なぞった跡の文字だけが赤く光り、頻繁に訪れるBARの名前をネオンのようにキラキラと光らせていた。
間髪入れずに、カチリという音をたて封筒は独りでに口を開いた。
封魔の術は解かれたのだ。



ケーキ教団本部の一件後、加古川は秘密裏に筍魂に追加の調査依頼を出していた。
先日の警告からの監視の目を逃れるため、ここ数週間は真面目に働きながら本問題から関わりを断ったように振る舞っていたが本心では探究心は寧ろ燃え盛っていたのだ。

加古川は封筒の中に手を突っ込むと報告書を取り出した。
同封されていた数枚の書類とともに、小型の付箋が机の上にポトリと落ちたが、気にせず加古川は報告書に目を通し始めた。




以下に、追加で調査依頼を受けた内容についての報告を掲載する。

・ケーキ教団支部の【儀式】活動の実態について

 結論から述べると、ケーキ教団に【儀式】という行為は存在しない。

 これはヒノキというたけのこ軍兵士で、元・ケーキ教団信者だった人間の話を基にしているため信憑性の高い情報だ。
 ヒノキは自治区域南部の教団支部に属していた教団員だが、脱退前は支部で夜半に行われる【作業】の監督を任せられていた。
 教団には信仰を深めるための【儀式】は存在しないが、夜半に教団兵士たちは招集され教会で、ある【作業】を行わされていたと言うのだ。実に興味深い話だ。

 【作業】の内容とは、何処からか教団支部の教会に搬入された大量の角砂糖を一度“適切でない”手段できめ細やかで綺麗な粒に砕き、
 複数人が必死で再度“適切でない”手段で綺麗な飴をつくっているというものだ。
 これで、先日離した角砂糖が不足しているというニュースの謎は解けた。
 この出来上がった大量の飴はどうやら教団本部に贈られているらしい。貢物か上納金の代わりにしているのかは不明だ。

 詳細については、次項にヒノキ兵士のインタビューをまとめているのでそちらを参照されたい…



―― ロリティーブ「仲間の人たちと一緒に礼拝堂に籠もってお祈りを捧げるんだって。その間は選ばれた人しか入れないの」

ケーキ教団に【儀式】はない。
その実態は、本部では武器工場で働かされ、支部では本部近くのサトウキビから精製した角砂糖で飴を錬成する【作業】を秘密裏に行うための方便に過ぎない。

文中にある“適切でない”という表現は、恐らく魔法錬成の使用を指している。
以前、偶然にもチョコに錬成魔法をかけ資源へと変化したことがオレオ王国にて明るみになったことがある。俗に言う“チョコ革命”である。

世界が産業革新に湧く中、世界の覇権を奪われたくないカキシード公国は『“適切でない手段”でチョコを錬成した』と公然と王国を批判し当時話題になったものだ。
その過去の迷言を隠語にしていることから、敢えて明言を避けて説明をしていることが推察できた。

加古川「教団の本部ではスイーツ工場に隠れて武器を密造し、支部では通常ではない手段で飴を錬成する。いよいよおかしな話になってきたな」

人差し指を額にあて、加古川は考える。

武器密造の目的は相変わらず分からない。
当初は密造武器を用いて教団が【会議所】転覆を狙っているのではないかと邪推したが、教団側の人間の意識が極めて希薄なことに加えて、
【会議所】に出入りしていた化学者風の老人含め【会議所】陣営が関与している疑いが強くなった今、その可能性は薄い。

何処かの国に横流しし資金調達をしていた線も可能性としては考えられる。
だとすれば、教団本部は資金に困っていたことになるが有名スイーツブランドの売上も好調で一大工場まで立てた本部が、極度の資金難に陥っているとは考えにくい。

武器密造の話は一旦脇に置き、次に加古川はなぜ教団が角砂糖と飴の錬成に入れ込むのか考えることにした。

教団本部でケーキ意外に角砂糖や飴が消費されている場面はほとんど無かった。
わざわざ魔法錬成で角砂糖へ変換するというのも妙な話だ。技術の進歩により今や角砂糖の生成は比較的容易にできるからだ。

文中で示されている錬成後の角砂糖の表現も気になった。
“きめ細やかで綺麗な粒”という表現が、頭の中で何か引っかかる。
粒子のような角砂糖から錬成された飴は典麗で清澄な色合いに成るに違いない。

加古川はこれまでの出来事をつなぎ合わせるために、敢えて声に出して読み上げてみることにした。

加古川「ケーキ教団本部では、スイーツ製造に隠れ角砂糖のコーティング剤製造に加え武器の密造を行っている。
この武器は何処に流れているか不明。

さらに、各地の支部では教団が角砂糖を広く調達し飴を魔法錬成し本部に逆輸送している。

そして、【大戦】の一週間後には必ず透明な“きのたけのダイダラボッチ”が現れ、教団の監視の下で湖内を歩き回り――ッ!」


パチリッ。


頭の中で何か電流が弾けるような閃きが訪れ、同時に脳内ではこの可笑しな事象を説明するためのとんでもない推論が思い浮かんだ。
個々の出来事はてっきり何の関連性も無いように見えるがケーキ教団という一つの線で繋がっている。それが鍵となる。

加古川は急いで紙にいま口にした出来事を書き出し、書いた文字の部分を千切り何枚かの即席のカードを作った。
カードを何度も並び替えて辻褄があう推論を作り上げようとする。

加古川「仮に教団の目的が武器の密造ではなく、“きのたけのダイダラボッチ”を湖に出すことだとしたら…?」

加古川は思わず口からこぼれ出た自分の言葉に目を見開き、急いで過去の筍魂の報告書を引っ張り出した。

幾度となく目を通した報告書に再度目を通す。


自分の考えはバカげているかもしれない。


カードの出来事同士を結ぶ説明は、その途中で多くの推測を含まなくてはいけない。
しかし、巨人の出没時期や教団の動きを組み合わせ直すと、加古川の前に一つの“真理”が浮かび上がってきた。


誰にも信じてもらえないかもしれないが、もしこれが“真理”だとすれば。






加古川「世界は、ケーキ教団を発端とした大きな“厄災”に巻き込まれることになる…」





端に置いていた封筒は並べられていたカードを必死に動かしている中で、いつの間にか机からはらりと落ちてしまった。
拾い上げようと身を屈め封筒に手を伸ばした時、加古川は初めて自らの手が小さく震えていることに気がついた。

同時に、最初に封筒から落ちた小型の付箋が近くに落ちていることに気が付き加古川は封筒と一緒に拾い上げた。


握りこぶし程度の大きさの付箋には走り書きで、次のような文章が記してあった。

『貴方が調べている内容は非常に危険なものだと俺の第六感が告げている。
これ以上の支援はできないし、依頼されても協力はできない。貴方もあまり首を突っ込みすぎると火傷だけでは済まないだろう。
火傷する前に、火の元はすぐに断つのがいいだろう』

『この危険な調査の追加報酬として、次の待ち合わせの時の支払いは是非お願いします』

加古川「全くなんて狡い人だ…」

付箋の内容にニヤリとさせられ、同時に幾分か平静さを取り戻した。
彼の意を汲み、加古川はぱちんと指を鳴らし目の前の報告書を魔法で消し炭にした。

先程の震えは、もう無かった。

加古川にある決意が芽生えた瞬間でもあった。


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