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4-2:魔術師の日常編

初公開:2020/10/18


【カキシード公国 宮廷 会議場】

791が扉を開け放ち議場へ入ると、帰還したばかりの公国使節団の全員が起立し、彼女の到着を待っていた。

室内は演奏会を開ける程の開けたホールになっており、ホールの中央には壇上が広がる代わりに、奥にちょこんとひな壇が設けられている。
その上には、目を引くような赤色の椅子が一脚だけ置かれている。

791はその椅子へ続く中央通路をゆっくり歩き始めると、左右から慣れない直立姿勢に焦れた貴族たちの吐息音が耳に届いてきた。
このような時は自らの身体の弱さを呪う。
すぐにでも走り去りたい気分だが、一歩一歩ゆっくりとした歩調で進むことしか出来ず、醜く守銭奴な特権階級たちの傍で同じ空気を吸わなければいけないのは酷く下劣で退屈だ。

数分かけて791はひな壇を上がり、赤色の椅子の前に立った。
演奏が終わり客の顔色を眺める指揮者のように、使節団の端から端まで視線を這わせ全員の顔を一瞥する。

彼女の眼前には何百もの客席の代わりに、無機質な焦げ茶色の長机と幾多の席が円形状に何列も並んでいた。
席の前で立っている人間もどれも歳のいった老人たちだ。そして皆一様に791を見て不安がった顔をしている。
とてもこれはまるでコンサート後のスタンディングオベーションだ、とは口が裂けても言えないだろう。

791「“あの子”は?」

全員を一瞥し終え口にした素朴な質問だったが、目の前の貴族たちには詰問するような口調に聞こえたのだろう。
彼らは途端に顔を青ざめ、さあどう答えようか、誰が答えるのかといった醜い逡巡を始めた。

カメ=ライス公爵「は、はッ!此処に戻り次第、既に“いつもの場所”に戻してありますッ」

その中で最前列中央にいた公爵は上ずった声で答え、せめてもの公国元首としての矜持を保った。
791は暫く無言でその慌てる様子を眺めていたが。

791「そう。それならよかったッ」

満面の笑みを浮かべながら791は先に一人だけ用意された椅子に着席した。
安心したように使節団の連中も着席した。

彼らと彼女の間には階級を超えた、絶対的な上下関係が存在した。
中央に陣取る791と彼女を持ち上げる貴族たち。構図だけ見れば教鞭をとる教師と生徒といったところだが、そこまで生易しいものではない。

草原でライオンにばったりと出会ってしまったヌーが足をすくませてしまうように、彼らにとって“宮廷魔術師”791との出会いは今まで周りの人間を下々の民と見下ろしていた人生観をガラリと変えるものだった。
彼女の言葉は絶対であり疑う余地もない程に貴族たちは怯え、彼女にヘコヘコと頭を下げ言い慣れない世辞で讃えた。

顔を少し傾けながら、肘掛けにつけた腕から伸びた掌を顎の上に載せる優雅な彼女の姿は、さながら玉座に座る為政者を想起させた。



791「それで。“どうだった”?」

「は、はい。協議の場において【要求書】を提出し、五日間の期限を設けました」

禿げ頭の大臣が立ち上がり、気弱そうな面持ちで答えた。

791「そうなんだ。連中は何か言ってた?」

791は脇机の上に置かれていたマグカップの中身を覗きこんだ。
黒く濁った液体の表面が反射し自分の顔が映っている。

「いえ。突然の展開に慌てふためくばかりでした。【会議所】側からも特段発言はありませんでした――」

これは嫌いなコーヒーだ。マグカップの横には色鮮やかなグミが積まれた皿が並んでいる。

「ああ、しかし。斑虎という者だけがこちらに食ってかかっていましたね。しかし、あの怒り様と喚き散らしは正に滑稽で――」

791「ちょっと。斑虎さんは私の会議所の大事な仲間なんだけど、いま馬鹿にしたかな?」

瞬時に顔を上げ、眉をひそめる。同時に場が一気に凍りついた。

791の睨みに、説明していた大臣は心臓を鷲掴みされたように顔を固まらせた。

「い、いえ。そ、そのようなことはッ!つい喩えで――」

791「前にも言ったよね?斑虎さんを舐めると痛い目を見るよって。
彼は会議所の時こそ無名だったけど、ここ最近の報道で名前が出始めているくらい有能な兵士だよ」

「はい、申し訳ございませんでした」

消え入りそうな謝罪の声を最後に、室内には重い空気が支配した。

791「まあ、いいや。それで、事は全て【予定通り】なんだね?」

手に取ったグミをしげしげと眺めながら、791はポツリとつぶやいた。

カメ=ライス公爵「はい。その点は抜かりありません。
彼奴らには反論の機会を与えず会議所を出て参りました。予定通り、五日後に作戦行動を開始できるよう全軍に通達も出しています――」








―― 全て“791様の計画通り”、オレオ王国侵攻作戦の準備は順調に進んでおります。






その言葉を聞くと、一瞬の沈黙の後、この場の支配者は満足そうに一度だけ頷いた。

791「うん。それはよかった」

「各国への“圧力”も抜かりありません。既にこの協議の内容を受け、賢い幾つかの国は我が国側に付くとの連絡も受けています」

791「もう結果は目に見えているからね。そこは引き続き外務大臣におまかせしちゃっていいのかな?」

「はい、勿論でございます」

髭を蓄えた大臣は深く一礼した。

【会議所】で開かれた公国と王国間の協議は、“予定通り” 決裂した。
戦力の無い弱小国は、“正義”の無い公国の主張に対しても支持することを決めたようだ。
風見鶏の政治家達は醜く791の一番嫌いな人種でもある。しかし、国を生かすためには時にはまかり通らない“正義”を飲み込まなければいけないことも理解はしている。

その点、791は恵まれている。自分自身に強大な力があり、かつ生まれた国も強大だった。
この国を支配している貴族たちが腐っていたことも幸運だった。
“宮廷魔術師”として一度宮廷内に入り込み影から支配してしまえば、すぐに大国を意のままに操り、自らの描く“正義”を押し通すことができるようになった。
それは791にとって、昼食の後に出てくるチョコを食べる時間の次に気持ちの良いものだ。

791「五日後までに彼の国が何らかのアクションを起こしてくる可能性は?」

「オレオ王国のナビス国王は平和主義者で有名です。それこそ、この窮地に考えを改めることはあってもこの短期間では間に合いますまい」

791「それじゃあ五日後には手筈を整えてカカオ産地へ攻め込むよう準備万端にしておかないとね。その辺りは軍務大臣に一任すればいいんだよね?」

「はッ!勿論です」

外務大臣の隣りにいた国務大臣も立ち上がり答えた。

その返事に791も一度頷き、ローブのポケットから懐中時計を取り出した。
そろそろ“授業”の終わる時間だ。

791「じゃあ後はしっかりとね。あとで話し合いの結果をまとめて私まで送ってね」

791が立ち上がると、慌てて全員も立ち上がった。

カメ=ライス公爵「いずこへ?」

791「魔法学校の生徒さんの見送りの時間なんだ。それに“あの子”にも会ってくる。後は頼んだよ」

目的は達したし早くこの淀んだ空気から抜け出したいというのが本音だ。
先程のNo.11とは程遠い、たどたどしいお辞儀を行う重鎮を尻目に791は会議場を後にした。
扉を開き先程の転移ポータルに立つと、再びポータルは光りだした。

791「入り口の前まで頼むよ」

転移ポータルは望めば他のポータルのある場所まで制限なく自由に移動できる。
791の身体は光り始め、歩けば半日はかかるだろう宮廷の入り口まで移動し始めた。




【カキシード公国 宮廷 大広間】

宮廷前の石畳の階段を上りきると、玄関口たる宮廷の大広間が人々を出迎える。
金銀をあしらった壁の装飾と薔薇のように高貴な真紅のカーペットにまず庶民の目は奪われ、天井には魔法のシャンデリアが魔法の力でひとりでに浮き沈みそんな人々を明るく照らし続けている。
さらに、魔法使い特有のローブを羽織った多くの宮廷魔道士が忙しなく歩き回り、正に国のために働かんという姿勢を知らずのうちに見せている。

庶民にとっては憧れの的であり、宮廷付きとして働く姿は地方から子を送り出す全ての親の悲願でもある。
この大広間そのものが観光地化しているのもその現れだろう。

791は大広間の奥に用意された転移ポータルで、議場から飛んできた。
すると、丁度授業が終わったのか大広間の前には多くの少年少女と、彼らを出迎える両親でごった返していた。
791が開いている魔法学校の生徒たちだ。
宮廷内にある校舎で丁度今日の授業が終わり、下校の時間となったのだ。
校長の791はわざわざ見送りのために会議を抜け出し、大広間まで来たのである。

ドン、という衝撃とともに彼女の膝に少しの衝撃があった。
顔を下げると、膝にローブの上からコアラのように抱きついている一人の少年がいた。
お気に入りのユーカリの木を見つけたように、両手で彼女の膝を抱えたまま離れようとしない。

791「こんにちは」

791が声をかけると、少年はそこで初めて顔を上げ彼女の顔を見て笑顔になった。

「あッ、【魔法使い】の791先生だ〜!こんにちは〜、最近は授業に来てないけど元気だった?」

791「ごめんね。最近、ちょっと体調が良くなくてね」


すると、母親とおぼしき女性が急いで近寄ってきた。

「こ、こらッ!失礼なことを言わないのッ!先生は【魔術師】でしょッ!すみません、791様。よく言い聞かせておきますので…」

母親の言葉に791は微笑みながら首を振ると、膝を折り、膝から離れた目の前の小さな魔法使いと目線を合わせた。

791「坊や。
君は【魔法使い】と【魔術師】の違いを知ってる?」

生徒はキョトンとした顔で首をぶるんぶるんと横に振った。ふふっと口元を緩めて791は微笑んだ。

791「魔法使いは、魔法を唱えることができる人。

魔術師は、その魔法を“創り出す”人なんだよ」

「へぇ〜。それじゃあ、“まじゅつし”のほうが偉いんだねッ!ぼくもなりたいなッ!なれるかなッ?」

791「ふふッ。きっとなれるよ」

途端に少年は笑みを浮かべ“わーい”と声を出しながら、辺りを駆け回った。

「こらッ!先生の前で失礼な態度をとらないのッ!本当にすみません、791先生」

791「いえ。知らないことを怖がりもせずに聞く、とてもいいお子さんですね。
お迎えの時間に間に合ってよかった。気をつけて帰ってくださいね」

母親は何度も頭を下げ、生徒は嬉しそうに何度も手を振りながら帰っていった。
彼以外にも791の元に次々と生徒が集まってきた。今の時間帯は児童の下校時間帯なのでとりわけ元気が良い。
これがもう少し時間が経てば上級生の下校時間帯となりもう少し落ち着きが出てくる。
さらに高学年になると、基本的には寮生活になるのでこのように大広間で親子が対面すると言った場面はほとんど無くなる。

たっぷり時間をかけ生徒全員に手を振り終えると、791は再び転移ポータルの前に立った。
身体が光り始める。今度は先程よりも少し微笑を抑えながら、宮廷内を移動し始めた。




【カキシード公国 宮廷 地下室】

先程までの華やかな大広間の様子とは打って変わり、二度目の転移の末に辿り着いたこの部屋は劣悪の環境そのものだった。

壁に並べられた灯りの置き台の蝋燭は全て解けきり、台にこびりついた蝋を見るに長いこと手入れされていないことが伺える。
汚れた壁のタイルはことごとく剥がれ、灯りの無い通路は暗く底冷えするような寒さで、湿り気の高さからネズミが好んで住まう環境が整っている。

ここは正に、牢獄だった。

転移を終えた791は歩き始める前に胸に手を当て何度か深呼吸を繰り返した。
急な温度変化は身体に変調を来す恐れがある。寒さに身体が馴染むまでじっとしていなくてはいけない。
だから寧ろ暖を取らず寒さを和らげるために身を縮こまらせることもせず、791はただ口から入り込んだ外気が手足の先まで浸透するためにただ待ち続けた。

791「もう大丈夫かな…」

最後に一度だけ深呼吸をすると、魔法の力で爪先に火を点した。
ゆっくり歩き始めると狭い通路内には靴音がよく反響した。

暗闇の中を進んでいくと右手に鉄格子が見えてきた。罪人を囚えておくための牢獄だ。
そのどれもが空で、生気の無さを一層加速させる。
しかし、空の牢獄から進んで四個目。

791はそこに一人の若者が捕らえられていることを知っていた。


791「起きなさい、someone(のだれか)」

目当ての鉄格子の前に着くと、檻の中のうつ伏せになっている若者に声をかけた。

少しのうめき声を発しながらsomeoneは顔を上げ、こちらの爪先の明るさを嫌い途端に目を細めた。
使節団と一緒に【会議所】から帰還した後に無理やり此処に押し込まれたのだろう。
頬には少しの擦り傷で滲んだ血とススの汚れが混ざり合い黒ずんでいる。

彼はこちらを見ても自分から言葉を発しなかった。ただ一度だけ目を合わせるとうつ伏せにならず、顔だけを伏せた。

791「アイツラにやられたんだね、かわいそうに。ちょっと待っててね」

火を点していない指をぱちんと鳴らすと、someoneの身体はふわりと浮き上がり彼の周りを綿毛のように柔らかい泡が包み込んだ。
彼の身体や服の汚れは魔法の泡で洗い流され、彼の足元に移動した泡は檻の中で自らソファクッションへと姿を変えた。

791「綺麗になったね。本当に貴族どもは許せないよ。
でも、もう少しの辛抱だから待っていてね。もう少しで全てが片付くからね。
そのクッションは私からのプレゼントだから使ってね」

791はニッコリと笑い、檻越しに顔を伏せたままの愛弟子を同時に心配そうに見つめた。

someone「…貴方がッ」

791「ん?」

ワナワナと肩を震えさせる彼の言葉を聞き逃さんと、791は檻の方に顔を近づけた。






someone「貴方がッ、こんな目に遭わせたんじゃないですかッ!」





【会議所】では普段感情を表に出すことはなかったsomeoneが、この時ばかりは親友の斑虎のように、目の前の恩師に向かい勢いよく怒りをぶつけた。

恩師たる“魔術師”791は彼の激昂を意にも介さず、小さい頃に魔法を教えてくれた時と同じようにニコリと笑った。

791「君は、私がこれまで育てた子の中で一番優秀だよ。その年で、もう【使い魔】も使役しているし、このままいけば間違いなく私の後を継げる」

“でもね”と、言葉を続けると、彼女の顔からは途端に生気が消えた。

someoneはこの顔を知っている。
よく貴族たちに見せている、彼女が“敵”だと認識した者に向ける顔だ。

791「君が悪いんだよ?

私に逆らおうとするから。

今は“オシオキ”の時なんだ。

君は優秀だから、生かされている。

こっちの方はNo.11が予定通り事を進めている。

だから、全てが終わるまでここで待っていてね――」


――そうしたら、また“お話”をしよう。


最後の言葉にsomeoneは肩をビクリと震わせた。


791の口ぶりは穏やかながら、内容には重みと凄みがある。

彼は目の前の師の“真の実力”を知っている。
本気を出せば、自分など数秒で存在ごと消し炭にされてしまうだろう。

それでも、【会議所】での生活や斑虎との出会いを経て、彼の心の中には譲れないものが芽生えつつあった。
意を決して、彼はキッと791を睨みつけた。

someone「…斑虎は、斑虎はどうなるんですかッ!」

791はそこで初めて目を丸くした。
自分の身よりも他人の事を気にする彼の言葉に、素直に驚いたのだ。

昔の彼はここまで感情を剥き出しにすることはなかった。

【会議所】に行き親友である斑虎と出会ってから、“魔法使い”someoneの運命は大きく変わったのだろう。
791は当初伝える予定だった言葉を飲み込み、彼の本音に答えるために笑顔を作り直した。

791「そうだね。

斑虎さんは私にとっても大切な仲間だよ。

オレオ王国侵攻の際に、兵士のみんなには彼を見つけたら可能な限り保護するように言っておくよ。

でも、激しく抵抗されたら、そうだね――」


―― その時はしかたがない、かな。



目の前のsomeoneは悔しそうに顔をクシャクシャにし、ローブの中に顔を埋めた。
彼の泣いている姿を見たのは、子供の時に周りの子から虐められていた時以来だ。

791「someone?」

優しい声色は、幼い頃にsomeoneが魔法学校でよく聞いた優しい791先生の声とまるで一緒だった。

今の状況を一瞬忘れ、思わず彼は再び顔を上げた。

膝を折って目線の高さを合わせていた恩師の顔が思いの外近くにあり思わず慄いた。
そんな様子にクスリと微笑み、火の点いた人差し指をくるくると回しながら、幼い頃にあやしていた時と同じように、791は優しく語り始めた。


791「教えたよね、someone?


【魔術師】は物事の全てに優先順位を付ける。

この世の中には優しさが溢れている。

君にとっての斑虎さんが正にそうだね。


でも君の師であり恩人は誰?
ここまで育て、魔法を教え、【会議所】にも行かせてあげたのは?





そう、私だよね。



だから、君の優先順位の一番上には、常に私が居るはずなんだ。



わかる?


今の君の行動は【魔術師】の考え方からは大きく逸脱しているんだよ?
だから、こうして間違いを正そうとしているんだ」

彼女の声はいつもの通り優しさに溢れていた。
それがかえって恐怖を倍増させた。

someone「貴方の考え方はおかしい…それは強者の考え方だ」

必死に絞り出した自分の声は、震えが隠せていないのが丸わかりで惨めになった。
それでも791はそんな彼の様子をやはり意にも介さず、正解を答えた生徒を褒めるように顔をほころばせた。

791「そう。【魔術師】は何時だって強くなければいけない。よくわかったねsomeone」

“また来るよ”。
立ち上がり、くるりと踵を返した791は静かに鉄格子から離れていった。

絶望にさいなまれたsomeoneは再びローブの中に顔をうずめた。


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