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4-5. いかに魔術師が生まれたか編

初公開:2020/11/15



その後、師との交流は僅か二年足らずという期間で続いた。

師の創り出した魔術は見事の一言だった。文献だけでは学べないような実践的で創意工夫の凝らした魔術の数々に791は興奮した。

最初は既存の魔術研究だけに留まっていたが、最後の方になると、彼は内に抱えたままの未完成の魔術まで全てを彼女に明かしていた。
以前、彼女に打ち明けた“キュンキュア”の魔術は全て破棄してしまったとのことで最後まで分からず終いだったが、その他の魔術については原理を概ね理解できた。

遂に自分が真の弟子として認められたのだと分かり内心嬉しくなった。
同時に自分の死期を悟っているような師の振る舞いに、反面複雑な気持ちにもなった。


この頃になると、791の魔法力はいよいよ常人が到達できるレベルを超える高みに達しようとしていた。
あまりに圧倒的な実力を前に、以前まで陰口を叩いていた連中もさすがに閉口せざるを得なかった。
だが、この時期になっても、やはり彼女は自分の進路に迷いを持ったままだった。

【魔術師】になる。
大いなる野望をはっきりと抱きはしたものの、今後宮廷付の道を進むことで否が応でも組織の一員となり自身の目的到達は遠ざかるだろう。
加えて、やはり自身の身体的な不安も取り除けていなかった。

このまま高等部を卒業し、師の小間使いとして研究を続けるほうが【魔術師】になる道は早いのではないか。
しかし、彼は【魔術師】という名誉ある称号と実力を持っていながら、まるで綺麗さっぱり諦めてしまったように魔法協会に魔術論文を提出することをセず、791をやきもきさせた。

いずれにせよ、彼女は色々な選択肢の可能性に潜む問題点を考えるあまり、知らずの内に自らの可能性を狭めていたのだ。





そんな最中。


呆気なく、無口な魔術師は亡くなった。


ある日病気で寝込むと、看病もむなしく数日後には眠るように息を引き取った。

悲しみに暮れる間もなかった。
最期まで彼は沈黙であり続けた。

自室のベッドで安らかに眠る彼を見た時、791は初めて師の放っていた独特な“気”の正体が分かった。


それは、人生への失意。


彼は生きるということに真の意味で絶望していたのだ。
それは森の小屋の一件から生まれたのかもしれないし、別の理由からかもしれない。
死の間際に抗うことをせずに受け入れたということは、即ち生への執着を捨てていたということに他ならなかった。

看取り終わった彼女は、顔のフードをそっと外し初めて師の顔を見た。

皺を深く刻んだその顔は、酷く穏やかな顔つきをしていた。





共同墓地に師の亡骸を葬っている最中に、791は学んだ。

幾ら常人を凌ぐ実力を有していても、表現する術が無ければその人生に意味など無いのだと。

彼の最期は791以外に誰も看取りに来ることはなく、実力に反した哀しきものだった。
誰からも気づいてもらうことなく死んでいく。
いざ自分がその立場になったと考えてみると、悔しくかつ恐ろしかった。

彼女の方針は、此処にきて完全に定まった。



―― 『魔術は、受け継がれなければいけない』


まず始めに、791は師の訓えを忠実に反映した。

彼の家の整理をする傍ら、遺した魔術を全て理解し受け継いだ。
たとえ、世間が師の功績を忘れてしまっても、自分だけは彼の事を憶えていようと決めた。

続いて、大魔法学校への進学も断念する旨を周りに伝えた。
特に学校関係の人間の反応は大袈裟だった。皆一様に驚き、口では“もったいない”、“残念だ”と語っていたものの、内心では席が一つ空いたことにほくそ笑んでいたに違いない。
だが、覚悟を決めていた彼女には既に関係ないことだった。

魔法学校を作ると両親に相談したときには流石に猛反対された。
師の遺した財があったため資金面では困らなかったが、場合によっては宮廷付きよりも激務となる教師の道は、自らの寿命を縮めるだけだと繰り返し説得された。

両親の説明はもっともだった。宮廷付きはもし激務であれば途中で辞めても組織なので自分の代えがきく。
しかし、個人での学校運営となるとそうはいかない。途中で逃げることなど許されない。
自らの退路を断つ危険な選択を娘が選ぼうとすれば反対もするだろう。

ひたすらに泣きついてくる母の言葉には胸を打たれた。

“せめて大魔法学校は出てからでも遅くない”

何度もそう諭された。

しかし、大魔法学校を卒業してからでは遅いのだ。
確信は持てないが、自分の命は他人よりも限られた時間しか刻めない。
もし師のように、志し半ばで失意の内に命の針が止まる時、791は自分自身を決して許すことはできないだろう。

一分一秒も無駄にはできず、彼女は自身の人生設計を立て実行に移すことが必要だった。

それだけ、彼女には諦められない夢ができていた。





周囲の反対を押し切り、高等部を卒業したばかりの791は、師の家を改装した小さな魔法学校を開校した。

最初は生徒など集まるはずもないので、幼児だけでなく遺児や孤児なども積極的に引き取り学び舎だけでなく孤児院として運営を始めた。

師の時とは違い、彼女は周囲に大変有名な人物となった。勿論いい評価などはない。

“あの子は変わり者”、“一人が寂しいから子どもたちを囲っている”、“病気を移すから近づかないほうがいい”

散々な評価だったが、寧ろ奇異な目で見られることさえ嬉しかった。
寂れた家の中で、師と二人で飲むスープはほんのり暖かった。しかし、何人もの将来有望な子どもたちと飲むスープはとても心が温まった。

表立って嫌がらせをされないだけマシだとさえ感じた。
昼間は子どもたちの面倒を見て、夜は魔術の研究を進める。
当時は休みなど存在しなかった。
だが、生命を削ってでもやりがいを感じていた。


学校運営の中で最初に発表した魔術論文は、瞬く間に791という若き魔法使いの名を知らしめるに至った。
師の理論と自身の独自解釈を加えた新魔術は魔法界に新風をもたらし、高齢化が進んでいた魔法協会の思惑も重なり半ば実力以上に持ち上げられた。

また、指導者の面としても彼女は才覚を表し始めていた。

学校を設立してから五年は経とうとしていた頃、最初の年長組が卒業し徐々に世で力を発揮し始めた。
彼らは彼女の下で学んだ知識や自由な校風を受け継ぎ、既存に囚われない魔法を使ったベンチャービジネスで成功を収め始めていた。


七、八年を過ぎる頃には、791の名は既に公国全土に轟くほどになっていた。
彼女の知名度の高さで入学希望者は膨れ上がり、宮廷内に専用の校舎を構えるほどに安定した運営ができるようになっていた。

しかし、彼女は決して慢心しなかった。
次なる手として、彼女は単身きのこたけのこ会議所自治区域へ乗り込み、【会議所】主要メンバーの一人となったのだ。
世界中が注目する【きのこたけのこ大戦】で、魔法を駆使した圧倒的な戦闘スタイルで敵軍を屠っていけば、遂に“大魔法使い”791の名は公国を出て世界中に認知された。
【大戦】に参加する傍ら、引き続き魔法学校の運営にも手を抜くことなく精を出した。
自治区域と公国の友好の架け橋として加速度的にその名声は高まっていった。

いつしか、“大魔法使い”791は【魔術師】791へとその名を変えた。
そして世間に推される形で、遂には公国宮廷から宮廷付きへの逆オファーが来るにまで至った。


ここに、【宮廷魔術師】791が誕生した。


彼女の下からは優秀な魔法使いが何人も生まれ、さらに数名の優秀な生徒は自らの傍に置いた。
全ては好循環で予定通り。

師の死後十五年足らずで、彼女は公国宮廷内を裏から操る陰の支配者にまで成った。
自らが魔術師となり、師の教え通り“魔術を継承させていく”ための準備も抜かりなかった。





【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】

明くる日。

外は雲ひとつなく、朝陽が庭園を包み込んでいる。
791はその美しい光景をガラス越しに眺めながら、No.11の出した紅茶を飲むのが好きだ。

No.11「以前よりご指示いただいた通り、昨日のうちに各国には“根回し”を完了しています。
ハリボー共和国、カルビー王国は協議の前より我が国への支持を内々に表明していました。
唯一、“三大国家”の一角であるトッポ連邦だけが態度を渋っており手こずっておりましたが、急進派が議会を掌握しオレオ王国への支持を主張する一派は追いやられています。

このままいけば、オレオ王国は間違いなく孤立します」

791の前で報告書を読み上げる彼女の姿は今日も華麗だ。

791「ありがとう。
でも、トッポ連邦の椿さんには少しかわいそうなことをしたなあ。次期首相候補だったんでしょう?」

No.11「最後まで抵抗していたのは最大勢力の椿国務大臣の派閥でしたが。
日和見の首相の判断で、ほぼ更迭に近い形で謹慎処分となっているようです」

791「内部工作は上々だね。過去のお偉いさんたちもこうやって内々に動けば大陸統一に失敗することなんて無かったのにね」

No.11「オレオ王国内の扇動も順調のようです。公国との関係悪化の責任をナビス国王に押し付ける形で、各地でデモを起こしています。
足並みが揃わない王国はすぐに総崩れとなるでしょう」

791「目覚めの良い朝とはまさにこのことだね」

昨日の会議の報告書も見終わり791は椅子の上で指をパチンと鳴らすと、手に持った紙は独りでにふわふわと宙を舞い部屋の端に置かれた棚に仕舞われた。


791「こんな日は外に出たいけどねえ」

昨夜の雨露がガラスに反射し光る様子に、791は僅かに目を細めた。

No.11「お身体が優れませんか?」

791「最近は特にね。【大戦】に参加してた頃はまだ良かったけど、朝起きるのが辛いときもあるよ。
だからこそ、さっさとオレオ王国は制圧しておかないとね」

791にとって王国制圧はさしたる問題ではない。

問題は“その後”だ。

791「王国制圧後の“お掃除作戦”は進んでる?」

No.11は、恭しく頷いた。シワひとつないベージュのローブが僅かにはためいた。

No.11「軍部への根回し、協力機関への連絡も完了しています。
何時でもライス家を締め上げる準備はできています」

791「それは良かった。卒業生の子たちにも多く協力してもらってるから早くやらないとね」

ライス家に取り入り、その後に実権力を掌握するまでは容易だった。
しかし、こうして名を隠し公国を影から動かすことにも限度はある。

ライス家を政権から追放することが、791にとってこの戦争の真の狙いだった。

王国を制圧した後は速やかに現政権を切り崩し、貴族共の悪しき利権構造と圧政を解き放たないといけない。
そのために時間をかけて宮廷内部に根回しを行い、ライス家追放後を見据えて関係機関への工作を繰り返し行ってきたのだ。

791「あーあ。私が元気なら王国制圧も一人でやるし、その後の“お掃除”も一人でできるのになあ。
これじゃあ策謀家ばりの暗躍っぷりだね」

No.11「違いありません」

二人は微笑んだ。


すると、丁度良くメイド姿の又弟子がパタパタと走り寄ってきた。

「791先生、魔術協会の方が宮廷にお見えになりましたッ」

紫紺のローブをはためかせ、791は杖を握り直した。

791「さて、と。私は魔術師協会の講演があるから出てくるよ。
No.11は彼にちゃんと食料と水を与えておいてね。死なれたら困る」

杖を一度地面に叩くと、座っていた椅子は転移ポータルに向かい静かに移動を始めた。
No.11はまたも恭しく頭を下げた。


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