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4-7.追憶編

初公開:2020/11/28



【カキシード公国 宮廷 大広間】

No.11「申し訳ありませんが791は現在、全ての公務を取りやめておりますので会合に出席することが出来ません。要件は私の方から本人に伝えておきますので」

今日十件目の断りの連絡を先方に伝えた後、No.11は来客者を入り口まで案内した。
背広を着た来客者たちが階段を下り見えなくなるまで深々とお辞儀をしながら見送る様は、雑多な人で賑わう大広間内でもとりわけ際立ち、その所作は一流のバトラーを想起させた。

彼女は公国宮廷内でもかなりの有名人だ。
“宮廷魔術師”791の秘書番のような立場として彼女の傍で正確に仕事をこなすその姿は、周りから見れば羨望の的となり、
業務に携わる関係者は彼女の射抜くような視線と、笑み一つ零さず冷静に処理する技量の高さに恐怖した。

そして、付いたあだ名が“氷の指圧師”だ。
指圧師とは、トレードマークのベージュ色のローブが傍目から見ると巷のマッサージ師のように見えることからついた名で、当初は彼女を妬む者が蔑称として使っていた。
しかし、本人がそのような戯けた渾名程度で動じる筈もなく、気がつけば渾名になっていた。
逆に言うと彼女には外観程度しかケチをつける要素がなかったとも言えた。


見送りが終わると、No.11はすぐに踵を返し歩き始めた。
何人かの宮廷付の魔道士たちがギクリと肩を震わせ、そそくさと彼女の視界から姿を消すように歩き去って行った。
目線は一定を保ちながら、気にすることなく彼女は前を向き転移ポータルに向かい歩を進めた。

“氷の指圧師”と呼ばれるだけあり、彼女の表情は滅多なことでは変化しない。
他人から見れば常に表情を消した彼女の考えなど読み取れるはずもなく、畏怖の対象にもなるだろう。

だが、791の他に他の誰もが気が付かないだろう。
彼女の心の中にも、大変に熱く代え難い“信念”を持ち合わせていることを。


791の野望は、四年も前から本格的に動き始めた。
図らずも例の¢からの提案が、彼女の魔術師としての感性を最大限研ぎ澄ませ策謀を巡らす切欠となったのだ。

No.11もその時に彼女を支えることを誓った。
その出来事は今でも昨日のように脳裏に焼き付いている。

歩みを続けながら、791ぐらいにしか気づかれない程度でほんの少しだけ目を細め、No.11は当時を顧みていた。







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【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 4年前】

791『¢さんはもう帰った?』

No.11『はい。宮廷を出たところまでしかと確認しました』

その日、“武器商人”¢が単独で乗り込みNo.11への提案を行った後。
離れた場所から事態を見守っていた791はすぐに姿を現した。
隠していた自分用の机と椅子を魔法で元に戻し、彼女は自らの椅子を手元に引き寄せ深々と体を沈めた。

791『君は¢さんの話をきいてどう思った、No.11?』

その言葉に、セミロングの緑髪を揺らしながらNo.11は背筋を一層よく伸ばし、どう答えようかと思案した。
頬杖を付き物憂げに視線を落としている目の前の師の顔からは、考えを読めそうにない。

新たに791の補佐係になったばかりのNo.11だったが、その力は周囲の予想を遥かに上回る出来だった。
まず、791から与えられた課題や業務はどれも迅速にかつ正確にこなした。

“街中での魔法の不正利用の実態を調査しろ”、“宮廷内のもめ事を解決しろ”、“巷で人気の劇団のショーを見にいき、あらすじをこの場で話せ”、“甘いホットケーキとチョコドリンクを作り提供しろ”。

彼女から命じられた課題は宮廷業務に関わるものから、どう考えても冗談としか思えないようなことまで多岐に渡った。
しかし、No.11は表情を一切変えることなく沈着にかつ冷静に彼女の予想を上回る結果を残し続けた。

報告のたびに彼女はNo.11を称えた。
宮廷内で痴話喧嘩を発端とした小間使い間で巻き起こった大騒動を速やかに鎮圧した際には、手を叩いて喜んでいた。


いつしか、誰よりも彼女のことを理解した気遣いや行動、そして冷静な業務遂行能力は791だけではなく周りの人間から厚い信頼を集めていた。
彼女の身体が優れない際には代行して執務を任せられるまでになり、名実ともに791の右腕としてたったの数ヶ月でその地位を確固たるものにした。

だが、未だに師とこうして相対すと、No.11は緊張で表情筋が強張り口の中がよく乾いてしまう。

魔法学校を卒業し、すぐにNo.11は師の“本性”を彼女自身から明かされた。

誰にでも優しかった学校時代の彼女の姿と、目の前に座る魔術師としての姿は性格、振る舞い、考え方から全てがまるで正反対だった。
魔術師791は誰よりも冷徹で権謀術策に長け、他人の生命を自らの利になるかどうかで利用価値を決める残忍酷薄な人間だ。
対して“教師”791は誰にでも笑顔を振りまき、損得感情で他人のために動かず相手に寄り添う、一見するとまさに理想の人間像だった。
“教師”791の面しか見えていなかった当時のNo.11は、最初こそ、その正体に衝撃を受けた。

しかし既に791が見抜いていた通り、魔力だけでなく非凡な精神力も持つNo.11は、驚いたものの、その時間はほんの一瞬だった。
すぐに、心の中で絶望している“愚か”な自分にもうひとりの自分が喝を入れ、彼女の精神はパチリとスイッチを付けたように切り替わった。

―― No.11よ。これがお前の目指す【魔術師】という生き物だぞ。これぞ徹底的な現実主義。実に、素晴らしいじゃないか。


元来、両親がおらず自暴自棄になっていた自分を救い出してくれたのは、誰であろう791だった。
生きる道を示してくれただけではない。魔法学校に通わせてもらう中で、魔法の素養もあるということを教えてくれた。

その恩師が国士無双と世に名声を轟かせるまでに至ったのは、誰よりもいち早く世界に目を向けながら、冷静に自分の価値を高めるために策を張り巡らせていたことだった。
魔法力の足りない自分にはとても【魔術師】など一朝一夕で目指せるものではないが、彼女が近くに居ることで、そのパラダイムを感じることができるのではないか。

若きNo.11はそう考えた。
幸い彼女に見初められたNo.11は、卒業を控えた間近に直々に補佐役への打診があり、卒業後も隣に居ることを許された。


いま、彼女からの質問には細心の注意を払わないといけない。
元々、No.11の前任者は不用意な発言で彼女の気を削ぎ、彼女からの“優先順位”を下げた結果、ある日宮廷から忽然と姿を消してしまったのだ。

凡庸な発言は自らの首を締めるだけだ。
補佐係になってから新しく卸した、サイズが少し大きいローブの袖の中で、No.11は両の拳を強く握った。

No.11『忖度なしに申し上げると…彼の提案には怪しさしかありません』

一瞬で思考を整理した彼女は、結果として正直に自らの考えを述べることが最善策だと考えるに至った。

No.11『我が国にとっては、リスクも極力低い代わりに実利を取れる。そんな魅力的な提案に思えます。
しかし、会議所は明らかに何か思惑があります。それは、公国に罠を仕掛けようとしているかもしれません。
彼の素振りや自信に満ち溢れた話し方がその疑念を強めているように思えます――』

―― 791様はどう思われますか?

言葉を続けようとしたNo.11は、目の前の師を見て唖然とした。








腹を抱え嗤っている。


今まで見たことのない“邪悪”で、“純粋”な笑みを。



天真爛漫でいながら誰よりも冷徹な瞳を向ける【魔術師】が、人目を憚らず心の底から笑っていた。


791『ふふッ!あははははッ!!
待っていたんだよ、こういう話をッ。実に都合がいい話をねッ!』

肩を震わせて笑っていた彼女は、思わず目尻に浮かんだ涙を手で拭った。
その異常さに、密かに周りから“氷の女”と呼ばれつつあったNo.11も困惑するしかなかった。

No.11『都合がいい、とは一体?』

791『¢さんのお陰で、あの“木偶の坊”たちを追い払う手段が出来たんだよ。
これでようやく、この国が私のものになる』

木偶の坊、という表現がカキシード公国を支配しているライス家を始めとした貴族たちを指していることは、No.11もすぐに理解できた。


彼女は誰よりも強大な力を有していながら、誰よりも慎重な人間だ。
もしくは【魔術師】になる人間はみなそうした性質を有しているのかもしれないが。

“宮廷魔術師”の称号を経てから今日に至るまで、何度も政権を手に入れられる立場にいながら、彼女は一貫して表向き貴族たちを立て続けた。
貴族たちの前で頭を下げていた度に、その後すぐに立場が逆転し彼らが頭を下げに来た時も、そのでっぷりとした腹の脂肪に少しでも火を点ければ、と何度も思ったに違いない。

しかし、彼女がライス家をすぐに国から追い出さず裏から利用しているのは、偏に“正当性”が無いからだ。
仮にライス家を追放し791が国主になり、幾ら民衆が彼女を支持しても、世界から見れば彼女はクーデターを起こした首謀者だ。
少なからずカキシード国は軽んじられるようになり、実権支配後を考えると最善策ではない。

つまり、既に彼女は自分が国を支配した後のことを考えながら行動しているのだ。
そのような策士である彼女をNo.11は末恐ろしいとも思うし同時に誇らしいとも感じる。

No.11『…なるほど。オレオ王国へ侵攻しようとする公爵を“宮廷魔術師”791が止め、そのまま世論の支持で公爵一族を追放する、と』

わざとライス家に密造武器という餌をチラつかせてその気にさせたところで、事前に戦争を防げば彼女がライス家を倒す“正当性”が生まれる。
No.11は一人納得した。

しかし、791は途端にキョトンとした顔をした。


791『え?オレオ王国には予定通り“侵攻”するよ』

No.11は珍しく目を見開き驚きの表情を見せた。魔法学校時代に、実技試験で“彼”に初めて負けた以来の衝撃だ。

No.11『では。

オレオ王国とカキシード公国。
どちらもお手になさるおつもりで?』

それまで穏やかな顔で語っていた目の前の魔術師は、途端に唇の端を吊り上げて再びニタニタと嗤い出した。






791『欲しいものはすべて手に入れる。

授業で教えたでしょう、No.11?――』



―― それに私は甘いチョコが特に好きでね。昔からカカオ産地には興味があったんだ。





おもわずNo.11はゾクリとした。
自分の耳に届く優しい語り口調は、かつて魔法学校で皆の前で優しかった791先生そのままで。

しかし、状況と言葉が絶望的に乖離していた。

791『この話を公爵に持ちかける。
彼は馬鹿だから目先の利益に囚われ、何も考えずに領土拡大策に乗るだろうね。

武器の供給量、毎月の取引量から見て全軍の再武装化までには結構な時間がかかるかな。おそらく数年単位。

逆にその時間が私にとっては丁度いい。
この間、公国軍部から秘密裏に切り崩していって、ライス家無き後に使える人材を用意する準備期間に充てるよ。

そして、機を見てオレオ王国にはこちらから侵攻させる。

オレオ王国は非武装国。孤立している国に抗う士気なんて残ってない。仮に抵抗されても、すぐに全土は堕ちるだろうね』

791『そして王国を攻め落とした後に世論を誘導し、この戦争の“不当性”を訴える記事を多く出し民衆を煽る。
民衆の不満が頂点に達した時、民の代弁者として私が立ち公爵たちを追放し、新たな元首になる。

そのためには、侵攻に“理不尽な理由”が必要だ。
明らかにカキシード公国がオレオ王国に難癖をつけて、侵攻に及んだと思われる程の方が尚良いね』

穏やかな顔でとうとうと語る791から、No.11は目を離すことができない。
いま、自分はとんでもない話を聞いているのだと改めて感じると、握った拳の中で大量の手汗が噴き出した。

791『オレオ王国はカキシード公国に不当に制圧される。

表向きは公国に文句を言えない世界も、均衡の崩れる状況を内心容認しているはずもない。
公爵の立場は国内外から批判にさらされ、追い詰められる。

私は政権内でも立場上、要職に付いていない“ご意見番”のような立場だし、自由に動くことができる。
こうして私は公国だけでなく、カカオ産地のあるオレオ王国までも手に入れることができるんだよ。

ようやく公国の“ゴミ掃除”ができるよ、No.11ッ!』

目をキラキラとさせながら無邪気に語る師の姿を見て、No.11は改めて791という人物を見直した。


彼女の力になりたいと思った。
目の前の恩師は、自分の祖国だけではなく。併せて隣国も支配するという遥かに大きな野望を抱いている。
【魔術師】になるという自らの目標など、大志を抱く彼女を前にしたら取るに足らない小さな願いだと思うほどに、野望を持つ彼女の姿は巨大な宝石よりも輝いて見えた。


元々、ゴミ捨て場のような所から恩師が孤児の自分を救い出してくれなかったら、自分の命運はそこで尽きていたかもしれない。
絶望の淵から拾い出し自分を見出してくれた恩師には、まだまだ返しきれないほどの恩がある。

宮廷魔術師だけで終わる人間ではないと思っていたが、まさかほんの小一時間の間にここまで先々の事まで見据えていたとは思っておらず、No.11は自らの矮小な考えを恥じ、改めて791に敬意を示した。
そして、補佐係を務める初日に決めた覚悟を、今一度心のなかで反芻した。


  彼女の悲願のためなら、自分の生命など投げ払っても構わない。


そうした強い決意を宿したゆえ、No.11は真剣に考えた結果。
浮かび上がった当然の“疑問”を口にした。

No.11『素晴らしいお考えだと思います…しかし、そこまでうまくいくでしょうか?』

口に出してから。しまったとばかりに、No.11はすぐに口をつぐんだ。

目の前の師は、話の腰を折られることを酷く嫌う。
普段から主人の気に触らないように人一倍慎重に行動していたNo.11だが、この時ばかりは自らの興味と疑問が勝ってしまった。

案の定、うんうんと頷きながら考え込んでいた791はすぐに彼女に顔を向けた。
しかしその顔は笑みを浮かべたままだった。授業で正解を答えた生徒に向けていた顔と同じだ。

791『疑問はもっともだ、No.11。
なによりこの勘定には、【会議所】の動向が全く懸念されていない。

No.11の読み通り、争乱に乗じ【会議所】は動いてくるはずだ。
そうじゃないと¢さんが危険を冒してこちらに提案をした意味がまるでないからね』

No.11『【会議所】の狙いは何でしょうか。¢さんたちは何を考えているのでしょうか?』

791『ある程度までは想像できるけど、その手段までは私にも分からない。

だから、私の目に【会議所】を見てもらう魔法使いが必要だ。

そうだな。

“あの子”を呼んでくれる?』


“あの子”が、誰を指しているかは一瞬でNo.11は理解できた。
恩師の一番のお気に入りで、No.11の最も忌み嫌う人物だ。

普段は口ごたえなどすることもなく二つ返事で頷くのだが、その日は気も昂ぶっていたのだろう。
気がつけば、No.11の口からは本音が溢れていた。

No.11『お言葉ですが…彼はまだ魔法学校を出たばかりの新米です。素質は素晴らしいですが精神面では未だ――』

791『――No.11。あの子を連れてきなさい?二度は言わないよ?』

彼女の圧を前に、No.11はすぐに頭を下げることしかできなかった。




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