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4-9. 力の解放編

初公開:2020/12/04



【カキシード公国 宮廷 魔術師の間】

地下牢から戻った791は、機嫌よくメロンソーダの入ったグラスをストローで啜った。

雨は先程よりも強さを増してきたようだ。
遠く離れたカカオ産地の天気も同じだろうか。それとも、そんなことを気にする暇もなく人々は逃げ惑っているだろうか。

791「しかし、自主的な軟禁生活というのも楽じゃないものだね」

溜まっていた仕事も数日前に片付けてしまった791は、手持ち無沙汰気味に首を回した。

No.11「そうですね。ですが、いつもとやる事は大して変わってないようですが」

791「むっ、失礼なッ。
それじゃあ今日は久々に自分の魔法の整理でもしようかな。
数百以上あるし、過去の自分の魔法って稚拙だからあまり見返したくないんだけどね」

No.11「私はとても興味があります」

791「手伝ってもらおうかな?突然、暴発する魔法もあるから気をつけてね」

No.11「受けて立ちます」

二人は微笑んだ。





「や、やめてくださいッ!いったいなにをッ!」

「ここに“宮廷魔術師”がいることはわかっているッ!おとなしくしろッ!」

突然のガシャガシャという鎧の擦れる音とともに、重装備に身を固めた近衛兵たちが一斉に室内に侵入してきたことで平和の一時は破られた。

彼らは部屋の端にいた又弟子たちの動きを封じると、続いて中心にいた791たちをすぐに取り囲んだ。
その動きは無駄なく洗練されており、入念に準備された計画性を予感させた。
魔術防衛のためのクリスタルの盾まで用意している周到さだ。
ざっと見渡しても百人はいるだろう。随分と大勢でやってきたものだ。

「“宮廷魔術師” 791ッ!“国家転覆罪”の罪でお前を捕縛するッ!おとなしく連行されろッ!」

銃を二人に突きつけ、先頭にいた兵士ががなり立てた。
椅子から立ち上がった二人はキョトンとした様子で顔を見合わせた。

791「あらら。公爵に私の企みがバレちゃったかな?」

No.11「ここ数日、大々的に動いていましたから。無理もないかと」

791「どうする?作戦決行までまだ日があるけど」

No.11「構いません。外の軍には既に合図一つで動けるように手筈を整えています。
791様には悠々、この宮廷内を“調理”していただければ十分かと」

791「あいかわらず優秀だね我が弟子は。恐ろしくなるほど」

「何をごちゃごちゃ言っているッ!カメ=ライス公爵がお待ちだッ!」

791はすぐに怒号の主に顔を向けた。
笑っているはずなのに彼女から発せられる気を前に、兵士たちは一瞬言葉を失った。

彼女は人差し指を立て、生徒をあやす教師のように優しく兵士たちに語りかけた。

791「三秒あげるよ。公爵か私。どちらに付くのが利口か考えて選んでごらん?」

彼女の言葉に一瞬呆気に取られた兵士たちの緊張感は、その突拍子もない提案にすぐに緩み、嘲笑をもった笑いで上塗りされた。
百人程度の屈強な兵士に囲まれながら、なお優位な姿勢を見せようとする目の前の魔術師の浅はかさと滑稽さに思わず魔が差したのだ。

周りの笑い声を受けながら、先頭の兵士は気分良くさらに凄んだ。

「ふざけるなッ!抵抗するなら宮廷魔術師といえど容赦は――!」











    ジュッ。






まるで、ホットケーキを焦がしてしまったような音を立てて。

791の目の前にいた兵士は文字通り“消えた”。
否、身体の内部から爆発し、跡形も無く蒸発した。


兵士たちは最初、その異変に気づくことが出来なかった。
しかし、そこに立っていたはずの兵士が消えていること、兵士のいた足元に不自然な焦げ跡ができていること、
そして鼻孔をくすぐる微かなシトラスの香りが漂ってきたことで、ようやく事態の“異常さ”に気がついた。

「ひ、ひいッ!」

「な、なにをしたッ!!」

兵士たちは、中心で肩を震わせ笑いをこらえている敵の姿に慄き、襲いかかることもできず足をすくませた。
791は笑いながらも残念そうに首を横に振った。

791「三秒。時間だよ?」

兵士たちは絶句した。

唯一、隣りにいたNo.11だけが心配そうに師の顔色を伺った。

No.11「いま“使ってしまっても”、良いのですか?」

791「構わないよ。
今日は気分も体調もとても良くてね。
絶好の魔法日和だよ」

そこで初めて791は自分たちを取り囲んでいる兵士たちを、ぐるりと舐め回すように眺めた。
武具で身を固めていたはずの兵士たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、そこで何人かは本能が働いた。

狩られるのは相手ではなく自分たちだ、と。


791「三秒ッ。

君たちは瞬間の判断ができない、愚か者だね。

そんなんじゃあ“イラない”。

私の弟子たちには遠く及ばない。十人、百人かかっても同じことだよ。
その手に持つ武器も、誰が君たちに与えたと思っているの?


まあいいや。反省してももう遅い。

そんな全てが遅い君たちは――

公爵と同じく、この大地の藻屑となるがいいッ!!」

瞬間、彼女の足元に巨大な魔法陣が展開された。

赫々(かっかく)とギラつくその陣の光を見て。
ようやく兵士たちは意識を戻し、同時に気がついた。

“あの魔法陣の輝きは、これから尽きる自分たちの生命の最期の光そのものだ”、と。





展開された陣の中心で、久々の高揚感に791は感動し深く息を吐いた。

下唇にべっとりと付いた油の不快さも最早懐かしい。
いかにうまく燃やしても、どうしても油分は空中に漂ってしまうのだ。


身体が芯から暖まるこの感触。
久方ぶりだ。

そう。この感覚こそが【魔術師】にとって、最大の幸福。

791にとって最高の瞬間だ。


“この魔法”を撃つのは何時以来だろう。





彼女が人を殺める魔法を産み出すのに、そう時間はかからなかった。

初めは扱いに苦労した。
何しろ外傷を及ぼす死の魔法は、寧ろその後の処理が大変なのだ。

改良を進めていく中で、“その魔法”は急速に洗練されていった。
初めは黒焦げになるほどに高火力で、次第に獲物の身体内部で魔法を点火させることで跡形も無く焦がす術を身につけた。
最後には骨すら残さず瞬間の火力を調整できるようになった。

それでもいくら工夫しようとも、やはり肉と骨の焦げた臭いは鼻をつき、不快にもその場に残り続けた。

これでは幾ら魔術が成り立っても“綺麗”ではない。
魔術とはやはりエレガントでなければいけないのだ。

考えた末に、爆発と同時に自分の好きな匂いで上書きさせれば、気持ちよく術を行使できるのではないかと思いついた。

考えはうまくいった。
本来、面倒だったはずの殺戮の作業は、途端に最高の魔術へと変わったのだ。

その魔法はいつしか彼女の【儀術】となり、その名は魔法後に薫る彼女の大好きな匂いの名前へとなった。





兵士たちは遅れた数秒間を取り戻すように、途端に目の前の“魔王”に向かい銃、剣を突き出した。

「う、撃てッ!!!仲間をかまうな!撃って撃って、奴を止めろおおおおおお―――」

兵士たちは自分を鼓舞するように大声を上げて突撃し始めた。

クラシック音楽でも聞くかのように、うっとりとした面持ちで生者の最期の言葉を聞き終わった791は、
名残惜し気に眉尻を一瞬だけ下げると、あっさりと片手を突き出し詠唱し叫んだ。










791「儀術『シトラス』ッ!!!!!」











直後、室内にはむせ返るほどかぐわしい香りが立ち込め。

勢いを増した雨の天井を叩く音が、うるさい程響き渡った。








                            To be continued...



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