きのこたけのこ大戦@wiki - w2-2

2-2:異変編

初公開:2014/06/01

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暗い部屋に、一人の兵士の息遣いが聞こえてくる。

兵士は、先ほど書き終えた便箋が入った封筒を手にとった。
慣れない作業だったのか、手の側面はインクで黒ずんでいる。
封筒をインクで汚さないように、指の先でつまむように。

手に持った封筒を、兵士はしげしげと眺める。
この封筒は、大戦の命運を握る鍵といっても過言ではない。
大戦の、自分自身の“魂”が詰まった、どこか色あせた封筒を、兵士は数回ほどなぞるように触った。

「参謀に渡す時期はいつがいいかなあ。うん、まあ1回目の体験が終わってからだろうなあ。
急ぎすぎても遅すぎてもいけないから、慎重にいかないとなあ」

「あとは、“あの人”にはこの事を言ったほうがいいのか…いや、ダメだ。
私と同じ末路を辿る可能性が高い。彼には、“知らせてはいけない”」

ブツブツと何事かを呟きながら、兵士は机の周りに散らばった紙や筆記具を片付け始める。

「あっ」

兵士は何かに気がついたように、机の上に置いた封筒を再び手にとった。

「名前を書くのを忘れてたな…」

危ない危ない。まあ、差出人の名前がなくても参謀が伝えてくれると思うけどなあ。
兵士は筆を手に取る。そして封筒の裏に、拙く力強い字で一筆入魂。


『会議所より 
            きのこ軍 集計班』


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【K.N.C 180年 会議所 教練所 中庭】

まだまだ残暑が厳しい季節、アイムは日課となった中庭での昼寝を今日も続けていた。

アイム「…また、あんたか」

筍魂「そう邪険にするなって」

むくりとアイムは起き上がり無言で筍魂を数秒睨むも、根負けしたようにアイムは、はぁと溜息をついた。

筍魂「どうした、怒らないのか。『まーた魂かチネ』ぐらいは言われると思ったが」

アイム「言ったところで聞く耳持たねえだろ、あんたは。
それとも、言ってほしいんならいくらでも耳元で怒鳴ってやるぜ」

筍魂「やめろワシはMじゃない!(宣言)」

やれやれとアイムは頭を振った。どうして、こうも会議所内には話が通じる兵士が少ないのだろうか。

アイム「はぁ。それで、今日はどんなごご用件かな。今日も魂さんの高説を賜われると思うと、
おちおち昼寝もしてられないな」

筍魂「弟子にな ら な い か?」

アイム「断る」

筍魂「悲しいなあ(諸行無常」

最近になってアイムの昼寝の時間を見計らって、アイムの機嫌を損ねるために現れるようになったこの兵士は、
未だアイムに相当執着しているようだった。
アイムが邪険に扱うほどに、その次の日には自信満々の表情を含ませながら
筍魂はアイムに掛け合ってくるのである。そしてアイムは更に邪険に扱う。
そんな日々の繰り返しだ。そういう意味では筍魂はドMなのかもしれない。

そもそも、師弟の関係になって自分に何のメリットがあるというのか。
アイムには筍魂の意図がわからない。
押し売りセールスのように何度もしつこい兵士をすぐに追い払える防衛術を学べるというのならば、喜んで飛びつくが。

筍魂「山本さんとはこの間に話をつけた。『やりたきゃどうぞ』だそうだ。
『クソガキ相手一人に時間を割くほど、私は暇じゃないから賛成だ』とも言っていた」

アイム「あのエロ教官め…」

つい先日、所要で自室に篭もるから自主練という呈で、山本教官に言い付けられた厳しいハードワークを
息も絶え絶えでやりきったアイムは、鍛錬終了の報告のために山本の部屋へ訪れた。
疲れきったアイムが思わずノックもせずに山本の部屋の扉を開けてしまった丁度その時、
不幸にも山本は“儀式”の最中だった。

自身を大小様々な模造品の乙牌が囲み、その一つ一つに感涙を持って
地べたにひれ伏して畏敬を払う彼の鬼教官と対峙した時、思わずアイムは声を出さずに“阿呆”と口を動かした。
山本もうつ伏せのまま、呆然とした表情でアイムを見返した。その手は乙牌を握って離すことはなかった。
それ以来、二人の間に会話はない。

筍魂「いろいろと会議所の業務で忙しいんじゃない?(すっとぼけ」
アイム「乙牌を揉みしだく業務があるんなら、ぜひとも入ってみたいな」
筍魂「けしからん!」

そのような事情からか、最近では自主練が主になったアイムの下に、
好機とばかりに筍魂がアイムのもとに通い詰めるのは至極当然のことだった。
想定を上回る飲み込みの早さで知識・技術を修得したアイムに、
鬼教官が今後の彼の育成プランについて考えあぐねていたことは事実であり、
筍魂の手に教え子が預けられることは、不幸な事件を差し引いても、山本としてはありがたいことではあった。

筍魂「お前にとっても悪い話じゃない。お試しでもいいから戦闘術『魂』を一緒に学ぼう。
クーリングオフも有効だゾ」

アイム「もしオレとお前とが絶望的に反りが合わなかったら、その後オレはどうすればいいんだよ」

筍魂「おっぱい教官の下に戻れよ」

アイム「断る」

はぁ、と年不相応な溜息を付きながら、アイムは再び大の字で寝転がる。
変人どもに囲まれて神経をすり減らしているアイムを、同じ変人の筍魂が慈愛の目で見つめる。
それがたまらなくアイムにとっては不快だ。

筍魂の戦闘術『魂』への勧誘は、アイムの頑固さの前に平行線のままだ。
件の乙牌事件を目の当たりにして、いくらかアイムの心も揺らいだが、度重なる胡散臭くしつこい勧誘は、
彼にかえって余計な警戒心を植えつけさせただけだった。
そもそも変人揃いの会議所にあっては、アイムの自己防衛本能はいっそう研ぎ澄まされている。
筍魂は当然のごとくアイムの自己防衛センサーに引っかかった。
ただ、事あるごとに戦略的撤退を余儀なくされる筍魂だが、後退もあれば進歩もある。
幾多の会話・罵倒を受け、筍魂はアイムの性質を見抜いていた。

筍魂「…オニロとの差を縮めるのは今のうちだと思うがなあ」

アイム「…あ?」

他の誰よりもアイムはオニロに敵対心を持っている。
会議所メンバーが思っているよりも、アイムのオニロへの忌避感は人一倍強い。
オニロの一挙一動全てが気に入らない。大戦場の隅に脳天気に咲いている花のように、
両軍が終わりなき戦いを繰り広げる大戦の世界に見を投じながら、本人はまるで戦闘とは
無縁な振る舞い・表情を見せる。その癖に、戦闘になればまるで別人のように
誰よりも“戦闘狂” のように振る舞う。
不快感を本人に隠すことなく顕にしながら、なおそんな負の感情を包み込むような笑顔で気にせず話しかけてくる。
アイムは気に入らない。オニロのすべてが気に入らない。

アイムは幼い。
自信家で気分屋だ。自分という存在が、どの世界の常識よりも正しいと信じて疑わない。
井の中の蛙が大海を知らないように、アイムもまた大海を知らない。
心のなかで殻にこもったまま、説法を自分自身に説くように自分の存在・行いを信じ続ける。
自分が一番強い。だからこそ、自分よりも格上の存在であるとアイムが猜疑心を抱いた相手には警戒する。
その相手がオニロだった。
アイムのオニロへの敵愾心はあまりにも根深く、そして拙い。

アイムは幼い。
だが、幼いからこそ成長のしがいがある。
筍魂はアイムをそう評価している。

筍魂「オニロは最近、何かに没頭しているようで。訓練には欠かさず参加しているけど、
以前ほどのキレはないそうだ。791さんも頭を抱えていたよ。これは大変なことやと思うよ」

アイム「…」

オニロは大戦年表漁りに没頭している。
地上でアイムが日課の昼寝を楽しむように、地下では日課の編纂室の濫読を楽しんでいる。

筍魂「別の趣味でも見つけたのかもしれんな。ただ、今こそオニロとの差をつけるいい機会なんじゃないか?」

筍魂「お前は強い。だが、俺ならお前をもっと強くしてやれるゾ」

アイム「…本当なのか?」

真剣な筍魂の言葉に、アイムの心は揺れ動く。
あと少し、あと少しで弟子になるゾ。
心のなかで小躍りをしながらアイムの反応を待つ筍魂だが、
アイムを弟子にとるのはいま暫く待たなくてはいけない。
アイムにとっても、筍魂にとっても、弟子を取る取らないは些細な問題であると
認識させるほどに、会議所を揺るがす大事件に巻き込まれていってしまうのだから。


事の始まりは、最も毛嫌いしていたあいつの叫び声だった。


オニロ「アイムーーーーーーーーーーーッ!!!!!大変だーーーーーー!!」


【K.N.C 180年 会議所 大戦年表編纂室】

最初に異変に気がついたのは、大戦年表編纂室に居た兵士だった。

アイムと筍魂が地上で談論している丁度その頃、アイムの予想通り、オニロは地下で
日課となった歴史書物の濫読をしている最中だった。
オニロの指定席は室内の入り口から左手前方の、“うねる”大戦年表に近い一角にある。
散らばっていた書物をかき分け、ようやく人一人分が寝転がれるほどのスペースを作り、
腹をきれいな床につける大勢で書物を読みあさっている。

編纂室は、オニロ以外には室長の集計班しかいない。その集計班は、
扉に背を向ける位置にあるロッキングチェアに腰掛け、物憂げに椅子を前後に動かしては軋ませている。
始めのうちはその音に辟易としていたオニロだが、最近では大分慣れた。
他に耳に届く音といえば、上空を動き回る筆記ペンたちだけだがそれは些細なものだ。
ちなみに大戦年表の傍に浮かんでいるオリバーという筆記ペンは、
他の筆記ペンたちと違いほとんど動かない。ちなみにオニロ命名だ。

今日もオニロは編纂室内の資料を読み漁っている。
既に、大戦年表は読み終わった。今は、各大戦の“総評”に夢中だ。

オニロ「ふう!第100次あたりの総評まで読み終わりました。おもしろいなあ」

分厚い辞書のような総評記を静かに地面に置き、オニロはひと伸びした。

集計班「第100次あたりですか…その辺りだと、どんな出来事が起こっていましたっけ」

オニロ「はい。第100次あたりは、『スクリプト』からの脅威に、
会議所が断固として立ち向かってそれを撃破した時期です」

集計班「スクリプト、ですか。懐かしいですね」

オニロ「総評や年表には、スクリプトによって大戦の続行が不可能となり得る事態が相次いだが、
当時の会議所以下大戦兵士の結束のもと、スクリプトの攻撃を物ともせずに大戦を敢行した、とあります」

スクリプトとは一体何者なんでしょうか?
頭に疑問符を浮かべるオニロに、静かに集計班は答える。

集計班「大戦の本当の“敵”ですよ」

オニロ「本当の?たけのこ軍からしたら敵はきのこ軍ですけど」

集計班「大戦を破壊せんとする、我々の敵のことです。
両軍に共通する大戦外に潜む敵ということです」

オニロ「呉越同舟ということでしょうか。その敵がスクリプトだというんですか?」

集計班「敵の一味ですよ」

オニロ「一味ということは…」

他にも敵がいるんですか。
そう続けて問おうとした瞬間、オニロは自分の身体が僅かにではあるが揺れていることを感じ、
そちらに気を引かれた。

オニロ「シューさん。この部屋、揺れてませんか?」

集計班「本当ですね。地震でしょうか?
でも、会議所の直下てプレートの境界ではないはずですから、地震なんてほとんど起きないはずなんですが」

のんびりとした具合に長い時間をかけて微弱に震動する縦揺れが、
次第に激しさを増してくる。
激しい縦揺れだ。起き上がったオニロの身体が揺らぐ。
本当に会議所に大地震が訪れたのだろうか。

しかし、二人はすぐに地震でないことに気がついた。
部屋の物が全くと言っていいほどに揺れの影響を受けていない。
書籍の棚はまるでびくともしないし、テーブルの上に置かれた、息を吹けば吹き飛びそうな書物すら
張り付いたように動かない。

揺れているのは部屋ではない。
自分たち自身だ。

オニロ「うぐッ、あがあッ!!」

集計班「痛ッ!!頭がッ…!!」

酷い頭痛とともに、二人はその場に転がり落ちた。
脳がまるでミキサーにかけられたかのように激しく前後に揺れる。揺れる。

三半規管が弱いオニロにとってはたまったものではない。
胃から逆流してくるモノをまき散らしたい気持ちを必死に抑えながら、
警笛のように繰り返し押し寄せる痛みを無視するように、頭をあげる。
集計班は椅子から転げ落ち、両手で頭を抑えながら必死に“地震”に耐えている。
揺れはまだ収まらない。それどころかなおも激しさを増している。

オニロは下唇を噛み締め、必死に理性を保った。
口中に血が滲むが、脳ミキサーの痛みに中和されてか全く痛みを感じない。
あまりの激痛に両目に涙が滲む中、オニロは状況確認のために、なおも頭を動かす。
筆記ペンたちは普段と変わらずに、忙しなく動き回っている。
まるで目の前の兵士の事情など知らないかのように、我関せずといったところか。
その光景は変わらない。いつもの光景だ。


否、違う。


涙と鼻水で視界がぼやけながらも、オニロははっきりと見た。
いつも大戦年表の傍を浮遊しているだけの怠け者の筆記ペン『オリバー』が、
激烈な速度を以って、大戦年表に自身の筆を動かしている光景を。
最後にその異様な状景を見届けるようにして、オニロは意識を手放した。


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「…かった。…長年…ついに……やっと……」
―― 囁くような声を聞いて。ゆっくりと、夢の中で瞼を開ける ――

「…オー…結集……貴様を………掌握ッ………会議所を……」
―― 意識が定まらない、うすぼんやりとした感覚が身体を支配する ――

「貴様を……会議所の…全て断ち……」
―― どこか見覚えのある光景、覚醒しない脳を働かせようとする ――

「…ッここで………消える…」
―― 思い出すのは、暗い室内 ――

「………るく思うな…これも…全て……ため…歴史を……ため」
―― 思い出すのは、異様なまでに冷えた部屋の空気 ――

「覚悟……逃げること……………なッ!…自ら……馬鹿なッ…」
―― 思い出すのは、ふわふわ浮いているような不思議な心地良い感触と ――

「なぜだッ!!!なぜ!!!!なぜだーーーーーーーーッ!!」


          ―― 頭を鈍器で殴られたような酷く重たい感触 ――

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「…てください。大……すか?オニロ…オニロ君!」

オニロはゆっくりと目を覚ます。
酷く不快な気分だ。頭がぐわんぐわんと揺れている。
視点が定まらない。身体と心が乖離しているかのように、まだ夢の中にいるようだ。

集計班「大丈夫ですか、オニロ君ッ!」

オニロ「!!」

集計班の言葉で、オニロはハッと意識を戻した。

集計班「ここがどこだかわかりますか!?」

オニロ「シューさん!あれから一体どうなったんですか!?」

集計班は困ったように首を横にふった。

集計班「わかりません。何も変わっていないようなんです。
“何も変わっていないことが問題”なんです」

オニロはよろよろとその場で立ち上がり部屋を見回す。
別段、奇妙な地震を経て部屋に変わった点は見られない。
特定の本棚の本が崩れ落ちたりしているが、それは元々片付けていなかったためであって
揺れによるものではない。
筆記ペンたちもまるで地震などなかったかのように、素知らぬ顔で作業を続けている。
忙しなく動き回るペンたち。そしていつも通り働かずに大戦年表の傍で
ふわふわと浮遊しているオリバー。オリバー。

オニロ「そ、そういえばシューさん!オリバーが、オリバーがッ…ぐッ、頭がッ」

集計班「オニロさん!大丈夫ですか!!くそッ、なんなんだ一体」

その場で蹲って気を失ったオニロが回復するのには更に幾ばくの時を要した。

オニロ「ありがとうございますシューさん。お陰で大分良くなりました」

集計班「それはよかった。しかし、先ほどの地震はおそらく精神攻撃の類いか何かか」

オニロ「今までにそういった攻撃に合われたことは?」

集計班「いえ、ありません。だとしたら、新手の荒らしか。地上は大丈夫だろうか」

オニロ「地…上。シューさん、地上にはまだ確認しにいってないんですか?」

集計班「え、ええ。まだです。同胞が同じような目にあってないといいんですが…」

オニロ「ボク確認してきます!確認してこなくちゃ!」

集計班の返事を待たずに、オニロは立ち上がり部屋から駆け出す。

集計班「あっ、待ってくださいよ。ああ、行ってしまった」

集計班「そういえば先ほど、彼は何を言いかけたんだろうか。
たしか、『オリバー』と口にしてたか。ふむ…」



オニロ「アイムーーーーーーーーーーーッ!!!!!大変だーーーーーー!!」


【K.N.C 180年 会議所 教練所 中庭】

アイム「はぁ?超巨大地震だあ?」

オニロ「そうなんだ!いや、厳密には地震じゃないんだけど、頭に直接働きかけてくる地震というか、
身体がガクガクと揺れる感触というか」

アイム「さっぱりわからん」

筍魂「これはオニロ語検定1級じゃないと理解できんやろなあ」

オニロ「と、とにかく二人に怪我はないですか?」

アイム「ああ、ないな。そもそもお前の言っている地震なんてなかったわけで」

筍魂「せやな」

アイム「というかその地震てのをどこで体験したんだ?」

オニロ「え。ああ、それはね。えーと…」

チラリと筍魂を見るオニロ。ただならぬ雰囲気を察した筍魂は、クールに踵を返した。

筍魂「あー、邪魔したなアイム。また明日来るわよ」

アイム「二度と来ないことを願う」

筍魂の姿が遠くなっていくのを確認し、オニロはアイムに詰め寄る。

オニロ「じ、実は大戦年表編纂室にいたんだ!」

アイム「やっぱりな。どうせそんなところだろうと思った。あと、離れろ。暑苦しいし近い」

興奮するオニロを宥め、アイムは先を促す。

アイム「それで?編纂室にいたら、シューさんと二人で奇妙な地震に遭遇したと?」

オニロ「そうなんだよ。まるで脳がシェイクされるみたいな激しさでさあ。すごい気持ち悪かったよ」

今も気持ち悪いけどね。
げんなりとした顔で語るオニロに、アイムは露骨に嫌悪感を示し距離をじりじりと取る。
目の前で吐かれてはたまったものではない。

アイム「まさか寝ぼけていたなんてことじゃないだろうな?」

オニロ「違うよ!近くにいたシューさんも体験していたんだ!」

アイム「わかったから少し落ち着け。ツバを飛ばすな」

顔に飛び散ったツバを拭き取り、アイムは静かに嘆息する。

アイム「はぁ…オレも編纂室に行く。シューさんに会って、状況を聞いてみないとさっぱりわからん」

オニロ「ありがとうアイム!さあそうと決まれば行こうよ!」

そう告げるや否や走りだすオニロに、アイムは再び嘆息した。

アイム「どうしてオレの周りはこうも変人ばかりが集まるんだ」

【K.N.C 180年 会議所 大戦年表編纂室】

集計班「…つまり、地上では何の異変も起きていなかったということですね?」

アイム「ああ。オレや筍魂は勿論のこと、wiki図書館周辺だけの局地的現象の線も考えて、
参謀にも聞いてみたが答えは同じだった」

オニロ「どういうことだろう。シューさんが言っている『荒らし』による仕業だとするならば、
編纂室だけを狙い撃ちにするなんて可能なんですか?」

集計班「この部屋の存在を知っている兵士は限られています。
外部の者による犯行の可能性は限りなく低いと言っていいでしょう」

オニロ「じゃあいったい…」

集計班「…少し気になることがあるので、先ほど個人的に少し調べていたんですが」

集計班は両手を突き出し、大戦年表を引き寄せる。何かを探すように、集計班は大戦年表に隈なく目を通す。
オニロとアイムは不思議そうに集計班を見つめている。
暫くして、集計班の動きが止まった。

集計班「これだ。
…オニロ君、君は言っていましたよね。
『第100次大戦付近ではスクリプトによる荒らしが頻発したが、
会議所・大戦兵士は屈せずにスクリプトを追い出した』、と」

オニロ「は、はい。言いました。それがなにか…?」

集計班「私もその当時の大戦に参加しているので、うっすらと覚えていますが、
君が言った通りだったと思います。
確かにスクリプトの襲来は何度か受けましたが、大戦は荒らしが原因で中止になった大戦は
ただの一度だけです」

オニロ「はい。年表にもそのように書いてあったと思います。
確かK.N.C86年の大戦、初めてスクリプトが大戦場に襲来した時です」

アイム「おいあんたたち、一体なんの話をしているんだ」

集計班「そうです。K.N.C86年に一度大戦は中止になっている…年表にもそう記述されています」

オニロ「スクリプト襲来を受けて、会議所はすぐさま対処策を取ったはずです。
事実、次の大戦からはスクリプトの攻撃に大戦兵士は耐えぬいている
スクリプトによって大戦が中止になったのは第86次大戦だけのはずです」

集計班「私もそう記憶しています…では、ここのK.N.C89年の大戦項目を読み上げてくれませんか?」

緊張した面持ちで集計班は年表をオニロに渡す。
頭に疑問符を浮かべながらもオニロは受け取り、当該年度の記述部分を探す。
アイムも横から年表を眺める。

オニロ「えーと。あ、あったあった。

『K.N.C89年 第89次きのこたけのこ大戦 
再びスクリプトが襲来し、大戦場は再びパニックに陥る。大戦を一時中断し、
両軍合わせてスクリプトの迎撃に当たったが、前回の比ではない程の大量のスクリプト来襲にて、
已む無く大戦を中止。
兵士の避難にあたる』


…え!?」

オニロは当該部分をもう一度読み直す。
オニロの記憶が正しければ、第89次大戦は『再びスクリプトが襲来し、
大戦場は一時パニックに陥るものの、予てより準備していたスクリプト迎撃部隊が撃退。
大戦は無事進行した』と書いてあったはずだ。
いたく感動した記述なので印象も強い。

オニロ「おかしいです!こんな記述はなかったはずです!」

集計班「はい、なかったはずです。ですが、いつの間にか当該年度の記述が
書き換わってしまっている。地震による気絶から立ち直った時、オニロ君。
君はオリバーについて何か言おうとしていましたね?」

アイム「は?オリバー?なんだそれ」

オニロ「あ、はい。そうだ思い出した!シューさん、ボク見たんです!
あの地震が起こっている時にいつもほとんど働いていないオリバーが
忙しなく大戦年表に向かっているところを!」

集計班「わかりましたから落ち着いてください。ツバが飛んでいます」

だが、概ね私の読みは外れていないようです。
冷静に顔にかかったツバを拭き取りながら、集計班はチラリと自動筆記ペン『オリバー』を一瞥する。
うねる大戦年表の傍に寄り添うように位置していたオリバーは、いまは所在なげにふわふわと浮かんでいる。

集計班「オリバーは本来、年度の節目に、その年に起きた事件・出来事をまとめて大戦年表に記載します。
そのため、オリバーが働いていないというオニロ君の評価は少し的外れではあります」

集計班「オリバーは怠け者のようでいて、その実どの筆記ペンよりも重要な任務を請け負っています。
すなわち、 『大戦年表を更新する』 という大事な任務をです」

アイム「だあああああ!どういうことか説明しろッ!」


大戦年表は、きのたけ世界の歴史そのものである。

大戦年表に書き込まれた内容が、きのたけ世界の歴史を作り上げる。
その大戦年表の記述が何らかの理由をもってして書き換わったとしても、
きのたけ世界の歴史は大戦年表の記述に否応なしに“従わなければならない”。

つまり、大戦年表の記述が書き換わる時、すなわちきのたけ世界は記述内容に沿う形で
“歴史を改変”することになるのである。

オニロ「そんな…まさか…」

アイム「にわかには信じがたいな…つまり、あんたたちが体験した地震が
原因で歴史が改変された。そう言いたいんだな、シューさん?」

集計班「さすがはアイム君です。これはあくまで予想に過ぎませんが、
地震が発生したと同時に― いえ正確には地震ではないでしょう、
“時空震”の発生と同時に、自動筆記ペンオリバーが大戦年表の事実を書き換えた。
そして大戦年表の記述に則って、世界の歴史が瞬時に改変されたのです。
この説明ならいろいろと納得がいきます」

オニロと集計班は、世界の歴史改変の際に生じる“時空震”に遭遇したと、
そう集計班は主張しているのである。

オニロ「大戦年表の記述が書き換わるなんて…ん?」

アイムと集計班の話に若干置いてけぼりを食らいそうになりながら、
大戦年表の当該年度を眺めていたオニロは小さく声を上げた。
急いで大戦年表を頭上に持ち上げ、何かを精査するように確認する。

集計班「どうしましたかオニロ君」

オニロ「シューさん。ここ、見てください。第89次きのこたけのこ大戦の記述箇所。
ここおかしくないですか」

集計班「どれどれ…」

先ほど、集計班により記述の改変が確認された第89次きのこたけのこ大戦。
あらためて見てみると、該当箇所の文字が、周りに記述されている文字よりも赤みががって見える。
まるで赤鉛筆で元ある文字を上からなぞったかのように、薄ぼんやりとした赤文字だ。

集計班「本当ですね。記述部分の文字が赤みがかっている。
先ほど見た時は、陰が暗くて確認できなかったけど…」

アイム「ちょっと待ってくれ。オレにはちっとも赤く見えないんだが」

集計班「!!」

オニロ「え。ほら見てよアイム。この『再びスクリプトが襲来し〜』の行からだよ」

アイム「いや。周りの文と何ら違いがあるようには見えないな」

オニロ「そ、そんな…」

集計班「…なるほど、そういうことか」

集計班は何かに納得するかのように独りごちた。二人が怪訝な顔を向ける。

アイム「どういうことだシューさん」

オニロ「なにかわかったんですか?」

集計班「この予想が当たっているかどうかわかりませんが、もし私の読みがあたっているとするならば、
事態はめんどうなことになります」

アイム「ええい、じれったい。早く言ってくれ」

集計班は静かに二人の方へ向き直る。

集計班「差し当たっては、会議所兵士に今回の出来事を伝えなくてはいけない。可及的速やかに」

集計班「アイム君。申しわけありませんが、すぐさま緊急会議の招集を会議所中に伝えて回ってください」

アイム「わかった。議案サロンに集めればいいんだよな、行ってくるッ」

集計班「待ってください。緊急会議は議案サロンで行いません」

オニロ「え?だって会議はいつもそこで行っているじゃないですか」

集計班「会議サロンはもう今後、使うことはないでしょう」

アイム「なら、どこに集めろってんだよ」

集計班「…ここです」

アイム「は?」

集計班「会議の議長としてここに宣言します。

 『発1801号 
  K.N.C180年の時空震事件を以って、緊急会議を執り行うことをここに通知する。
  会議場 大戦年表編纂室』!!」


2-3.緊急会議編へ。
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