魏志倭人伝の固有名詞の発音

【国の名前】

読み方にも注意が必要です。
この魏志倭人伝が書かれたのは西晋の時代で、魏の時代の人の話を聞いたりして記載しています。ですので、発音は魏音や晋音で考える必要があります（よく、「古代音では～」という人がいるので注意書きです）。発音検索の中の意味はこちらを見てみてください。

【国の名前】

【倭の中の国の発音】

九州上陸は末盧國
- 魏音や晋音では「uato」になります。
  - 隋唐音の王力系統だと「muatlu」になります。
陸路で東南に伊都國(陸路40kmほど)
- 魏音や晋音では「jiəio」になります。
  - 隋唐音の王力系統だと「0itu」になります。
陸路で東南に奴國(陸路8kmほど)
- 魏音や晋音では「o」になります。
  - 隋唐音の王力系統だと「nu」になります。
陸路で東に不彌國(陸路8kmほど)
- 魏音や晋音では「jouei」になります。
  - 隋唐音の王力系統だと「pǐuətmǐe」になります。
水路で南に投馬國(水上20日)
- 魏音や晋音では「oura」になります。
  - 隋唐音の王力系統だと「dəuma」になります。
水路で南に邪馬壹國（女王の居る都）(水上10日/陸路1ヵ月)
- 魏音や晋音では「jiarajiət」となります。
  - これを隋唐音の王力系統だと「ǐamaǐět」になります。

「王力系統の発音でいいのか？」というのはもちろんあります。王力のこの発音は、既に半世紀以上前のものであり、今はもっと研究が進んでいるからです。
ただ、日本で馴染みがある唐語発音だと、この王力系統が近いのではないでしょうかね。

【当時の固有名詞の発音】

最近、時々見かけるのが『「邪馬壹」は中古音で「ヤマト」あるいは「ヤマド」と読む』という事を言う人が居ますが、間違いです。
この元は13世紀後半の話であり、その頃は文字を漢音や呉音読みする時代ですので、「壹」は「タイ」と漢音読みをしていたのでしょう。

【ヤマト発音説】

これは『釈紀』の
　又問耶馬臺耶摩堆之号若各有心哉？答師説雖有三号其義不異皆取称倭之音也
という所から来ています。この『釈紀』は文永元年（1264年）または建治元年（1275年）に前関白一条実経らに講義を行ったときの説話に、奈良時代（710～794年）以降の数々の『日本書紀』注釈史料を参照して編集したとある。正安3年（1301年）には写本が確認できるので、つまりはこの20余年の間に編纂されたと考えられる（つまり、『魏志倭人伝』が作られてから約1000年後の編纂された解釈の話）。
ところが、訓読みの発明は3世紀前半の卑弥呼の時代よりもかなり遅い。つまり「倭」の字というのは、卑弥呼に近い時代の中国人も「ワ」に近い発音で読み（魏晋音であれば「ua」となり）、その頃はまだ漢字の訓読みは存在しなかったのだから、「『魏志倭人伝』が書かれた当時の発音」として「倭之音也」というのがおかしい。これは凡そであるが7～8世紀頃に漢字に付けられた訓読みの「ヤマト」という読み方の事なので、『魏志倭人伝』が書かれて時代よりも4世紀ほど後に出来た読み方である。
単純に『釈紀』が書かれた当時では既に発音が違う上に、魏音などを今の様に研究できるわけもなし、『釈紀』を書いた当時の発音で判断しているわけです。

これらを、『釈紀』の「又問耶馬臺耶摩堆之号若各有心哉？答師説雖有三号其義不異皆取称倭之音也」を勝手に解釈して、『「耶馬臺」や「耶摩堆」は「ヤマト」と読んだ』と勝手に読み方を拡大解釈しているだけの頓珍漢な自称学者が言っているだけの話なのですが、そんな事は書かれていません。書かれているのは、『「耶馬臺」や「耶摩堆」（魏志倭人伝が作られてから1000年後の当て字）という字に意味があるのか？と尋ね、「ヤマト（7～8世紀頃で「倭」に「やまと」という訓読みを付けたもの）」という音に由来している』と回答しているというもので、『「耶馬臺」や「耶摩堆」が「ヤマトと読む」』とは書いていません（「耶馬臺」や「耶摩堆」を「ヤマト」と読んでいたのなら、そもそも意味を尋ねていないでしょう）。

そもそもが、当時のそれぞれの漢字の音読みを考えると、

「臺」は呉音で「ダイ」・漢音で「タイ」
「堆」は呉音で「タイ」または「テ」・漢音で「タイ」・唐音で「ツイ」

なので、共通している読み方だと「ヤマタイ」と発音していたはずのものですね。
また、「馬」は魏晋音だと「ra」になりますが、そのような魏晋音についての研究などされていない中古音が判らない時代です。

これを隋唐音では「ma」と発音されますが、日本の読み方の唐音（中国の明代末期から清代初期の音）ではなく、あくまで中国語の唐音です。日本の漢字読みで「馬」は漢音で「バ」、呉音で「メ」、慣用音で「マ」なので、日本では慣用音になります。
慣用音とは漢字の字音のうち日本語読みの呉音・漢音・唐音のどれでもない読み方を指します。ちなみに日本で言う「漢音」が唐代における長安付近の発音に由来する音になり、中国の隋唐音に相当しますが、中国語の唐音で「ma」なのに、日本語の漢音は「ba」になっています。これは当時の長安地方で起こった中国語の音韻変化で非鼻音化現象によるものであり、「ma」は「mba」と発音されていたのが伝わったもので、場所からも僧侶が持ち帰って来た「当時のイケてる発音」が漢音として残ったものです。そしてたぶんですが、本来は日本語の漢字仮名読みの漢音となるべきだった「ma」の方が慣用音として残った訳ですね。

魏晋音では「ra」なのに、これを日本語の慣用音である「ma」で回答している時点で単なる勘違いだと判ります（これはおかしくありません。私たちも「馬」だと「マ」だと思っているでしょう？でもこれは日本語の漢音だと「バ」ですし）。ちなみに「摩」という文字の発音は南北朝時代では「wa」であって、「muɑ」になるのは唐時代。単なる「馬」の唐音読みを当て字したという綴りです。
中古音の研究などされていない時代の解釈でしかないのである。

さらに言うと、中国語としては「邪」と「耶」は韻目が同じで発音も同じなので別に当て字として変わっても適切だが、「馬」と「摩」は韻目がまるで違う（中国唐音発音では明らかに違う）ので、日本が発音から似ていると勝手に当て字でしかない。「臺」と「堆」も韻目がまるで違う（中国唐音発音では明らかに違う）ので日本が勝手に当て字したものでしかないので、「耶摩堆」という文字列自体が平安から鎌倉にかけての間の何処かで作られた創作文字列である（「よろしく」を「夜露四苦」にしたようもの）。

【ヤマド発音説】

「ド」説になっているのが、王力という中国の高名な言語学者の説であり、王力は20世紀中盤の研究者で、隋唐音で「王力系統」での発音を『詩経』の押韻を研究して、『詩経韻読』『同源字典』などを著わした。王力の古代中国語音は、白川静の『字通』にも載録されているので、日本でも簡便に参照することができる。王力によると、『魏志倭人伝』に出てくる日本の地名の古代中国語音は、つぎのように復元できるとしている。

倭人：iuai-njien
邪馬台：zya-mea-də
対馬：tuət-mea
一支：iet-gie
末盧：muat-la
伊都：iei-ta
不弥：piuə-miai
投馬：do-mea

これが日本の魏志倭人伝研究に強い影響を与えている。
だがしかし、この王力説での読み方は紀元前600年頃（つまり『魏志倭人伝』が書かれる850年以上前）に成立した『詩経』の韻をもとに復元した読み方であり、「上古音」の読み方です。当たり前だが、『魏志倭人伝』の時代である3世紀の中古音とは異なっているという事を理解する前提で参考としなければならないのだが、魏志倭人伝研究をする者でそれを理解できている者は少なく見える。
研究が進んで、上古音も変わってきています。学研「新漢字大字典」の推定上古音によると、

卑弥呼：pieg miĕr hag
倭人：uar/ɪuar nien
邪馬壹国：ŋiăg/yiă măg iet kuək
邪馬臺国：ŋiăg/yiă măg dəg/ťəg/diəg kuək

　　　　　※「/」があるものは並記
となっており、王力の時代からさらに上古音の研究が進んでいる事が判る（まぁ、見ている中でも「də」はないですね。「dəg/ťəg/diəg」の方が可能性が高い。というのも、この字の本質は「d」にはなく「イ」にあたる部分、「iet」や「iəg」に掛かる発音ですので）。21世紀も四半世紀に入っており、魏音についての研究も進んで変化してきているというのに、20世紀半ばと魏音研究が進んでいなかった半世紀以上前の解釈に固執している人が多いのである。
ただ、書かれているようにこれは「上古音での読み」で、ようは古い王力説に対して新しい研究結果では発音は違う事を説明しているものでしかなく、魏音ではありませんので魏志倭人伝の固有名詞の発音の参考にはなりません（という事も理解せずに、これを持ち出す者も何人も見掛ける）。「馬」が「măg」ですので、西漢（前漢）時代の上古音の発音で書いていますね。

そもそも『山海経』の時代ではあるまいし、3世紀に書かれた『魏志倭人伝』の固有名詞の発音を上古音で考える自体が史書研究から外れているのです。
上古音研究としてなら、別に問題はない。

「例として邪馬壹国という文字はŋiăg/yiă măg iet kuəkと上古音だったら発音できる」

と言うなら構わない（文字の羅列例でしかない）のだが、

「『魏志倭人伝』の邪馬壹国の読みはŋiăg/yiă măg iet kuəkだ」

と言うのは、発音の時代が大きく違うので、誤った説を言っているのだと明言できる。
当たり前に分かる話だが、「単なる文字列例として利用しているだけで、上古音の発音を説明するために用いている」のか「史料の中の固有名詞について、当時の発音を説明している」との違いで、視点も違えば用法も違う、別物といっていいほどの間違いだからである。

中国語の古代の発音は大きくは上古音と中古音にわかれます。
このうち上古音はさらに

殷・周時代
先秦時代
漢時代(主に後漢)

に分かれます。この中では先秦時代の上古音の研究が最も進んでおり、これは「詩経」と呼ばれる文献に発音データが多く残されていたことによります。
同様に、中古音はさらに

魏・晋時代
南北朝時代
隋・唐時代
五代時代
宋時代

に分かれ、この中では隋・唐時代の研究が最も進んでおり、中古音の中で最も重要とされます。これはこの時代に「切韻」などの韻書とよばれる資料が作られ発音が残されたためです。
先ほどの王力の研究による魏志倭人伝の固有名称の発音は、この中で「先秦時代」をモデルに、「魏・晋時代」の発音を予想したものでしかないわけです（結果として大きく外れていましたが、そのアプローチや考え方は称えるべきものです）。
ところが、日本で解釈する人の中には「中古音」というと隋唐音しか知らない人や、上古音での発音の解説をそのまま信じている人がいるわけです。

『魏志倭人伝』の固有名詞の発音は、魏・晋時代の発音で確認する必要がある。

という根本は守らないといけない（これが邪馬台国や卑弥呼がBC7世紀には既に存在していた――という話で上古音による当て字で漢字が記録にあるならまた別の話になるが、「邪馬壹國」が文字として出てくるのはAD3世紀に西晋で書かれた『魏志倭人伝』が最初なのである）のだが、これが抜け落ちているから困ったものです。

【新井白石が言い始めた？】

『江戸時代に新井白石が通詞今村英生の発音する当時の中国語に基づき音読したことから「やまたいこく」の読み方が広まった』とされているが、これは俗説でしょう。『釈紀』を見る限り13世紀には既に「ヤマタイ」と読んでいる（そして「耶馬臺」「耶摩堆」を「ヤマト」「ヤマドゥ」などともし読んでいたなら、このような質問は出てこない）。そもそも、
・「臺」は呉音で「ダイ」・漢音で「タイ」
・「堆」は呉音で「タイ」または「テ」・漢音で「タイ」・唐音で「ツイ」
なので、日本で「ト」や「ド」などとは読まない。
これは当て字の歴史になり、つまり万葉仮名が関係してくる。
当て字をするには多彩な漢字が必要になるので、なんらかの文字があったかもしれないが、日本で当て字されるのは現在の所はあって5世紀頃からで、多く使われるのはそれ以降の7世紀頃からになる。つまり、魏志倭人伝の時代から200年後の隋の時代ぐらいからになり、魏志倭人伝も日本ではその読みも元の音で伝わったわけではない（書かれた時代だと「イァラァイ」だが、書物が伝わった時代で同じ漢字文字を読む時の音では「ヤマダイ」という発音になる）。
どちらにしろ「イ」と読むならまだありえるのだが、「ト」「ド」「ドゥ」のような発音にはならない（韻の本質が「イ」が根本にある読み方）。「ティ」や「トィ」というならチャンスはあったかもしれませんが。

更にそもそもが、3世紀頃だと「ヤマト」という呼び名はあったのだろうが漢字はありません（まるでなかったかどうかは、私はなんらかがあったとは思いますが）。
これが後付けで奈良時代以降に「中国古書ではヤマト王朝の事を『倭』と書いている、だから『倭＝ヤマト』」と訓読みがつけられ、「倭」が「和」になり、「大」がついて「大和」で「ヤマト」と読みようになったのである。時代で言えば「耶馬臺」の元になっている「邪馬壹」という漢字自体が、3世紀の発音である魏音（ィアラァイ）に近い國名に、似たような音の漢字を当て字したものであり、6世紀にその当て字が唐音（ヤマタイ）で読まれている。それが日本に伝わり、8世紀以降で「倭」を「ヤマト」と訓読みが付けられ読むようになった、という経緯なので根本的に時間軸がまるで違い、また発音も変わってきている。

魏志倭人伝に書かれている「倭」は発音が「ワ」に近い「ǐwe」であり、「邪馬壹」國の発音は「jiarajiət」なので、まったく別なのも明快なのである。
これは魏志倭人伝の中でしっかりと使い分けられている（魏志倭人伝の中で「倭」は24回書かれている出てきており、魏志東夷伝とすると28回出てくる。「女王國」で5回……「女王」だと13回、「邪馬壹国」は1回出てくるだけの國名である）。

新井白石は「邪馬台国大和説」を強く主張した人物であるが、「ヤマタイ」と読むのも、ヤマト説自体も鎌倉時代には既にあった事は判っている。新井白石が有名なのは、海路（瀬戸内海）を渡って移動してきたという主張をし始めた事にある。

【魏晋音】

隋唐音と魏晋音の発音の違いは、思うに、地域性と民族の違いなのだと思います。
ようは「どこの地域の発音」であり「どこの民族が支配したか」ですね。

例えば王力による上古音の研究というのも、BC7世紀の周時代の『詩経』史料によるものです。この『詩経』は周時代ですから、作られた地域というのが長江と黄河の間であり「中国中央域の発音」だという事です。それとは別に黄河より北の「中国北域の発音」があるのではないかと。今でも地域によって様々な発音がありますし。

それに対して魏というのは中国北域になり、晋についても魏の後をついで拡大した統一です。つまり、彼らは「中国北域の発音」を国語として使っていたということです。ですので、「馬」という漢字の魏晋音は「ra」で「ラ」とでます。これにわざわざ声韻を付けた「(m)ra」と「マ」で説明しているのを見掛けますがこれは大変にナンセンスで、魏晋時代の「馬」という漢字の発音は「ra」＝「ラ」と発音するのでしょう。
また中古音だと『切韻』が有名で、これが隋唐音のネタ元になり。その後も改定をされながら成立していくのですが、ここに書かれている事に

開皇（初代隋帝：581～600年）の初め（580年代）に陸法言の家に劉臻ら8人が集まったときに、各地の方言が異なり、既存の韻書も分韻が異なることが問題になった。そこで蕭該・顔之推らが中心になって分韻を決定し、その概略を陸法言が記した。その結果は長く放置されていたが、十数年後に諸字書・韻書に照らして文帝（二代隋帝）の仁寿元年（601年）に『切韻』5巻にまとめた。

とありますように、隋の時代も最初は地方でかなり発音が結構違った事が書かれています。
この時、隋帝の初代と二代では嗜好が異なり、初代は質実な北方の発音を好みますが、二代は南方（というより中央）の韻を踏む発音の方を好んでおりそれが反映されている。

この南方（中央）の韻なのだが、四世紀初め晋の永嘉の乱後に五胡が中原を乱し、唐末五代を経て宋に至るまで、黄河・洛水一帯の中原の漢人、特に士大夫階級（すなわち知識人）は、戦乱を避けて三度大規模に移住し、最終的に閩南に落ち着いたが、その一部はさらに台湾に移った。そのことによってまた中原での民族の融合が引き起こした言語の異化から免れ、閩台語は漢から宋の間の官話、主として唐代の正音、雅音を比較的純粋に保つことができたのである。

つまり、「馬」の発音は初代隋帝では北方の発音だった「ラ」を使われていたが、二代隋帝では南方（中央）の発音だった「マ」を使うようになったわけです。日本からの遣隋使の派遣が600～618年ですから、その頃だと邪馬台国の読み方は「邪馬臺（iamadɒi：ィアマドイ）」のような発音で伝わっている事になります。

ここら辺は上古音まで調べると判りますが、

上古音（秦代）での「馬」の発音は「mrwaɣ」

音声ファイルへのリンク
となります。最後の発音記号「ɣ」は、国際音声記号（IPA）で表される有声軟口蓋摩擦音を表します。これは、舌の奥（軟口蓋）と上あごの間を狭めて摩擦を起こすことで発音される音で、日本語にはない音です。具体的には、[g]（有声軟口蓋破裂音）の摩擦音版のような音です。この発音ですから、
発音をカタカナで書けば「ンルァグッ」という感じでしょうか？　これが、

南方（中央）では発音の頭「ンルァ」から「ma（マ）」に（韻を優先した感じでしょうか）
北方では発音しやすい「ルァ」から魏晋時代は「ra（ラ）」に（発音のしやすさを優先した感じでしょうか）

という具合になっているわけです。

これらに対し、「魏晋音は声母が不明だ」と言っている人もいるのだが、これは正確ではない。
そもそも「声母」という分類自体が、その後に分類されたものだからである。簡単に言えば『切韻』以前に後世の「韻摂」に近い概念を用いた分類法が存在していないという事である。

魏・李登撰『声類』10巻、またこれに体例を倣ったとされる晋・呂静撰『韻集』5巻は、隋・陸法言撰『切韻』5巻（601年）以降の韻書とは異なり、宮商角徴羽の五音を基準として漢字を分類していた

と史料にもある。
つまり、隋唐音の分類と同じ様に分類したいのなら、研究が必要という事であるが、発音について記載する場合にはそういう表記をしてはいけないという事である。

その具体的に分かりやすい例もある。

「邪」の中古音読み		声母	韻母
魏・晉			jia
南北朝			ja
隋唐	高本漢	0	i̯a
	王力	j	ǐa
	董同龢	0	ja
	周法高	0	ia
	李方桂	j	ia
	陳新雄	0	ǐa

このように分類されており、隋唐音では「声母」と「韻母」がある。これを見た日本人は、魏晋音・南北朝音はなんらかの声母があったはずだ……と思う人が多いようなのですが、「邪」は魏晋音で「jia」と読み、隋唐音は李方桂（20世紀後期の研究者）の研究での読み方も「jia（声母+韻母）」であり、同じ発音なのである。
つまり、そもそもが魏晋音に声母という分類はないという事です。
もし、無理に隋唐音の分類に分ければ、

「邪」魏晋音読みを無理矢理に声母と韻母に分ける		声母	韻母
魏・晉		j	ia

となるだけである（そういう分類がない時代なので、してはいけないのだが）。

同じく「馬」は、

「馬」の中古音読み		声母	韻母
魏・晉			ra
南北朝	宋・北魏前期		raw
南北朝	北魏後期・北齊・齊・梁・陳・北周・隋		wa
隋唐		m	a

と分類されている。
これに対して「魏晋音に声韻がなんらかあるはずだが欠落しているようだ」「隋唐音から推測して」で「(m)ra」などと発音予測をしている人を見掛けるが、間違いである。
「馬」の魏晋音は「ra」であり、もしこれを無理矢理に隋唐音での分類で分けるなら、

「馬」魏晋音読みを無理矢理に声母と韻母に分ける		声母	韻母
魏・晉		r	a
南北朝	宋・北魏前期	r	aw
南北朝	北魏後期・北齊・齊・梁・陳・北周・隋	w	a

という形になる（何度も言うが、魏晋時代にはそういう分類をしていないのだから、こう表記しては駄目なのだが）。

韻目や韻部で発音がどう変化したかもわかりやすく

「馬」の発音の時代による変化
時代	韻目or韻部	発音記号
周BC600	魚	mua	音声ファイルへのリンク
秦BC221～	魚	mragx	音声ファイルへのリンク
西漢（前漢）BC206～	魚	mag	音声ファイルへのリンク
東漢（後漢）AD25～	魚	rag	音声ファイルへのリンク
魏晋AD220～	歌	ra	音声ファイルへのリンク
南北朝前期AD317～	麻	raw	音声ファイルへのリンク
南北朝後期AD440～	麻	wa	音声ファイルへのリンク
隋唐AD601	馬	ma	音声ファイルへのリンク

と発音は変化していっている。魏晋音は韻部が「歌」なので「ra」は分かるが、「(m)ra」のような声韻を付けたような発音にはまずならないのである。20世紀中頃の王力による予想は、まだ当時はそれぞれの時代での発音研究は黎明期で、周代の『詩経（馬＝mua）』と隋代の『切韻（馬＝ma）』から予想して、魏晋代の発音を「mea」と予想したというものなのだが、その後の研究により、魏晋代の発音は「ra」と判ったのである。南北朝時代は北魏前期は「raw」だが北魏後期に「wa」になり、「ma」の発音に近付く。
三国志時代の呉や蜀の発音、つまり南方（上海あたり）側の発音が判れば、より明確になるだろうとは思います。

【邪馬壹と邪馬臺】

「壹」は魏・晉の時代では「jiət」、南北朝時代では「jiet」と発音します。
隋や唐の時代になり「i̯ĕt」「Oǐět」「jet」「jiĕt」と研究者によって少し読み方が違います（後者ほど新しい研究者による推定発音）。日本で知られているのは20世紀半ばの王力系統で「Oǐět」となりますが、魏志倭人伝の書かれたのは西晉の時代なので違います。
日本人的に発音すれば「jiət」は『舌先で潰して濁らした「イァ」という感じな発音でしょうか？
「ジァ」で「ジ」を出来るだけ小さく発音して「イァ」とする感じですね。現代で一般的に言えば「i」という発音になります。今でも「ジァ」と発音すべきが「イァ」と発音すべきか迷います（小文字の「ジ」という文字があれば近い発音に出来そうなのですが）。日本語では発音が難しく、「イァ」と素早く発音して、もし1文字で発音を表すなら「ゑ」と聞こえる感じです。
つまり、「邪馬壹」は「ヤマタイ」と日本的に呼ばないなら、中国が現地の土地名を当て字したと考えるなら、「イァライァッ」とか「イァルァイァッ」あるいは「ジィァラジィァッ」「ジィァルァジァッ」という感じになるでしょうか（佐伯の海部郡の中でも最南端辺りになるので疑問はありますが。7万戸というのは難しいが、高千穂近くまでの範囲、つまり今の佐伯市の範囲とさらに周囲まで含んでいると考えるとありえるのだろうか？）。当時の発音を日本人に分かりやすい発音にすると、「いゃらゑ」ぐらいに説明するがいいのかもいいのかもしれません。

「邪」の中古音の読み方
魏・晉	jia
南北朝	ja		南北朝時代は、宋・北魏・北齊・齊・梁・陳・北周・隋の全国で同じ呼び方
隋唐	0i̯a	zi̯a	高本漢系統	南北朝までは同じなのだが、隋唐時代に2種類の発音があるどう使い分けているかは知りませんただ韻目が違うので、「同じ文字形」だが「違う文字」と考えるべきなようです　例えば「0i̯a」の「0」は「ゼロ声母」というので発音しませんので、実質は「i̯a」という発音になります
	jǐa	zǐa	王力系統
	0ja	zja	董同龢系統
	0ia	zia	周法高系統
	jia	zja	李方桂系統
	0ǐa	zǐa	陳新雄系統

隋唐音で声韻が「0ja」などありますが、この「0」は発音しないもので、「声韻がない」けれど王力の分類では「声韻は必ずある」として「ゼロ声韻」として「声韻がないものにも声韻を付ける」として加えられているものです。ですので、基本的には「イァ」あるいは「ジァ」という発音で、南北朝時代だと縮まり「ヤ」という感じの音になっています。

「馬」の中古音の読み方
魏・晉	ra
南北朝	raw	宋・北魏前期
南北朝	wa	北魏後期・北齊・齊・梁・陳・北周・隋
隋唐	ma	研究者たちは一貫して「マ」

上古音の時代（BC600年）頃だと「mua」だったや、唐の時代は「ma」だったなどは関係がありません（それを持ってきて「馬」を「ma」という発音に無理に変えているのは沢山見掛けますが）。ここで必要なのは「魏晋の時代の発音」であり、AD3世紀時点での倭人の発音を漢字で当て字している固有名詞である、という事だけです。それよりも前の時代の書物になんらかの記録があれば、また違う当て字になっているでしょうし、魏志を参考にせず現地の発音を当て字したら、また違う漢字が当て嵌められます（そもそも「当て字」というのはそういうものでしょう）。

「壹」の読み方
先秦周	jiet
晉	jiət
北魏後期北齊	jiet
齊梁陳北周隋	jiet
隋唐(李方桂系統)	jiĕt

「壹」はあまり読み方が変わっておらず、「イェッ」で、魏晋時代だと「イァッ」となってますが発音はそこまで変わりません。
つまり、「邪馬壹」の「壹」は「イ」系統の発音をするという事です。

魏晋の時代なら「イァライァッ（日本語的に言えば"ヤラエ"か？）」、これが日本に伝わった時の読み方は「イァマイェッ（日本語的に言えば"ヤマエ"か？）」という感じの発音になっています。

まぁ、これにはもっと簡単な理由があると思います。
単純な話で「時代で地域の民族自体や支配民族が違う」という事、ようは地方言語あるいは民族言語が時代ごとに主流になっているという事です。
調べた感じでは「ma」系統の発音は周の時代（その時の音を研究して上古音になっている）であり中国の黄河と長江に挟まれてた領域（中国中央）の発音のようですね。それに対して「ra」系統は黄河以北（中国北部）の発音だったのだろうと判ります（「ZHAO」や「YAN」あたりの発音、黄河流域より北側の発音ですね）。

西晋というのは、魏の司馬が建てたので魏音を引き継いだ発音になり、その西晋の影響で南北朝時代は広くこの「ra」系統の発音（前期だと「rwa」で後期だと「wa」に）を使われたのです。
その後、唐になり漢時代の正当な後継としての発音（つまり上古音）に戻す感じで発音が変化していったのではないかと思われます。なにせ今でも、主要な中国語の地方語は北方語（北京語）・粤語（広東語）・呉語（上海語・蘇州語など）・閩語（福建省、台湾）・贛語（南昌語）・湘語（長沙語）・客家語などがあり、北京語と広東語でも通じない事があるように「広い場所」ですからね。このように「場所によって発音が少し違う」「支配層の民族によって発音が少し違う」という、中国という土地柄を理解しないといけません。
また、三国志はその倭についての記述は『魏略』を参考にしているのが見て取れます。その作者は魚豢で、『三国志』の裴松之注に引用され残る文により、劉表と面識があったこと、その後魏に仕えたことが記述されている程度しか分かっていないのだが、書かれたのは『三国志』の少し前ぐらいで、魏の滅亡後で西晋になってから書かれたものと考えられています。つまり、こちらも魏音で考えないといけないわけですね。
ですので「馬」を擬音でも「ra」を「(m)ra」と無理矢理に上古音や唐音と一緒の発音だとする解釈する必要はなく、素直に『「馬」の魏音は「ra」』という発音だと捉えないといけないのであり、そうしないと古史の固有名詞の場所の比定に支障が出ます（それが出来ていない歴史学者・言語学者が多すぎる）。

「邪馬臺(台)」国とすると、

「臺」は魏・晉・南北朝の時代では「əї」
隋唐の時代では「dɒi」
「台」は南北朝時代の読み方で「jei（ェイあるいはジェィ）」と魏・晉・南北朝の時代では「əї（ァイ）」という感じの二つがあります。
隋唐の時代では「jǐə」と「tʰɒi」です。

どう使い分けていた、読み分けていたのかは知りませんが「台」と「臺」はもともとは別字で、本来は「台風」も「臺風」、「台湾」も「臺湾」と書く。つまり、「邪馬臺國」を「邪馬台国」と書いているのも、旧字の当て字でしかありません（正確には「台風」は本来は「臺風」だが、「臺風」も「颱風」の代用字である）。
つまり「邪馬臺」国というのは魏時代の発音なら「ィアラァェイッ（jiarajei）」國あるいは「ジィァラジェィッ」國という感じになります。
というので、「邪馬臺（ヤマタイ）」国という呼び方というのは、実は、
①発音からの当て字誤記
「jiaraəї（邪馬臺）」⇒「jiarajiət（邪馬壹）」

jiaraəї（邪馬臺）
音声ファイルへのリンク

jiarajiət（邪馬壹）
音声ファイルへのリンク

②魏晉から隋唐での発音変化
「邪馬臺（魏晋音：jiaraəї）」⇒「邪馬臺（南北朝音：jawaəi）」⇒「邪馬臺（隋唐音：iamadɒi）」

jawaəi（邪馬：南北朝音）
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iamadɒi（邪馬：隋唐音）
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③隋唐以降での文字の略称化
「邪馬臺（iamadɒi）」⇒「邪馬台（iamatʰɒi）」

iamatʰɒi（邪馬台）
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④近代発音（漢語拼音）での間違い
「邪馬台（iamatʰɒi）」⇒「邪馬台（yámatái）」
といった経過を辿ったのではないでしょうかね。

『「臺」は「ド」と読んでいた』という俗説自体が嘘です。この説は中国の文字研究者である王力が周代の上古音と唐代の中古音から仮説した読み方を土台にもち、その王力の予想発音は間違いである事が既に分かっているのは、先に説明した通りです。

「臺」の中古音の読み方
魏・晉	əї
南北朝	əi	南北朝時代は、宋・北魏・北齊・齊・梁・陳・北周・隋の全国で同じ呼び方
隋唐	dʰɑ̆i	高本漢系統	研究によって少し発音が違うが、上が一番古い研究、下に行くほど新しい。日本語だと漢音では「タイ」、呉音で「ダイ」になる。どうもこの時期（唐時代）だと中国では「臺」の略字に「台」が使われていたのではないだろうか？（「tái」と「t」が付く呼び方は「台」になるので）。ただし、この時代だと「臺」と「台」は別字である。
	dɒi	王力系統
	dʰAi	董同龢系統
	dəi	周法高系統
	dậi	李方桂系統
	dʰəi	陳新雄系統

基本的に「ァイ」が根幹。それに「d」と濁音が後年に付きだして「ダイ」と呼ぶことになった文字である。

韻目や韻部で発音がどう変化したかもわかりやすく

「臺」の発音の時代による変化
時代	周BC600	秦BC221～	西漢（前漢）BC206～	東漢（後漢）AD25～	魏晋AD220～	南北朝前期AD317～	南北朝後期AD440～	隋唐AD601
韻目or韻部	微	微	微	微	咍	皆灰咍廢	皆灰咍廢	咍
発音記号		dəg			əї	əi	əi	dậi

となるのだが、これは「では魏晋音の韻目は『咍』だから『ダイ』では？」となるのだが、実はこれは「韻目or韻部」の読み方の変化も見ないと勘違いする。

「臺」の発音の時代に韻目or韻部の発音変化
時代	周BC600	秦BC221～	西漢（前漢）BC206～	東漢（後漢）AD25～	魏晋AD220～	南北朝前期AD317～	南北朝後期AD440～	隋唐AD601
韻目or韻部	微	微	微	微	咍	皆灰咍廢	皆灰咍廢	咍
発音記号		mjəd			əї	əi	əi	xậi

となるので、

「臺」の発音の時代による変化
時代	周BC600	秦BC221～	西漢（前漢）BC206～	東漢（後漢）AD25～	魏晋AD220～	南北朝前期AD317～	南北朝後期AD440～	隋唐AD601
韻目or韻部	微	微	微	咍	咍	皆灰咍廢	皆灰咍廢	咍
発音記号		dəg			əї	əi	əi	dậi
発音		ドゥグ			ァイ	ァイ	ァイ	ダイ

という感じの発音に変わっている訳です。

ただ、確実に分かるのは、「邪馬壹」と「邪馬臺」だろうが、3文字目の発音は「イ」系統の発音だったという事です。「タイ」や「ダイ」など声韻に「t」や「d」を付ける音にはなりません。

また、記紀に載っていない九州の蛮族國なので、「ヤマタイ」というのは載っていない。
ということは、この國の名は日本に『魏志倭人伝』や『後漢書』が伝わり、その中に出てきて知られた國名だと思われる。その知られた時には、漢字の読み方は隋唐音、つまり日本漢字の仮名読みの漢音読みで理解しようとしたので、書かれた当時に読まれていた音ではなく、漢音読みで「ヤマタイ」國という名が付けられたものである（でも、それなら最初は「ヤバタイ」國と読まれたのだと思う）。

問題として、この「邪馬台国」に関しては日本には同じ名称の記録は無い事ですね。この、日本語では「邪馬台国」と今は掛かれるこの國は、あくまで中国発音、それも魏晋時代の発音で元の國の名前を予想する必要が出てきます。なんなら、國名が分からずに中国側がなんらかの意味を付けた可能性もあります。

「邪」は、これは日本（倭）を指す言葉だと思います。
「馬」の意味が難しいのですが、『「馬」は富や成功を象徴する存在』という側面もあります。
「邪馬壹」なのか「邪馬臺」なのかはここでは考えませんが、
- 「邪馬壹」なら、「壹」は「一」で、「日本の一大勢力の中のTOPの國」
- 「邪馬臺」なら、魏志倭人伝に「居處宮室樓觀城柵嚴設常有人持兵守衛」とあるので、「日本の一大勢力の中にある立派な宮殿がある國」

という意味だったのかもしれません（そうなると、この固有名詞で検討する自体が的外れになりますが）。
私としては、國名の音の魏晋音漢字当てと思いたいのですが。

ちなみに

「好古都」は魏音や晋音の時代だと「auoo」のような発音になります。「好」が「hau」になるのは隋唐音の王力系統で、「haukutu」という発音になりますが、時代が少し違いますね。
「宇佐」を魏音や晋音で発音すると「juoa」、隋唐音の王力系統だと「ɣǐutsa」になります。

となります。
『「好古都」は「haukata」で「博多」だ』という俗説を言う人もいますが、これもまた明らかに間違っています。

【女王『卑弥呼』】

ついでに言えば「卑弥呼（卑彌呼）」も読み方は「ヒミコ」ではなく、魏志倭人伝の文字を当時の発音で見ると「jieijieio」になります。
今で発音が近いのに「jiějie（姉）＝ジェジェ、ヂェヂェ」というのがありますから、実は「姉巫女（巫＝wo）」と呼んでいるだけかもしれません

使者「あちらの中央の女性は？」
通訳「あちらの女性は誰かと聞いています」
案内人「あれは、姉の巫女です」
通訳「この国の姉巫女（jiějiewo）だそうです」
使者「なるほど、女王の名前は卑弥呼（jieijieio）なのですね」

と「姉巫女」と言ったのを通訳が固有名詞を魏音で伝え、使者がそれを個人名と思って記録した、という感じの可能性もあるかとは思います。この時代の日本はまだ、漢字がないか、使っていても限定的だった時代ですので、「言葉の伝達」の発音を当て字した結果が記録されているのです。

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そうすると「壹與」もある程度分かるかもしれません。「壹與」は魏音で「jiətjo」と読みます。「ヨト」っぽい発音ですね。

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つまり「復立卑彌呼宗女壹與」は「姉巫女を継いだ一族の巫女」と書いているだけかも？（人物名でもなんでもなかった、という事になるのですが）
漢字が一般的に使われていたなら話は別なのですが、「案内人の日本土着の言語」⇔「通訳」⇔「魏の使者の言語と文字」で成り立っており、固有名詞の漢字は発音からの当て字、それも意味を出来るだけ合うようにしたものでしょうね。ですので、魏志倭人伝にある地名や人名といった固有名称は、当時の発音から凡そを予想してみるしかないのです。
この「通訳」も、基本的には昔から海路交易をしていた倭人（海人族）でしょうね。例えば、「山本さん」を通訳するのに「Mr.Mountain Book」みたいな訳し方になっている可能性も十分にあるわけです。

ちなみに、「卑弥呼」も「ヒミコ」と発音が全く違います。

		『卑』	『弥（彌）』	『呼』
魏音		jiei	jiei	o
晉音		jiei	jiei	o
隋唐音	高本漢系統	pjie̯	mjie̯	xuo
	王力系統	pǐe	mǐe	hu
	董同龢系統	pje	mje	xuo
	周法高系統	piɪ	miɪ	xuo
	李方桂系統	pjiĕ	mjiĕ	xuo
	陳新雄系統	pǐɛ	mǐɛ	xu

となり、魏・晋だけでなく隋唐時代でも「ヒミコ」という発音ではありません。「ヒミコ」という呼び方自体が、日本が勝手にそう読んだだけなのです。『卑弥呼は日巫女』という俗説を言う人もいますが、「ヒミコ」と読む事態が実はおかしいのですね。読み方は「ジェィジェィオ」ぐらいでしょうか？
ちなみに『卑』は「jiei」、『弥（彌）』も「jiei」と魏晋音での発音記号は同じなのだが、発音の仕方が少し違うので区別が付く。『卑』は字母が「幫」なので「ハゥ」という感じで発音、それに対して『弥（彌）』の字母は「明」なので「メイ」という感じで、発音記号では同じ音なのだが発音の仕方自体は若干の違いがあります。日本で言う「箸」と「端」の差みたいなものです。

時々、勘違いしている人が居ますが、

「漢音」といって「漢の時代の発音」ではありません。

　漢音とは、7～9世紀に入ってきた中国の読み方です。

「唐音」といって「唐の時代の発音」ではありません。

　10世紀～に入ってきた中国の読み方です。宋・元時代の音は宋音、唐宋音とも言う。
「卑」は現代でも発音は「pei」であり、隋唐音だと「ピ」や「ペ」の方が発音が近い。魏・晋音でも「ィエィ」や「ジェィ」という発音の方が近い。

【ヤマトの呼び方】

同じ時代で書かれた日本の文献はない（「まだ見つかっていない」の方がいいのかもしれません。魏志倭人伝に、伊都國で文字を扱っていたらしき記載がありますので）ので正確には分からないのですが、予想はできます。
というのも、『日本書紀』『古事記』『万葉集』など奈良時代の文献に載っているからです。
ただ、3世紀ではなく8世紀なので、500年ほどもあとの言葉になります。しかし、「ヤマト」に近い音だったのは確かでしょう。

『日本書紀』
野麻登・夜麻苔・椰麼等・椰磨等

『古事記』
山跡・夜麻登

『万葉集』
山常・也麻登・夜末登・八間跡

といった文字列が「ヤマト」という発音に対して、色々な当て字を著者ごとにしているものだと考えられています。
ほぼ間違いがなく「ヤマト」あるいは「"ヤマト"に近い音」だったのでしょう。

ということは、この8世紀の時点では『魏志倭人伝（「倭」）』は来ていなかったという事でもある。

【日本史料の中の「ヤマトゥ」】

それぞれの文字列を魏晋音と隋唐音にしてみると以下になります。

史料	漢字	魏晋音	隋唐音
日本書紀	野麻登	jia ra əng	jia ma təng
	夜麻苔	jia ra əi	jia ma dậi
	椰麼等	jia a əї	jia muâ tậi
	椰磨等	jia a əї	jia muâ tậi
古事記	山跡	rian jiek	ṣăn tsjäk
古事記	夜麻登	jia ra əng	jia ma təng
万葉集	山常	rian jang	ṣăn źjang
	也麻登	jia ra əng	jia ma təng
	夜末登	jia uat əng	jia muât təng
	八間跡	riat rian jiek	pwăt kăn tsjäk

基本的に、最初の1文字は「邪」を使うべきなのでしょうが、中国側でなく日本側がしている当て字ですからね。
これらの漢字文字列は、中国から持ってきたものではなく、日本の誰かが音から当て字をしたものでしかありません。

ではこれらの漢字が当時、どう読まれていたかというと、下になります。

史料	漢字	日本読み
日本書紀	野麻登	呉音:ヤ、ジョ漢音:ヤ、ショ	呉音:メ慣用音:マ漢音:バ	漢音:トウ(表内[トゥ]) 慣用音:ト呉音:トウ(表内[トゥ])
	夜麻苔	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:メ慣用音:マ漢音:バ	呉音:ダイ漢音:タイ
	椰麼等	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:マ漢音:バ	呉音:タイ、トウ(表内[トゥ]) 漢音:タイ、トウ(表内[トゥ])
	椰磨等	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:マ漢音:バ	呉音:タイ、トウ(表内[トゥ]) 漢音:タイ、トウ(表内[トゥ])
古事記	山跡	訓読み：やまあと
古事記	夜麻登	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:メ慣用音:マ漢音:バ	呉音:トウ(表内[トゥ]) 慣用音:ト漢音:トウ(表内[トゥ])
万葉集	山常	訓読み：やまとこ
	也麻登	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:メ慣用音:マ漢音:バ	呉音:トウ(表内[トゥ]) 慣用音:ト漢音:トウ(表内[トゥ])
	夜末登	呉音:ヤ漢音:ヤ	呉音:マチ、マツ漢音:バツ	呉音:トウ(表内[トゥ]) 慣用音:ト漢音:トウ(表内[トゥ])
	八間跡	訓読み：やまあと

漢音は8世紀頃から少しずつ入って来る音なので、日本書紀などが製作された時期で発音されている可能性はかなり低いでしょう。
発音の当て字になるのですが、これを並べてみると「ヤマト」ではなく、共通する音は「ヤマトウ」「ヤマトゥ」と呼ばれていた感じでしょうか？
ただし、訓読みで読める部分が「やまあと」と読めるものですから、「ヤマトウ」ではなく「ヤマトゥ」っぽいですね。
どちらにしろ、当て字であるのは間違いがないでしょう。

私は「3世紀時点で漢字を九州でもほぼ使われていなかっただろう。ただし、その前になんらかの文字がある可能性は高いと思う」と考えている派なので、日本人のそれぞれの大きな邑の呼び方を、魏晋音の漢字で当て嵌めた＝魏志倭人伝の固有名詞を魏晋音で発音したものと同じような國名だろうと思っています。
ただし、これは「漢字を使っていなかったら」です。
既に漢字を使っていて、その漢字をそのまま記録して帰ったとすると、少し異なってくる。

魏志倭人伝の中には、文字を使っていたような記載があります（それが漢字なのか別の文字なのかは分かりませんが）。
　自女王國以北特置一大率檢察諸國諸國畏憚之
　常治伊都國於國中有如刺史王遣使詣京都帶方郡諸韓國及郡使倭國
　皆臨津搜露傳送文書賜遺之物詣女王不得差錯
文書を確認するには、文字の読解が必要ですので。

当時だと漢音はまだないので呉音だけになり、読み方は、

日本漢字呉音読み
邪	ジャ		邪
馬	メ		馬
壹	イチ	ダイ	臺

となる。
この字をそのまま（あるいは似た字で）使者が記録した可能性もあるのだが、それでもやはり「ヤマト」とはならない。

「邪」を「ヤ」と読むのも呉音なのだが、これは常用漢字表外なのでいつからそう読むかは分からない。
ちなみに「邪」を下に見る文字だと言っている人もいるが、それはたぶん間違いで、この「邪」というのは蓬莱島を指す言葉であり、つまり日本（倭）を指す単語でもある。成り立ちからいけば、形声文字(牙+阝(邑)で、「きばの上下がまじわる」象形(「きば」の意味)と「特定の場所を示す文字と座りくつろぐ人の象形」(人が群がりくつろぎ住む「村」の意味)である。今なら「琅玡」と書くが、古代では「琅邪」とも書かれており、秦の時代に徐福が目指した地でもある。その後、秦では琅玡郡を置き、これは益州と地名が変わっていく（益州は諸葛孔明の居た所ですね）。
ちなみに「倭」も元は違い、蛮族というか夷敵というか、中国からみると外部の存在に対して付けている総称です。此方は確かに侮蔑的意味を含むのですが、元は扶余や東夷の全般に対して言っていた言葉なのですが、魏の時代の前に一度は東夷の殆どを支配下に置いているので固有名称があり、詳しい情報も得ている中で、唯一「よく分からない不明な國」が日本だったので、「倭」が日本を指す様になったというものです。この「倭」を指すもう一つの呼び方が「邪（蓬莱）」になります。
また、この「よく分からない不明な國」は、その他の外部の国々よりも遥か昔から交易をしている國でもあり、昔は倭の中の100國ぐらいと交易していたと魏志倭人伝には書いてありますね。実際、日本と中国の交易は他に比べても格段に古く、8000年前には既に行われていた「海の向こうからやって来る謎の民族」だったわけです。

慣用音は、音読み（日本漢字音）において中国漢字音との対応関係が見られる漢音・呉音・唐音に属さないものを言う。多く間違って定着したものや発音しやすく言い換えられたものを指す。古くからこの語があるのではなく、言語学的研究が進んだ大正時代以降に呼ばれた言葉である。日本語読みの漢音では「馬」は「バ」であり、「馬」を「マ」と呼ぶのは慣用音で、いつから使われているかはっきりしない読み方です。日本書紀・古事記・万葉集でも、「ヤマト」の「マ」に「馬」は使われていませんよね？
時代が違うのです。
ただ、慣用音も既にある事もあるので、既にあった場合は、

日本漢字呉音読み
邪	ヤ		邪
馬	マ		馬
壹	イチ	ダイ	臺

と日本人は読んだ可能性もある。
また、「呉音は漢音導入以前に日本に定着していた発音で、通説によると呉音は中国南方から直接あるいは朝鮮半島（百済）経由で伝えられたといわれる」などと説明されているが、呉音の「馬」は「メ（me）」なので、百済経由で来た音（つまり遼東地域から遼東半島、そして朝鮮半島に入って来た中国系民族が伝えた音）ではなく、呉音は中国の中央域から南方の場所からやってきた音である事が明確とも言える。

ただし、どちらにしろ8世紀以降で『魏志倭人伝』の写本が日本に伝わってきてからの発音であり、その当時は隋唐音での読みが伝わったものである。
書かれた当時の魏晋音とは異なる発音で伝わっているのは確かである。

【「夜麻苔」】

ところで、「夜麻苔」だけは間接音もなく「ヤマトゥ」とは読むことは出来ない文字列で、当時だと「ヤマダイ」と読める。
これは、日本武尊が歌ったものとされており、『日本書紀の「歌謡二二」』にあり、

夜摩苔波区珥能摩倍邏摩多多儺豆久阿烏伽枳夜摩許莽例屡 夜摩苔之于屡破試

というものである。
読下と解釈は、

やまとはくにのまほらまたたなづくあをかきやまこもれるやまとしうるはし
大和は国のまほらま畳づく青垣山籠れる大和し美麗し

となっている。
しかし、これは「ヤマトゥ」とは読めず「ヤマダイ」なので、大和（ヤマト）と解釈するのはおかしい。

この同じ歌が『古事記』にも載っているのだが、こちらは

夜麻登'波夜摩苔波久爾能麻本呂婆区珥能摩倍邏摩多々那豆久多多儺豆久阿袁加岐阿烏伽枳夜麻碁母禮流夜摩許莽例屡夜麻登志宇流波斯夜摩苔之于屡破試

と、漢字が少し違う部分がある（「夜摩苔（ヤマダイ）」が「夜麻登（ヤマトゥ）」になっている他、当て字が少し違う）のだが、読みはほぼ一緒であり、同じ元の資料を利用しているのだろう。
これは後年の写本の採否書き換えたのでは？とも言われている。

ただ、「夜摩許莽例屡」にしろ「夜麻碁母禮流」にしろ、それは「やまこもれる」という発音の当て字と考えれら、これは現代だと「山籠れる」と書かれるというのは、異論はあまりないだろう。――ということは、「夜摩苔」だろうが「夜麻登」だろうが、同じ漢字を使っているのだから「夜摩苔」「夜麻登」の「夜摩」「夜麻」は「山」を指しているのである。
すると、歌の意味は、

山台は国のまほろま畳なづく青垣山こもれる山台しうるはし
山峰が連なり素晴らしい景色だ青々とした山々が山峰を美しくしている

という、日本の景色の素晴らしさを書いた歌ではないかと思う。

つまり、これは「ヤマト」にも「邪馬台国」も無関係な歌なのである（一瞬、「邪馬台国の事を書いている文が日本書紀にあるのか？」と思ったのですが、調べたらまったく関係が無かったです）。
ところが、これを「ヤマトの事を書いた歌」と考えた写本者が思っていたので、「夜摩苔」では「ヤマト」と読めないから「夜麻登」に変えたのではないでしょうか。

同じように「ヤマタイ」と読める可能性がある文字列が「椰麼等」「椰磨等」があるので、これについても少し調べてみる。

「椰磨等」は『日本書紀』歌謡十五にあり、

許能瀰枳破和餓瀰枳那羅孺 椰磨等那殊於朋望能農之能介瀰之瀰枳伊句臂佐伊久臂佐

このみきはわがみきならずやまとなすおほものぬしのかみしみきいくひさいくひさ

此の神酒は我が神酒ならず大和（日本）成す大物主の釀みし神酒幾久幾久

これは「ヤマトゥ」みたいですね。

【「邪」と「狗」】

この時代の「邪」がついた國は、倭人の國を指す言葉になります。
この「邪」がついた國は三国志東夷伝（魏志倭人伝が載っている史料）の中にも幾つかあり、

不斯濆邪國（韓条馬韓）
彌烏邪馬國（韓条弁韓）
狗邪國（韓条弁韓）
安邪國（韓条弁韓）
狗邪韓國（倭人条）
邪馬壹國（倭人条）
伊邪國（倭人条）
邪馬國（倭人条）

これはすべて、「倭」と関係するところです。
「狗邪國（韓条弁韓）」と「狗邪韓國（倭人条）」を一緒と混同している人もいますが、別の國です。

「濆」という漢字は、古代中国において、主に「水がわき出る」「ほとり」「きし」といった意味で用いられれており、ようは「倭人の領土」と面した馬韓の国境の土地という意味で、大同江の北側のどこかにあったと考えられる（今の平壌なんかが位置的に合っているでしょうか）。

ここで、「狗」も何か？となります。