政治経済法律〜一般教養までをまとめます

  • 夜警国家
 今日の国家は歴史的にはまず市民社会を基盤として成立するが、この時期の国家の特徴は、夜警国家であり立法国家だったことである。夜警国家は自由放任主義の下で、国家の機能を最小限にとどめようとするものであった。さまざまな形で生ずる利害の対立を自由に放任することが、社会の秩序と安定にとってもっとも望ましい結果をもたらすとすれば、国家の果たすべき機能は外敵の侵入を防ぎ国内の基本法の遵守を確保することで十分である。19世紀のドイツの社会思想化F.ラッサールはこうした国家を夜警国家と呼んだ。また、国内政治において国家が干渉しうる領域が、市民の安全の確保と社会の秩序の保持とに狭く限定されている場合には、必要な事項はすべて明確に法文の形で示すことができる。それゆえ、法律をいかなる形で測定するかが政治上の最も重要な問題であり、制定されたほうをいかに執行するかは第二義的意味しか持ちえなかった。こうした国家は、立法部が政治の中心的一を占めていたという意味で、立法国家と呼ぶことができる。
  • 福祉国家
 20世紀に入るとともに、加速度的に進行した工業化と都市化は、社会の大規模化と複雑化を促進することにより自律的個人の上に成り立ってきた市民社会を著しく変容させた。特に普通選挙制が確立されて、市民に代わり大衆が政治過程に登場するとともに、自由主義国家の基本理念も後退せざるをえなかった。その理念とは国民の自由の保障にほかならないが、自由の保障が意味を持つのは、それによって積極的に個人の福祉を追求しうる人々だけである。大衆の登場とともに、こうした個人の自律性は失われる。個人はもはや失敗の責任を全面的に負うことには耐えられないし、実際、戦争や恐慌のように個人の統制しうる範囲をはるかに超えたところに、その原因がある場合も少なくない。
 こうして人々は、各自の個人的な福祉の実現に関しても、多くの事柄を政治に期待することになる。それゆえ、現代社会において社会の統合の必要性に応えようとするなら、国家はこうした各個人の期待を満たすよう努力するほかないであろう。そこではあらゆる国家は体制の相違を超えて福祉国家の傾向を持たざるをえないのである。
 ただし、一口に福祉国家といっても、国によってそのあり方は大きく異なっている。エスピン=アンデルセンによれば、福祉国家は大きく3つに類型化されるという。まずスウェーデンのように政府が中心となって手厚い社会保障サービスを提供しているのが社会民主主義型の福祉国家である。またアメリカのように自助努力を基本としつつ民間企業から社会保障サービスを購入しているのが、自由主義型の福祉国家である。さらに、ドイツのように家族が社会保障の担い手となっているのが、保守主義型の福祉国家である。現在のわが国は、保守主義型と自由主義型の中間に位置づけられている。
  • 福祉国家の見直し
 福祉国家の進展に伴って、国家の活動領域や活動量は大幅に拡大し、「大きな政府」が登場した。しかし、それは同時に国民が税金や社会保険料という形で重い負担を強いられるということを意味していた。そこで国民の負担が限界に達したとき、行き過ぎた福祉国家を見直そうという動きが活発化した。こうして生まれたのが、小さな政府論である。
 実際、1980年代の先進各国では、小さな政府を実現するために、さまざまな行財政改革が進められた。たとえばアメリカでは、レーガノミックス、イギリスではサッチャリズムと称される諸施策がとられ、わが国でも中曽根政権によって三公社(日本専売公社、日本電信電話公社、日本国有鉄道)の民営化などが実現した。また、90年代中頃からは、イギリスなどのアングロ・サクソン諸国を中心としてNPM改革(新公共管理)が進められ民間企業の考え方や管理手法が行政にも導入されるようになった。
 「小さな政府」論を支える1つに、R.ノーズィックの提唱した最小国家論がある。ノーズィックは国家の活動によって諸個人の権利は不可避的に侵害されると考え、国家は防衛・警察・契約履行の保障という限られた機能だけを担うべきであると主張した(『アナーキー・国家・ユートピア』)。同様の考え方は、F.ハイエクによっても述べられるが、こうした政治的立場は一般にリバタリアニズム(自由至上主義)と呼ばれている。

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