まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

183名無し募集中。。。2018/10/18(木) 20:57:32.780

「ももー」
一度呼んでみてから、みやは小首を傾げ、耳をすました。

今度は両手をラッパのように口に当て、ぐるりと一周しながら呼んでみた。
「もーもーーーー」
ダイニングテーブルの上には帰りに買ってきた鯛焼きの紙袋が置かれている。
ホカホカのうちに食べないと!そう思って急いで帰って来たのだ。
家の中は物音ひとつしない。
「……まーたあそこか」
口の中で呟くと、みやは階段を上がった。

2階の物置部屋に向かうとドアを開けた。案の定、天井の四角い穴から木の梯子が下りている。
部屋の中央に立ち、見上げると、穴の端からももが顔を覗かせた。

「呼んだ?」
「呼んだよ!」
「ごめんごめん。今降りるね」
「いいよ持ってきたから」
みやが梯子に手足をかけると、ももの首はひゅっと引っ込んだ。
「鯛焼き!冷めちゃうから」
言いながら部屋に上がると、ももは聞こえなかったのか、伸び上がって天窓を閉めていた。

ナナメの天井に四角く刳り貫かれた天窓には、銀のカトラリーを貼付けていない。
ちょっと前に、開けられるようにしてやったのだ。
まるで気のないフリをして「この窓のはなくていいんじゃない?」とももが言った時
なんだかみやはホッとした。
悪魔のももが出ていけないように全ての扉と窓に貼付けた(と思っていた)銀のスプーンやフォーク。
今は「いや、一応魔除けは大事だよ」と言うので仕方なく貼っているだけだ。

ももが「いいよ」と言ってくれたら、いつだって全部はずしていいのに。
というわけで、ももの言いようには敢えて突っ込まず、素直にこの天窓を開放してやったのだった。

184名無し募集中。。。2018/10/18(木) 21:01:16.420

「この屋根裏好きだねー」
「最近、鳥さんが遊びに来るようになって」
「うそ!」
「みやが来るとさぁ、逃げちゃうんだよね」
笑いを噛み殺しているももの頭を軽くひと叩きすると、みやは傍らに置いていた紙袋を差し出した。
「なに?」
「鯛焼き!言うの2回目!」
「食べる食べる」
ブランケットを腰に巻き付けたまま、乗り出してきたももの顔をみやは見た。
軽く叩いた頭のてっぺんはくしゃくしゃで、後ろで一つ結びにしている毛先が跳ねている。
紙袋に伸びてきた手を掴むと、ももは「え?」というような顔でみやを見上げた。
みやはその顔をじっと見つめた。

「鯛焼きの前にキスしていい?」
「……なんで?」
「え、やなの?」
指をぎゅーっと掴んだまま言うと、ももは少し間を置いてから言った。
「い、いいよ」
快諾を得て、みやはにっこりと笑みを浮かべた。

ももの乱れた髪を撫でてから、結んでいたゴムをはずして後ろも梳いてやる。
両耳に髪をかけ頬を挟むと、みやは顔を近づけた。
「キスしていい?」
「それさっきも言った」
「うん」
呆れたような半開きの唇に短く口付ける。ももがじっとしたままなのでもう一度ゆっくりキスをした。
髪を抱き、背中に片手を回す。ももの冷たくて甘い舌先が動いた。
小さく音を立てて吸ってやると、そのまま押し倒す。
「みや、なんかあった?」
「え?なにもないよ」

ももの茶色い目が見上げてくる。みやは笑った。
「なにもなくても、キスしたいときはあんの」

窓をずっと開け放していたのか、床はひんやりとしていた。
「ねぇ鯛焼きは?」とももが言い出した頃には
湯気を吸った紙袋はすっかり冷えきっていた。

185名無し募集中。。。2018/10/18(木) 21:02:54.220

「ちょっと……深追いし過ぎましたかね」
にへの言葉にみやは足を止める。
覆い被さってくるような木々の間から差す月明かりだけが、仄白くあたりを照らしていた。
時折吹き付ける風は頬を切るように冷たい。

「かもしんない。どこまで来たんだろ」
「さっきから思ってたんですけど、公園の中の林にしては」
ひかるは少し息を切らしていた。胸に手を当て、ぐるりと見渡す。
「こんな広い公園じゃないですよね。まるで、森みたいな」
3人は来た方向を振り返る。戻るべき歩道の街灯ももう見えなかった。
「さっきまでは、逃げる尻尾見えてたよね」
にへが頷くのを見て、みやは聖剣を構え直した。月明かりを受けて剣身が光る。
「みやちゃん何か感じます?」
「感じない。けど……ここまで来て諦めるのも悔しいなあ」
「でももう、どっちの方向へ行けばいいのか」
ひかるは片手を目の上にかざし、再びあちこちを振り返った。
「完全に見失った」
「一旦、戻った方が良くないですか」
「んー」
みやは聖剣を下ろし空いた手で髪を掻いた。



封印されていた悪魔だった。
小さいリサイクルショップの軒先のテーブルに広げられていたガラクタの中から
店主とおぼしき男はその石を拾い上げた。
「これあなたたちにあげましょう」
呼び止められた3人が顔を見合わせると、店主はピンポン球ほどの丸い石を手のひらに乗せて差し出した。
「面白い石でしょう」
その石は黒く緑色をしていて赤かった。しかし不思議なようでいて地味な色彩は、惹かれるほどのものでもなく
「あ、別にいいです」
みやがそう言うと、にへは隣で愛想笑いを浮かべ小首を傾げた。
「ご好意はありがたいんですけど」
「僕はもう、手放したい。手に負えない。僕にはもう、持っていられない」
眼前に差し出された店主の手のひらが震えていた。

187名無し募集中。。。2018/10/18(木) 21:07:29.390

「これ……」
ひかるがそう呟き一歩後ずさった途端、石はチチチ……と小さな音を立て
亀裂がみるみる広がったかと思うと3人の目の前でパカリと二つに割れた。
ひかるがみやの腕を強く後ろに引く。
割れた石の中から、黒い虫が飛び出し、3人は悲鳴を上げてさらに飛び退いた。
転がりながら地面に落ちた虫は、足を蠢かせながらひっくり返ると走り出し
すぐカエルほどの大きさになり、通りを遠ざかるうちにネズミになり、猫になった。
「あれって悪魔じゃ」
にへの言葉にみやは慌てて店主を振り返った。テーブルの前にはもう誰もいなかった。

公園まで追いかけた頃には、悪魔は真っ黒な人の形をしていた。2本の足で歩道脇の林に飛び込んだ。
いつの間に生えたのか、しなる尻尾が大きく舵を切るのが見えた。



みやが林の奥に目を凝らすと、にへが肩に触れた。
「今は、ここから早く戻った方がいい気が」
「ん、わかってる」
みやは踵を返し、にへの腰を軽く叩く。
足早に歩き出そうとした横で、ひかるが急にしゃがみこみ、みやは振り返った。
「靴ひもほどけてた」

焦る様子で結び直しているひかるを見て、みやは「慌てなくていいよ」と声をかけ
自身の影がひかるの足下を覆っているのに気付くと、少し避けてやる。
月明かりがいくらか照らすだろうと思ったひかるの靴先、地面は、しかし真っ黒いままだった。
一瞬の間ののち、血の気が一気に引く。
「待って」
「ひかる……!」
にへの声にビクッと顔を上げたひかるの背後、足下にあった黒い影が一気に伸び上がって形を成す。
しゃがんでいたひかるの上半身がつんのめるように前に傾き、みやは祈る思いで手を伸ばした。
指先は空を掻いた。
ひかるの腰に黒い腕を巻き付けたまま、悪魔は一気に10メートルほど後ずさる。
悪魔は蝙蝠のような黒い羽を左、右とバタつかせながら大きく開き、ひかるを抱えたまま宙に浮いた。

ひかるの両腕を抑え込むように抱え、宙に浮いている黒い影
左右に振れるその長い尻尾は、さっきまで追っていた悪魔のものに違いなかった。

189名無し募集中。。。2018/10/18(木) 21:12:10.890

真っ黒な悪魔、みやはその表情を窺い知ろうとしたが、目を凝らすほどに何も見えない。
ただ、長い指先に生えた鋭い爪がひかるの首にかかっているのが見えた。
横からにへが一気に走り出し距離を詰める。その手には丸めた鞭が握られていた。
みやはその対角へ回るように走り込み、片手の聖剣を浮いた黒い脚目がけて思い切り突き出した。
悪魔はそれを軽く避け、さらに浮き上がって
聞いた事のない言語を喋りながらひかるの体を締め付ける。
水の中で放ったようなくぐもった声から逃れようと、ひかるは激しく頭を振った。

にへの振るった鞭の先が羽の端を捉えると、悪魔は大きく身を捩って降下した。
渾身の力でにへが引いた鞭が一旦はずれ、同時に羽の先が千切れて嫌な音を立てる。
よろけたにへに悪魔の注意が向かった。
咄嗟にみやは悪魔の横に周る。
再び浮き上がろうとする脇腹目がけて剣を突き上げると、手応えを感じた。
間近に首を捻り、見下ろしてきた悪魔と目が合う。
その黒い体が散り散りになる一瞬手前、みやは哀れみの目を向けられたような気がした。

「ね、ひかる、起きて」
頬に手を当てる。首筋には浅い傷がつけられていた。
「気を失ってるだけなら、無理に起こさないでこのまま担いで帰ります?」
「担いで歩ける?」
「そこは気合いで」
「まあ、まあできないことはないか。ちょっと、みやの背中に乗せてみて」
背を向け屈んだみやの後ろで、ひかるの体を起こそうとしたにへが息を飲む音が聞こえた。
「みやちゃん」
「なに……」
にへの震える声にみやは振り返り、慌てて向き直った。
抱き抱えられ服が少しまくれていた。ひかるのお腹の横に、悪魔の深い爪痕が落ちている。
触れたみやの手の平がぬるりと滑った。

家に辿り着いた頃には深夜を回っていた。
玄関の明かりを点けたももは、3人を見てその場に立ち尽くしていた。
「何があった」
みやとにへに両肩を預け、ぐったりしていたひかるは
それでもももの声に首を上げ、照れたような笑顔を浮かべた。
「大丈夫。ひかるはもう大丈夫だし、服は洗えばいいし」
みやの言葉に、ももは「寝かせるならベッドつくってこようか」と言った。
「私がやるんで大丈夫です」
にへはそう言うと、ひかるの肩を抱え直し、玄関へ上がった。
階段へ向かう3人が通り過ぎようとした時、つと手を伸ばしたももに
にへが低い声で「触らないで」と呟き、みやは全身が冷えた。顔を上げ、交互に顔をみやった。

にへはそう言ったきり深く俯き、ももは廊下の壁に背をつけたまま
誤摩化すような薄笑いでため息をついた。

190名無し募集中。。。2018/10/18(木) 21:15:30.640

みやが屋根裏への梯子を上がり、覗き込んだ時、ももは部屋の角で三角座りしていた。
「いた」
みやがそう言うと、ももは顔を上げ、みやに視線を寄越した。
「ひかるは?」
「さっき眠った。熱はあるけど、呼吸しっかりしてるし大丈夫だと思う」
「そう」
「にへが言ったこと」
ももは床に座り込んだまま、ゆっくりと背中を丸めた。

「別にいいよ。気になんてならない。にへちゃんがそう思うのは当たり前だし、ニンゲンとしても悪魔バスターとしても正しい」
「それ……めっちゃ気にしてんじゃん!!」
みやが思わず大声を上げると、ももはぷいと横を向いた。
「もも行くよ」
「行くってなに、いーよ」
「よくない!」
腕を掴んで強引に引っ張る。梯子の場所まで、ももはずるずると引き摺られた。
「降りな」
首を振るももの背中を軽く蹴ると、ももは信じられないといった顔でみやを見上げた。
それには構わず、みやが「はい、降ります」と言うと
ようやくももはしぶしぶ梯子に足をかけた。

部屋を出ると、廊下ににへが立っていた。
「みやちゃん、こんな時間ですけど、何か軽く食べるものでもつくります?」
「あ、うん。でもその前に」
腕を掴んで後ろに引っ張ってくるももを無視してみやは言った。
「さっき、ももに言ったこと謝って」
ももが思い切りみやの背中を叩いた。
「ちょっ……みや、いいってば!」

にへは一瞬目を見開き、それから目を伏せ口角を上げた。「そうですね」
「いいのっ……いい、やめて。あのね」
ももの言葉ににへは顔を上げた。

「お願い。にへちゃんは、そのまんまでいてよ」
その言葉にみやは思わずももを振り返った。
ももはにへの顔を掬い上げるように見ながら目を細めた。
にへは顔をくしゃっと歪ませ、困ったような微笑みを返した。

144名無し募集中。。。2018/10/31(水) 00:36:46.960

リビングの扉が開く音に、みやは目を覚ました。テレビを観ながら知らぬ間にソファでうたた寝していたようだ。
パジャマにガウンを羽織ったひかるが立っている。
「起きたの。大丈夫?」
ひかるは目を瞬かせながら肯いた。
「何か飲む?飲める?」
時計を見ると午前2時を回っていた。
「にへちゃんは?」
「ん?みやの部屋に寝かした」
「……ごめんなさい、迷惑かけて」
「そんなこと思ってない」
みやはキッチンへ向かうと冷蔵庫を開けた。「お水でいい?冷たくてもいい?」
「お腹すいた」
甘えたようなひかるの声にみやの顔は緩んだ。
「食べる元気あるならおうどんあっためてあげる」

うどんを口の中に入れたままひかるは言った。
「ひゃっき」
「ん?」
「ん、うん、さっき、ももちゃんが来て」
「え?」
「目覚ましたらドアがちょっと開いてて、隙間からじーっと見てたから、大丈夫だよって言ったら入って来て」
「……うん」
「何あったか聞かれたから全部話しちゃった」

みやはテーブルに頬杖をついたまま「別に、いいよ」と答えた。
隠すつもりもない。あれきり聞かれなかったからまだ言っていなかっただけだ。
「もも何か言ってた?」
「別に。あの悪魔のことも知らなそうだった」
「まあ、何でも知ってるわけじゃないよね」
「だけど、なんで、お腹の傷がなくなってんのかな」
「……え、何?お腹の傷って」
みやが小首をかしげると、ひかるはうどんを食べる手を止め、自分のお腹に触れる。
「あの悪魔の、爪が刺さったと思ったんだけど」
そこまで言って、ひかるは口許を歪ませ笑った。
「何か気のせいだったのかな」

146名無し募集中。。。2018/10/31(水) 00:40:21.140

「にへひか帰っちゃったの?」
リビングに降りてきたももは開口一番そんなことを言った。
「何?いて欲しかったの?」
「そういうんじゃないけど」
「なんだかんだ言って好きだよね」
みやがそう言うと、ソファに腰掛けたももは笑った。
「そういうんじゃないけどさ」

朝のうちに2人を送って行った。駅の改札を抜ける前にひかるは立ち止まり、みやの方へ向き直った。
「あの、これからも、何も変わんないと思います」
「うん。ひかるがそう言うならこれからも一緒」
「最初に決めましたもんね。それぞれが考えたようにするって。それも変わらない」
にへがそう言うと、ひかるは肯き、照れたように笑う。
「けどやっぱ、この3人で良かったなぁ」
みやは急に込み上げてきたものを誤魔化すように、両手を口に当てて笑った。
「ははっ……ほんと、そう、そう思う」
ひかるがもう続けられないと言うのなら、それも仕方ない。
口にはしなくても、そんなことを思っていた。
自分の気が緩んでいたせいだ。そんな風にも思った。
まだ、やらなきゃならないことがいっぱいある。

「いいお天気だね」とももが言い、みやは窓の外を見た。
雲ひとつない秋晴れだった。
今日からまた、仕切り直し。みやは伸びをすると、ももの方を見た。
「これから夕飯の買い物行くけど一緒に行く?」
ももは顔を上げ、口を半開きにしたままみやを凝視した。
「天気もいいし」
「行く」
「みやのコート貸してあげる」
「なんでもいい。あ、靴がない」
「ある」
「え、なんで」
「なんでって、ももに履いて欲しくてみやが買ったのがある」
そう言うと、ももははにかんだ。
「いいこにする」
「バっカじゃない。やらかすと思ってたら誘わないし」
ももは座ったまま跳ねるようにソファを揺らした。
「デート!」
「違う。ただのお買い物」
みやはそう言って、コートをももの上に放る。
受け止めたコートを抱きしめて、ももはソファの上を転がった。

148名無し募集中。。。2018/10/31(水) 00:46:09.500

まだ午後早いと思ったのに、陽は傾きかけている。
もっとあちこち見渡すかと思ったももは、意外におとなしく
みやにくっついて歩いていた。
「そのうちさ、みやにお買い物頼まれるようになったりして」
「それはない。絶対もも勝手な買い物するじゃん」
「はじめてのおつかいみたいな」
「落ち着かないわ!」

ももがふと足を止めたのは、あの店の前だった。
リサコがいたドレスのお店。新しい借り手がついたようで外装も塗り替えられ
セレクトショップとしてオープンしたのは少し前のことだ。
「考えて見たら、ももと同じ、元天使の子だったんだね」
みやがそう言うと、ももはヒクッと顔を顰め、歩き始めた。
「堕天使なんて珍しくもなんともないよ」

肉屋に立ち寄ると、クリームコロッケは売り切れだった。おやつにポテトコロッケを買った。
「今食べようよ」とももが言って、半分にする。
通りに設えてあるベンチに座った。
「今夜何にするの」
「お刺身買おうかと思って」
「いいね。すごくいいよみや」
「けど魚屋さんは最後。帰りに買うの」
「なるほど」
陽の落ちてきた通りに街灯がともる。このベンチにわざわざ座るのは初めてだった。

隣でももがボロボロとこぼしているので、みやはティッシュを取り出す。
「子どもか!」と言いながら口許を拭いてやるとももは苦笑した。
「言ってくれれば自分でできるよ」
「みやのコートにめっちゃこぼしてるじゃん!」
ももは慌てて立ち上がり、パタパタとパン粉の屑を払っている。
みやは商店街を見渡した。細いビルの上層階に掲げられた看板に目が留まった。
つられるように、ももも顔を上げる。
「何?おもちゃ屋さん?」
「ちょっと、あそこ寄っていい?」
返事を待たず立ち上がる。閃くことがあった。

151名無し募集中。。。2018/10/31(水) 00:48:49.070

狭い店の奥へ進むと、コスプレ衣装があれこれつり下げられていた。
サンタクロースのコスチュームが目を引いた。「かわいいー」と言いながら、ももが駆け寄る。
みやは構わずさらに奥の壁際へと進んだ。
「何?」
横からももが覗き込む。
そこには、コスプレ用のオモチャの剣が飾られていた。

「この剣、どうかな」
「どうかなって何が」
「みやが持つのに」
「いや……うん、似合うと思うよ」
「ももがそう言うなら、買おうかな」
「なんで?」
架けられていた剣を手に取ってみる。もっと軽いかと思ったが、そこそこに重さはあった。
向かって構えると、ももはビクッと首を引いた。
「悪くないよね」
「ごめん、あの、みやが何やってんのか全然わかんないんだけど」
「2代目ミヤビヒルド」
「……は?」
「買おうっと」
そのままレジに向かおうとするみやの腕を、ももが後ろからぐいと掴んだ。

「どういうこと」
みやは振り返る。
「あの、あれ、聖剣あったじゃん。あれなくなっちゃって」
袖を掴んでいたももの手が緩んだ。
「ちょ……っと待って。なくなったって一体」
無視して踵を返す。進もうとするみやの肩を、ももが思い切り叩いた。
「待て。今買うのナシ。まずは説明して」
「後じゃダメ?」
「ダメ」
「……あげちゃった」
みやは殊更に軽く言って見た。それから笑みを作り、引き攣っているももの顔から視線を背けた。
別に、どうっていうことはない。
あれがなければ悪魔バスターではない。なんてこと、ないんだから。

180名無し募集中。。。2018/10/31(水) 22:15:13.690

悪魔は確かに消し去った筈なのに、取り囲む木々は不穏な気をまとったままだった。
時折唸る風の音が酷く耳障りで、みやは顔をしかめる。
ひかるの脇腹には深い傷跡がつけられていた。湧き出してくる血を抑えようと、みやは手に力を入れた。
にへは横たわるひかるの耳元に顔を寄せ、頬を叩き、声をかけている。

「救急車」
みやの声でハッとしたようににへは振り返った。リュックを探りスマホを取り出す手が震えている。
「なんで?……こんな時に限ってバッテリーが」
みやも片手でポケットから自分のスマホを取り出した。真っ黒な画面。ボタンはカチカチと無意味に音だけを立てた。
2人は顔を見合わせる。一瞬の間の後、にへは肩にリュックをかけ直した。
「通りまで人呼びに行って来ます」
「お願い」
駆け出すにへの後ろ姿を見送る。苦しそうな呼吸のひかるにみやは声をかけた。
「ひかる。聞こえる?」
返事はない。

みやはコートを脱ぎ、自分のバッグに巻きつけてひかるの両足の下に入れた。
傷口を手のひらでぎゅっと押さえる。溢れ出る血の温かさを手の平に感じながら、みやは泣くまいと必死に堪えていた。
出血が止まらない。
悪魔から直接、外的に危害を加えられたのは初めてだった。こんな反撃は想定外のことだった。
薄く開いたままのひかるの目は虚ろで、肌は色を失っていた。
みやはひかるの足の下のバッグからストールを取り出して傷口にきつく押し当てた。両手で体重をかける。
何度も呼びかけては、反応を待った。

「その子もう、だめかもね」
その声は、不意に木の上から聞こえた。

みやは震えながら上空を仰ぐ。風が吹いて木の葉が舞い、欠片が頬に当たった。
「怪我だけだと思ってる?そんなわけないよね。悪魔だよ。
エクソシストに封印された何百年もの恨みつらみ、全部差し込んでいったんだろうね」
「……なんとかしてよ」
言葉は掠れ、絞り出すような低い声になった。含み笑いの気配だけが上から落ちてくる。
「誰だか知らないけど、なんとかしてよ」
「……いいよ」

声がしていたのと逆、後ろの木が大きな音を立て、みやは振り返った。
地面に飛び降りた女は緋色の大きなローブを頭からすっぽりと被り、片手で前を合わせていた。
魔女のようだ、とみやは思った。
魔女はまっすぐこちらに向かって歩いてきた。
「助けてあげてもいいけど、その代わり」
そんなことを言われるような気がしていた。みやはコクリと喉を鳴らした。
「その代わりに、あなたの持っている聖剣が欲しいの」

181名無し募集中。。。2018/10/31(水) 22:18:04.820

そこまで聞いて、ももはため息をついた。

何も買わずにビルを出て、もとのベンチに腰掛けていた。
「ひかるは何も覚えてないみたいだから、これからも言わない」
「そう」
「別に、みやは困らないし」
「……そう」
ももはあらぬ方を向いていた。横顔を窺うと、目を細め何かを堪えているように見えた。
「ひかるはうちにとって」
「そんなん言われなくてもわかる。……けど、あの剣は」
そこでももは言葉を切り、軽く唇を噛んだ。
「なに」
「いい。ちょっと、考える」
「何を」
ももの肩に手を置き、強引に振り向かせる。
一瞬視線を泳がせたももは、目が合うとゆるゆると微笑んだ。
「違う、違うよみや。責めてなんかない」

自分はどんな顔をしていたんだろう。みやは体の力を抜いた。
肩から手を外すと、ももは掴まれた場所を押さえながら「みやは悪くないよ」と言った。
受け止めるように小さく頷く。
「だから……なんか、新しいのが欲しい」

「あのさ、みや、2代目ミヤビヒルドについてはもうちょっと考えようよ。今日はもう夜だしさ」
ももはさっきまでとは打って変わった軽い声で、両手を前に出すと伸びをした。
「え、考えんのに夜とか関係ないよね」
みやの言葉に、ももはぐにゃっと顔を歪ませる。
「おさしみは」
単語の意味が落ちてくるのに数秒かかった。
「……あーーーうん」
「魚屋さんが閉まっちゃったらお刺身は」
「いやさ、初めて食べるもんでもないじゃん」
みやが口ごもると、ももは横から体重をかけて押してくる。
「そうじゃなくて、なんかさぁ、みやと一緒に買ったおさしみっていうのがいいんだよ」
思わず顔を見た。寄りかかるように背を屈めたももが、みやの目を覗き込んでくる。
「……しょうがないなあ」
みやが立ち上がると、ももは腕にしがみついてきた。

184名無し募集中。。。2018/10/31(水) 22:22:21.510

みやの体にくっつくと、押し返される時もあれば、受け容れてくれる時もある。
どっちも良いとももは思う。
けれど今夜のみやはそのどちらでもなくて、どこか上の空。
まあ、それも良い。
ももが袖を引っ張ると、みやのパジャマはあっさりと脱げた。

小さな灯りだけがシーツの上を照らしている。
手首を取り、手の平に口付けた。腕の内側に吸い付くと、みやはため息を漏らす。
今夜のみやの考え事は全部、吸い付くしてあげてもいい。
されるがままのみやの両腕を頭の方まで押し上げ、脇に舌を這わせた。
あっけなく、みやの唇から声が漏れる。
へぇ、いいの?そんなんで。
ちょっと考えてから、ももは片手を伸ばし、みやの頭を撫でてやった。
みやは目を閉じたままゆるく微笑んで、ももは幸せな気持ちになった。

しっとり。きめ細かくてなめらかな肌。胸元に顔を寄せて滑らせると
小さくてフニャッとした突起が頬を擦った。ももは息を吸う。唇を被せると舌で転がした。
押し殺すような吐息が耳をくすぐる。少し強張った体。
ほぐすようにもう片方の胸を撫で、指先で愛撫する。
ねぇ、好きなんだよ。こんなに。
丸く、硬くなってきた突起を咥え、ちょっとだけ音を立てて吸った。唇を離すと唾液が糸を引いた。

「もも」
みやの手が伸びてきて、ももの髪を梳いた。
なんだろ、何か湧き上がってくる。その手を掴んで指の間も舐めた。お腹を擦り付けるとみやは喘いだ。
手も唇も足りない気がする。
体を押し付けながら、ももは膝でみやの脚を割った。
欲しい。胸を舌先で何度も弾く、そのたびに音がする。水音と、みやの声と、ももの喉奥から溢れ出すため息。
体を押し付け、擦り合わせる。
確かめたい。

不意に背中にみやの手がかかった。力任せに引き上げられる。髪を掴まれ強引に顔を寄せられた。
ももは瞬きすると、間近にみやの顔を見た。
みやは泣きそうな顔をしていた。
「……なことないでしょ」
みやの言葉にももは息を呑んだ。

そんなことないでしょう?

264名無し募集中。。。2018/11/03(土) 17:19:25.330

「一晩ずっと考えたんだけど、初代ミヤビヒルド、やっぱ返してもらおうと思う」
と、みやは言った。
リビングに入ってきたももはみやの方を見もせず、テーブルにあったテレビのリモコンを拾った。
「みや昨日ぐっすり寝てたよね」
「ううん全然寝れなかったし」
「へー、ももずっと横で見てたけどなぁ?」
「屋根裏行ってたじゃん」

ももは一旦開きかけた口を閉じ、それを見たみやは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それきり黙ったまま、ももはソファに腰を下ろし、リモコンを投げ捨てるとクッションを抱える。
「やっぱさ、あれがあってのスター☆ミヤビちゃんだよね」
そう言いながらみやが視線をやると、ももはクッションで顔を隠した。
「……返してもらうったって、どうすんの」
みやは立ったままでカウンターに背を預けた。
互いに無言のまま、少しの時間が流れた。

「もも心当たりあるでしょ」
「何の」
「赤い魔女の正体」
「知るわけないじゃん」
みやはソファの前に屈むと、ももの前髪を凝視する。
「じゃ、みやの目見てみて」
「何なのみや」
クッションを抱きしめているももの手首を掴む。確信があった。
魔女の姿を話した時、ため息の前に、ももは確かに小さく息を呑んだのだ。
「取り返しに行くから、案内して」
「知らないって言ってんじゃんか。2代目を探すのならいくらでも付き合うよ」
「……ももはそれでいいの」
「みやのでしょ。私には関係ないし」
ボソボソとした呟き声。
「……そう。私には、どうしても、あれが必要だって、わかった」

みやをスター☆ミヤビちゃんにしてくれた聖剣。
あれがただの武器のひとつではなかったことを今、思い知らされている。
ももがクッションから顔を上げる。みやはじっと目を合わせた。
「知ってるよね。教えて。私のために」
最後を強めに言ってみた。押し付けがましさの滲む、こんな言い方で乞うのは初めてのような気がした。
言葉にしてから急に襲ってきた恥ずかしさに
みやは少し頬を赤くして、掴んでいた手首をさらに強く握りしめた。
視線を泳がせたももが、唇を開く。
「……心当たりだけなら」

「やっぱり、何か知ってるんだ」
「まあ……ただ」
「ただ、何?」
ももは静かに息を吐く。再びみやの目を見ると小さく鼻をしかめ微笑んだ。
「鳥が来るの待たなきゃならない」

268名無し募集中。。。2018/11/03(土) 17:24:27.230

鳥が来るのを待つしかないと言うのなら、そうするしかない。
ももは魔女についてそれ以上はもう何も言わず、みやも突っ込んで訊けないままだった。
屋根裏部屋で、もう数時間待っていた。

「おっ」とももが呟いて、つられるようにみやは開かれた天窓を見上げた。
四角く切り取られた青空をさぁっと切るように、窓の外をとてつもなく大きな鳥が通り過ぎる。
次の瞬間「よっ」という小さな声が屋根の上から聞こえ、それから、窓枠にかかる裸足のつま先が見えた。
にゅーっと降りて来る長い膝下を、みやは固唾を飲んで見つめた。
「この窓もうちょっと大きくできないわけ?」
そう言いながら上半身を屈め、窓枠に手を添えて下を覗き込む顔。その肩越しに、大きく厚い、真っ白な翼が見えた。
天使の翼。

みやと目が合うと、天使は目を丸くした。
「誰?」
「あ、えっ、えっと」
「みや。この家のご主人様だよ」すかさずももが言った。
「うそニンゲンとしゃべんの初めてかも」
天使は音を立てずに床に飛び降りる。無残にも窓枠に引っかかった翼から白い羽根が数枚舞い落ちた。
「みやも天使様と喋んのなんて初めてだよね」
ももがこっちを見てきて、みやはコクリと頷いた。

「そーなんだ。どう?初天使」
背中の大きな翼は確かに天使のものなのだろうとみやは思った。もももそう言っているし。
しかしその服装は、紺色のフードパーカーにデニムの短パンで、さらに言うならば。
「天使も日焼けするんだ」
思わずみやがそう呟くと、隣でももが笑いを堪えるように口元を手で覆った。
「おい」
「あっ、すみません、すみません千奈美様」
ももはその場にぺたんと座り込むと、頭を低く下げた。

「なにそれやめて!気持ち悪い」
千奈美と呼ばれた天使は両腕で自身の体を抱く。ももは顔を上げた。
「いやいやせっかくだからさ、権威を立ててあげようかと」
「そーいうのいいから」
千奈美は部屋の隅にあった丸椅子を引き寄せて腰掛けた。
その長さを持て余すようにかっこよく組まれた脚を見ながら
みやはなんとなく、この天使様と仲良くしたいなと思った。
なんとなく、もも抜きで。

272名無し募集中。。。2018/11/03(土) 17:28:09.490

「考えてみたら挨拶すべきだった」と千奈美は言い、脚を揃え直すと頭をぺこりと下げた。
「ももさんが天使だった頃にまあちょっとなんだかんだあって、たまにお邪魔しております」
「あー」
「千奈美とはときどきおやつ交換してたんだよね」
「おやつ」
ひとんちで何を勝手にこそこそやらかしてくれてんだ。とみやは思った。
それみやのお金で買ったおやつじゃん!とも思った。
何かを察したのか、ももが「いやちょっとだけだよ、ちょっとだけ」と言った。

千奈美がポケットから蒲焼さん太郎を取り出すと、ももは「おー」と声を上げ
自身もポケットから小さな包みを取り出した。
千奈美がうやうやしく受け取るそれを見て、みやは叫んだ。
「それベ○アメールのフォンダンショコラじゃん!」
ももはばっと振り向き、みやに近づいてくると、両肩を掴んで顔を寄せ、声をひそめた。
「今日だけ、今日だけ特別だよ。ミヤビヒルドのためだよみや」
千奈美は「これは良いものだ」と言い、嬉しそうに包みをポケットに仕舞う。

「でね、千奈美」
ももが口を開くと、千奈美は顎を上げて目を細めた。
「わかってるよ。なんか聞きたいことあんでしょ。先に言っとくけど答えられるものしか答えらんないからね」

わかったわかったという風にももは頷き、その場に座った。
「みやも座れば」と言われ
それまでずっと同じ場に突っ立っていたみやは、ももの後ろにあったクッションに腰掛けることにした。
「じゃあこっちもストレートに訊くね。……今、聖剣はどこにあるの」
ももの言葉に千奈美は鼻白み、勢い良く椅子から立ち上がった。
「私関係ないよ!」
「それはわかってる」
「その件についてはほんと関係ないからね。賭けにも噛んでないし」
「かけ」ももの頰がぴくっと動く。
「私にきかないで。本人にきいて」
「だからさ、その張本人はどこにいるのさ」
「なんで私がそれをももに教えなきゃなんないわけ」
みやは思わず口を開いていた。
「教えてくれないならそのショコラ返して」

275名無し募集中。。。2018/11/03(土) 17:33:45.080

焦ったように振り向き、あわあわとこちらを制しようとするももを無視してみやは言葉を重ねた。
「それみやがすごい大事に一個ずつ食べてたお菓子なのに!」
「これはもうもらったもんだから」千奈美はポケットを叩いた。
「ほんとだったら10円のお菓子と交換するようなもんじゃないんだからね」
「蒲焼さん太郎をバカにすんな!」
千奈美が叫んだ。
「みや、今その話は」
「ももは黙ってて。大体ももの方もどうなの。みやが大切に食べてたお菓子だって知ってて
こっそり持ってくとか、それで本当にみやのこと好きって言えるの」
みやが両手で顔を覆うと、その場は静けさに包まれた。

千奈美が口を開いた。
「ももは、みやのことが好きなの?」
「うん」
「じゃあ、そういうことすんのやめなよ」
ももが黙り込む。
千奈美の手が肩に触れ、みやは顔を上げた。
「これは返す」
みやは天使からショコラを受け取った。千奈美の翼には後光が差していた。
「じゃあ、蒲焼さん太郎も返すよ」
そう言いながら、のそのそと身を乗り出したももが包みを差し出す。
千奈美はそれを受け取ると
「ももはデリカシーってやつをもうちょっと考えた方がいいよ」と言った。

みやはふと思った。もしかして、交渉決裂してしまったんだろうか。
ももの方を見ると目が合った。
みやが口を開く前にももは頭を下げ「申し訳ない」と言った。
「いや、あの」
「まあ仲良くやんなよ。私帰る」
その声に慌てて見遣ると、千奈美はもう窓枠に手をかけていた。

屋根へ上がった千奈美は振り返り、真下で見上げるももの顔を覗き込んだ。
「やっぱこれあげる。10円だけどおいしいから」
伸ばされた千奈美の手から、ももが包みを受け取る。
「貸しだかんね」
そう言うと、千奈美はみやに向かって手を振った。
みやが手を振り返すと、千奈美の手と顔は引っ込み、翼が風に煽られる音が聞こえた。
天使は飛び立って行った。

「ごめん」
傍に立つももに声をかけると、顔を見上げてくる。
「千奈美って優しいでしょ」
「うん」
「千奈美ってさぁ、優しんだよね」
ももが目の前にかざした蒲焼さん太郎の包みには
“山の上の教会”と書かれていた。

385名無し募集中。。。2018/11/06(火) 22:11:38.910

「山の上の教会って、ももわかるの?」
「まあね」
「そこにミヤビヒルドがあるってこと?」
「たぶん」
「どうする?すぐ行った方がいいのかな」
「そう……そうなんだけど」
言いかけてももは顔をしかめた。
「……ここからどう行けばいいのか、わかんないんだよね」

ももの記憶では、その教会は結婚式場のチャペルとのことだった。
所謂バブルと呼ばれた頃に、山の上に作られた巨大施設の一角に建っているという。
経営が立ち行かなくなって放置され廃墟と化した教会を、天使が見つけて武器庫にしたのだとももは言った。
「武器庫」
天使のイメージに似つかわしくない物騒な響きに、みやは眉を寄せた。
2人は屋根裏からリビングに戻っていた。
「あそこにあるって言うならまあ、わからなくもない」
「わかるんだったら行けるんじゃないの?」
「行けるよ。空飛んでいけるならね」
ももは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「千奈美なんか天界ショートカットでぱっと行けるんだよ。けど、ももたちはそうは行かないからね」
「でももともと人が作った場所なら、電車とか使って」
「そーなんだけど」言いながらももは爪を噛んだ。
「ここから東西南北どっちの方角にあるのかさえ、今のももにはわかんないの」

みやは注意深くももの表情に探りを入れた。どうやら嘘などではないようだ。
もう一回千奈美が来た時に、そう言おうとして、みやは首を振った。
天界経由のルートなど、教えてもらったところで使えはしない。
わかっているのにわからない。そのもどかしさにみやは頭を抱えた。

どうすればいい。
いや、いい。どうしようもなければ、ミヤビヒルドは諦めてもいいんだ。
ううん。違う。もしミヤビヒルドを捨ててしまったら。
「もも、お願い。取り返したいの」
みやは言葉を絞り出した。ももがじっと見つめてくる。喉がカラカラになった。

387名無し募集中。。。2018/11/06(火) 22:16:35.690

「もうちょっと、考えてみるよ」
腕組みしたももは、テーブルに置かれた蒲焼さん太郎に視線を戻した。
「ももの記憶に頼るしかないから……こっちにできることがあったら言って」
「そうだね、みやには、その時までに準備しておいて欲しいものがある」
真剣な声に、みやは身を硬くした。顔を上げたももと目が合う。
「2人分の電車賃。いくらかかるかわかんないけど今のところ」
「旅行!」
「いや、まあ、まあそういう捉え方もあるけど」ももは鼻の頭を掻いた。
「え?待って、もしかして泊まりとかあるかな」
「うーん、余程遠方だったらそういう場合も」
「わかった。電車代はカードあるし。着替えも」
最後ちょっと鼻声になってしまった。みやは慌ててソファから立ち上がる。
「すぐ準備する」
「まだそんな急がなくても」
「準備してくる」
きょとんとしているももを残して、みやはリビングを出た。
手でも動かしていないと、余計な考えばかりが動いてしまいそうだった。

2階の自室へ入ると、しばらく使っていなかったキャリーケースを引っ張り出す。
今考えるべきは、ただひとつ。
ミヤビヒルドを取り返すこと。
みやはクローゼットから、ももに着せようとこっそり買っていた服を引っ張り出した。
それとこれはエクストラ。ももとの旅行を楽しむこと。

そういえば、これからしばらくお天気ってどうなるんだろ。
みやがポケットからスマホを取り出すと、部屋のドアが開いた。
「みや、それ。そのスマホちょっと貸して」
「え?」
「いっこ思いついたことあるんだ〜」
ももはみやの手からさっとスマホを奪うと
画面を覗き込んで何やら操作し始めた。
「何してんの」
「山の上に建ってる教会の画像を検索すんの」
ももは得意げな顔でみやを見下ろした。
「記憶にある建物が、ヒットするかもしれない」

389名無し募集中。。。2018/11/06(火) 22:20:40.910

「みややっぱそれ荷物多すぎじゃない?」
「せっかく、準備したし」
「いやまあそうだけど。数時間で行って帰って来れそうだしなんなら手ぶらでも良いくらい」
「いいの!」
駅のホームに立っていた。
みやは傍のももを見た。
真っ白いコートに身を包んだももは、天使みたいに見えた。

「歩きやすい車道でも残ってるといいけど」
みやのスマホとにらめっこしながらももが言った。
「そこってもう全然人は来ないの?」
「検索結果見るかぎり、廃墟マニアが写真撮りにとか、たまに来てるかもしれないけども」
「へー」
ももはちらっとみやの方を見上げた。
「インスタにでもあげれば」
「え、ちょっと楽しみになってきた」
「一応釘も刺しとくけど、遊びに行くんじゃないんだからね」
そう言いながら、目を細めて楽しそうな様子のももを、みやは肘で小突く。
「旅行日和だね」
「そうだね」
11月にしては温かい、日差しの心地よい日だった。

「ね、みや、ちょっと休んでかない?」
「は?まだ登り始めたばっかじゃん!お昼には着く予定で」
「時間ならまだ全然あるよ」
「こんなペースじゃ日が暮れる!はい歩く歩く!」
「はぁい」

「みや、ちょっと思いついたんだけど」
「なに」
「そのキャリーの上にももが座ってさ、みやが引っ張って上がってみるとかどう?」
「むり。却下します」
「ももちゃんこんな距離歩き慣れてないんだよぅ」
「みやだって足ぱんぱんなの!」

砂利道は雑草とゴミだらけだった。
紙くずや空き缶に足を取られる度に、みやの顔は険しくなっていく。
もと駐車場だったと思しきスペースに辿り着いた時にはもう互いに無言で
上がる息と足の痛みをかばうのに必死だった。
体を折り曲げ、喘いでいたももがようやく顔を上げる。
「あっち」
それだけ言ってまっすぐ歩き出したももを、みやは慌てて追いかけた。

398名無し募集中。。。2018/11/07(水) 00:00:27.970

およそ天使のアジトとは思えない、神に見放されたかのような建物だった。
長年の雨風に晒された石壁は変色し、組み上げられた煉瓦がところどころ崩れている。
全ての窓は真っ白な苔に覆われ、てっぺんにある円柱の鐘つき堂には隙間なく蔦が巻きついていた。
みやは視線を下ろす。
石段を登ると正面に観音開きの木の扉があった。長いこと開かれていないように思えた。
一緒に上がってきたももが、みやを見て顎をしゃくる。
金具は錆びつき、今にも腐り落ちそうな板目の隙間には、カビのようなものがたくさんこびり付いていた。

みやは顔をしかめた。
「これ開けるの?」
「開けないでどうやって入るのさ」
「触りたくないんだけど」
「あのさ、みやが先に入って招き入れてくれないと、自分から教会になんて入れない」
そうだ。真っ白だけど悪魔なんだった。
みやはふーっと息を吐きながら両手を振ると目をつぶり、その扉に手を置いて体重をかけた。

重い扉が開かれる。高い天井。聖堂には白い窓から光が差し込んでいた。
敷き詰められた石畳はほとんど剥がれ、土と雑草が剥き出しになっている。
生気のない、整然と並べられた椅子の間から、不意に誰かが立ち上がり、咄嗟にみやは身構えた。

「おまえら!!な ぜ こ こ が!」
投げかけられた甲高い声が聖堂に響き渡った。
みやは思わず後ろを振り返る。後から着いてきていたももは黙ったまま首を横に振った。

「恐ろしい。恐ろしすぎる。こんなに早くここを突き止めるとは、さてはおまえら」
「千奈美、茶番はいいから」
ももが口を開くと、千奈美はさらに声を荒げた。
「茶番とはなんだ!悪魔の言葉になど惑わされぬぞ!」
みやは一歩下がり、ももの耳に口を寄せた。
「なんか、アレだし乗ってあげれば」

俯いていたももは長いため息を吐くと、腰に両手を当てて顔を上げた。
「はぁ?ここが見つけられないとでも思った?笑っちゃーう!てんで甘いね!」
「なんだとー!?悪魔風情が天使を前によくもそんな大きな口が叩けたもんだな!」
「え?ごめん、天使ってもものこと?」
ももは白いコートの裾をつまんで、くるりと一回転する。
「あー、それはない」
千奈美は急に真顔になった。

399名無し募集中。。。2018/11/07(水) 00:05:50.090

椅子の一つひとつに手を付きながら、千奈美はこちらに向かって歩いてくる。
真っ白な、長い翼の先が床を掃いていた。
「なんなの急に」
興を削がれた風に、ももは口ごもった。
「ももさんはもともと天使っぽくなかったし」
「は?」
「は?じゃあ聞くけど、自分天使に向いてるって思ってたわけ?」
ももは大げさにため息を吐いた。
「向いてるとか向いてないとかいう話じゃなくってさぁ……」
「我道を行き過ぎなんだよももは。天使ってそういうんじゃないからね。
言ったらバランサーみたいなもんなんだから、自分大好きとかいらないの」
「そんなんわーかってるよぅ」

そのやりとりを聞きながら、みやはちょっと思案した。
正直、千奈美の言っている方に分があるような気がする。
ここは、ももを慰めてあげるべきだろうか。
しょげ返っているももの肩へ手を伸ばしながら、思う。

いや、でも今のももは悪魔でいたいんじゃないの?それともーー

不意に遠くから声が聞こえた。
「あたしは、ももみたいな天使もアリじゃないかなって思ってたけどね」
みやはハッとして手を引き、咄嗟に声のした方、聖壇へと視線を走らせる。
その声には聞き覚えがあった。

あの時、公園の林で、みやに声をかけてきた。
致命傷を負ったひかるの傷を、瞬時に治してくれた。
緋色のローブを目深に被った、あのときの魔女が、そこに立っていた。
ミヤビヒルドを、奪っていった魔女。

「わぁー佐紀ちゃん久しぶりー。大きくなったねえ」
聖堂内で、ももの声はことのほか響いた。
佐紀はムッとした顔で顎を上げ、こちらを一瞥した。
「そんなこと、ももに言われる筋合いないよね」

426名無し募集中。。。2018/11/07(水) 22:11:49.830

ローブの合わせを胸の前で掻き抱いたまま、佐紀は聖壇の前に立ち、ゆっくりと視線を動かした。
「千奈美はいい加減、ももに構うのやめたら?」
「してません」
「知ってるからね、これまでもちょいちょい構いに行ってたでしょ」
「知らない」
「あんたの仕事は何よ」
「……わかってないね。それと、これとは話が別」
千奈美はぷいっと横を向く。

みやの横で、ももが手を挙げた。
「ねー、本題いい?」
全員の視線がももに集まる。
「みやの聖剣、返してもらいに来たんだけど」
「あれは“みや”のじゃないでしょ」
佐紀は呆れたような声を出した。

「別にさぁ、渡してやってもいいんじゃないの」
椅子の背に腰掛けて脚を投げ出したまま、千奈美が面倒臭そうに言う。
佐紀が一瞥すると、身を乗り出した。
「剣ならいくらでもあるじゃん」
それを聞いて、佐紀は口許をゆるませた。
「あぁ、なんか別の持ってく?もっと性能のいいやついっぱいあるし」

「あれでないとダメです」
ずっとやりとりを聞いていたみやは、顔をまっすぐ上げて佐紀を見据えた。
「でなきゃ、ここに来た意味がない」

最初は、力づくでも聖剣を奪い取っていく算段なのかと思っていた。
けれどここまでを見る限り、どうやらももは平和的に、話し合いで、剣を取り戻すつもりのようだ。
ただ、自分が持っていて当たり前のような佐紀の態度を見るに、このままでは向こうが圧倒的優位のように思えて、みやは少しばかり焦れていた。
「私が、ずっと大切に使ってきた剣なんです」
みやは、できるだけ丁寧に言葉を重ねた。

「ふぅん、そんなに返して欲しいんだ」
「あの聖剣がないと、みやをこれまで以上の危険に晒すことになるからね」
ももが口を開くと、佐紀は小首を傾げてから視線を上げた。
「それはどうかな。別にアレがなくても、その子は立派な悪魔バスターじゃない?」

鼻白むももを見て、佐紀は満足げに微笑む。
「ふふ、まあいっか。せっかくここまで取りに来てくれたんだしね」
「返すの?」
「ちょっと考え変えた。みやって言ったっけ、着いてきて」
佐紀はローブを翻し、聖壇の横へ降りていこうとする。
「ももは」
「この先さすがにももさんは無理だよ」
千奈美はみやに向かって、着いて来いとばかりに顎をしゃくった。

428名無し募集中。。。2018/11/07(水) 22:14:35.560

こちらが劣勢なのは変わらない。
しかしこれで、交渉の次の一歩を、踏み出せるのではないだろうか。
頷き、着いて行こうとするみやの肘を、ももがぎゅっと掴んだ。

「ここまで持ってきてよ佐紀ちゃん」
佐紀が振り返る。
「ほんと、相変わらずももは、自由で羨ましいな」
佐紀の声は小さく柔らかいのに、よく響いた。
「なによそれ」
「うちらが何なのかわかっててよく言えるよね。こんなとこまでノコノコ来ちゃって。
悪魔であるももが今この瞬間、生かされてることに感謝して欲しいな」

佐紀は頭からローブを脱ぐ。ウェーブのかかった髪が肩に落ちた。剥き出しの白い肩。
足首まで覆う銀色のドレープが見えた。
背中に現れた、大きな真白の羽。佐紀の小さな体躯を覆い隠しそうなほどの、その存在感にみやは息を飲んだ。
ももは顎を引くと数歩後ずさり、そのまま椅子に腰を落とす。
「うん。ももはそこで待っててくれていいよ」
「みやに、なんかしたら許さないからね」
「するわけないでしょ。悪魔バスターはうちらにとって大事な客人だからね」

みやは、椅子に座り込んでしまったももを見下ろした。
無表情のまま顔を上げたももは「頼んだ」とだけ、小さい声で言った。
胸の奥が熱くなる。みやは頷いた。
必ず、あの聖剣は持って帰ってきてあげる。

聖壇から降りた佐紀は右袖へと歩いていく。その先に小さな木の扉があった。
佐紀はその扉を開いて出て行き、千奈美も続く。
みやは座ったままのももを置いて、小走りにその後姿を追った。

429名無し募集中。。。2018/11/07(水) 22:17:44.740
しえん

430名無し募集中。。。2018/11/07(水) 22:21:09.880>>432
>428

扉を出ると、そこは回廊になっていた。
壁の高い位置に並んでいる小窓は、白いもので覆われている。
みやは気づいた。窓はすべて、天使の羽根を使い、銀糸で糊されているのだ。
まるで打ち捨てられているように見えたこの教会は、天使によって護られていた。

「ここには地下聖堂もあってね。そこを武器庫にしてるの」
そう佐紀は言った。
「どうして、天使が武器なんか」
みやが尋ねると、佐紀は笑った。
半歩前を歩く千奈美が口を開く。
「うちらの役目は、悪魔と戦うことだから」

みやが返事もできず黙っていると、すぐに佐紀が言葉を継いだ。
「天使って言ったって、いろいろいるからね。
神の使いもいるし、天の力を広く伝える者もいるし、ニンゲンにつくのもいたり。
けど、あたしたちは、悪魔とまみえる天使ってわけ」
そう言いながら佐紀は、回廊の途中にあった木の扉を開いた。
そこから、下へと降りていく石段が見えた。

薄暗い階段の奥に、みやは目を凝らす。階段は螺旋状に降りていた。
地下水でも染み出しているかのように、石壁は濡れている。
壁に沿って、手すりのように張られたロープは、時折切れた場所から垂れ下がっていた。
前を行く2匹の天使は、足音も、気配もなく、滑るように降下している。
足の裏から這い上がってくる寒さに、みやはコートの前を合わせた。

「そういえば、賭けってなんですか」
ふと思い出すまま、みやが口を滑らせると、千奈美がすごい勢いで振り返った。
佐紀は前を向いたまま、忍び笑いを漏らした。
「え、何?ももってばそんなことまで知ってたんだ」
「いやまあ、でも別に全然そんな詳しくは」
千奈美からの牽制する視線を感じながら、みやは急いで付け加える。
「ま、顔合わせたなら、ある程度は話しようかなって、思ってたんだよね」

石段を下りきると、広い廊下へ出た。
ゆっくり歩きながら、佐紀は肩越しに振り返り、みやを見た。

「悪魔バスターって、ニンゲンが勝手に始めちゃった、こっちにとっては想定外の存在なんだよね」

432名無し募集中。。。2018/11/07(水) 22:27:52.370

「そもそもがお金のためなのか権力のためなのかわかんないけど
ニンゲンに勝手にそういうことされても困るっていうか
天使と悪魔のバランスは天の采配なわけで、そこを混ぜっ返してくるのはね。
ま、ハッキリ言って神への冒涜になるんじゃないかな。
ただそうは言っても、コッチは基本放置ってスタンスだったんだけど。

今回のはまあちょっとしたテストみたいなもんかな。
悪魔バスターに加担してみることにしたの。
ひとつには、勝手やってる悪魔バスターに天の力を知らしめること。
ひとつには、天使の側から手を加えることで、悪魔狩りをコントロールすること。
残りはまあ、オマケみたいなもんだけど……

あたしたちは2人の優秀なバスターを選んで、天使の聖剣を貸し与えた。
これで存分に悪魔をやっちゃってね。って、命令も与えてやった。
そして、どっちの方が、こちらの希望に沿った悪魔狩りをするか
それを仲間内で賭けてたってわけ。
選びに選んだ優秀な子たちだったから、ワクワクしながら見てたんだけどね。

1人はホント、ひたむきで真面目なバスター。下馬評はこっちの子の方が優勢だったかな。
も1人は、ちょっと読みにくいトリッキーなとこもあったけど、その力量は目を見張るものがあって、あたしはその子に賭けた。
だけどあなたの師匠、れいなは、こっちの想像以上にレジスタンス的な正義感があったみたいね。
もともと天使に与する気なんてなかったのかな。すぐにあなたに聖剣を渡し、早々に賭けを無効にしちゃった。
こっちは、ただ聖剣を取られただけになってさ。
もっと早く取り返したかったんだけどね、こうなると力づくってわけにもいかないし
まあちょっと様子を見てたってわけ」

話は何もかもが想定外で、佐紀が話し終えるまで、みやは一切口を挟めなかった。
内心の複雑な思いを宥めようと、何度も唾を飲み込んでいた。
「こんなもんでいい?」
「さっき、大事な客人って言ってたけど、そうは思ってないみたい」
みやがそう言うと、佐紀は肩をすくめた。
「そんなことないない。なんだかんだ言ったって、悪魔バスターは今や、貴重な協力者だもん」
佐紀の言葉を受け取るように、千奈美は頷いた。
「怖がんなくても平気だよ。みやに危害を加えることなんて、絶対ないから」

招き入れられた地下聖堂は、低い丸天井に石造りの平らな壁で
まるでトンネルを切り取ったような狭い部屋だった。
壁沿いに台が置かれ、長さも違う、様々な剣が置かれている。鞘に納められているものや、剥き出しのままのもの
中には3メートル以上はあろうかという長剣もあった。
入り口に立ったまま、恐々と視線を走らせていると、後ろで見ていた佐紀から、不意に肩に手を置かれる。
みやはビクっとして振り返った。
「千奈美、ちょっとさ、みやとふたりっきりにしてくれない?」
目が合うと、佐紀はにっこりと笑った。

危害は加えないって?
みやの喉が鳴った。

495名無し募集中。。。2018/11/10(土) 00:58:10.090

やっぱり、魔女に見える。と、みやは思う。
ローブに覆い隠されていた、背中の大きな白い翼。
銀のドレスに包まれた小柄で華奢な体。仄かに赤みを帯びた肌の陰影は儚げで
柔らかい色の髪が肩に落ちている。
誰が見ても、天使と言うしかない、すぐ横に立っている佐紀を見ながら
みやはうまく言葉にできない、底知れぬものを感じていた。
千奈美は佐紀に退出を促されると、渋りながらも結局、地下聖堂を出て行き
みやと佐紀は2人きりになっていた。

佐紀は、ずっとみやの肩に置いていた手をようやく浮かせた。
思わずため息が出る。そんなみやをちらりと笑みで見遣ってから
佐紀は聖堂の奥へとまっすぐ歩いていく。

大聖堂と違い、こちらの床は白い石がきれいに敷き詰められたままだが
本来なら置かれていただろう椅子は取り払われていた。
何本もの柱が狭い空間をさらに狭く見せているような気がする。

「何をすればいいんですか」
後ろ姿に向かって、みやはそう問いかけた。
佐紀は何故だか嬉しそうに振り返る。
「あたしそんなこと言ったっけ」
「言ってないけど」みやは口ごもる。
佐紀は立ち止まると体をみやの方に向け、片手を腰に置いた。
「いろんな武器があるでしょう?」
「そうですね」
「作られた時期もバラバラ。いろんな天使の手を渡り歩いてきた武器もあるし
一度しか使われていない武器もある。けどみんな、悪魔を消し去るためだけに作られたもの。
みやが使ってた剣も、そういう聖なる武器のひとつ」

ここに入ってきた時から、みやは置かれている剣の1本1本に目を走らせていた。
ミヤビヒルドは、ない。
「返してくれるって、言いましたよね」
「言ったっけ」
間髪入れずに軽く言い放たれ、みやは唇を噛んだ。

496名無し募集中。。。2018/11/10(土) 01:05:57.870

入り口近くから動かずにいたみやと、中央の聖壇近くに立っている佐紀とは
けっこう距離があった。そのことにみやはホッとしていた。
近くにいる時の、ひりひりした緊張感には、耐えられそうになかった。

「みやは、どうしてあれがいいの?」
「え?」
「ここにはもっと、みやが使うのに向いてる剣もあるよ」
「……すみません、あの剣以外は考えられないんで」
「どうして?」
「どうしてって……あれは、私がずっと使ってきて、手にも馴染んでて」
「そこの、みやのすぐ横のさ」
佐紀が指差す。指し示された場所に置いてある長剣をみやは見た。
鈍い銀色の柄には繊細な草模様の意匠が施されている。

「そのロングソードなら握りの長さも、重さも、ずっとみやに合ってるはずだよ。試しに持ってみなよ」
そう言われて、みやは恐る恐るその剣を手に取ってみた。
十字になっているガードは、みやが使っていたものよりも少し大きい。
握りしめた瞬間、吸い付くような感触と同時に
初めてミヤビヒルドに触れた時と同じ畏怖を感じた。確かにこれも、聖剣なのだろう。

「ちょっと構えてみなよ」
佐紀に言われるまま、剣身を目の前にかざしてみた。さっと振り下ろしてみる。
込めた力に合わせるような、滑らかな重心移動の心地よさに、みやは息を呑んだ。

「それ持ってってもいいんだよ」
その言葉に、ハッとして我に返る。みやは首を振った。
「私が、ここに来たのは」
「悪魔バスターとして、聖剣を取り返しに来たんでしょ?
これからは、もっと自分に合った武器を手に入れて戦ったっていい。
どれだろうが、天使のお墨付きであることに変わりはないし
そのロングソードでみやはこれからもっと、もっと、強くなれる。保証するよ」
「ダメです」
「それを2代目ミヤビヒルドにしてもいいじゃん」
「ダメ」

「どうして」

佐紀の声が腹の底を打つ。痺れが全身に広がった。
「だって」
「あの剣じゃないと、ダメなのは、どうして?」
「だってあの聖剣は」
佐紀は微笑んでいた。その先を言えと、唇が促す。

「あれは、ももの剣だから」

497名無し募集中。。。2018/11/10(土) 01:16:41.720

ミヤビヒルドをあげてしまったと聞いた時の、ももの戸惑い。
悪魔バスターが武器をどうしようが、ももには何の関係もない筈なのに
あの時、ももは明らかに狼狽えていた。そこには明らかに、失った物への思い入れがあった。
疑い始めてから、思い出したのだ。
かつてリカちゃんは、ミヤビヒルドを『天使の剣』と称した。
聞き流してしまっていたけれど、彼女は知っていたのかもしれない。
ももは最初から、出自もわからぬはずのこの聖剣に絶大な信頼を寄せていた。
それが、悪魔と戦うために作られたものだと、既に知っていたからだとしたら。

あとは、まるで天啓のように降りてきた。
みやの中で、天使の剣と、ももが元天使だったということが結びつく。

ミヤビヒルドって、ももが天界に居た頃に、持っていたものだったんじゃないの?

「最初から、そう言いなよ」と、佐紀は言った。
みやは俯く。これを、言葉にするつもりはなかった。
胸の中に置いたまま、知らないフリをして
気付かなかったことにしたかったのに。

「ももに懇願されて、一緒に取りに来たの?」
「違う」
「へぇ」
「自分の意思で、取り返しに来た」
「それは、ももと、一緒に居たいから?」
みやは顔をあげると目を細め、佐紀を睨んだ。睨みつけるだけで、言葉は何も出なかった。

「確かに、ももにとってそれだけの愛着はあるだろうね。
あの聖剣がある限り、ももは、みやの近くに居ると思うよ。
触れもしないのにね」
佐紀は傍にあった石壺の縁に手を置き、指を滑らせた。

「みやももうわかってると思うけど、あの子もあたしたちと同じ
悪魔と戦うためにいる天使だった。
その頃に持っていたのがあの聖剣。
まだまだ実戦に出れるわけもないちっちゃい頃から、大事にしてたなぁ」

そう。ももは、思い入れある聖剣と共に居たかったんだ。
一番最初に、出会った時から。
天使だった頃のももの想いが込められた、あの聖剣と。

499名無し募集中。。。2018/11/10(土) 01:25:22.800

「みやと出会った時、ももは、かつて愛した聖剣と再会できて嬉しかっただろうね。
魔界の方ではさ、なんで悪魔が悪魔バスターに靡いちゃったのか、センセーショナルなネタになってたけど
天界(こっち)から見てたら一目瞭然。
悪魔に愛なんてないのにね。ただの、戻れない過去への執着。勝手なもんだよ。
……自分から、堕ちて行った癖に」

それから佐紀は、小さく唇を動かした。
撫でていた石壺の中に片手を入れ、ゆっくりと、その剣を抜き出す。
ミヤビヒルド。
みやは瞬きもせず、佐紀の手によってようやく姿を現した聖剣を見つめた。

「返して欲しい?」
「条件は何」
「何でわかった?そうだね、みやが今手にしてる剣で
この剣を持ってるあたしと戦って、勝ったら持っていけるっていうのはどう?」
「戦う?……天使と?」
佐紀は頷いた。

「もちろん、天使の剣は対悪魔に特化した剣だから、人間や、まして天使を傷つけることはない。
それでも、手合わせくらいはできるでしょう」
「そっちは飛べるのに、ずるい」
「悪魔はみんな飛ぶでしょうが」
「そうだけど」
「こんな天井の低い柱だらけんとこ、こっちもそう自由に飛び回るわけにはいかないからね
そう考えたら大したハンデでもないと思うよ」
「……どうやって、勝ち負けを決めるの」
「それは簡単。『負けました』って、口にした方が負け」
「言わなきゃいいだけ?」
「そうだね」

みやが剣を構えると、佐紀はさっと足幅を開き「いざ勝負」とばかりに切先をみやに向けて突き出した。
みやは佐紀の足元を見た。薄いサンダルのようなものを履いているように見える。
「ちょっと、ちょっと待って」
「いいよ」
天使相手だろうが、何だろうが、本気で勝ちに行かなければならない。
絶対に勝つ。
ここまで来たからには絶対に、その剣を、取り返してやるんだ。
みやは、ブーツを脱いだ。

79名無し募集中。。。2018/11/11(日) 23:13:50.560

天使とやり合う羽目になるなんて、想像もしてなかったんだけど。
ブーツに続きコートも脱いで傍に置くみやに、佐紀は声をかけた。
「もういい?早く来てよ」
「これで」
身軽になったみやは、あらためて剣を取る。
みやと佐紀は距離を取ったまま向かい合った。

「じゃあ、やろっか。正直さ、この剣は渡したくないんだよね。
れいなにしてやられただけでも、なんであんな迂闊なことしちゃったんだろって
もう充分腹立たしい思いはしてるしね」
「もう1人のバスターに渡した聖剣も、取り返してるんですか」
「あっちはいいの。だって、ずっと真面目に任務遂行してくれてるから」
「こっちだって真面目に」
佐紀はその言葉を掬うように顎を上げた。

「みや。アンタさ。強いのかもしんないけど
ムラっ気ありすぎてヤル気があんのかないのかわかんないんだよね」

佐紀の値踏みにみやはカッとなった。剣を握り直し上半身を沈めると
佐紀は表情を引き締め、ゆっくりと構えた。

前傾姿勢から勢いをつけて駆け出す。
向けた剣先が届くより早く、佐紀の体が浮き上がった。
翼を広げ一気に天井近くまで飛んだ佐紀の真下まで来ると
みやは間髪入れず上に向けて剣を振るう。
しかしそれは、待ち構えていた佐紀の剣身で軽くいなされた。金属音が響く。

この天井の低さなら、飛ばれたところで剣は届く。
みやは足幅を広げどちらに行かれてもいいように構えた。
突き上げた剣先をひらりと躱して、佐紀は挑発するようにみやの頭上を越える。
佐紀を追い、剣を向けた。みやの突きは全て避けられた。

舞い降りる瞬間の隙を狙ってみやは駆け寄る。
切先はまっすぐ佐紀の胸を狙っていた。
あと数歩で届こうかという瞬間、迎え撃つ佐紀が、剣を持っていない方の素手を伸ばしてみやの剣先を叩き
ハッとしたみやは勢いを殺された。
「えっ?」
そのまま斜めに伸びた剣先をぎゅっと握られてしまい、動けなくなる。
みやは怪訝な顔で佐紀を見た。
「みやの剣の扱い方見てると、圧倒的に打突だよね。この剣が両刃だってこと忘れてない?」
「だって、そっちが飛ぶから」
「まぁそうだけど。みやは何匹も悪魔がいたら一匹ずつ突っついて仕留めるわけ?」

佐紀はぱっと手を離すと、みやの剣に自分の持つ剣先を当てた。
みやが力を入れると、合わせるように佐紀の剣も伸してくる。

「みやが使ってたこの剣は、なにより斬撃に特化してる。ももに聞けば教えてくれたでしょうに。
剣身にある彫刻は、タダの飾りじゃないんだからね」

80名無し募集中。。。2018/11/11(日) 23:25:31.540

そう言うやいなや、体を屈めた佐紀が素早く動き、あっという間にみやの懐近く入ってくる。
剣の腹で思いっきり脇腹を打たれてみやはよろけた。
構え直した佐紀が即座に反対側を打ってくる。

「こういうやつね」
ぐっと押し付けられた剣は刃を剥き、すぐに水平にみやの腹を抉った。
「こうやって伸しながら、斬るんだよ」
刃の軌道を腹が捉える。衝撃が全身を走って、みやは呻いた。

「……っぐ」
「この剣はこうやって使うの。わかった?」
腰を捻ったみやはあらためてぐっと肘を引き
前傾からそのまま体重を乗せるように、切先で佐紀の首を狙った。
苦し紛れの一撃は、ひょいと頭を動かした佐紀にあっけなく避けられ、
みやの剣は佐紀の髪を軽く撫でただけだった。
「そうそう、そんな風に近くでやろうよ」
すぐに声が離れる。

ハッとみやが顔を上げたときには、一歩下がった佐紀が軽く床を蹴り上げ振りかぶっていた。
ひゅっと斜めに振り下ろされた佐紀の剣を、みやは構え直した剣身で受け止める。
急に噴き出した汗が、みやのこめかみから頰を伝った。

向きを変えては何度も振るわれる佐紀の攻撃を、みやはすべて受け止めた。
そのスピードには対応するので精一杯だったが
受け続けていれば勝機は必ず来るとみやは信じた。
重い一打がグリップを震わせる。みやは床を踏みしめ、これにも耐えた。

何度かの切り結びの後、滑って外れたみやの剣の刃が、遂に佐紀の胸の上を叩く。
「いったぁーい」
佐紀が胸を押さえて蹲ると、みやはすぐ背中を捻るように肩を開き、上から剣を振り下ろした。
刃がその細い肩に当たった瞬間、押すより前に佐紀の体はさらに低く潜り込み
みやの腕の下を通り抜ける。
振り返ると、佐紀は翼を広げ浮き上がろうとしていた。

近くに行けばいいんでしょ。

みやは武器の置いてある台に手をかけ、その場の剣を薙ぎ払いながら上に飛び乗る。
半身を翻した佐紀の正面に向けてジャンプし、水平に剣を構えながらそのまま飛び込んだ。
避けようとする佐紀の上半身が空中で仰け反る。みやの勢いの方が勝っていた。

みやは重力にまかせて佐紀を追い、佐紀の顎の下めがけて剣身を押し当てた。
全体重を佐紀の体の上に乗せ、一緒に床に落ちる。
佐紀がもがくと、翼は押しつぶされたように広げられ、白い羽根が抜けて舞った。
みやは覆い被さりながら、仰向けになっている佐紀の首に当てたままの剣の刃を立て
力を込めながら、ゆっくりと引いた。

82名無し募集中。。。2018/11/11(日) 23:36:49.970

佐紀は顔を横に向け、苦しそうに目を細めた。
詰めていた息を吐くと、みやは大きく肩で呼吸する。
「負けました。って、言いなよ」
みやがそう言うと、佐紀は視線を寄越した。
「なに。そんなこと言うと思ってんの?」
みやは首を振る。こうまで全てが佐紀のお膳立てでは、ハッタリでもそう言うしかなかっただけだ。

「でもこれじゃあ」
みやが言いかけると、佐紀が急に首を上げ、地下聖堂の入り口の方に目をやった。
片手でみやの剣を押しのけ、上体を起こす。
みやも佐紀の視線を追いながら、その体の上から身をはずすと、すぐ
転がり落ちるような勢いで、千奈美が飛び込んできた。

「佐紀ちゃん!」
「なに急に」
「悪魔がいっぱい来た!」
「は?誰が入れたの」
「あたしじゃないよ!」

一瞬、ももが呼んだのかとみやは思ったが、すぐに打ち消した。
立ち上がった佐紀がスカートのドレープを払う。
「まったく……最近の悪魔は神聖なる教会を何だと思ってんのかな」

千奈美は、みやと佐紀が手にする剣を交互に見遣り、床に散らばった武器を見て
呆れたように肩を竦めた。
「あんたたち、ここで何やってたわけ?」
「ちょっとしたウォーミングアップってとこ」
「ちゃんと片付けてよね」
「わかってるってば」佐紀は千奈美をいなすように苦笑した。

「悪魔がここ襲ってくるとかどれくらいぶりだろ。うちらがいる時で良かったけどね」
千奈美は台の上から1本の剣を選び取ると、その場で2〜3回振るった。
「まあ、こっちも平和ボケしてたからちょうどいいんじゃない」

みやの視線に気づいた佐紀が振り返る。
「みやも手伝ってね」
「え」
「みやも一緒に来て!」
千奈美が叫びながら飛び出して行き、佐紀は顎をしゃくった。
「行くよ。悪魔バスターだって言うなら、せいぜい天使の役に立ってもらう」

83名無し募集中。。。2018/11/11(日) 23:44:34.040

階段を上がりきるまでに、上から降ってくる何匹もの悪魔に手を焼く。
先頭を行く千奈美の姿はすぐに見えなくなった。佐紀が足止めを食っている。

狭い螺旋階段では、望まなくても接近せざるを得ない。
佐紀に絡みつこうとする悪魔を、みやは後ろから斬る。
散り散りに霧散した影からまた伸びて来る悪魔の手を、佐紀は振り払った。
「うざ。こいつら、あたし狙いかな」
「そう見えますけど」
「みやもそう思う?」

ようやく回廊に出ると、遠くに千奈美が見えた。
手にしている弓なりのサーベルが複数の悪魔を串刺しにすると、影は溶けるように無くなった。
みやの隣に付けた佐紀が言う。
「あなたのお友達を攻撃したあの悪魔を、珠に閉じ込めたのはあたし。
悪魔にとっては、この能力がよっぽど気に入らないんだろうね」
みやの視線と交差した佐紀の目が動く。
すぐ後ろに気配を感じ、みやは慌てて剣を構えながら振り返ったが一瞬遅い。
墨のような黒が視界を遮り覆いかぶさってくる。

咄嗟に身を屈めると、頭の上から斜め下へ吹き下ろす風が辺りを震わせた。
その素早さと、小さな体躯からは信じられないほどの力。
佐紀の斬撃は凄まじく、一度で複数の悪魔をまとめて薙ぎ払っていた。
「あれは天使の慈悲だってのに。こいつらいっつも仇で返すんだよね」

遠くにいた千奈美から声が上がった。
「佐紀ちゃん鐘塔塞ごう。あそこから入りこんで来たのかも」
「あぁ、あそこガラ空きだったもんね」
「もう潰していいよ。どうせもう鐘鳴らしたりなんかしないんだし」
「わかった。上行こう」
「降りて来ちゃってんのは後で片付けるか」
「大丈夫。ここの残党はスタビちゃんが片付けてくれるもんね」

佐紀は自分の手にある聖剣に、視線を這わせた。
「みやがキッチリ足止めしてくれたら、この聖剣、これからも使わせてあげる」
「え?」
「さっきのは決着付かなかったしね。どう?」

この天使はずっと、みやの持つ悪魔バスターとしての気概を測っている。
それなら、応えてやればいいんだ。
みやは黙ったまま頷いた。

84名無し募集中。。。2018/11/11(日) 23:53:59.910

ひとり残されたみやは回廊を見回す。
「何もいないし」
既にほとんどの悪魔は片付けたように思えた。みやは注意深く気配に感覚をすます。
次の瞬間、壁際を伝って走り抜けようとする黒い鼠を、みやは剣先だけで払った。
「……そっか、ちっちゃいのも」
剣を構え直すと、ゆっくりと後ずさる。
悪魔たちの狙いが佐紀だとすれば、ここに残る一匹たりとも追わせない。
とにかく、佐紀と千奈美が戻ってくるまで、この場を守り抜けばいい。それだけのことだ。

自分の影が随分長くなっているのに気づく。どれくらいの時間が過ぎたのか。
ももを待たせている。
ももは、あの場所でずっと待っているんだろうか。
そしてこの騒ぎには、気付いているんだろうか。
気付いたところで、悪魔側に積極的に加勢するようにも思えないけど。
気になる。みやは大聖堂の方向へ視線を向けた。

不意に、背後から複数の羽音がして、みやは振り返る。
視線の先に、ふたつの黒い影、その姿を認識した瞬間、みやは固まった。
「どうしてここに」
それだけ言って、みやは言葉を失う。

そこには、口をあんぐり開けたびっくり顔のむすぶと
「こんなところで会うなんておどごくじゃないですか」と言い
人懐っこい笑みを向けるやなみんの姿があった。



数刻前のこと。
2匹の悪魔が上空高く、旋回していた。それぞれ、その身長ほどの槍を手にしている。
「ついに、リカ様から直々の厳命。うちらの初戦や。腕が鳴るな」
「こうして前線に立てるということは、私達のこれまでの頑張りが認められた証です」
「繰り返されてきた天使との戦い。これまで討たれ消されてきた仲間の分、まとめて返したるわ」
鼻息も荒く意気を示すむすぶの肩にやなみんが手を置く。
「今日のこの日、むすぶと一緒であることが私にとっては何よりの力。絶対にやり遂げます」
むすぶは目を細め、やなみんの顔を見るとニヤリと笑った。
「……どっちが先に堕とすのか、これは勝負や。やなみんには負けん」
「こっちこそ、望むところです」

2匹は視線を戻し、教会のてっぺんを見据えた。
差していた午後の陽が、雲によって遮られる。
「行くで」
鐘塔を覆っていた蔦は、先に入り込んでいる他の悪魔によって破られている。
急降下すると、壁に貼り付いた。
仲間の刻んだ印を確認し、頷きあうと
2匹の悪魔はその隙間から、中へと潜り込んだのだった。



314名無し募集中。。。2018/11/17(土) 23:07:06.960

回廊の途中で、みやと、2匹の悪魔は向かい合っていた。
不意のことに、みやは混乱しそうな気持ちを抑え、なんとか小さく笑みをつくった。
「ほんと、こんなとこで会うなんて。ね」

目の前に現れたやなみん、そしてむすぶの、立ち姿も、その顔つきも
既に何かを背負っているような、そしてそれを理解しているような、つまり
ちょっと見ない間に、ずいぶん大人っぽくなったもんだ。と、みやは思った。

少しの間の後、やなみんがおずおずと切り出す。
「すみません、あの、私たち、今日はちょっと急いでまして」
なんとなく、歯切れが悪い。むすぶの目は居心地悪そうに動いている。
みやは、佐紀と千奈美が去っていった方を背に、2匹の悪魔の進路を塞ぐように立ちはだかった。
「天使のとこなら、行かせない」

さっと空気が変わるのがわかった。やなみんは顎を引いた。
「これはスタビちゃんには、関係のない話かと」
「悪いんだけど、みやは今、悪魔バスターとして君たちを止めなきゃなんないの」
それを聞いて、むすぶはキッとみやを睨み上げた。
「なんでもかんでも祓うんが悪魔バスターか。ちゃうやろ」
「それはまあ、そうだけど」

みやはむすぶに視線を据えたまま、やなみんの進路を塞ぐように足幅を開いた。
やなみんが目を細めるのを、視界の端に捉える。
これは命じられたからじゃない。
交換条件のミヤビヒルドのためでもなかった。
あの天使のところへ行かせてはならない。聖剣は下ろしたままだ。

やなみんの方が口を開いた。
「これはあまり言いたくはないのですが、スタビちゃんは私たちに一つ借りがありますよね」
頰に痛いほどの視線を感じる。
「……あー召喚ぶっちかー。あぁ、あったね、うん」

去年、ヴァンパイア熊井ちゃんに拐われ軟禁されたクリパ会場。
この子たちには、リカちゃんの魔窟から逃げ出すためにあれこれと手を尽くしてもらった。

「お礼したいと思ってた。ほんと」
「全然、お礼なんて全然いいんですけれど、もしそのお気持ちが残ってるなら、ちょっと通していただけると」
一歩踏み出しかけたやなみんを肩で牽制する。
「ダメ。この先には行かせません」
緊張に耐えられなくなったかのように、むすぶが頭を振った。
「うちらはここで会わなかった。それでええやん」

そのまま鼻息荒く、つかつかとみやの横を過ぎ行こうとする。
遮るように、みやが聖剣の先を軽く振ると
むすぶはみやの真横に飛び退き、腰を沈めて槍を構えた。

317名無し募集中。。。2018/11/17(土) 23:14:19.820

そのくりくりとした目を見開いて、むすぶはみやの顔を射るように見つめていた。
みやはその正面に聖剣を構えた。ただし牽制のためだけだ。
一瞬やなみんのいる方へ気を張ったが、その場から動く気配はなかった。見守るつもりのようだ。

「聖剣と交えるのは想定内。これは対天使用に特化してる」
むすぶはそう言うと体ごと槍を引き、翼を広げてバッと天井近くまで上昇した。
どうする。
判断がつかないまま、みやは巨大な矢のように振ってくる槍頭を避け、床を転がった。
壁を蹴るようにして向きを変えると体を起こし、顔の前に剣を構え直す。
今度は頭のすぐ横に撃ち込まれようとした槍を、力まかせに真横に払った。
これでバランスを崩すかと思ったが、むすぶは想像以上に素早く体勢を立て直した。

「諦めてくんないかな」そう言いながら、肘を引く。
空いたスペースにむすぶが突っ込むと、遮るようにまた剣を突き出した。
簡単には飛べないように、大きく空間を取って斜めに振ってやる。
さすがにむすぶも後退した。
剣から逃れるように2〜3歩下がると、頭上に掲げた槍を振り回して見せる。
みやはその場で剣を縦に持ち、身に引き寄せた。

「諦める気はない。退かないと、今度こそ本気で行く」
そう言うと、むすぶはまっすぐみやの方へ突進してきた。
今度は振りかぶってから、柄の部分をみやの持つ剣身に思い切り叩きつけてくる。
バシン!と大きな音がした。みやは溜めていた力でそれを受け止めると、また、真横に薙ぎ払った。
すぐに穂先が飛んでくる。避けながら、進路を塞ぐ。

「この槍を天使の胸の中央に突き刺して、耳元に向かって、ふぅーっとあまーく囁きかけ、堕とすんです。
堕天使となったら、もう、私たちの敵ではありませんので」
やなみんの呑気な解説は、みやの耳には届いていなかった。

佐紀とやり合っていた時とは、まるで真逆。
いくらでも全力で打ち込みにいけた佐紀相手の時とは違い、今度は体に掠ることも許されない。
この剣は天使の力をまとった、紛うことなき聖剣だった。
ほんの少しでも触れたら、どれほどのダメージを与えてしまうか
下手したら、むすぶを消してしまうことになる。そんなことをするわけにはいかなかった。

むすぶの方も、本気でみやを貫こうとしているわけではないようだった。
打突は常にみやの避けられるぎりぎりの場所を狙ってきている。
聖剣など放り投げて素手で抑えにいくことも考えないではなかったが
攻撃を始めてからのむすぶの隙のない動きと素早い槍さばきに対して
今持っている剣での応戦なしに行動を牽制するのは難しいように思えた。
ここを抜かせるわけにもいかないのだ。

321名無し募集中。。。2018/11/17(土) 23:21:55.200

みやとむすぶは互いが壁を背に、向かい合う形になっていた。
むすぶがチラっと回廊の奥を見る。
「そんなにそっち行きたいの?」
「遊びとちゃうねんで」
「こっちだって本気」
みやは内心、焦っていた。本気で、行かせたくない。
こんな時間稼ぎだけしていても事態は好転しない。鐘塔を塞いだら、天使は戻って来てしまう。
むすぶが弱いとは思わなかったが、あの天使たちを相手に勝てるとはどうしても思えなかった。
できれば大聖堂に追い込んで、あとはももに任せたい。
できればの、話だが。

「そろそろ代わりましょうかー」
やなみんの声にむすぶは舌打ちした。
みやが見ると、やなみんは遠く後方で、床にぺたりと座り込んでこちらを見ている。
「まだ全然やれるわぼけ」
むすぶは憮然とした顔で、ぶんっと槍を振り回してから、片手に持ち替えようとする。
その瞬間、勢いづいた槍がその手の中からすっぽ抜けた。
「ああああぁ」
むすぶは慌てたように口をぱくぱくさせながら、あらぬ方向へ飛んでいこうとする槍を追う。
「それじゃ脇がガラ空きです」
やなみんの声。

みやの視界を上から下へ何かが通過する。
「えっ」
気付いた時、みやの体に輪にしたロープがかかっていた。
急に両腕ごと体を締め付けられ、もがいたみやはバランスを崩して膝をつく。
気を取られた一瞬を狙って、やなみんにロープをかけられたのだ。
むすぶは空中で、槍の柄の端をキャッチしていた。
みやと目が合うと、子どものような悪い顔で笑った。
「すっ飛ばすなんて、わざとに決まってますやん」

やなみんがロープの端をぐんっと引く。咄嗟に後ずさりしようとしたみやの体には
さらにロープが食い込んだ。
「嘘でしょ」
やなみんは手にしているロープの端を、廊下の柱に括り付けている。
手先でぎゅーっと結びながら、みやの方を見た。
「さっきの隙に、むすぶを斬るべきでした」
「ちょ、ななみさんきっついわ」
半笑いのむすぶをちらりと見てから、やなみんは視線を戻す。
「ですが、そこで逆に生まれた隙があれば悪魔は決して見逃したりしません。スタビちゃんの負けです」
返事ができない。
あまりの不覚。柱に繋がれてしまったみやは、がっくりと肩を落とした。

324名無し募集中。。。2018/11/17(土) 23:26:53.300

「どうしても、どーしても行くわけ?」
こちらに歩いて来たやなみんを、みやは見上げた。
やなみんの視線は、みやの手元にあった。
「その聖剣は、持っていたものと違うようですが」
「……あれは今、天使が持ってる」
2匹の悪魔は顔を見合わせた。瞬時に何らかを理解したようだった。
「ほんなら話は簡単や。うちらが取り返す」
「ですね。私達が天使2人を堕とした後に、拾ってお持ち帰りいただけるのではないかと」

「あの天使たちは、みやみたいに甘くないよ」
そう言うと、やなみんは「舐めてないですよ」と眉尻を下げた。



ももは教会の前で、鐘塔を見上げていた。

大聖堂の椅子で寝ていたももだったが、騒ぎにはすぐ気づいた。
起き上がるとすぐ、騒がしい回廊へと続く扉に手をかけた。
しかし、みやたちが出て行った、聖壇の脇の小さな扉は押しても引いてもビクともしない。
ノブもまったく回らなかった。
扉に耳を押し当てる。痺れるような焦燥が駆け上がってきて、ももは歯噛みした。
よりによってこのタイミングで、悪魔の急襲。
いや、このタイミングだからか。ももは扉から離れた。

封印されていた悪魔の復活、バスターたちによる攻撃で絶たれたもの。
きっとみやが祓った悪魔は、何かを握っていたのだ。
天使の介入に気づけば、魔界の方で騒ぎ出すことがあってもおかしくない。
ももは駆け出した。大聖堂から回廊に抜けることを諦め、外への扉を開く。
扉の横に置きっぱなしになっていた、みやのキャリーも引きずり出した。

階段を降りる途中で、上空の羽音に顔を上げた。その視線の先、鐘塔に貼り付いている2匹の悪魔を捉える。
口を開き、叫ぶより先に、その姿は視界から消えた。

羽がないことを、恨めしく思ったのは初めてだった。
仕方ない。
ふーっと大きく息を吐くと、ももは教会の外周に沿って足を進めた。
その先は石壁に阻まれている。
端に見える木戸に目をつけると、ももは近づき、ブーツのかかとで思いっきり戸を蹴った。
壊れかけていたのか、戸はあっけなく開く。
ここからは、回廊に面する中庭に通じる筈だった。



408名無し募集中。。。2018/11/19(月) 19:45:11.430

キャリーを引き、雑草を掻き分けながら、ももは中庭に辿り着いていた。
荒れ果てた庭。伸び放題の木に遮られて見通しは悪い。
この庭を取り囲んでいる壁の向こう側が、別棟に繋がる回廊になっている筈だった。
窓は全て天使が封をしている。
一応、ひとつずつ見てみることにして、ももは端から窓を数えた。
「こういうとこ、ほんときっちりやるよね」

一番近い窓の下に立って見上げる。
もとはガラスが嵌っていただろう窓枠
白い羽と銀糸で覆われている膜を見る。中は窺えない。
かつては疑いもなく信じていたその銀色は、今や狂気を孕んだ暴力的なきらめきで、ももの目を鋭く刺した。
見ていられなくなって、ももは顔を逸らした。ここには近づきようもない。

何かないかな。
ももはすぐ横に置いていたキャリーケースを見下ろした。
しゃがみこみ、ジッパーを全開にして広げる。
メッシュに覆われているのは着替えか。除けると大きいポーチ。触るとインナーだった。後ろに放り投げる。
何かがごろごろ入っているポーチ、開けると化粧水のボトルなどなど。
こっちは、ヘアケアか。こっちはメイクか。ぽいぽいと横に放っていく。
歯磨きセット、ミントタブレット、サングラスのケース、丸められたレインコート。
紙袋。中を見るとお菓子が入っていた。

覗くクッキーの袋の端を開け、隙間からひとつ取り出すと包みを剥いて口に放り込む。
すぐにももはケホケホとむせた。
「みず……」
ミネラルウォーターのボトルがあった。封を切って水を喉に流し込む。
飲み込んでふーっと息をついた。
以前、みやと一緒に見たアリスの映画を思い出す。
このクッキーで巨大化でもすればいいのに。
ももはちょっとだけ待ってみたが、もちろん、何も起こらなかった。

もう1枚食べてから動こう。
そう思って、再び紙袋を覗き込んだももは、その奥に別の包みがあることに気付いた。
紙袋の奥に手を突っ込む。
取り出した包みを見て、ももは苦笑した。
フォンダンショコラ。
貼られているシールには “CHINAMIへ♡” と、みやの字で書かれている。
「……ほんとやだ。ももの立場が」
ぼそっと呟いてすぐ、ももは吹き出すと体を折り曲げ、しばらくの間、腹を抱えて笑った。
立場だって。笑っちゃうよ。
「あぁ」
目の端の涙を拭う。
ニンゲンってやつは。いや、みやのやつ。
再び、窓を見上げる。

恐れとは、悪魔にとっての不文律だ。ならば
「……ニンゲンの力を借りてみるか」
ももは散らかした中身をもとに戻し始めた。

410名無し募集中。。。2018/11/19(月) 19:49:37.330

「もしかして、この上じゃない?」
やなみんの言葉に、むすぶは階段を見上げた。
「ここってうちらが降りてきたとこだけど」
「だって、回廊にはいなかったし」
「大聖堂にもおらんかったな」
「地下は、まあ、あの中には入れなかったけど、気配もなかったのはむすぶも確認したでしょう」
「てことは、やっぱ上か」
「塞いでるのかもしれません」
むすぶは顔をしかめ、やなみんを見る。
やなみんは興奮したようにその目を見返した。
「これはむしろ好機。この狭さじゃ天使も自由に飛び回れない。追い詰めやすそうです」
「けど、鐘つき堂の空いてるとこから逃げられたら」
「逃げられたらむしろ、こちらがこの教会を占拠できるということで」

むすぶは目を丸くし、それからニヤリと笑った。
「……それもアリか」
「さて、いよいよですね」
「どっちが先でも恨みっこなしな」
手にした槍を軽く合わせると、2匹の悪魔は頷き合った。

細い円柱の尖塔内部は、石煉瓦の壁に沿って、螺旋階段が巡らされている。

その天辺で、天使は羽根を繋いでいた。
千奈美は一番上の段に腰掛け、銀糸で繋いだ羽根を鐘の真下に座る佐紀へと渡す。
佐紀は受け取ったそれを四方に張り巡らせていた。
もともとが蔦で覆われていたところに重ねるように、丁寧に貼り付けていく。

「佐紀ちゃん」
「ん?なに?」
「それ返すの?」
佐紀は、脇に立てかけられている聖剣を見た。
「まあ、いいんじゃない。仕事さえちゃんとしてくれれば」
「ももも喜ぶだろうね」
佐紀はそれには答えず、千奈美が差し出した羽根をひったくる。

「ちょっと。怖いよ」
「怖くないよぅ」
「けど本当はさ、佐紀ちゃんも、顔見れてちょっと嬉しかったんでしょ」
「ぜんぜん。千奈美さ、こんなことわざわざ言うのもアレだけど、これからは行くの控えなよ」
「わかったわかった。ももさんじゃなくて、みやに会いに行く」
「なにそれ」
千奈美は急に顔を上げると、階段の下を振り返った。
「……待った、なんか来た」

千奈美は羽根を放ると、傍に置いていたサーベルを手に取った。「ちょっと行ってくる」
佐紀は意外そうに顔を向ける。すぐに表情を引き締めた。
「千奈美だけで平気?」
「まあ、ダメだったら来てよ」
「わかった」
千奈美は螺旋階段を降りて行く。佐紀はそれを見送ると、剣をすぐ手に取れる傍へと移した。

413名無し募集中。。。2018/11/19(月) 19:57:43.650

みやは後ろ手に、柱に括られたロープの結び目と格闘していた。
まずはこれを解かないと移動もできない。
固結びのひとつひとつを慎重に解こうと指を動かすが
緩めたところからすぐに引っかかってなかなかうまくいかない。
体を締め付けているロープは、腕に力を入れてもビクともしなかった。
あの時、自分で動いて締め付けてしまったことをみやは激しく後悔していた。

移動さえできるようになれば、もものいる大聖堂へ走るつもりだった。
こんな姿は見られたくない。死んでも見られたくないとも思うが
いや、死ぬわけにいかないし、と何度も思い直す。
なにより、むすぶとやなみんのことが気がかりだった。

無理やり力を入れた指先で、爪が反り返ったような痛みが走った。
「いっ…て。くっそー、やなみんめ」
それは、みやが思いとは裏腹な悪態を吐きながら
柱に寄り添うように座り直した時だった。

ぼんっと大きな音が頭上で響き、みやはびっくりして飛び上がった。
音のした方を見る。窓だ。
並んだ窓のひとつが破られ、何か黒い塊が降ってくる。
ガツンと激しい音を立て、床で大きく弾んだもの。弾け飛んだ欠片が、みやのすぐ近くまで滑ってきた。
小さな黒い車輪。キャスターだ。
勢いのまま横の壁にぶつかって止まった塊は、みやのキャリーケースだった。
破られた窓を見上げる。
白いコートのフードを被ったももが、目をぎゅーっと瞑って窓枠にしがみつき
中に入ってこようとしているところだった。

「もも」
声をかけたのと同時に、ももが頭から落ちる。
ひっ、と息を呑んだみやの前で、ももは着地の瞬間悲鳴のような超音波を発し
それでも前転するように受け身を取ってごろごろと転がった。
「……っぷ」
それどころではないと思いつつ、みやは笑いを堪えきれなかった。
頭を抱え、つぶれたカエルのように蹲っていたももはバッと上半身を起こす。
フードをはずし、ぼさぼさに髪が跳ねた頭を上げて、みやを睨みつけた。

「笑うのやめてよ」
「だって、その格好」
「その格好って」
ももは立ち上がるとコートを払い、みやが座っている場所へ歩み寄った。
「そっちこそなんなのよ、その格好は」
みやはヒクつくと笑いを引っ込め、俯く。
すぐ前で、ももの屈んだ気配。
「みや、顔赤いよ?」
上から振ってくる含み笑い。
恥ずかしさのあまり、みやは眼の前のお腹めがけてボフっと頭突きをかました。

「やなみんと、むすぶが……」
ももはみやの頭をお腹に収めたまま「わかってる。急ぐよ」と言い
みやのロープを解きにかかった。

53名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:00:07.850



螺旋階段の中央には柱が通っていて、見通しが悪い。
2匹の悪魔は、今ゆっくりとその石段を上がっていた。
やなみんは先頭に立ち、手にした槍を軽く前に突き出したまま進む。
そのすぐ斜め後ろにむすぶが着き
早足になりそうな、逸る気持ちをぐっと堪えていた。
間違いない。狙う天使はこの上にいる。
やなみんが確認するように振り返る。むすぶは目配せで応えた。

尖塔はそれほど高くない。それから、すぐのことだった。
やなみんの唇が開く。
ーー天使。
息を呑むような気配、次の瞬間、避けるように捻ったやなみんの左肩が
すぐ後ろに着けていたむすぶの顔にぶつかりそうになった。
首を引くとすぐ、むすぶとやなみんの眼前を白銀の閃光が横切る。
2匹は後ろへ飛び退き、数段を降りて槍を構えた。

光線に見えたのは、サーベルの剣身だった。
壁際にぴたりと寄せて上を仰ぐ。弓なりの分厚い剣身が行く手を阻んでいる。
刃が牽制するようにこちらを向いた。鋭い光に、むすぶは目を細める。
身を寄せ合ったまま身動ぎせずにいると、そのうちサーベルはゆっくりと引っ込められた。
やなみんが再び振り返る。どうする?
その肩に顎を押し付けるようにして、むすぶはその目を見返した。行くに決まってる。
壁に貼り付いたまま、1歩、2歩と上る。
すぐに爪先が見えた。座っている。だらりと下ろした手にサーベルが握られている。
中央の柱に寄りかかるようにして、長身の天使がこちらを見下ろしていた。

「『千奈美』の方か」
むすぶが呟く。
やなみんは槍を立てたまま顎を引いた。

「悪いこと言わないからさ、やめときなよ」
からりとした可愛い声で千奈美は言った。
むすぶはその目をじっと見据えた。
「そんな言葉で引き下がれるわけないやろ」
「可愛い悪魔もいたもんだねー。て言うかさ、全然まだ子どもみたいだけど」
「子どもではありませんので」すかさずやなみんが返すと
千奈美は目を細めて笑い、サーベルを持った腕を上げて、真っ直ぐ前へ突き出した。

距離は取っていた筈なのに、その切先がやなみんの鼻先を掠めそうになる。
リーチの長さに、やなみんは目を見開き仰け反った。数段を後ずさる。
千奈美は座ったままだ。ぴたりと顔を狙い定めた切先は、微動だにしない。
視線だけがゆっくりと動く。その先には、柱の方へ移動したむすぶがいた。

56名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:07:44.170

むすぶが黒い羽をバッと広げ勢いよく飛び上がると、翻されたサーベルの刃先がすぐに追ってきた。
天井に羽の先の爪を引っ掛け、身を躱す。
千奈美の空いた左脇を狙ってやなみんは槍を突き上げたが、その穂先の根元は素早く力強い手刀で落とされ
刃が今度はやなみんに振り下ろされる。
やなみんは背後にジャンプしてさらに数段下がり、これを避けた。
天井に掛けた爪を支点に、むすぶは勢いをつけ、千奈美の頭を越えるかのように大きく跳びながら羽を広げる。
黒い影、のけぞった千奈美が少し慌てたように、サーベルを両手持ちにして頭上に振りかぶった。

「やなみん!」
千奈美の頭上を超える手前で、むすぶが鋭く声を上げる。
ハッと千奈美が見た先で、槍の両端を掴んだやなみんが勢い飛び込むと
千奈美はサーベルを握った両手首ごと押し倒された。

白い羽根が散る。
千奈美は「おい!」と叫ぶと体を捻って足を蹴り上げた。
やなみんはサーベルの白い光から目を背け、渾身の力で両手の槍を伸し、千奈美の手首を石段に固定している。
ばさりと大きい羽音を立てて、むすぶは千奈美の腰の両脇に足を下ろした。
縦に両手で握った槍の先は千奈美の胸の中心を狙う。
「これで、天使もウチらのおとももちや」
「ちょい待った!それだけは勘弁!」

千奈美が甲高い声を上げた瞬間、上から凄まじい圧がむすぶを襲った。
視界いっぱいの真白い両翼から、斜めに突っ込んでくる銀色の斬撃。
咄嗟に飛び退いたが片足を置いたところでバランスを崩し、倒れたむすぶは石段の角に肩を打ち付けた。
体を捻ると、すぐ横に、槍を持ったままのやなみんも転げ落ちている。
片手で強引にやなみんの二の腕を引き上げながら、急いで半身を起こしたむすぶは
階段の上を仰ぐと、口の端を上げた。
「来たか本命のちっちゃい方」
むすぶの言葉に佐紀はピクッと頰をひくつかせ、顎を上げた。
「君に、言われたくはないかな」

狭さも構わず広げられた両翼で一瞬視界が塞がれたかと思うと
急降下した佐紀の聖剣によって、やなみんは槍を叩き折られ、長い悲鳴を上げた。
慌てて避けた頭すれすれに追い立てる剣の刃先で、やなみんの長い髪の毛先は削がれて散った。
飛び上がったむすぶが、再び天井に掛けようとした爪は撥ねられ
さらにバタつかせた羽を下から薙ぎ払われそうになる。辛くも避けたむすぶは背中から落ちた。
「君たちを消すなんて、簡単なんだけど」
剣を横に構え、仁王立ちする佐紀の背後で、手首をさすっていた千奈美が視線を寄越した。
「あー危なかった。一応言っとくけど、逃げるなら今のうちだよ」

59名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:14:16.970

「千奈美の言うとおり。逃げ帰ってボスに報告してよ。天使も教会も堕とせませんでした。って」
佐紀は余裕の笑みを持って、2匹の悪魔にミッションを言い渡した。
「そんなんできるか」
「私たちは一人前の悪魔となるために、ここで退くわけにはいかないんです」

佐紀は憮然として唇を尖らせた。
「……また、そーやって天使の慈悲を無駄にする。ほんとやなんだけど」
背後で千奈美が立ち上がり、むすぶは槍を構えた。
「もー疲れた!手は痛いし私戻るね。佐紀ちゃんに任せた」
千奈美がサーベルを、佐紀の空いた方の手に押し付けていく。
「いいよこれ重いんだもん」
「何可愛い子ぶってるわけ。両手剣とかお手のもんでしょうが」
むすぶの顔が曇る。背後からやなみんがその肩に顔を乗せた。
「むすぶなら大丈夫。私は描き回せるだけやってみます」
「上等」
やなみんの顔が離れると、むすぶはぐっと歯を食いしばり、槍を握る手に力を込める。

覚悟を決めたむすぶが、顔を上げた時だった。
佐紀がきょとんとした顔で、2匹の悪魔の背後に視線を向けた。
「あれ」
ビクっとして振り返ろうとしたやなみんの体に、ロープがかかる。
「お返し」
背後に聞こえたその声に、目を丸くしたむすぶの体にもまた、ロープがかけられていた。

「あのさ、足止めしてねって言ったよね」
「ごめんごめん」
佐紀の言葉に適当に謝りながら、みやは2匹の悪魔の体に渡したロープをぎゅっと締め付けた。

前方に気を取られ過ぎた。気配にまるで気づかず、不意打ちを食らったやなみんとむすぶは
背中の羽ごとしっかり括られてしまっていた。
続くみやの言葉に、むすぶは顔を歪めた。
「おかーさんから伝言です。『おまえらの覚悟なんて知ったことか』」

螺旋階段の下に伸びていた2本のロープがすごい勢いで引っ張られる。
「……嘘やんっ」
「きゃぁあぁぁぁぁああああ」
2匹の悪魔は引き倒され、そのまま階段の下へと滑り落ちていく。
遠のく悲鳴を見送ると、みやは両手を払い、佐紀の方へ向き直った。
「悪魔バスター、失格かなーこれ」
みやの言葉に、佐紀は肩を竦めた。

62名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:20:44.610

階段を転げ落ちるうちに、むすぶとやなみんとは両手をしっかり握り合っていた。
一番下まで落ちると、今度は廊下をずるずると引きずられていく。
なんとか立ち上がれないか踏ん張ったが、引きずられるスピードの方が早かった。
「いっった!」
「おっ」
大きな音を立て、大聖堂に抜ける扉に一旦引っかかる。勢いが殺されると、2匹はそこで止まった。

両手繋ぎで団子になったまま、聖壇横への数段を落ちて止まったむすぶとやなみんを
ももが見下ろしていた。

「……なんで邪魔した!」
むすぶが噛み付くと、やなみんも口を開いた。
「止められる理由がありません。天使を仕留めるのは悪魔の仕事じゃないですか!」
「へー、理由?」
ももはその場にしゃがむと、仰向けになっている2匹の顔を見下ろした。
「相手になると思ってるわけ?佐紀ちゃん相手に?いやない、ないわ。
だいたいなんであんたたちがこんなとこに来んのよ。そこまで場数も踏んでないでしょうが」
「これはリカ様から直々にいただいた厳命です!」
ももは一瞬絶句し、呟いた。
「……なんとかなると思うか?」
やなみんはムッとして言い返す。
「可愛いだけでなんとかなるってリカ様が」
「あ、あぁ……そう」
ももはぐったりと脱力したように頭を垂れた。

むすぶは顔を顰めたまま、ももを見上げた。
「それだけじゃない、うちらで考えて、うちらで決めて来た」
「決めたらまっすぐ行けが私たちの信条ですので」
言い切ったやなみんが鼻を鳴らすと
ももがさっと片手を上げ、2匹はぎゅっと目を瞑った。
そのおでこをぺちんぺちんと叩き、ももはため息を吐く。
「うん。……まあ、よく持ちこたえたと思うけど」

覆いかぶさるように、むすぶとやなみんの頭を抱いて、ももは言った。
「……邪魔してごめんね」

65名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:25:11.080

みやが大聖堂を抜け、扉を開くと、外でももが待っていた。
「おつかれ」
「おつかれー。いやー天使怖いわぁー」
みやがハイタッチしようと掲げた手を叩くと、ももはもそもそと呟いた。
「そうだよ。天使なんて、優しくもなんともないよ。ニンゲンはなんか勘違いしてるけどさ」
ももの傍にあるキャリーケースをみやは見た。キャスターがはずれて傾いている。
黙ったまま、ももが片手に取れた車輪を差し出すと、受け取ったみやはしゃがんだ。
「でもふたりとも、ももの事想ってるよ」
一緒に屈んだももは、キャスターを取り付けようとするみやを手伝い、キャリーケースを支える。
「……みやがそう言うなら、そうなのかもしれないね」
「そう」
「車輪付けるの無理じゃない?」
「誰が壊したか言ってみな」

ももは不貞腐れたように立ち上がった。
「いいよ、ももが引けばいいんでしょ」
「じゃ、みやは手ぶらでー」
その言葉に、キャリーの取っ手を掴んだももは、みやの顔を覗き込む。

「ま、ミヤビヒルドが戻らなくてもさ、今回のこれ、いい経験になったんじゃない」
みやがふっとため息を吐くと、ももは腕を叩きながらニヤリと笑った。
「落ち込まないの。ももがいーっぱい慰めてあげるからね」

みやは顔を上げる。
「返してもらったけど」
「うそ」
もものいる反対側の手を、みやはゆっくりと上げた。

魔法みたいな、天使の聖剣。
みやが思えば、手のひらに貼り付いてくる。すぐその手の中に、銀色に輝く聖剣が現れた。
ももは唇を開くと、ゆっくり息を吸った。ミヤビヒルドを見る瞳が、揺れている。
「……く、よく、佐紀ちゃん説得したね」
「交換条件出した」



「失格とは言わないけど」と佐紀は言った。
「けど約束は約束だからね。この聖剣は返せないね」
「そっか。じゃあ、こういう条件はどうかな」
「なにそれ。仕切り直しとかずるくない?」
「んー、でも、悪くない条件だと思う」
みやがそう言うと、佐紀は少し興味を惹かれたように片眉を上げた。
「試しに言ってみ」



「どんな」
ももの言葉に、みやの口の端がふにゃっと歪んだ。
「悪魔バスターとして、責任持って、これで、もものことぶっ刺しますんで。って」
見上げるももの目が大きく見開かれる。
「……は?」

みやは右手に聖剣を下げたまま、左腕でももの背中を強く抱き寄せる。
その手でももの頭をぐいと引き上げ、震えている、その唇をキスで塞いだ。

67名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:31:07.320

ももが暴れる。みやは体を密着させながら、抱く腕にさらに力を込めた。
唸るももの唇を割り、舌先を捩じ込む。びくんと反応したももは、喉の奥からキュンキュンと泣き声を漏らした。
みやは笑いだしたくなる。見た?さっきのももの引きつった顔。
ももが薄目を開け、訝しげに眉根を寄せる。みやはようやく唇をはずしてやった。
「……今すぐとかじゃなくて」

睨んでくるももの背中を、宥めるように叩きながら、みやは続けた。
「今すぐじゃなくて、みやがオバサンになって、おばあちゃんになって、その先
あーもう私そろそろいくなーってなった時に」

ーー佐紀は、あぁ。全然いいよ。それでも。と言った。

「この聖剣で、もものこと貫いてあげる」
ももはこくん、と息を飲み込んだ。

「だって、みやがいなくなった後の世界で、ももが元気に好き勝手してたら絶対ムカつくし」
「……へぇ」
「自由になって他のニンゲンに手を出すかもしれないって考えたら
そんなの……そんなの絶対にムリだし、だったらみやが死ぬときに、一緒にこの世から消し去ってやるから。
そう、道連れってやつ。
だから、それまで……その時までは」
急に喉が詰まった。

もものためなんかじゃない。
自分のために、聖剣を取り戻した。最初から最後まで、自分のために。
勝手だ。こんなの、全然愛じゃない。

「みや」
「んっ……うん?」
ももは体を寄せたまま背伸びをすると、みやの涙を舐めた。
舌先がそっと頬を擦る。
「そんなことで泣くくらいなら、これからもっと……キスしようか」

70名無し募集中。。。2018/11/25(日) 00:38:07.870

唇を離すと、ももは言った。
「日が暮れてきたら寒くなってきた」
「ダメ、もっと」
みやは抱きしめる腕に力を込めた。
もっと、頭の中がからっぽになるくらい、抱きしめていたい。
これが何なのか、もっとわかんなくなるまで。
目を閉じて合わせた唇を擦る。舌先を合わせると軽く吸った。
「……ゃ、みや」
「ん」
「早く山降りないと終電なくなる」
「大丈夫」
「何が」
「麓の温泉旅館予約してるから」
「えっ」
「夜ご飯は海鮮コースで」
ももはみやの両頬を挟むとぐりぐりと力を入れた。
「早く言ってよ!なんでこんな寒いとこで抱き合ってんのさ」

駐車場の敷地から出ると、みやは教会を振り返った。
「写真撮るの忘れた」
「撮ってくれば」
「いや……いいわ」
天使の武器庫は夕陽に照らされ、きらきらと輝いても見える。
みやは踵を返し、先を行くももを追った。

ももはキャリーケースを転がすことを早々に諦め、手に持ち上げて重そうに歩いた。
「下りは下りできつい。そして重い」
「だってほら、一泊するわけじゃん。それなりに荷物は持っていかなきゃと思って」
ももは急に顔を上げた。
「そうだ、にへひかにおみやげ買っていこう」
みやは笑った。
「いいけど、キャリーバッグがまた重くなるよ」
「わかってるよ。がんばる」
「あれ、素直」
「だってさぁ、おさしみ食べられるんでしょ」

みやは、機嫌の良さそうなももの横顔を見た。
「おさしみとみやとどっちが好き?」
「みや」
「じゃあどういうとこが好き?」
ももは前を向いたまま言った。
「……みやみたいな子、天界にも魔界にもいなかったよ」
「そりゃーまあ、人間だもの」

ももは横目でチラとみやを見ると、喉の奥でころころと笑った。
麓の明かりが見えてきて、みやはホッと目を細めた。

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